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10. 仕事の基本は信頼から

 イチカが連れられて入ったのは、大通りの端に位置する大きな石造りの建物だった。入り口横の壁には『グリーズ商会本部』と書かれた木の看板が掲げられている。


 引っ張られている意味がわからないイチカは、ちょっと離してと叫びながら引き摺られていく。建物の中に入るとまず大きな部屋があり、そこにいる大勢の人達は、誰一人イチカを助けようとはしてくれなかった。


(ひどい!この世界の人達には優しさってものがないの!?)


 イチカがいい加減あの札を使おうかとポケットに手を入れた時、元少年が口を開いた。そこは先ほどの部屋からさらに奥に入った廊下の真ん中辺りだった。目の前に焦茶色のドアがある。


「さあ、ここに入って。ちょっと話をしよう。」

「ここまでのあなたの行動は、話をしようって人の態度じゃありませんでしたけど。」


 以前に比べてずっと大人になった彼であっても、元アラフォーのイチカにとっては二十代半ば、ただの若い青年でしかない。心の中だけでも年上の自分が、しっかり言いたいことは言っておかないと!と変な使命感で説教する。


「確かに。さっきも、それから四年前も、本当にすまなかった!」


 イチカが拍子抜けするくらいにあっさりと謝罪する姿に、少しだけ許す気持ちになって一瞬黙り込む。


「まあ・・・謝罪してくれるのでしたら、話くらいは聞きますけど。」

「ありがとう。この部屋は小さいけど会議室で、音も外に漏れにくいからここで話そう。入って!」


 促されて渋々部屋に入る。そこは大きなテーブルと椅子が四つだけの本当に小さな部屋だった。格子状の窓が一つ付いていて、それなりに明るい。



「まず自己紹介をするよ。俺はシオン。ここで・・・何でも屋みたいな感じでフリーで働いてる。お前、いや失礼、君はあの時の青っぽい銀髪の女の子だよね?」


 イチカは少し警戒を強める。


「そうですけど、もしかして誰かに突き出す気ですか?」

「え?何のために?」

「・・・違うならいいんです。ただ、あの髪の色のことは内緒にしてもらえると助かります。」

「・・・わかった。いいよ。その代わり俺もお願いがあるんだけど。」


 交換条件を出されそうになり、やっぱり裏があったんだと、顔を顰める。


「そんなに警戒するなよ。何も取って食おうってんじゃない。なあ、ここに登録して働く気はないか?」


 イチカの想像とは全く違う提案に、眉間の皺がさらに深まった。


「すごい顔してるな・・・。なあ、四年前にさ、君どうやって俺を見つけた?」

「どうって、普通に本屋の窓の外にいましたよね?」

「いた。いたけど、後であの本屋に入ってわかったけど、君の当時の背丈だと俺は絶対に見えなかったはずだ。あの窓結構高さがあるんだよ。・・・なんで俺に気づいたんだ?」


 その言葉を聞いて初めてあの日のことを真剣に思い出そうとする。


(あの時の自分は十二歳。今より十センチは身長低かったかな・・・)


 何の疑問も持たず窓の外に見えたと思っていたけど、違ったのかな?と腕を組んで必死に思い出そうとする。


「四年も前のことだから忘れてるかもしれないけど、とにかく絶対に見えなかったはずだ。その後で踏み台に登って見てたっていうのは店主から聞いたよ。でも登らなきゃ見えなかった俺に気づいたのはどうして?」


 シオンは鋭い目つきでイチカを見ている。


「覚えてない・・・でも確かに見えた気がしたの。茶色い髪が風に靡いて、なんでこんな茂みの中にって。」

「君の当時の身長だと、茂みすら見えないよ。」

「え!?」


 背もたれに寄りかかるようにして足を組み、シオンはテーブルの上をトントンとゆっくり指で叩いた。


「おかしいよね。しかも俺はあの時気配を消してた。そう簡単に見つかるはずはなかったんだ。それをあの頃の君はあっさり見つけて、しかもまさかの泥棒扱い・・・」

「あれは仕方ないんじゃないですか?突然人を襲って紙袋を奪うってどうかしてるし!と言うか本当に泥棒じゃないんでしょうね!?」

「だから違うって言ってるだろ!しつこいな!」

「しつこいに決まってるじゃないですか!だってあの後あの男性殺されてたんですよね!?」

「・・・何でそれ、知ってるんだ?」


 シオンの雰囲気が変わる。イチカは地雷を踏んだと気づき、押し黙った。これはもう逃げるしかないと、ズボンのポケットの札に再び手をかける。


「・・・まあいいや。とにかく俺は君の持っているその勘の強さと秘めている力をこの商会で役立てて欲しいと思ってる。それと、必要な時には一緒に仕事をして欲しいんだよね。どう?ここに登録して働いてみないか?」


 ありがたいことにそれ以上例の男の件を追求されなさそうな雰囲気に戻り、札から手を離して考えてみる。


「ここに登録って、そもそもここはいったいどういう場所なんですか?」

「え?知らないの?そっか・・・じゃあ、簡単に説明するよ。ここは人材斡旋業をやってる商会だよ。登録をしている人達はみんな個人で仕事をしてて、この商会は依頼者と仕事を探している人を結びつける仕事をしている。依頼者からは手数料は貰わず、依頼が完了次第報酬を貰い、その中から手数料が引かれている。」


 イチカは小さく相槌をうちながら続きを待つ。


「国営のものもあるけどそっちは相当厳しい基準があって、一般人は足も踏み入れられない。ここならその点、身近な小さい依頼から国を跨いだ大きな依頼まで、ありとあらゆる仕事を請け負える。犯罪以外はね。」


 まさかこの世界にもそんな人材を斡旋する会社のようなものがあるとは驚きだった。興味をひかれてつい話に聞き入ってしまう。シオンも身を乗り出した。


「ここ数年で一気に力を伸ばして、今は大きな町にはほとんど支店があるんだ。もし旅をしながら仕事をしたいって言うならそれも可能。出来ることが多いなら結構稼げるとも思うよ。どう、悪い話じゃないだろ?」

「悪い話じゃない、でも私に得しかない話は胡散臭いんですよね。」


 シオンがニカっと笑う。


「確かにな!じゃあ言い方を変える。俺がお前と仕事がしたいだけ。それが本音。それなら納得できない?どう、俺の相棒として仕事、してみないか?」


 イチカはその笑顔に惑わされないぞ、と自分に言い聞かせる。


「仕事ができるのはありがたいですが、あなたと一緒は御免です。突然こんな場所に連れてくるのもどうかと思いますし、あなたのことは信頼できません。私は自分の力で仕事をしながら旅を続けたいと思います。それでは失礼します。」

「え、ちょっと!?」


 断られると思っていなかったのかはわからないが、割と動揺しているのがわかって溜飲が下がった。イチカはこの男の顔を見るのも嫌になり、とっととここから出ようと、来た道を足早に戻っていった。



 最初に入った大きな部屋を通ると、なぜか視線を感じた。それも一人や二人ではなく、大勢の視線だ。


(そうか、この人達はここで仕事を探している人達なんだ)


 周りを見渡すと確かに自分のような若い女の子は見当たらなかったので、見られても仕方ないかと諦め、気にしないようにして外に出た。


(さて、宿に帰ろう。疲れた・・・)



 宿への道すがら、イチカはマシュートの話を思い返していた。


 聖人の力、それを押さえつけられる者、王家との繋がり・・・ 逃げる直前の慌ただしさの中で聞かされた話に、イチカは頭の中が整理しきれていなかった。


 ただわかるのは、『聖人』とは名ばかりで、強い力を悪事に役立ててしまった者がいたこと、そして『聖人』と呼ばれる者達を力で制圧できる存在がこの世界には居る、ということだけだ。


(だからお父さんからもらった本には、戦う術よりも逃げる為、隠れる為の知識が多かったのね・・・)


 恐ろしい存在がいることはわかっても、今できることは少ない。とにかく静かに、穏やかに隠れて暮らせる地を目指して旅をしていくしかない、とイチカは自分を納得させた。



 そしてすっかり疲れ切ったイチカは、宿に入るなりあっという間に眠りに落ちてしまった。


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