26. 報連相を大切に
夕食の準備を終えると、カーラの夫であるハリスと対面した。彼はカーラと同い年だとのことで、イチカは少し二人に親近感を覚える。仲が良さそうな様子が会話の端々から伝わってきた。
「いやあ、シオンが相棒を連れてきたって言うからどんなおっさんかと思ったら、まさかこんな可愛い女の子とは・・・やるじゃないか!」
「バカ言ってないで夕食をテーブルに並べてちょうだい。イチカはシオンとはただの仕事の相棒だよ。それ以上変なこと言うと夕食は肉を抜くからね!」
「おいおい勘弁してくれ!カーラの食事だけが楽しみで頑張って働いてきたんだぞ・・・」
がっしりした体格と角張った顔つき、そして元傭兵という経歴からは想像もつかないほど、話してみるとハリスは気さくで優しく、穏やかな雰囲気をまとう男性だった。夕食は二人の優しい大人達とシオンと和やかで明るい食卓を囲み、久々に安心できる雰囲気に満たされた時間を過ごせた。
食後は四人でリビングに移動し、ソファーにはイチカとカーラ、小さいスツール二つには男性陣がそれぞれ腰をおろし、今日一日の出来事をお互いに報告しあった。
カーラは夕食の買い物にイチカを付き合わせてしまったこと、そのせいでちょっとした事件に巻き込まれてしまったことをシオンに詫び、複雑そうな顔でそれを受け入れる彼をイチカも申し訳ない気持ちで眺めていた。
そしてその事件の詳細と、庶民が暮らす場所での誘拐未遂事件が起きた事実を彼女が報告すると、二人の男性は目を丸くして驚いていた。
「これまでは大通り周辺か貴族の子女が出入りする場所でしか誘拐事件は起きていなかったし、ある程度裕福な女性や貴族の女性達しか狙われてこなかった。それが庶民にまで手を出し始めたってことは、何か大きく事情が変わってきたのかもしれん。」
「金持ちだ貴族だなんて言ってたら数が足りなくて要望に応えられないってことなのか、それとも他に理由があるのか・・・とにかくいい加減何とかしないとまずいな。」
ハリスとシオンが話している内容を大まかには把握できたものの、イチカにはまだよくわかっていない点がいくつかあった。
「ねえ、この誘拐と人身売買の事件って、シオン達には首謀者がわかってるってことよね?」
「え?」
「ほう?」
「だってカーラさんは『奴ら』って言ってたし、それなりに大きくて世に知られている位の組織じゃないと、こんな恐ろしいことを連続して起こさないと思うんだけど。」
ハリスが鋭い視線をイチカに向けた。
「君は若い女の子の割にしっかりしてるねえ。いくつになるんだっけ?」
「えーっと、十六歳?です。」
「年は誤魔化している可能性もあるぜ、ハリス!」
「ちょっとシオン!?」
それまで背筋を伸ばして座っていたハリスが、前のめりになって姿勢を崩す。先ほどのカーラのように、獲物を見つけた時の獣が見せる、ギラギラと光った目がじっとイチカを見据えていた。
「話がわかるなら説明しよう。まず今この町で最も問題になっているのは、この誘拐と人身売買の件なんだ。お金に困って本人も渋々だが承知の上で売買されているケースと、誘拐された人が他国に売られていくケースの両方が起きてる。特に後者が問題で、新しい領主がその件にどっぷり絡んでるからタチが悪い。」
「え?治安を良くしなきゃいけない立場なのに一枚噛んでる側なんですか!?」
イチカは想像以上の悪い状況に腹立たしさと恐怖を感じる。
「ま、そういうこった。うちは武器屋をやってるからね、いろんな奴らがうちの店を出入りしてるのもあって、そうした情報も自然と入ってくるのさ。」
シオンも深刻な表情を浮かべて話し始めた。
「新しい領主は前領主の次男なんだが、優秀だったが真面目で気の弱い長男を罠に嵌めて追放し、この土地を無理やり奪ったようなとんでもない奴だ。当然若い頃から悪い遊びには一通り関わってきてるし、そのせいで金に相当困ってる。だから問題になっている組織にいいように使われてるようで、今やこの町は無法地帯になりつつあるんだ。」
「うわあ、最悪ね。じゃあこの町に警備をするような人材が集まったって、上の人がそれじゃ意味ないじゃない。」
「意味がないわけじゃないけど、この町の警備についてはその領主ではなく、この町の有力者達が依頼主なんだ。町の警備を担当していた領内の兵士達が、今や全く役に立たないからね。状況はかなり悪いし相手の組織が大きすぎるんで、うちの商会のトップが指揮をとって人を動かしてる。」
「商会のトップ?」
ハリスがゆっくりと頷きながらシオンの会話を引き継ぐ。
「ああ。隣の町を中心にいくつかの土地をまとめて治めていたメイヤー卿がグリーズ商会のトップなんだ。だがどうもその裏にもっと力のある貴族がいるって噂もあるけどねえ。」
「ハリス、イチカにそんな裏情報話しても仕方ないだろ!」
シオンがハリスの発言を咎める口調で横槍を入れた。ハリスは足を組んで座り直し、シオンを諫めるように話を続ける。
「ふん。シオン、お前は相棒に対して情報を出し渋りすぎだ。彼女は話がわかるししっかりしている。もっと信頼して話をしていかないと、あっという間にどこかに行っちまうぞ!」
虚を衝かれたような顔をしてシオンが頭を掻いた。
「・・・イチカにもそんなようなことを言われたな。」
「それは十分にあり得ることね。」
イチカもハリスの意見に賛同して何度も頷く。しかめっ面で腕を組み黙ってしまったシオンの様子を気にしないようにしながら、イチカは再び質問した。
「ねえところでメイヤー卿って、この間お世話になったウォーレス様のこと?」
「いや、彼の父親の方。領主としての仕事はウォーレスに任せて、今はグリーズ商会と、他にも二、三持ってる商会の運営を主な仕事としている人なんだ。やり手でさ、俺も結構勉強させてもらってるんだ。」
「そうなの。凄い方なのね。」
「ああ。・・・で、これからどうするかってことなんだけど。」
イチカは緊張を感じて息を呑む。シオンの意見を尊重すると約束した以上、今回のように危険な場所では出来るだけ無茶をしないようにしなければと、自分を戒める。
「やるべきことは三つ。一、ここの領主が誰をどう使って誘拐事件を起こしているのかを調べる。これは俺とハリスで動き始めてる。二、人身売買組織と領主の繋がり、金銭の動きを探り出す。これはレオンに任せてる。三、組織と領主との関係を断ち切って、この町を多少なりとも正常な状態に戻す。・・・以上だ。」
「いきなり組織を壊滅、とかではないのね。」
「それは無理だな。他の国でも勢力を伸ばしつつある大きな組織なんだ。そんなことをしたら商会ごと目をつけられて潰されかねない。そもそもうちの商会は犯罪撲滅を目指した組織じゃないしね。」
イチカは頭の中で今の話を繰り返し確認する。町を正常な状態に戻すことだって十分に大変なことだ。それが国を跨いで暗躍する組織にいきなり斬り込むのは確かに無謀なことだろう。
「怖い話ね。」
「ハリスにも協力してもらってるし、本部の方からはレオンにも来てもらえるよう頼んである。イチカ、お前にはここでじっとしててもらいたい・・・と思ってたんだが、無理だよなあ。」
「・・・できることがあるならさせてほしい。でも足手まといになるようならじっとしてるわ。」
シオンは意外そうな顔つきでイチカを見た。
「何だよ、素直で気持ちが悪いな。」
「失礼ね!今私ができることは少なそうだもの。あなたにも他の方にも迷惑をかけたくはない。」
「イチカ・・・」
ハリスが唐突にイチカに向けて話し始めた。
「イチカさん、俺はシオンからは何も聞いてないんで君の力がどの程度のものかはわからん。だが相棒なら、できることを一緒に考えて、小さなことでも実際にやってみたらいいんじゃないか?危険だからと一歩引くのも悪くはないし時には必要なことだが、それじゃあせっかく組んだのに面白くないだろ?」
ニヤッと笑って言ったその言葉は、イチカには想像もできないほどの経験を積んできた人だからこそ言える、小粋だが重みのあるものだった。
「そう・・・ですね。私でできることがあるなら何かしたいです。今日あの女の人が心底怯えていた顔を思い出すと、あんな思いをしている人が大勢いるなんて辛すぎる。せめてこの町でああいう思いをする人を無くすことができるなら、私も自分ができることで協力したい!」
真っ直ぐにシオンを見つめたイチカがそう言うと、シオンはサッと立ち上がりイチカの隣に座った。ソファーの上に置かれた彼女の手を上から握って真剣な眼差しで告げる。
「・・・わかった。一緒に考えてみよう。」
イチカはスルッとシオンの手から自分の手を救い出した。
「ありがとう!でもベタベタ体に触れるのは禁止よ。」
「何だよ、相棒だろ!?」
「相棒の意味を履き違えているんじゃないの?」
「え!?俺がおかしいのか?」
ハリスとカーラが笑いをこらえながら頷く様子を見て、イチカはその日一番大きなため息をついた。




