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105. コクレの町へ

 翌日、朝早くから二人は家を出てコクレの町へと歩き始めた。ハルバート達は反対方向へ向かうとのことだったが、馬車など目立つ形で町を出るのは避けようということになり、明け方まだ暗い時間帯に徒歩で出発することにした。


 ここからコクレの町までは平坦な広い街道を南に下っていく。谷沿いの道を進むので山を越えることも無いと聞き、イチカは少しほっとしていた。


 歩き始めて二時間ほど経つと、小さな村に行き当たる。赤い屋根を密かに探していたのだが、シオンにあっさりとばれた。


「イチカ、こらそこの食いしん坊!赤い屋根の食堂を探してるんだろ?」

「な、なんでわかったの!?」

「顔に書いてあるんだよ。わかりやすいやつだな!」


 そう言っておでこを指でつつく。


「ちょっと、やめてよ!いいじゃない、そろそろ朝ごはん食べたいなあってちょっと思っただけ!」

「そうだな、確かに俺も腹が減ってる。まださすがに開いてない所が多いから、とりあえず持ってきたものを食べるか。」

「そうね。」


 二人が少し道から離れた場所で大きな石の上に座って朝食を食べ始めると、近くを歩いていた女性が突然声を掛けてきた。


「あれ?もしかして、シオン?」

「む?」


 それはシオンが水筒から水を飲もうとした瞬間だったため、彼はくぐもった声のまま返事をする。


「私よ、シェリー!ほら、ザインの町の花屋にいた!やだ、あんなに一緒に過ごしたのに、もう忘れちゃったの?」

「ゲホッ、えっと、ああ、いや・・・」


 シオンがチラッとイチカの方を見る。イチカは我関せずという顔で食事を続けていた。


「やだ、ごめんなさい、女の子と一緒だったのね!変なこと言って・・・。過去の話なのよ。もう二年くらい前かな?だから気にしないで!私ももう結婚してるし。とにかくシオンが元気そうで何より!それじゃあね!」


 シェリーと言っていた女性は一人で話し続けた後、シオンに手を振って去っていった。


 二人の間に嫌な沈黙の時間が流れる。


「イチカ、さん?」

「過去の話なんでしょ?私もいい大人だし、別に過去のことまでどうこう言うつもりはないわよ。」

「ああ、うん。」


 シオンがイチカの機嫌を窺うようにそっと近づく。


「ただ例のマリアって人のことをちょっと思い出しちゃったからしばらく近寄らないで。」

「お、おい!?」

「何よ。」

「いや、なんでもないです。」


 イチカは水を飲んで立ち上がると、ゴミをリュックにしまって歩き始めた。シオンがゆっくりとその後を歩く。


「なあ、イチカ。」

「なに。」

「俺さ、イチカに再会するまでは、その、結構遊んでた。」

「でしょうね。」

「・・・」

「そんなの再会した時の様子を見れば一目瞭然だったじゃない。今さらよ。」

「そ、そうだよな。」


 はああ、と大袈裟にため息をついて振り返ったイチカは、シオンの前に立ち塞がった。


「な、なんだよ?」

「あのね。私はそのことは本当に気にしてないから。」

「うん。」

「でもあの赤い唇はまだ忘れられない。それだけ。」

「・・・ああ。」

「ほら、もういいから、一緒に行こう?」


 イチカは少しだけ笑顔になって、シオンと並んで歩き始めた。


(まだぎこちないけど、少しずつ二人で歩み寄っていきたい)


 イチカのその想いが通じたかのように、ふと横を見るとシオンもまた、優しい笑顔をイチカに向けてくれていた。



 そこからまた休憩を何度か挟みながら歩き続け、夕方近くになってようやく二人は途中立ち寄る予定にしていた一つ目の町にたどり着いた。小さな町だが宿はあるとのことで、これで疲れを癒せるとほっとしていた矢先。


 事件が起きた。


「大変だ!火事だぞ!!」

「おい、男連中を集めろ!!水を運べ!!」

「怪我人はいないか!?」


 少し遠くの方に火の手が上がっているのが見え、イチカ達も何事かとそちらを眺めた。


「あの、どこか火事なんですか?」


 イチカがすぐ側にいた女性に近づき声をかけると、

「ええ、どうも宿とその隣の食堂両方が燃えてるみたいよ!他に移らないといいんだけど・・・」

と心配そうにそう言ってまたそちらに目を向けてしまった。


「宿・・・」


 イチカは呆然としながらその情報をシオンにも伝えた。


「それはまずいな。今日は野宿か?」

「うわあ、とうとうテントを使う日が来たのね。まあでも寒い時期じゃ無くてよかったわ。・・・シオン、どうしたの?」


 シオンが言い辛そうにイチカを見つめている。


「いや、この街道沿いで泊まる場所に困るとは思ってなくてさ。」

「え」

「テント、持ってきて無いんだよな!」

「・・・はい!?」



 そうしてその後小さな揉め事を重ねながら、町から少し離れた綺麗な川の流れる場所の近くにテントを張った。


「とりあえず食材は手に入ってよかったよな!」

「・・・ソウデスネ。」

「イチカ、冷たいよ。一緒に寝るのが嫌なら俺は外でもいいよ?」


 少し拗ねたような顔でチラチラとこちらを見てくるシオンに根負けし、イチカは気持ちを切り替えて答えた。


「はあ。もういいわよ。いくら暖かくなってきたからって夜は寒いからダメ!仕方ないから今日は一緒に休みましょ。そうだ、それより今日こそシオンに買ってもらった調理器具が役立つ時がきたわね!スープでも作って食べようか?」

「ああ。手伝うよ。」


 そうして二人は肉と野菜をよく煮込んだスープと買ってきたパンなどを食べ、焚き火にあたる。火をつける時にはもちろんあの秘術を使った。本当に便利な術を教えてもらったと、イチカは改めてエレノアに感謝する。


 食事を終えると二人は焚き火にあたりながら静かな夜の時間を過ごした。パチパチと火がはぜる音が耳に心地良い。しばらくすると疲れがピークにきていたのか、ウトウトし始めたイチカを見てシオンが優しく声をかけた。


「イチカ、そろそろ休もうか。」

「う、ん・・・」


 シオンが手際良く火を消して片付けていく。それをなんとなく気配で感じながら、イチカはぼーっと空を眺めた。


「星がきれい。」

「ん?ああ、そうだな。」

「ふふ。またシオンと星を見たね。」

「ああ、パウヌの宿でそういえば一緒に見たな。」

「うん。」

「あの時俺が言った言葉、イチカには聞こえてなかったんだっけ。」


 イチカはもう閉じかけた目でシオンを見る。


「風が強くてよく聞こえなかったから。何て言ったの?」


 シオンが眠そうなイチカをそっと抱き上げる。


「『君も綺麗だ』って、言ったんだ。」


 イチカは目を大きく開く。


「こら、眠いままでいろよ。」

「目が覚めた。」

「イチカ、綺麗だよ。いつだって。」

「・・・バカ。」


 そうして二人はテントに入り、寄り添って暖め合いながら眠り、朝を迎えた。



 翌日からは順調な旅が続き、二つ目の町ではきちんとした宿に泊まり疲れを癒した。そして三日目、イチカ達はそこから一気に馬車でコクレの町へ向かう。


「はああ!馬車様様よね!!」

「イチカが喜んでくれてよかったよ。ここまで何事も無かったし、無事到着できそうだな。」

「本当によかった。まだ誕生日まで時間があるし、父を探して一緒にお祝いしたいなあ。」


 シオンがイチカをじっと見つめる。その目には何か強い思いが見え隠れしていた。


「でも、夜は二人で過ごそう?」


 イチカは一瞬で顔が真っ赤になる。


「だ、だめに決まってるでしょ、そんなの!?」

「どうして?」

「どうしても!!」

「秘密を教えてくれる日なんじゃ無いのか?」

「違う、その日までに気持ちを整理するって言ったのよ!」

「ふうん。」

「それにそういうのは・・・」


 イチカはそこまで言いかけて何かとんでもないことを言おうとしてしまったことに気付き、口を閉ざした。


「イチカ、ちゃんと手順は踏むから。」

「シオン!?」

「だから心配しなくていい。イチカのこと、いい加減な気持ちで考えているわけじゃ無いから。」


 シオンは真面目な顔でイチカを見つめてから微笑んだ。その表情を見てイチカも覚悟を決める。


「・・・わかった。じゃあ、最後の秘密は誕生日に話す。」

「嬉しい。」

「その代わりシオンも一つ秘密を教えて。」

「もちろん。」


 そう言うとシオンはイチカの手にそっと触れた。手を繋ぐわけでもなく、ただ触れたくて触れてしまったというその感触が、イチカの心をざわめかせる。


「イチカ、誕生日いつ?」

「六月の・・・二十二日。」


 するとシオンが嬉しそうに顔をほころばせていく。


「俺達、同じ誕生日なんだな。」


 イチカの心の中に、その表情と言葉がじんわりと沁みていく。ああ、この人とは出会うべくして出会ったんだなあ、とイチカはようやくわかった。


「ほら、やっぱり奇跡だっただろ?」


 そう言ってまた優しく笑う彼を見て、イチカは胸がいっぱいになる。


「うん。」


 そして初めてイチカからシオンに寄り添い、ゆっくりと抱きしめた。それはただそれだけのことだったけれど、二人の中に「互いを一生守っていこう」という、揺るぎない決意を抱かせた日となった。


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