中編
ジョヴァンナの聴取後、ビョルンはエヴァを連れて、事案があった薔薇園へ足を運んだ。
ジーノ神官が倒れていた薔薇園の一角は、事案が終わるまでそのままにされている。
ビョルンの足は、この一角を中心に遠巻きにしながら歩んでゆく。
「二人は週末になるとこの薔薇園へ足を運んでいたそうです。皆が語るにはその雰囲気はこの事案を起こすとは思えないほど親密だったと」
「ジョヴァンナ嬢とジーノ神官は、お互い本当に好いていたんだろうね」
自然とビョルンの脳裏には、薔薇園で育てられた無数の薔薇たちの中で、微笑み合うジーノとジョヴァンナの姿が浮かぶ。
「ヴィットリオ氏が、二人の婚約を認めた経緯はわかりましたか?」
「はい。前回の最高神祇官の選挙の後にヴィットリオ氏がジーノ氏に対して、ジョヴァンナ嬢と婚約するよう迫ったようです」
「理由は何ですか?」
「その当時、ジーノ氏の父親がヴィットリオ氏の選挙活動を応援したようで、先方からジョヴァンナ嬢と婚姻の話が出たそうです」
「見返りですか・・・」
「おそらくは。ですが。婚約後の二人は仲睦まじい様子で周囲からも、お似合いの恋人同士だと評判でした」
「政略婚でありながら、本当に愛し合うようになったのですね」
「しかし、ジーノ氏の父親が亡くなった後は、ヴィットリオ氏とジーノ氏の仲は悪くなったようです」
「なるほど。それであの補佐官たちがいるのですね」
「はい。今回の選挙では彼らの一族がヴィットリオ氏の応援に回っており、当選後に彼らが補佐官に任じられた経緯があります」
「なるほどね」
ヴィットリオ氏に対する見解を考えるほど、長子であるジョヴァンナを蔑ろにする経緯が感じられた。
では、ジーノ氏はヴィットリオ氏をどう思っていたのか、ビョルンは想像する。
「どうしました?」
考え込むビョルンを見つめながら、エヴァが尋ねる。
「・・・本当にこの場所にいたのは彼ら二人だけだったのかな?」
「なぜそう思うのですか?」
「君は、ジーノ氏とジョヴァンナ嬢に対する周囲の評価は、何一つ問題はなかったと報告したね。ジーノ氏が、ジョヴァンナ嬢を裏切った行為も認められなかったことも。今回の聴取で、私は確信したよ」
「しかし、ヴィットリオ様の補佐官たちがジーノ氏が娼婦を買ったり、未亡人と不義密通を重ねていたと証言をしていましたが?」
エヴァが報告書を確認しながら答える。
「その神官たちの所属はどこかな?」
「祭祀職です・・・あ、ここはあの補佐官たちがいる・・・」
エヴァが、ビョルンの考えに気付く。
「祭祀職の長は、最高神祇官ヴィットリオ・カルディナーレ氏だ。その下にいるのは、補佐官たちがジーノ氏の印象が悪く言うのはおかしくはない。考えてみれば、最高神祇官の長子と婚約を結んでいることに嫉妬を抱くのは当然だろうね」
「つまり、ビョルン様は彼ら4人が偽証をしているとお考えなのですね?」
「ええ」
「そう考えると、彼らの誰かが、この場所に第三者として存在した可能性も出てきますね」
「ですので、私はこれからパウルに会おうかと思います」
ビョルンとエヴァは、その足でユリウス王国近衛騎士団の庁舎へ向かう。
このユリウス王国近衛騎士団と言うのは、ユリウス王国建国時に発足し、その任務は王宮の警備だけでなく、王都や他の都市の治安を任された警察機構と呼べる役割を果たしている。
彼らの活躍により、ユリウス王国の治安は保たれていると言える。
この近衛騎士団において各部隊をまとめるのが主任団長を務めるパウル・バルドーネでありビョルンが信頼する武官の一人だった。
応接室に通されたビョルンたちの前にパウルと彼の補佐官が現れる。
「よう、ビョルン。久方ぶりだな」
「君も相変わらずだね」
「最近は辺境でしか盗賊団は出ないし、他国の間諜も姿を見せなくて平和で体が鈍るばかりだ」
「良いことじゃないですか。何事もなくこの国の人々が平和に暮らせるのだからね」
「おいおい、今日は俺たちを褒めるために来たんじゃないだろう?お前の目を見ればわかる」
「そう思われているなら話は早い。審問の前に調べたいことがあって君に協力してもらいたい」
「ああ、ジーノ神官の件か。この事案は確かジョヴァンナ嬢の自発的申告があったのでそのまま法務局へ委ねたな」
「君たちの報告に問題はないよ。ただ、ヴィットリオ氏の態度を鑑みて私は疑念を抱いている」
「なるほどね・・・ヴィットリオ神官長の噂は聞いたことがある。上昇志向が強く神祇局に勤める貴族階級から収賄を受け取っていると」
「ジョヴァンナ嬢との関係性も、一方的に彼女を押さえつけていた噂も出ている。あまり良い親とは言い難いだろうね」
「うむ。自分の娘を虐待していたかもしれんな」
「その辺りが今回の事案の要になるだろう。だが、今回お願いしたいのはその件ではないんだよ」
「と言うと?」
「斥候経験者を2名借りたい。彼らに事案があった場所を調べて欲しいのです」
「追跡能力<トラッキング>か?」
「ええ。もし、私の考えが合っていればこの事案は新しい切り口で進展すると思います」
「面白いそうだな。わかった、すぐに手配しよう」
「助かります。よければ、君にも立ち会って欲しいのですが?」
「いいだろう」
パウロは快く応じた
翌日の薔薇園は朝から肌寒かった。
この薔薇園にパウルが伴ってきたのは、アランとレナートと言う旅団で斥候の経験を積んだ若い騎士だった。
「この二人は俺が今、目をかけている。斥候だけでなく騎士としても優秀な奴らだ」
「アラン・グルーバーと申します」
「レナート・シュナイダーと申します」
若い騎士たちは礼をする。
見た目に反して旅団で経験したものがあるのか、すでに二人には騎士としての風格が伴っていた。
「君たち二人にこれからお願いしたいのは、この薔薇園に残されたと思われる足跡を調べてほしいのです」
エヴァがアランとレナートに薔薇園の見取り図を渡す。
「円形の場所にジーノ神官が倒れていた。そして、その場にはジョヴァンナ嬢が短剣を持って立っていました。ですが私はこれまでの聴取を鑑みて、第三者がこの場にいたのではないかと考えています」
「では、神祇局の人物がこの場にいたと?」
パウルが尋ねる。
「その可能性が高いのです。ですのでお二人の斥候時に培ったその力を使って、第三者がいたかどうか調べて頂きたい」
「わかりました」
さっそくアランとレナートはそれぞれ動き始めた。
彼らはお互い反対側に移動をしてから、地面や壁などを調べ出す。
時々、彼らは立ち止まると、斥候時に使う小さな木の棒を差し込んでゆく。
長年の経験か、二人は地面に足跡もつけない。
その手際の良さに、ビョルンとエヴァは感心する。
最後に薔薇園の外に出たアランたちは、周囲の確認をする。
こちらでも、木の棒を差し込んでゆく。
やはり、彼らでないと気付かないものがあったのだろう。
やがて、調査を終えたアランたちがビョルンたちに報告をする。
「法務官殿。我々の見解をお伝えします」
「はい」
「法務官殿の推察通り、この場所にもう一人いました」
「それは男性ですか?女性ですか?」
「男性です。体格的には肥満体の可能性が高いです。これを見て下さい」
レナートがビョルンたちを木の棒が刺さる場所に案内すると短剣で一つの足跡を示す。
「まず、薔薇園に残されていたのは女性の足跡のみでしたが、その場所以外は農具でならされてい
ました。土の色合いが所々まばらなところがあります」
「本当ですね。私、まったく気付きませんでした」
「その上で残っていた女性の足跡と被るように男性の足跡が見つかりました」
レナートの短剣は、女性の足跡からはみ出ている足跡を宙でなぞる。
そこには、視覚からでもわかる足跡が想像できる。
「我々が斥候時によく見るのが足跡の溝です。この深さで例えば相手は軽装歩兵や重装歩兵、鎧を着ていない歩兵、武器は何をもっているのかなど知ることができるよう訓練を受けております」
「今回はどう判断していますか?」
「まず、この足跡は男性です。体格は鎧を着ておらず肥満体ですね。あと右足が左足より地面に擦れて動いています。これは体重を支える際にできた癖かと」
「他に気付いたことがありますか?」
「今度は私が報告します」
レナードが話し出す。
「この薔薇園の外にある森で車輪の後が残っていました。この馬車は貴族階級が所持する馬車で間違いないかと」
「そんなこともわかるのですか?」
エヴァが驚く。
「旅団にいた頃、貴族階級の連中は馬での移動を嫌がって馬車で動くことは多々あった。他国も同様だ。俺たちはそんな奴らに呆れていたな、一番先に命を狙われることをやるんだから」
パウロが笑う。
「第三者は貴族階級の可能性が高まりましたね」
「我々もそう考えます」
アランたちがビョルンの言葉に頷く。
「私たちは、この足跡と車輪の跡を保存できれば、法務官殿の推測は確証を得る切り札になると考えております」
「ありがたいですね」
「でしたら、我々がこの足跡と車輪の跡をを保存しましょう。斥候時に使用する方法がありますので」
「それは頼もしい。是非ともお願いします」
・・・これで審問はできる。後は彼らがどう反応するのか。
この後の審問で起こることを予想しながら、ビョルンはどう裁きを下すのか考え続けることになる。
〇主な登場人物
パウロ・バルドーネ・・・近衛騎士団の主任団長。ビョルンの幼き頃からの友人。
アラン・グルーバー・・・パウロの部下。元旅団の斥候役。
レナート・シュナイダー・・・パウロの部下。元旅団の斥候役。