最強の謎スキル『わからせ棒』を授かった僕は、世界中を『わからせ』ることにしました~尻を叩かれてから素直になってももう遅い。すでに僕の『テリトリー』に入ってるから逃げられませんよ?~
「武器を捨てて降参すりゃ痛い目に遭わなくて済むぞ」
「まぁ、売られた先で痛い目看るかも知れねぇがな」
げひゃげひゃと男たちが下品に笑う。
故郷の村を出て一週間。
一番近い大きめの町へ向かう街道で僕は盗賊に囲まれていた。
「お、何だ抵抗する気か?」
「……」
僕は男たちの動きに注意しながら、腰に付けた鞘から武器を引き抜く。
その鞘は鞘と言うには特殊な形……つまり円筒形をしている。
「おいおい、そりゃ何だ?」
「そんな棒きれしか持ってないのかよ……こりゃ他の荷物もゴミだな」
僕が片手に握ったそれは一本の棒であった。
長さは1.5メートル。
直径三センチほどでほどよく握りやすいその棒を見て盗賊たちは馬鹿にしたように笑い出した。
先ほどとは違って本気で馬鹿にする声音に僕は少し眉を寄せる。
「ったく、めんどくせぇな。素直に捕まってりゃいいものを」
「顔も並だし、体もひょろいしな。こんな奴売っても二束三文だろうし、いっそ殺っちまうか?」
「……ああ、それも良いかもな。まだコロシをしたことねぇ奴の訓練に使わせて貰うか」
盗賊たちが好き放題言っている間、僕は握りしめた『棒』から伝わってくる『意思』に沿うように体を斜めに構え、重心を前にゆっくりと移動させる。
そして目の前にいるこの盗賊団の頭と思われる男に狙いを定め――
「!」
奴が油断して後ろを向いた瞬間に『棒』を振りかぶって前に向かって駆け出した。
「お前らのような盗賊っなんて俺が『わからせ』てやる!!」
だが、盗賊は僕のその動きに気が付いていた。
「甘いなァ」
それはそうだろう。
なんせ僕は農家の三男坊に産まれ、この方一回も剣術なんて習ったことは無い。
体も畑仕事である程度鍛えられてはいるが、それだって戦うために鍛えている彼らとは次元が違うだろう。
盗賊の頭はニタリとした気持ち悪い笑みを浮かべると腰のカットラスに手を伸ばす。
多分今の僕の速度では彼が腰から直接振るうであろう剣速には敵わない。
だけど――
「ぐっ……」
頭の顔が歪む。
なぜなら彼はもうすでに僕のスキルの『テリトリー』に入ってしまっていたからである。
「頭! どうしたんですか!?」
「ぬっ、抜けねぇ。それに動けねぇ……」
僕は腰のカットラスに手を伸ばしたまま動けない頭の後ろに回り込むと、そのまま手にした棒を力一杯その尻に向けて打ち付けた。
「ひぎゃあああああっ」
「か、頭ぁっ!!」
頭の悲鳴が街道に響く。
だが、普通に考えて尻を殴られたと言っても、僕のようなひ弱な人間が振り下ろしたただの棒である。
見るだけでも強そうなのがわかる屈強な男が、情けない悲鳴を上げるほどでは本来なら無いはずだ。
だけど僕のこの棒はただの棒ではない。
「てめぇ! 何しやがる」
「ぶっ殺せ!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
地面に尻を押さえて蹲る頭を気にしながらも、盗賊たちは怒りをあらわにそれぞれの獲物を手に僕に襲いかかろうと身構えた。
だがすぐに襲ってこないのは僕の攻撃に得体の知れないものを感じたからだろう。
なんせ多分自分たちの中で一番強いはずの頭が、僕に倒され、尻を押さえてうめいているのである。
「いいよ。全員掛かってくればいい」
「なんだと」
僕は手にした『棒』で周りに居る盗賊たち一人一人を指し示すように見回してから、まず一番近くにいた副将と思われる男へゆっくりと近づく。
もちろん相手も油断出来ない相手だと思ったのだろう、手にした獲物で僕に斬りかかろうと一歩前に踏み出した。
だが――
「ぐがっ。なんだ……何なんだよこれは」
男は不格好に獲物を振りかぶりかけた姿勢のままで動かなくなった。
僕は無言のまま男に近づくと後ろに回りその尻を殴りつける。
「ぎゃあああああああああっ痛いっ痛いぃぃぃ」
無様に尻を押さえて泣きわめく男と、それを見て唖然とする盗賊たち。
その中の一部の勘が良い男たち数人は逃げだそうとしたのか、ぼくに背を向けたまま固まっていた。
おかげで尻を叩きやすい。
「それじゃあ全員『わからせ』てあげるね」
僕はそう告げるとテリトリーの中で身動きが出来ないままの盗賊たちの尻を全て『棒』で叩いて回る。
数分もしないうちに街道には十人以上の盗賊が尻を押さえ地面に這いつくばる姿があった。
「さて、君たちには一緒に町まで付いてきて貰おうかな」
僕の言葉に頭が顔を上げて僕を視線だけで殺せそうな目で睨み上げ叫ぶ。
他の盗賊たちも素直に僕の言うことを聞いてくれなさそうで、口々に文句を言い出す。
だけど。
「ふっざけんなガキィ……うぐっ……いえ、なんでもありません」
「ついて行くわけねぇだろう……ガッ……ついて行きます」
「はい。どこまでもお供いたします」
「道中の警護はお任せください」
次々とその表情は殺気を帯びたものから媚びを売るようなものに代わり、まだ尻を押さえてはいるもののゆっくりと立ち上がると、僕を中心に円陣を組むように隊列を整えた。
どうやらこのまま町まで連れて行ってくれるらしい。
だけどこれじゃあ他の人が見たら盗賊に襲われているようにしか見えないじゃないか。
「こんなにきっちりやんなくて良いよ。僕の後ろに二列で並んで付いてきてくれるだけで良いからさ」
「わかりやした。お前らもわかってるな?」
「あいさ!」
「わかりましたぜ頭ぁ」
大声で返事をしながら盗賊たちは頭を先頭に僕の後ろに綺麗に並んだ。
それから僕らはまるで軍隊の行進のように規則正しい動きで町へ向かった。
ここから町までは急ぎ足で一時間ほどだと頭から聞いた僕は、途中から彼らに背負って貰いながら走って町へ向かうことにした。
なぜなら僕のスキル『わからせ棒』の効果時間は長くて一時間しかないからである。
このスキル『わからせ棒』は、僕が一月ほど前に授かったスキルである。
効果は先ほどの通り、一定範囲内で敵意を向けてきた相手の動きを止めることが出来るというもの。
そして、その『尻』を『わからせ棒』で叩くことで、一定時間だけその相手を『わからせ』て従順にさせることが出来る。
スキルを得たばかりの時は全く使い方がわからなかった。
だけどある日、狩りに出かけた森で凶悪な魔獣マウンテンボアに偶然出くわし、初めてその力が発動したのだ。
「あっ、町が見えてきた」
山中を抜け街道を大きく道なりに曲がると、前方に高い壁に囲まれた町の姿が目に入る。
王国内では下から数えた方が早い規模のアインスの町だ。
だけどそれでも田舎の数十人も暮らしていない村から出てきた僕にとっては巨大に思えて、僕はおもわず声を上げた。
「あそこなら僕の力が生かせる仕事があるはずだ。ほら、お前たち。最後だから全力疾走して!」
「は、はひぃっ」
「ぐぼっ……わ、わかりま……ぐへぇ」
口から血を吐きそうな声で盗賊たちが返事をする。
襲撃現場からここまで、彼らは一度も足を緩めること無く代わる代わる僕を背負って走ってきたのだから仕方が無い。
だんだん近づいてくる町の入り口は大きな門で防がれていて、その前には衛兵と思われる兵士が二人立っているのが見える。
その二人は走ってくる怪しげな一団を指さして何かを叫んでいた。
多分盗賊が襲ってきたと応援を呼んだのだろう。
門の脇にある通用扉から武装した兵士が数人飛び出してきた。
「止まれ!!」
僕は兵士から離れた場所で盗賊たちにそう命じる。
そして負ぶって貰っていた男の背から飛び降りると数本の縄を取り出してその男に手渡し告げた。
「この縄で全員の手を縛ってね」
実はその縄は彼ら自身が持っていたもので、多分襲った相手を縛るために用意していたものだろう。
だけど今それは彼ら自身を縛る為に使われている。
因果なことだ。
「お、おい。お前たち何をしている」
突然足を止め、自分たちの手を縛り始めた謎の男たちの行動を見て、兵士の中でも年長そうな男が武器を構えながらそう叫ぶ。
僕は一人集団を抜け、両手を挙げて自分は無害だと示しながら兵士たちに向かって歩き出す。
そしえある程度地下づいあ所で大声で彼らに自分が盗賊に襲われたことと、それを返り討ちにしてここまで売れて来たことを告げる。
これで後は彼らが盗賊たちを捕まえて連れて行ってくれたら、後は報奨金を貰えば終わりだ。
単純に僕はそう考えていたのだが――
「お前があの盗賊たちを? 信じられんな」
「兵士長、これは罠なのではありませんか?」
どうやら雲行きがおかしい。
彼らは僕の方へ向けた剣先を降ろすことも無く、油断なくこちらから目線をそらさずに話し合いを始めた。
聞こえてきたその内容を要約するとこんな感じだった。
曰く、僕のようなどう見ても強そうに見えない武器も持ってないように見える若者が、見る限りに凶悪な盗賊どもを倒せるとは思えない。
盗賊たちは自ら進んでその若者の言うことを聞いているように見えるが、それはそういう振りをしているだけではないか。
我々、町を守る兵士を油断させ、近寄った所を襲う作戦の可能性がある。
僕は「面倒なことになったな」と思いつつ言い訳を試みようと思ったのだが、結構な長旅と盗賊との先頭で早く町に入って休みたいと考えた僕は、右手に『わからせ棒』を取り出すと、そのまま兵士たちに歩み寄る。
「お、おい。止まれ!」
「それ以上近づくと命の保証は無いぞ」
「その棒はなんだ。それで俺たちと戦うつもりなのか!?」
兵士たちが僕の予想外の行動と、どう見ても武器としては貧弱な木の棒を見て声を上げる。
だが僕は足を止めない。
「入った」
僕は兵士たち全員が『テリトリー』に入ったことを感覚で知ると『わからせ棒』を雑に構えながら一番先頭にいた兵士長へ向かった。
もちろん彼と周りの兵士たちは僕を盗賊の一味と疑っていたため、不意打ちという形にはならない。
「刃向かうなら容赦はしない」
それぞれがそれぞれ手にした武器で応戦しようとし――
「がっ」
「手、手が動かない」
「足が言うことをきかないぞ」
「これはどうしたことだ」
やっとその体が思うように動かないことに気が付いたようで。
それが僕の仕業だと気が付いた兵士たちが叫ぶ。
「おい、そいつが何か俺たちに魔法を掛けたに違いない!」
「誰か、動ける者はいないのか!!」
近寄ってくる僕に、全員の恐怖に満ちた目線が集まる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。別に殺すわけじゃないですから」
僕はそんな彼らになるべく優しく微笑みかけると続けてこう言った。
「ただ面倒なので全員を『わからせ』るだけだから」
言葉と同時に一番近くに居た兵士長の尻を『わからせ棒』で叩く。
それから次から次へ全員の尻を叩き終えた僕は、彼らに向けて盗賊たちの捕縛と連行を指示する。
「僕はこれから町のギルドに冒険者登録しにいく予定だから、報奨金はそっちに持って来て貰えると助かるかな」
僕は最後にそれだけ言い残すと兵士長だけをお供に町へ向かった。
そして兵士長の『お墨付き』を貰って堂々と町へ入った僕はそのままギルドへ向かうことにした。
不思議なスキル『わからせ棒』を手に入れた僕の冒険は始まったばかりだ。
とりあえずアイデアをアウトプットするために書いたもので、長編化はありません。