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107. 祭りの日

 祭りの日当日、イチカはあの日フディナの町のパーティーで着たドレスを着て簡単な化粧をし、準備を整えた。窓の向こうでは、外に出ている人達も皆お祭りらしく明るい服装に身を包み、楽しそうに歩いている。


 そうは言ってもこの服装は浮かれ過ぎかしらともう一度姿見で全身をチェックし、やっぱり着替えようと思ったその時、ノックの音が聞こえた。


「シオン?」

「ああ。準備できた?」

「えっと、できたけど、やっぱりちょっと着替えたいから待ってて!」

「イチカ?ちょっとその前にドアを開けて。」


 イチカは何か急ぎの用件かと思い素直にドアを開けると、見たことのない上質な素材の薄いブルーのシャツとグレーのパンツ姿のシオンがそこに立っていた。胸元が少しだけ開いていて、ドキッとさせられたイチカは思わず目を逸らす。


「イチカ。やっぱりそれ着てくれたんだ。可愛い。」

「え?」

「今日はそれを着てくれるかなと思って、シャツの色合わせてみたんだけど、どうかな?」

「・・・うん。似合ってる。」

「こら、そういう時はかっこいいって言えよ。」

「シオンはいつだってかっこいいよ。」

「え、あ、お、おう。」


 イチカの不意打ちに真っ赤になり、顔を背けて口元を手で覆っているシオンを見て、イチカは逆襲できたかなとほくそ笑む。


「でも今日は特にかっこいい。ね、行こう?」


 そう言って腕を絡ませると、シオンはむすっとした顔でイチカを見つめた。


「なんだよ、今日に限って大人のイチカなのか?やられた!」

「いいじゃない!むしろ童心に帰ってワクワクしてるよ!シオンと一緒にお祭り楽しみたい。」

「そうだな。俺も。」


 そうして二人はお互いの姿に少し浮かれながら、そのまま賑わいを見せる町へと繰り出していった。



 お祭りは盛況で、メインの通りの店はどこもお祭りの装飾を施して解放し、さらにそれ以外にも様々な出店が出ていてイチカはあちこちに目移りしてしまう。


「ほらイチカ、ちゃんと手を繋いで。」

「もう、子ども扱いして!」

「違う。デートだから。」

「・・・うん。」


 しばらくの間二人で人混みの中を歩き続け、そして海の近くまで出てみる。浜辺には店は出せないのか思ったほど人がおらず、二人でゆっくりとそこを歩いていった。


 サラサラとした砂浜に足が取られていく。靴の中に入った砂が、あの日の翔太との思い出を微かにイチカの心に蘇らせた。


「二人で海に来れたな。イチカとの約束、守れてよかった。」

「うん。私も嬉しい。」

「旦那との思い出には、負けるかもしれないけど。」


 シオンが少し寂しそうにそう言う。イチカは彼のその頬にそっと触れた。


「シオン。私ね、ようやく彼のことを思い出にできるようになってきたの。」

「イチカ・・・」

「彼が死んでしまったことを完全に受けとめ切れたわけじゃない。でも、もう過去には戻れないってことはわかってる。何の意味があって記憶を保ったままここで生きているのかはまだわからないけど、今を生きなくちゃって、最近やっとそう思えるようになったの。」

「・・・無理、してないか?」

「してないよ。心の整理は、少しずつ進んでる。」


 自分に言い聞かせるように何度も頷く。イチカの手が、先ほどより少しだけきつく握られた。


「イチカは、俺のために、この世界に来てくれたんだよ。」


 イチカはその言葉に、胸が震えた。


「絶対にそうだ。俺はイチカがいなかったらどうなっていたか、誰を傷つけていたかわからない。イチカっていう光があったから、俺は今こうして最高に幸せな気持ちでここに生きていられるんだ。だからイチカ、ずっと一緒にいてくれ。永遠でも俺のイチカへの気持ちが変わることは絶対にないから。俺は・・・」


 イチカはその先の言葉は言わせなかった。指で優しくシオンの唇に触れる。シオンはその手を掴んで手のひらにゆっくりとキスをした。


「誕生日まで、待って。」

「誕生日まで、待つよ。」


 その二人だけの特別な時間は、まるで何かその後の恐ろしいことを予感させるような、不思議な高揚感に満たされたものだった。



 二人はメインの通りで行われるという神に捧げる踊りを見に行こうと、再び人混みの中へと突入していく。はぐれないようにとしっかり繋いだ手は、祭りの熱気に当てられて少しだけ汗ばんでいた。


 しばらく人の波に飲まれながら先に進んでいくと、祭壇があると言われている大きな教会の近くまでたどり着く。


 その瞬間、空に大きな花火のようなものが打ち上がった。


 ドーンドーーーン!!


 という轟音と上から降り注いでくる火花が人々を驚かせ、辺りは一瞬にしてパニックに陥る。


 そしてイチカは、そのパニックの波に飲み込まれ、手が滑ってあっという間にシオンとはぐれてしまった。


「イチカ!!」

「シオン!?」


 人の波はさらに遠くへとイチカを押し流していき、どうにもならないままシオンと反対の方へと移動する。しばらくそのまま身を任せていたが、ある場所で突然手を引っ張られ、細い横道に入り込んだ。訳のわからないまま引っ張られていった先で、イチカはその顔を見て驚愕する。


「ハ、ハルバート様!?」


 イチカの手を引いていたのは、ハルバートだった。


「どうしてここに・・・」

「君を追いかけてきたんだ。」

「え?何を仰ってるんですか!?」

「いいから行こう。」


 イチカは青くなって手を振り解こうとする。だがその手はびくともしない。


「離してください!私、早く戻らないと!!」

「もう君を帰さない。あの男のことは忘れなさい。」

「ハルバート様!?」


 イチカはその手に引き摺られるようにしてさらに奥へと進んでいく。そのうちに見たこともない裏通りへと連れて行かれ、イチカは憔悴しながらただひたすら歩かされていた。


(どうしよう、この人も御使い・・・だとしたら力では何一つ敵わないじゃない・・・)


 そして大きな建物の裏にやってきた時、そこに何やら荷物を抱えた男達が走ってこちらに向かってくるのが見えた。


「おい、どうして人払いができてないんだ!片付けとけ!!」


 一人の男が突然物騒なことを言い始めた。そしてそのまま持っていた荷物をそのリーダーらしき男が全て持ち、別の道へと曲がっていく。残された三人の男達は物凄い勢いでこちらに武器を手に襲いかかってきた。


「イチカ、離れていなさい。」


 そう言うとハルバートはその男達を素手であっさりと倒していき、全員がその場に倒れ込んだ。そしてイチカがその隙に逃げようと立ち上がった瞬間、先ほど逃げたと思っていた男が顔を出し、こちらに何か光るものを放った。


(まずい、当たる!!)


 イチカは無意識に力を放って防御しようとしたが一瞬間に合わず、目をぎゅっと閉じてその時を待った。


(あれ痛くない・・・暗いけど、どうして・・・)


 恐る恐る目を開けると、目の前に苦しげな表情を浮かべるハルバートの姿があった。そしてそのままズルズルと崩れ落ちるようにイチカの足元に倒れていく。


「ハルバート様!?しっかりなさってください!!」


 慌てて背中を見ると肩の一部に血が滲み、地面には先ほどの男が投げたナイフが落ちていた。掠っただけのようなのになぜかその顔色はどんどん悪くなる。


「もしかして・・・毒!?」


 イチカはバッグの中からタオルと小瓶に入れた水、薬などを全て取り出し、傷口を水で軽く流した後、特に毒全般に効果が高い薬草とまじないをかけたものを選んで傷口に塗り込む。そして聖人の力が効かないことはわかっていたが、タオルにも同じ薬を塗り込み、祈りを込めて患部に押さえつけた。


 魔女の薬は確実に効果は出るが、その効果が出るまでに時間が掛かる。イチカは苦しんでいるハルバートをどうしても放っておくことができず、仕方なく彼を引きずるようにして近くの人気のない小屋のような場所へと引き入れた。


 あまり清潔とは言えなかったがそこにあった布の上に彼を寝かせ、再び彼の様子を見る。熱が上がってきているのか、うわ言のようなものを口にしながら呻いている。


 イチカは持ち歩いていた水を少しずつ飲ませ、自分の服についているリボンを外して残っていた水を染み込ませて額に当てた。


「イチカ・・・」

「ハルバート様、しっかり!!」


 ハルバートが少しだけ意識を取り戻す。


「逃げ、ないのか・・・」

「病人を置いて逃げるわけありません!!」

「今しか、逃して、あげられないぞ・・・」


 イチカは強がってみせる。


「絶対逃げます!でも今はあなたが心配です!!」

「イチカ・・・美しい人。私の側に、いて、くれないか。」

「ごめんなさい、それはできません。今は、今だけはいますから。早く良くなってください。」

「でも、もう・・・手放すつもりは、無いよ。」


 そう言ってハルバートはまた苦しみだし、イチカはそっとその手を握った。まるで目の前で翔太が苦しんでいるかのような錯覚に陥り、胸が締め付けられる。


 思い出にしたはずなのに、彼への想いが色濃く蘇る。


「しっかりしてください。ああ、どうして彼には私の力が効かないの・・・お願い、もう、私より先に死なないで!!」

「ううう・・・」


 苦しむハルバートが少しでも楽になるようにと、イチカはただひたすら神に祈り続け、できる限りの看病をしながら、そのままその不安な夜を越えていった。



 ― ― ― ― ―



 その頃シオンははぐれてしまったイチカを必死で探し歩いていた。人にぶつかりながら、辺りをただ闇雲に探していく。


「イチカ!!どこにいる、イチカ!?」


 そしてふいにその肩を叩かれ、イチカかと喜んで振り向いた。


「イチカ!!・・・テオ!?」


 そこにいたのはイチカではなく、テオニタス、その人だった。


「シオン、落ち着け。イチカを探すなら一緒に探す。だがこんな所で叫んでいても仕方が無いよ。なあ一旦そこによけてくれ。」


 そう言って冷静なテオニタスがシオンを近くの人がいない路地へと引っ張っていく。彼はあの長かった髪をバッサリと切り、その体つきも顔つきもすっかり精悍なものに変わっていた。


「テオ、どうしてここに・・・」

「今回の組織の計画を潰しにね。爆薬は使われてしまったけど怪我人はいないようだし、真珠も偽物と取り替えておいたしまあ成功だよ。あの男は完璧主義者だから、失敗したとあればこの仕事を担当した奴らは制裁を喰らう筈だ。そこをこちらで潰していくつもり。」

「へえ。ずいぶんと活躍してるみたいだな。」

「まあね。ああ、それでイチカのことだけど、こっちの仲間も動かして探してみるよ。どこに知らせに行けばいい?」

「海沿いの宿にいる。何かあればすぐ知らせてくれ。頼む。」

「わかった。」


 それだけ言うとテオニタスはすぐにその場からいなくなり、シオンもまた彼女を探すために動き出した。


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