11. 次の町へ
翌朝、宿から出てさあ次の町に行くかと地図を手に外に出ると、ニコニコしながら手を振るシオンがそこにいた。
「何も・・・見なかったことにしよう。」
イチカは目をそっと逸らして、リュックを背負い直し歩き出した。
「あ、ちょっと待てって!何で無視するんだよ。一瞬目があっただろ?」
「どちら様でしたっけ。ちょっと急いでいるので失礼します。」
「えー、お前の髪色のこと・・・」
イチカはザッと音を立てて立ち止まる。目を細めてその余裕の表情を睨んだ。
「脅迫ですか?それとお前って言うのやめてください。」
「それは失礼。君とどうしても仕事がしたくってさ。」
「申し訳ありませんが急いでいるのでお断りします。」
イチカは深くお辞儀をすると、その場をすぐに離れた。
「あ、おい!なあ考え直して・・・あ、マリア!今日も綺麗だね!」
マリアと呼ばれたグラマラスな女性は、笑顔のまま手を振って軽くやり過ごした。
「・・・」
イチカはその光景をチラッと見ると視線を前に戻してまた歩き続ける。シオンはその長い足であっさりと追いついてくる。
「なあ、いいだろ?他の町に行くならそこでも登録できるし。簡単な仕事もたくさんあるよ。俺もとりあえず君の信頼を勝ち得るまではそれに付き合うから。頼むよ!」
「嫌です!」
目を合わさないようにリュックの横に挿してあった帽子を引き抜き、目深に被った。
「こんなに頼んでるのに・・・あ、おはようジェーン!今から仕事?その服すごく似合ってるよ!」
ジェーンと呼ばれたその女性は「あらありがと、また飲みましょ!」と言って去っていく。
(ふーん・・・)
イチカはシオンのこの町での暮らしの一端を垣間見て勝手に納得し、すぐにどうでもいいことだと頭を振った。
「ほら、どうせ俺の方が足が速いんだし、すぐ追いつかれちゃうよ。もう諦めたら?」
「旅の荷物を何もお持ちでないようですけど?」
「そんなのどうにかなるって!俺旅慣れてるし、金はそこそこあるから。」
「とにかく、ついて来ないでください!」
イチカはさらに足を速める。するとまた別の女性と出会い、今度はその女性の方から声をかけられてシオンが足を止めた。
「あ!ちょっとシオンさん!?またフラフラどこか出かけようとしてますね!ダメですよ、今日という今日は許しませんから!!レオンさんだって何度大変な思いをしたことか・・・」
イチカより少し背の低い、巻き毛とクリッとした目が可愛らしい女性がシオンを捕まえる。腕に絡みついて離さないと必死になっている様子を確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、さようなら。二度とお会いしませんけど、お元気で!」
イチカは自分なりに最高の笑顔を向けて、シオンに手を振りそこを離れた。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、次の町に急ぎますか!」
帽子の鍔を少しだけ上げて、晴れて心地よい空の下、イチカは町の外に飛び出していった。
大きな街道沿いの道に入ると、馬車や旅の人達と時々すれ違う。幌のついた馬車だとかなり荷物を積んでいるようだった。
(こんなにたくさんの荷物が運ばれていくってことは、この先にある町は結構大きいのかも。仕事を探したいけど、さすがに隣の町だとあいつに出会う可能性もあるよね。大きい町の方が目立たなくていいけど・・・仕方ない、もう少し遠くに行こう!)
イチカは地図と睨めっこしながら引き続き先へ先へと歩みを進めた。
二時間ほど歩くと、小さな村に行き着く。どこかで休憩して、ついでに水をもらえないかとキョロキョロしていると、少し先に赤い尖った屋根が可愛らしいお店が見えた。看板の感じから食堂かなと判断して近寄っていく。
店の前まで行くと、そこはやはり小さな食堂だった。お昼時に近くなり、イチカの鼻にはいい香りが漂ってくる。
「美味しそうな匂い〜!よし、入ってみるか!」
イチカは帽子を脱いで、お店の中に入った。まだお昼になっていないがすでにお客さんが何人か座っている。これは美味しいお店に違いないと確信し、一番小さなテーブルに座ろうとしたその時、横からスッと手が伸びてイチカの行手を遮った。
「な、なんでいるの!?」
その手の主は、シオンだった。
「よう!結構早かったね、もう少し待つかなと思ってたけど。足が速いのは助かる!ますます相棒に欲しくなったよ!」
ニコニコしながら話すシオンを見て、イチカはどっと疲れが押し寄せた。
「馬車か何かで先回りですか。いったいどこまでついてくる気ですか?」
「君がうん、て言うまで。」
「はああ。・・・嫌です!」
「何で!?」
「あなたのこと何も知りませんし、まだあの時の疑いも晴れていないから。」
「それについてはいずれ説明するよ。それに俺のことはこれから少しずつ知っていけばいいんじゃない?」
「いや別に知りたくないんですけど。」
「冷たいな・・・」
うるうると飼い主を見上げる小動物のような目を向けてくるが、イチカには全く効果が無かった。
「そんな目で見てもだめです。とにかく食事も離れて・・・」
「お嬢さん、うち、これからすごく混むから知り合いなら席は一緒で頼むよ!」
奥から店の主人らしき人に声を掛けられて、渋々シオンの前に座った。
「これでゆっくり話ができるな!」
シオンは嬉しそうに両手を組むと、イチカの顔をじっと見つめた。イチカはテーブルの上に置いてあった小さなメニューの板を見ながら、その視線を無視して注文をする。
「オムレツとサラダのセット、お願いしまーす!」
「はいよー!」
元気な声が返ってきて、イチカはホッとして外を眺めた。ちょうどそこは窓際の席だったので、彼の目を見ないで済むのは好都合だった。
「お前、いや君、名前なんて言うの?」
「・・・イチカです。」
「へえ!あの幻の花と同じ名前か?」
「・・・はい。」
「そっか。なんか、いい名前だな。」
(・・・しょうちゃんも昔、そう言ってくれた。いい名前だな、って)
ふと夫と出会った頃のことを思い出す。
友達の紹介で知り合い、二人で何となく出掛けるようになって。そんな彼がいいなと思ったのは、その言葉がきっかけだった。
『一花さんか、いい名前だね。なんか、いいな。』
たったそれだけの言葉だったけれど、とても胸に響いて、また会いたくなった。そんな遠い思い出が胸を締め付ける。
「ねえ、何を思い出した?」
「え?」
「泣いてる。気付いてなかった?」
「うそ、やだ。」
小さなタオルをポケットから取り出し、涙を拭った。
「その若さでそんな泣き方する女、俺は初めて見たよ。」
「利いた風な口をきかないで。」
「・・・ますます君に興味が湧いた。ま、とにかく食べよう。腹が減ったー!」
イチカは食欲を無くしかけていたが、目の前にフワフワオムレツがやってくると一気にお腹が空いてきて、そんな現金な自分を少し恨めしく思った。




