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106. 海の見える町

 その町に入ると、大きな通りのその先に、海が見えた。


 それまでに感じられなかった潮の香りと海鳥達の鳴き声が、少しずつその海に近づいていることをイチカ達に知らせていた。


「シオン、見て!海が見える!!」

「お、見えてきたか。イチカが驚くと思って内緒にしてたんだ。」

「そうなの?うん、驚いた!綺麗ね・・・早く近くで見たいな。それにこの町にお父さんがいるのよね。どこにいるのかしら?早く会いたい!」


 シオンが優しくイチカの頭を撫でる。


「ああ。早く会えるといいな。」

「・・・うん。」


 そして窓の外には美しい町の景色が広がっていく。緑の中に点在する色とりどりの壁、オレンジ色に統一された屋根、そして海のすぐ側にはその家々がさらにひしめき合い、砂浜の近くにはたくさんの人が歩いているのが遠目にもわかった。


 また別の方向に目を向けるとそこは大きな港になっていて、たくさんの大小様々な船が係留されている。


 そしてその先には、見渡す限りの青い海がどこまでも続いていた。快晴のその日は、海と空との境目がわからないほどどこまでもその青さが続いているようにイチカには見えた。



「壮観ね・・・」


 イチカがため息と共に小さくそう呟くと、シオンが不思議な顔でイチカを見る。


「難しい言葉を使うんだな。そういえばイチカは学校はどうしてたんだ?」

「ああ、森の中にこもってたから、勉強は父に教わってたの。それに最低限のことは前世の知識もあったから。」

「なるほど、そうか。なあイチカ、お前のお父上だけど、本名はなんて言うんだ?」

「え?」


 イチカは質問の意味がわからず眉を顰める。


「どういうこと?」

「ということはお前は知らないんだな。」

「ねえ、何?何を知ってるの?」

「お父上と話したらイチカにも説明する。大丈夫。これに関しては後で全部説明するから心配するな。」

「・・・わかった。」


 少し拗ねた顔になっていたイチカをシオンが苦笑しながら見ている。そして彼は何かに気づいて顔を上げた。


「イチカ、見て!」

「うわ!?すごい!!あれ、何?」


 それは大きな通りに入ってすぐに窓の外に見えてきた、空の青を埋め尽くすようなカラフルなリボンの群れだった。


高さのある建物同士をロープのようなもので繋ぎ、そこに長さはバラバラだったが、大量のリボンが結ばれ、風に揺れている。よく見るとリボンというよりも細く裂いた布のようなものがほとんどで、柄が入っているものもいくつか混じっていた。どの布も光に透けて美しくはためき、イチカはその光景をうっとりと眺める。


「そろそろこの町でお祭りがあるんだ。ここはこの時期雨も少なくて、お祭りの一ヶ月ほど前から少しずつあの布が増えていく。たぶん来週あたりがお祭りの本番じゃなかったかな。」

「へえ!楽しみ!」

「一緒に行くか?」

「うん!」


 そしてその布の天井を抜けた先に、海岸沿いの道が通っていた。シオンと一緒にその通り沿いにある広場のような場所で馬車を降り、荷物を持ってその海沿いの道を歩き始める。


「今日はこの辺りの宿に泊まろう。観光客が増えていて泊まれないようだったらまた考えるけど、祭り当日じゃないからまだ空いてると思う。」

「そうね。海が見えるといいな!」

「探してみるか!」

「やった!」


 まるで恋人同士のような会話を繰り広げていることにも気づかず、イチカ達はシオンが見つけてくれた宿へと向かい、無事部屋を確保した。


 部屋は隣同士、小さいけれど海も見える素敵な部屋に、イチカは小躍りして喜ぶ。そんな些細な喜びもシオンが一緒に喜んでくれることに、イチカは心からの幸せを感じていた。



 その日は二人で宿でのんびりと過ごし、翌日から早速イチカの父、マシュートを探す日々が始まった。祭りまではまだ五日ほどあったので、人が増える前にと慌ただしく捜索を開始した。


 あらゆる種類の商店が並ぶ街並みを楽しみながらも、父の特徴を説明しながら情報を探していく。二日、三日と捜索範囲を広げて探してみたが、何一つ手がかりは得られなかった。


 シオンもずっとイチカに付き添い父探しを手伝ってくれたものの、あまりの手がかりのなさに「この町には来ていないかもな・・・」と諦めるような発言を口にするようになった。


 実際イチカもそうなのかもと思い始めていたが、だとしたら父はまだこの町に来ていない、もしくは途中で何かがあって来られなかったという可能性もあることに気づき、不安に駆られていく。



 そんな気持ちを抱えていたイチカに、今度はシオンからも別の不安になる話を聞かされることになった。


「イチカ、実はさっき商会関係の知り合いにそこで会ったんだけど、ちょっと良くない話を聞かされた。」


 シオンと海岸沿いにあるカフェでお茶を飲んでいた時、唐突にその不穏な話が始まった。


「良くない話?」

「ああ。例の組織がここの祭りで何かまた事件を起こすつもりじゃないかって話。」

「え!?何よそれ!」


 シオンはカップをゆっくりとソーサーの上におろすと、イチカをじっと見つめ、小さい声で話を続けた。


「今回俺達には依頼が入っているわけじゃない。この町には商会の支店も入ってないし無理に動くつもりはないんだ。だからイチカも下手に手出しをしないで、身を守ることだけ考えていてほしい。今回は念のためイチカには話したけど、それは安全のためだからな。」

「う、うん。わかった。」

「夜はまだ力を放つ練習をしてるんだろ?」

「うん。だいぶ体が慣れてきたよ。」


 この町に来てからはマシュートの捜索以外の時間は暇だったので、夜は部屋にこもって聖人の力を少しずつ使う練習をしていた。シオンも時々付き合ってくれたが、眠くなってくるとこれ幸いとベタベタくっついてくるので、最近は鍵を閉めて一人っきりで、寝る前だけ練習を繰り返している。


「俺はお前に締め出されて最近暇だからさ。また情報があったら探ってくるよ。今夜は飲みにでも行くかな。」


 イチカはその言葉に無意識に反応してしまう。


「イチカ・・・この手、何?」

「あ、ごめん。」


 気がつかないうちにシオンの服を掴んでいたらしく、指摘されてパッと手を離した。


「俺に出かけてほしくないの?」

「だって・・・またあの日みたいに・・・」

「バカだな。イチカと一緒にいるのにそんなことになるわけないだろ?でも、そう思ってくれて俺は嬉しい。なあ、たまには一緒に飲みに行こうよ。」

「うん。行きたい。」


 シオンがイチカの手をぎゅっと握る。


「イチカ、ずっと一緒だから。」

「うん。」


 波の音が二人の静かになった時間を埋めていく。イチカの中に新たに追加された海の記憶は、翔太との記憶と共に、心の大切な場所にまた一つ保存されていった。



 翌日シオンとは別行動を取り、イチカは引き続き父の捜索を、シオンは例の組織の情報を探りに出かけていった。


 曇り空が広がるその日、海辺から離れた少し奥まった道を歩きながら父の面影を探していく。だが祭りがいよいよ翌日に迫ったこの日はもうどこも人で混み合ってきていて、とても人探しができる状況ではなくなりつつあった。


(仕方ない、今日は帰って力を出す練習だけしよう。明日は・・・お祭りだしね!)


 実はかなり楽しみにしていたのだが、照れくさいのでシオンにはそうとばれないように密かにカウントダウンをしていた。



 そんなウキウキした気持ちに水を差すように、宿への帰り道、イチカはふと誰かの視線を感じて振り返った。だがそこには誰もおらず、イチカは首を傾げる。もしかして組織の人が、とも考えたが、なぜか悪意はあまり感じなかったので気のせいかと思いこんで再び歩き始める。


 警戒はしていたが結局何事もなく宿に戻ると、シオンがロビーでイチカを待っていた。


「イチカ、部屋で話せるか?」


 シオンのただならぬ表情にイチカは深く頷き、すぐに部屋に向かう。そしてシオンの部屋に入ると立ったままで早速話を聞いた。


「例の組織の話だが、どうもこの祭り、海の恵みに感謝して毎年神に捧げる供物を用意するらしい。それ自体はたいした話じゃないんだが、実はその中に、その年とれた真珠なんかも一度祭壇にささげるという風習があるみたいなんだ。」

「真珠?」

「ああ。少し先に入江があって、そこでは真珠の養殖もしていて、売り物として店に出す前に一度この祭りで神に捧げておくと、翌年も良い真珠ができると信じられているんだと。それで毎年一旦祭壇に真珠を置いておくらしい。もちろん警備は入るし、祭壇は一般客は入れない場所にある。」


 イチカはその光景を想像して一気に恐ろしくなった。


「でもそんなの、狙ってくださいって言っているようなものじゃない!?」

「ああ。だけどこれまでは外部にこの情報は漏れていなかったから大丈夫だったんだろう。それがなぜか今年は外に知られてしまったらしい。」

「そうなんだ・・・絶対狙ってくるよね。」

「ああ。だがとにかく、俺は依頼を受けなければ動くことはできない。今回はイチカを守ることだけを考えて動くようにする。だからお前も俺から離れるなよ。」


 イチカはその言葉に何か嫌な予感を感じながらも、ただ黙って頷いた。そしてシオンもまた同じような不安を抱えていたのだろうか、立ったまま話を聞いていたイチカを抱き寄せ、しばらくの間その腕から解放することはなかった。


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