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17. 大きなお屋敷と怖い噂④

 翌朝、これまた最高の朝食で絶好調のスタートを切ったイチカは、食堂の隅で片付けをしていた若いメイドの一人に声を掛けた。


「おはようございます。ねえ、そのメイド服ってやっぱりお屋敷によって違うのかしら?」


 突然客人から声を掛けられたその若いメイドは、驚いた表情で片付けの手を止めた。今のイチカと変わらない位の年代なのだろう。少しだけ親近感を持ってもらえたようで、辺りに誰もいないことを確認すると、コソコソと話をしてくれた。


「はい、もちろんです。旦那様はとてもお優しくて使用人を大事にしてくださるので、メイド服を自分で仕立てなくても用意して下さるのです。しかも動きやすくて着心地がいいものですし、夏と冬でも変えてくださっているのですよ!午後は黒にエプロンですが、特に午前の服は薄いピンクの小花柄で可愛らしくて自慢なのです!」


 うんうんと笑顔で頷き、本当に可愛いと褒めちぎった後、本題に入る。


「メイド長も同じ服なのかしら?まだお会いしたことはないのだけれど。」

「いえ、メイド長のサラ様はいつも真っ黒のドレスをお召しですわ。ドレスと言ってももちろん華美なものではなく、使用人用のものですけれど。」

「そう、真っ黒の・・・」


 イチカが少し考え込んでいると、そろそろ戻りますね!と元気に告げて、少女のメイドは部屋を出ていった。



(よし、もう一人話を聞いてみよう)


 次のイチカのターゲットは、少し年上のベテランだと思われるメイドだった。イチカの部屋の清掃に来てくれたところを目ざとく見つけて話し掛けた。こちらは直球で質問する。


「あら、どうもありがとう。ねえあなた、もしかして昨日、一階で黒い影を見なかったかしら?」


 突然声を掛けられた上、予想の斜め上の質問に驚いたのか、ギョッとした表情でイチカの顔を眺めている。イチカは全く動じず、じっくりと返答を待った。


「お客様・・・何かご覧になったのですか?」

「ええ。昨日玄関ホールに向かう黒っぽい影を見たわ。あれは気のせいだったのかしら。あなたはどう思う?」

「・・・私には、わかりかねます。」

「メイド長も幽霊騒ぎはご存知なのかしら?」

「ひっ!?わ、わかりません!」


 なぜか「メイド長」と言う言葉に狼狽えている彼女に追い打ちをかけるように、イチカはそっと彼女に近付き耳打ちする。


「じゃあ何か思い出したら教えてください。私、良い魔女見習いなんです。もしかしたら何かお手伝いできることもあるかもしれませんから・・・」


 ベテランメイドの顔色が変わった。


「魔女!?・・・お客様、し、失礼いたします!」


(ふうん。「魔女」に反応したのね。幽霊じゃないんだ・・・それならもしかして・・・)


 思いついたことを頭の中で整理しながら、イチカはこの後やるべきことを一人、ニヤニヤしながら計画していった。





「イチカ?」


 昼食後、イチカは広大な庭の東側にある四阿で、とある本をリュックから引っ張り出して読んでいた。午後の暑い日差しを遮ってくれるそこは、そよそよと風も流れてきて心地いい。読書には最適な環境がイチカをさらに本の世界に深く誘い、シオンに声を掛けられたことにも全く気づいていなかった。


「おーい、イチカ、聞いてるか?」


 そのため、目の前で手をヒラヒラとされて、ようやくシオンに気がつく。


「ああ、あなただったの。朝からウロウロしてたみたいだけど、何かわかった?」

「男の使用人達に話を聞いてみたよ。でも何にも。庭師の男は通いみたいだし、コックは厨房と自室くらいしか行き来しないから、そもそも噂のことも全く知らなかったらしい。テレンスにはうまくはぐらかされた感じだな。」

「じゃあ進展無し?」

「残念ながら。そっちは?」


 イチカは今読み耽っていた本の一部に指を差して、シオンに示す。


「ここ、読んでみて!」


 シオンは本を覗き込み、指された部分を読み込んだ。


「呪いの儀式についての記述だな。・・・もしかして俺を呪うのか?」

「何バカなこと言ってるのよ!それよりもこれ、黒い影って書いてない?」

「確かに書いてある。でもこれがなんだってんだ?」


 指を挟んだまま本を閉じ、彼の顔をじっと見る。


「実は昨日、あなたが隣の部屋に入っていった後、廊下で気配がしたから外を覗いたんだよね。そしたら廊下の先、玄関ホールの方に黒い影がスッて消えていくのを見ちゃって。」

「何だよそれ!?もしかしてそれが幽霊?」

「最初はそうかなと思ったんだけど、もしかして違うかもしれない。」


 シオンは四阿の中の空いている場所に座り、聞く姿勢を整えた。


「どうしてそう思った?」

「今朝二人のメイドに話を聞いたの。まず、メイド長のサラさんて方は、いつも黒っぽいドレスに身を包んでいるって。でもあの時見た影のような姿は、もっとぼやっとして見えたから、それがサラさんだとは思えないんだよね。でもその後に話したメイドが『魔女』って言葉に反応したことで、もしかしてって思うことがあって。」

「幽霊じゃなくて魔女って言葉に反応したのか?」

「そう。つまり彼女は何か事情を知っているし、それは魔女に関連した何かなんじゃないか、って気付いたの。」


 イチカの持っていた本をシオンが貸してと言って手に取り、先ほどのページを開く。


「憎む相手を不幸に陥れる呪いの儀式・・・力が弱いものがこの儀式を行うと、自分の体から影のような自分の分身が分離して彷徨い歩くことがある、か。つまりメイド長はこの儀式を行い、体が分離して、それが幽霊騒ぎの原因になってるかもってことか。それとその二人目のメイドが何か知っていると。」


 イチカは頷いた。シオンは眉間に皺を寄せたままイチカと顔を見合わせた。イチカは本を指差す。


「その先も読んで。そのままの状態が続けばいずれ本人の精神や命も危うくなるって書いてある。そもそも呪いってそういうものよね。誰かを呪えば自分にだって何かしら悪いことは起こるものよ。」

「・・・そうなると、どうにかしてメイド長に会って事情を聞かないといけないな。ここ数日体調不良で伏せっているそうだけど、テレンスに頼んで無理にでも会わせてもらうしかないか。」


 シオンはイチカに本を返し、立ち上がった。


「とりあえず俺はもう一度テレンスに会ってくる。ま、会わせてくれないような気がするけどダメ元で。イチカはその呪いが誰に対しての呪いなのか調べてみてくれ。」

「また無茶を言う!誰にかけたかなんてわからないわよ!」

「それを調べるのが俺の相棒だろ?じゃ、あとはよろしく!」

「ちょっと!!」


 調子のいいことばかり言って去っていくシオンに腹を立てながら、イチカは再び呪いの儀式についての部分を読み直していく。何度か読んだが呪いをかけた相手がわかる方法は結局見つからず、この後どうしようかとしばらく頭を悩ませることになった。


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