14. 大きなお屋敷と怖い噂①
イチカは今、大きなお屋敷を見上げている。
二階建のその灰色の建物は、大きな四角い石をたくさん積み上げたような外観と、入口にある太く白い石の柱が印象的な、いわゆる洋館という感じの建物だった。両翼が少し前に出ていて、たくさんの窓や煙突が付いている立派なお屋敷だ。
庭もまたかなり広く、シオンの背よりも高い門を開けてからその屋敷の玄関まで、芝生の中に続く道を一分ほどは歩かされた。所々大きな木も植えられていて、普通の身分の人の家ではないことは一目瞭然だった。
「なんだ?大きな屋敷だから驚いてるのか?」
シオンが面白そうにイチカを見て言う。
「ううん、あんなに窓や煙突があったら掃除が大変そうだなって。」
「・・・何それ?どういう視点よ?」
「えっと、奥様視点?」
「普通はこんな家で暮らしてる奥様が自分で掃除なんてしないだろ。使用人達がみんなやってくれるよ。」
「ああ!なるほど!」
変な奴だと言わんばかりの表情を浮かべてシオンはため息をついた。
「・・・やっぱり俺が常識を教えないとダメだな。」
「他の人に聞くので結構です。」
「全く減らず口ばっかり!」
「お嫌ならいつでも一人で行きますけど。」
「・・・」
結局そこでも一揉めしてから、シオンが屋敷の呼び鈴を鳴らした。
少ししてからゆっくりとドアが開く。いわゆる執事と言われる人なのか、中年の男性がそれらしい黒っぽい服装を着て立っていた。
「これはこれは!お久しぶりですシオン様。本日はお約束はなかったかと存じますが、いかがなさいましたか?」
「久しぶりだね、テレンス。いや、たまたまこちらに立ち寄ることになってね。彼は今日は不在かな?」
「旦那様は外出しておりますが、もう少ししたら帰宅するご予定です。中でお待ちになりますか?」
「構わないかな、そうさせてもらえると助かる。」
「もちろんでございます。ではこちらへ。」
そう言って屋敷の中に案内されると、一際大きな応接室のような部屋に通された。
「シオン様、そちらのお嬢様も、お茶をお持ちしますのでどうぞこちらでお寛ぎください。」
静かにドアを閉め、テレンスと呼ばれた男性が部屋を出ると、シオンは一気に寛いだ。ソファーの背もたれに両腕を掛け、足を組んで踏ん反り返っている。
「なあ、イチカ。お前、目的地は決まってるのか?」
「またお前って・・・特に決まっていない。静かに、そこそこ生活できる分だけ働いて暮らせる町ならどこでも。ただ、一年後には行きたい所がある。」
「どこ?」
「あなたに言う必要ないでしょ?先の話よ。」
「ふうん。じゃあ取り急ぎどこかに行きたいってのは無いんだな?」
「そうね。」
彼はしばらく考えた後口を開きかけたが、ノックの音がして体勢を元に戻した。テレンスが恭しくトレーにお茶を載せ応接室に入ってくる。
「お茶をお持ちいたしました。もうすぐ旦那様もお帰りになると思います。お帰りになりましたらこちらにいらっしゃるとお伝えしますので、もうしばらくお待ちください。」
そう言ってテレンスはテーブルに丁寧にお茶を置いてくれた後、再び静かに部屋を出ていった。
「いい香り・・・美味しいお茶ね。」
「ああ。俺が手に入れてきた最高級の逸品だからな。」
「え!?そうなの?へえー!」
イチカはお茶を覚ましながらゆっくりと味わっていく。この世界に来てからこんな風に美味しいお茶を飲むこともなかったなあ、とぼんやり考える。
部屋の中を見渡すと、大きなソファーセットが一つ、使い込まれた感じの暖炉が一つ、そして綺麗に掃除された絨毯が敷き詰められ、しみ一つなく手入れされている。イチカにとっては新鮮なその景色は、この世界の上流階級の人達には当たり前のものなのだろう。
(でもシオンは慣れている。やっぱりただのその辺の若者ではないよね)
今度はシオンをチラッと見ると、彼もその視線に気づきニヤッと笑う。
「何だよ。俺に興味が湧いた?いいよ、何でも聞いてくれ。答えられることは何でも答える。」
「いえ別に。」
「可愛くないな。」
「ええそうでしょうね。」
「お互いを知らないと相棒になれるかどうか判断がつかないだろ?」
「前向きに検討しているわけじゃないのに、そんな努力が必要かしら?」
「はあ。全く、先が思いやられる!」
「先なんか無いかもしれないのに?」
「・・・」
そんなくだらないやりとりをしているうちに、その部屋に置いてあったこれもまた年代物の大きな振り子時計が、ゴーンゴーンゴーンゴーンと鳴り、夕方四時を告げていた。
その時、コンコンコンコン、と控えめなノックの音が響く。シオンが振り向くと、テレンスがドアを開け、一人の若い男性が入ってきた。若いと言っても二十代後半というところだろうか。今のイチカにとっては十分に大人の男性である。
「やあシオン、久しいね!一年ぶりくらいかな。いつもお茶だけは律儀に送ってくれるがなかなか顔を出さないから嬉しいよ!それにしても珍しいねえ、こっちに来るなんて。」
入ってきた身なりのいいその男性は、美しい金髪、優しそうな青い瞳の男性だ。シオンと握手を交わし、軽くハグをしている。イチカも挨拶をしようと急いで立ち上がった。
「おや、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「ああ、俺の相棒。あ、いや、相棒候補!」
イチカが軽く睨んだのを感じたのか、シオンは少し言い直した。その様子を面白そうに眺めながら、ゆっくりと視線をイチカに向けた。
(ああ、優しい雰囲気はお父さんに似てる・・・)
「初めまして。この地の領主をしているウォーレス・メイヤーと言います。お嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「はい!イチカ・フィオレイナ・アースルと申します。突然お伺いして申し訳ありません。お邪魔なようでしたら私はすぐに出ていきますので!」
ウォーレスと名乗ったその貴族の男性は、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「ああ、気にしないでいいよ。僕はあまり細かいことは気にならない方だから。それにシオンとは古い付き合いでね。友人の大切な相棒候補、かな?それなら遠慮なく、ぜひゆっくりしていくといいよ。」
「ありがとうございます。」
そしてウォーレスはシオンに向き直った。
「シオン、ちょっと折り入って話があるんだ。今少し時間をもらえないだろうか。」
「ああ、もちろん。イチカ、ここでちょっと待っててくれ。」
「わかったわ。」
そしてイチカは一人、その広くて歴史の重みを感じさせるような応接室で、夕方の空を眺めつつシオンを待つことになった。




