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24. 誘拐事件とカーラの秘密①

 イチカは熱々クッキーと美味しいお茶でもてなされた後、宿泊する予定の部屋に案内された。二階には三部屋あり、シオンと隣り合わせの六畳ほどの広さの部屋に通された。


 ベッドは綺麗に整えられ、可愛い花柄のカバーが掛けられている。その他には机と椅子、小さなラグが引いてあるだけで、荷物らしい荷物は何も置いていなかった。


「この部屋を使ってたのは娘でね。あの子全部荷物は新しい部屋に持っていったの。使わなくても私物は常に自分の近くに置いておきたいんですって。だからこのベッドとか机とかは、昔私が使ってたのを運び込んだのよ。部屋が空っぽなのはなんかね。」

と、カーラは寂しそうに言っていた。きっと娘の思い出の品を少しは部屋に残していて欲しかったのだろうな、とイチカは何となくそう思った。



 その部屋に早速自分の荷物を置かせてもらい、シオンとリビングで今後の流れを話し合う。彼はこの家の主人であるハリスという人と仕事の話があるとのことで、この後出掛けてくると告げた。


「帰ってきたら今この町で何が起きてるのか、これからここで俺が何をしたいのか、きっちり説明するよ。」

と、相棒としてはありがたい言葉をもらったので、笑顔で彼を送り出した。



 イチカは部屋に戻ると、とにかく新しい札を作らないと!という義務感に迫られ、新しい紙を何枚かとペンやインクをリュックから引っ張り出した。


「うーん、癒しの札はこれでいいとして、守りの札が強すぎるってことよね・・・どう書こうかなあ。」


 以前作ったものは、『襲ってくるもの、害をなすもの全てをはじき返し、寄せ付けませんように』と書いていたが、『はじき返し』という言葉が強すぎたかなと考え、少し書き換えていく。


「よし!できた!」


 新しい紙には、『あらゆる攻撃や害をなそうとする力から身を守りますように』とソフトな表現に仕上げた文章を書き記し、念のため部屋の外に気配が無いのを確認した上で、力を込める。


 青白い光がうっすらと紙を包み込み、無事、新しい守りの札が完成した。その後も何枚か同じような札を作成し、六角形の形に折って仕上げた。


「ふう。これで様子を見よう。」


 札と書き物セットをリュックにしまい、二枚だけをポケットに入れる。外に出る時のお金はポケットには少額を、残りは靴下の中に隠してズボンの裾を下げた。



 その時、ノックと共に外からカーラの「入ってもいい?」という声が聞こえて、イチカははーいと返事をしながらドアを開けた。


「どうされたんですか?」

「うん、あのね、もし疲れてなかったら、一緒に買い物に行ってほしいんだけど、どうかな?今日はシオンもイチカさんもいるしね、夕飯の食材が足りないから買いに行きたいの。」


 少しだけ照れた様子でそう言うカーラが何だか可愛く見えて、イチカは微笑む。もしかしたら彼女は娘の面影を自分に重ねているのかもしれない。


「あ、そうですよね!私何か作りましょうか?お世話になる身ですし。」

「あら、嬉しいわ!じゃあ一緒に作りましょう!」

「はい!・・・あ、それとカーラさん、私のことは呼び捨てで構いませんから。その、数日ですがどうか仲良くしてください!」

「まあ!もちろんよ!何だかもう一人娘ができたようで嬉しいわ!じゃあイチカ、準備ができたら行きましょうか!」

「はい!」


 そうしてイチカ達は連れ立って近所の商店に買い出しに出かけていった。



 歩いて数分の所にある商店街は、地元の人達だけが来るような庶民的なお店ばかりだった。大通りのような華やかさも人通りもなかったが、逆に安心して買い物ができるとイチカは内心ほっとしていた。


「ねえ、イチカはどうしてシオンと仕事をしようって決めたの?」


 買い物用の籠を持ってゆっくりと歩きながら、カーラがイチカに尋ねた。


「そうですね・・・まあ、シオンが相棒になってくれってしつこかったって言うのが一番の理由ですけど、でも・・・最終的には信頼できる人だと思ったので。」

「へえ、そうなんだ!でも意外だなあ。あのシオンがねえ。」


 イチカはそこでずっと疑問に思っていたことを彼女にぶつけてみる。


「あの・・・シオンは、元々どんな人だったんですか?何だか私のシオンの印象と、皆さんの印象がいつもだいぶ違うみたいで気になってたんです。」


 カーラは野菜を物色しながら笑顔で答えてくれた。


「そうねえ、私が知ってる少し前のシオンはね、人当たりはいいけど壁がある人って感じだったかな。まだ若いけど何でも自分でできちゃうから、誰かに頼ったり誰かと組んで仕事をするってことはほとんどなかったと思う。指示をする立場にはなってもね。だから『相棒』なんて、一番対等で自分に近い存在を彼が作るなんて、私は思ってもみなかったわよ。」


 そしてチラッとイチカを見てからふふっと笑う。


「しかもこんなに可愛い女の子だなんて!つい変に勘繰っちゃったわ。」

「え?・・・ああ!全然そんな関係じゃないですよ!」

「そうね、彼は結構年上が好きそうだし。あなたはきっと彼にとって本当に、『相棒として仕事がしたい存在』なんでしょうね。」

「そうなんでしょうか・・・よくわかりませんが。」


 カーラの言葉に、最初の町を出た時のことを思い出す。


(そういえば綺麗なお姉様方に次々声を掛けていたなあ・・・へえ、年上好き・・・)


 「相棒として仕事がしたい存在」という部分ではなく「年上好き」というワードに反応し、イチカはついにやけてしまった。シオンのような若い男の子ならあんな綺麗なお姉様方を見たらつい目を奪われちゃうのかしら、などとおばちゃんぽいことを考えてしまい、そんな自分にちょっと悲しくなる。



 それから二人はワイワイと話をしつつ、夕食用の野菜や肉を購入し、籠にいっぱい荷物を詰めて帰路に着いた。夕日がその帰り道を橙色に染め始め、地元の人達とカーラが楽しそうに挨拶をし合っている様子を微笑ましく眺めながら歩いた。カーラの人柄の良さが、そんな様子にも表れているような気がした。



 その途中、ただの建物同士の隙間としか思えないような細い道の方から「キャー!!」という女の子の悲鳴が聞こえ、二人は驚いてその場で足を止めた。


「今の、何!?」

イチカが声の主を探してその道の奥を凝視していると、カーラが持っていた籠をイチカに押し付けた。


「ちょっとこれ、持ってて!」


 それまでの元気で優しそうなお母さん、というイメージは瞬時に消え去り、目の前にはギラギラと目を輝かせて微笑む逞しい女性がいた。


「カーラさん!?」

「イチカは動いちゃダメよ。いい?」

「は、はい!」

「いい子ね!」


 カーラはそう言うと、近くに置いてあった長い棒状の何かを手に取り、未だ見えていない細い道の奥に消えていく。


「え、ちょっと!?」


 カーラに動いてはダメだと言われたイチカだったが、どうしても気になって音を立てないように奥に進み、少し開けた場所に出た。すると高い建物の影で見えにくかったその奥に、カーラと対峙している数名の男女が見えた。


 女性の方はスキンヘッドの男性に後ろから羽交締めにされており、それ以外の若い男性達はカーラと一線交えようと、それぞれが武器を持って構えていた。


 カーラは全く怖気付くこともなくスタスタと彼らに近寄り、襲ってきた男性達をものの見事に持っていた長い棒で倒していく。辺りにはその男性達の悲鳴とも呻き声ともつかぬ声が響いていた。


「凄い・・・強すぎる!!」


 イチカは今見た信じられない光景に呆然としてしまい、後ろから迫っている気配にギリギリまで気づかなかった。


「お前、ここで何をしている?」

「あっ!」


 二の腕を強く掴まれて振り向くと、背の高い、頬に傷のある男性がイチカを恐ろしい顔で見下ろしていた。いかにも悪そうな感じの服装に顔立ち。イチカは努めて平静を装い、持っていた籠をそっと下に置いて、掴まれていないその右手を上にあげた。


「知り合いがいたので追いかけてただけです。すぐ離れます、ごめんなさい!」


 そう言って腕を離してもらおうと少しもがいたが、目の前の男はニヤッと笑ってイチカの顔をまじまじと見つめ、腕をより強く引き寄せた。


「いい女だな。若いが金になりそうだ。お前もこっちに来い。」

「うう・・・そうきたか、仕方ない。」


 イチカはサッと右手をおろして、ポケットにある六角形の札をギュッと握りしめた。その瞬間、「うわあっ!!」と叫び声をあげて顔に傷のある男性がイチカの腕から手を離した。


 その隙をついてイチカは彼に体当たりをしてよろめかせ、籠を掴んで元来た道に逃げる。カーラもまた、奥にいた男達を全て戦闘不能状態にしたようで、捕まっていた女性と共に同じ方向に走ってきていた。


 そして三人の女性達は、一気に細い道を駆け抜けて、まだ明るさの残る商店街まで、どうにか逃げ切ることができた。


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