21. 商人の町ビビカナ①
ウェステルから次の町ビビカナまでは、歩いて約二時間ほどの距離があるとのことだった。
美味しかった朝食のおかげでかなり元気を蓄えていたので、二時間なんて楽勝!とやる気に満ちていたのだが、細い街道沿いでたまたまシオンの知り合いに遭遇し、今は彼の荷馬車の荷台に座ってゆっくりと運ばれているところだ。
「いやあ、悪いねケーシー!助かったよ!」
「いいってことよ!シオンにはいつも助けてもらってるからな。どうせ荷物を届けて荷台は空だったし、気にするな!」
ガタゴトと音を立てながら揺らされて運ばれていくイチカ達は、今ケーシーという商人の荷馬車の後ろに乗っている。木でできた荷台の上は藁や布の袋などもあり、それを敷いて座っているので案外快適だ。また、細い街道だがよく道も整備されているのか、起伏が少なくそこまで衝撃がこないのもありがたかった。
ケーシーと呼ばれた男はシオンよりも少し年上に見える青年で、茶色いハンチング帽のようなものを被り、よく日に焼けて健康そうな男性だった。
(野菜とか売っているのかしら。荷台に少し野菜のカスみたいなものも落ちてるし)
チラチラと荷台の上を観察しながらイチカは二人の話を聞いていた。
「そうだシオン、ビビカナにしばらくいるんだろ?あそこは相変わらず状況が悪いみたいだが、グリーズ商会さんとこでも人は集まってきてるのかい?」
「ああ、若くて正義感の強い、ランクがそこそこ高い連中が集まってきてるな。町の警備の仕事は報酬も高いし、いい仕事ではあるんだが・・・」
シオンが真面目な表情になって返事をする。どうやらあまり良い状況ではなさそうだとイチカは思い、シオンに質問した。
「その町で何か心配なことがあるの?」
「ああ、どうも思ってた以上に良くない状況でな。」
「へえ。どんな風に?」
「うーん、まあ、ちょっとなー。」
珍しく言い淀んでいるシオンを怪訝に思い、腕をポンと優しく叩いた。
「何よ!相棒っていうのは口だけなの?変に遠慮してたら仕事なんて一緒にできないわよ?」
うっ、と言葉に詰まるシオンを横目に、イチカはため息をついて本をリュックから取り出した。
「話す気がないならいいわ。私は町までずっと本を読んで過ごすし、向こうについても一人で仕事をしますから。」
「お、おい!」
狼狽えているシオンの様子を前からチラチラ見ていたケーシーは、ついに耐えきれなくなったのか大笑いし始めた。
「ハッハッハ!!俺はお前がそんなに慌てる姿なんて初めて見たよ!お嬢さんはしっかりした女性だ。シオン、相棒だってんならきちんと大人扱いしてやれ。あの町に連れて行けばどうせわかることなんだ。」
目を合わせようとしないイチカを、シオンはじっと見つめながらしばらく黙っていた。そして数分の沈黙の後、シオンが口を開いた。
「・・・イチカ。お前はまだ十六歳だから、もしかしたら今から話すことで嫌な思いをするかもしれない。でもケーシーが言うように、相棒だと言うならきちんと話をすべきだよな。聞いてくれるか?」
イチカは本から目を上げて、シオンを見た。これまでにない大人の表情を浮かべた彼がそこにいた。
「もちろん聞くわよ。私の年齢のことは気にしないでいいわ、色々事情もあるから。」
「その色々が気になるんだよな・・・まあ、わかった。じゃあ話すよ。」
そうしてイチカはリュックの中に本をしまい、荷台の上で彼の方に体を向けた。シオンの後方には美しい山々が見え、その上には青空が広がっている。
「今から向かうビビカナって町は、前にも話した通り、領主が世代交代して今治安がすこぶる悪い。盗み、暴力、悪い薬が出回る・・・でも一番問題になっているのは、人身売買と・・・誘拐事件だ。特に若い女性の。」
シオンはイチカの様子を窺っている。イチカは特に動揺することもなく、シオンを見つめ返した。
「ああ、だから言い渋ってたのね。私が不安になると思って。」
「まあな。これからその町に連れていこうって時に、嫌な話を聞かせるのもどうかと思ってさ。だけど外に行く時は俺がずっと一緒にいるようにするから、心配するな。」
彼の表情から、本当に心配している様子が伝わってくる。
「まあいざとなれば守りの札もあるし・・・」
「あれはダメだ!あんなもの使ったら人が町中を飛び交うことになるだろ!?・・・もっと効果の弱い札を作れないのか?」
「あー、そうねえ。じゃあ向こうに着いたら作ってみるわ。」
「頼むよ!」
(真剣に、少し違う札も作った方が良さそうね・・・)
イチカが下を向いて悩み始めたのを見て不安がっていると勘違いしたのか、シオンが顔を覗き込んでくる。
「心配か?」
「え?ああ、違う違う!おまじないの札をどうしようかって考えてただけ!あ、そうだ!!」
「何だよ突然大声出して!」
「これ、シオンにもあげるよ。」
そうしてリュックの横ポケットから二枚の四角く折り畳んだ札を取り出し、彼に手渡した。
「そんな危険な町に行くなら、役立つかもしれないでしょ?ね、持ってて!」
「・・・人が吹っ飛ぶやつだろ?」
「それはハートの形の方。この四角いのは癒しのおまじないを込めた札だから、怪我したりしたらすぐに使って!」
その二枚の札をまじまじと眺めた後、シオンは黙って胸ポケットにしまった。そしてイチカの方を見る。
「ありがとう。」
その真っ直ぐな視線と声は、イチカの心の深いところにじんわりと届いた。自然と笑顔になっていく。
「どういたしまして!」
そしてイチカはリュックの中から本を取り出し、再び札をどうしようかと思案し始めた。その姿をシオンがただじっと見つめていたことにイチカは全く気がつかないまま、それからしばらくの間、ひたすら本に没頭していった。




