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25. 誘拐事件とカーラの秘密②

 イチカとカーラは救出した女性を伴って、女性が連れと離れ離れになってしまったという店まで移動した。


 何度もカーラに頭を下げていた若く美しいその女性は、今日は午後から兄と共に買い物に来ていたのだそうだ。最近頻発している女性の誘拐事件を危惧して、渋る兄を無理に付き添わせて買い物に出たが、危機感の薄い兄はちょっと目を話した隙にいなくなってしまった。そして仕方なく店を出て一人で帰ろうとしたところで、あの細い道に引きずり込まれてしまったということらしい。


 はぐれてしまったその店に三人で戻ると、女性の兄と思われる男性が真っ青な顔をしながら彼女を探していた。そして彼女を発見した途端、大きな声で彼女の名を呼んだ。


「ああ!コリーナ!!どこに行ってたんだ!?探したんだぞ!!」


 兄のその言葉にどうやらプチっと何かが切れたようで、コリーナと呼ばれたその女性はものすごい剣幕で兄に詰め寄り、どれほど自分が怖い思いをしたか、先にいなくなったのは誰なのか、誰にどう助けてもらったのかを一気に捲し立てた。


「わ、悪かったよ・・・。」

彼女の兄は頭を掻きながら必死に謝罪し、兄妹喧嘩はどうにかおさまった。この後きっともう一回、いや最低でも二回は彼女にネチネチ叱られることだろう。




 イチカ達は無事兄と再会できたコリーナと別れ、すっかり日が落ちて暗くなった道を急いで帰った。



 家に戻るとそれなりの時間になっており、二人は慌てて夕食の準備を始める。


 しばらくは気が張っていてあまり話せなかったが、カーラが再びあの優しいお母さんモードに戻り、食事を作るという日常の時間が始まったことで、イチカは少しずつ気持ちを落ち着けることができた。


「カーラさん、さっきは約束を破ってごめんなさい・・・。」

「え?ああ、いいのよそんなこと!イチカが無事で何より。それよりもこんな庶民の暮らす場所でまであんな真似をするとは・・・奴らもなりふり構わなくなってきてるわね。」


 カーラはそう言って顔を曇らせた。「奴ら」とは誰なのかということも気になったが、それよりもシオンが自分のことを本当に心配してくれていた理由をこうして実感し、改めて彼の相棒としてどう向き合っていくべきなのか、しっかり考えないといけないと自戒の念を抱き始めていた。


 そしてもう一つ、先ほどから気になっていたことをカーラに尋ねる。


「カーラさん、どうしてそんなにお強いんですか?」

「へ?」


 不意をつかれた様子のカーラは野菜の皮をむいている手を止め、口を開けたままイチカを見た。


「シオンがカーラさんの家に私を滞在させたかった理由はさっきの件でよくわかりました。でもどうしてあんなにお強いのかなって気になって。」


 にこっと笑ってそう話すと、カーラは苦笑しながら再び野菜の皮むきを再開した。


「あれを見られちゃったなら話すしかないわよね〜。実は私ね、十年以上前は、夫と一緒に傭兵として働いてたのよ。それ以降は夫も私もその仕事はやめたんだけど、その時のスキルを活かしてグリーズ商会に登録して、不定期で護衛とかの仕事をしてる。シオンともその繋がりで知り合ってね。」

「傭兵・・・」

「驚かせちゃってごめんなさい。でも今夫は全く違う仕事をしているのよ!うちは武器を扱う店を開いていてね。私もたまに手伝ってるけど、それだけなの。だから今はほぼ一般人。」


 結局ただの主婦なのよとあっけらかんと笑って言うカーラの様子に気が抜けて、釣られて笑ってしまう。そしてイチカは、肉の下ごしらえをしながら自分自身のこれからを真剣に考えた。


「そうだったんですね。目が一瞬で変わったから本当にびっくりしました。・・・私も旅を続けるなら鍛えたほうがいいのかなあ。」

「あらあら、シオンと一緒に行動するなら守ってもらえばいいのよ。彼、強いんだから。」

「彼が強いのはこの町に来てよくわかりました。でもそんなに長く一緒にいるわけじゃないし、いずれは一人で生きていかなきゃいけないですし・・・」


 カーラがむき終わった野菜をイチカに渡す。


「はい、じゃあこれ、一口大に切ってくれる?・・・ねえイチカ。できるだけ、できるだけ長く、シオンと一緒にいてあげてね。」


 その懇願するような声の調子にイチカは戸惑う。


「どうしてですか?」

「彼は確かに優秀で強い人よ。でもまだ若いし、真っ直ぐで優しすぎるから、きっとこれまでもたくさん悩んで傷ついてきたと思うの。でもあなたと一緒にいた彼からは、本当に守るべきものを見つけた人の強さと決意を感じたし、あなたと一緒にいるのを心から喜んでいる様子が伝わってきたから。」

「・・・そんなたいした人間じゃないんですけどね、私。」


 カーラは鍋を準備しながら大きな声で笑う。


「ははは!たいした人間かどうかなんて関係ないさ。大事なのはその人を大切に思えるかどうかじゃないかな。」

「大切に・・・」


 その言葉で、イチカの中に温かくて小さな気持ちが生まれたのを感じた。それはシオンへの信頼と友情が、心の中に明確な形となって芽生えた瞬間だった。


(あいつ、結構いい奴だしね。それにどんな世界に居たって、大切な友達ができるのは素敵なことだよね、しょうちゃん・・・)


 友人や家族のことを何よりも大切にしてきた夫のことを思い出し、じわっと目が熱くなる。玉ねぎでも切っていたらよかったのにと思いながら必死で涙をこらえ、イチカは肉の準備を終え、カーラから受け取った野菜を切り始めた。



 主婦が二人揃っていたことで想定より早く準備は進み、あとは盛り付けだけという段階で、玄関から二人の男性がドアを開けて話しながら近づいてくる音が聞こえてきた。


「おや、帰ってきたみたいだね。」

カーラがエプロンを脱いで玄関に向かう。イチカはキッチンでサラダを盛り付けながら彼らを待っていた。


「お、夕食ほぼできてるんだ。美味そうな匂いが玄関まで漂ってるぞ!」


 すると笑顔でキッチンに入ってきたのは、シオンだった。


(ああ、シオンの顔を見たらちょっとほっとしちゃった。さっき襲われたこと、結構ショック受けてたのかな)


 イチカは無意識に泣きそうな顔をしていたようで、シオンが血相を変えて彼女に近寄った。


「なんだ!?どうしたイチカ?手でも切ったのか!?」

「ち、違う違う!ちょっと色々あって、シオンの顔見たら安心しちゃっただけ!」

「!」


 なぜかシオンは真顔になり、しばらくイチカの近くで動きを止めてしまった。すぐにいつもの自分を取り戻したイチカは、シオンの額をペチっと軽く手で叩いた。


「どうしたのーシオンー?おーいしっかりしろー。」

棒読みの声でペチペチしていると、その手をキュッと掴まれてシオンが渋い顔をする。

「色々あってってなんだよ!家にいたんじゃないのか!?」

「あ、しまった。」

「おい!?」


 イチカは目を泳がせながら手を抜き取り、「ドレッシング作らなきゃ!」と言って無理やり話を終わらせた。腕組みをして立っているシオンにじっとりした視線を向けられているのを感じ、後でどう話そうかなあと悩みつつドレッシングを作り始めた。


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