決着
二重スパイは、奇妙な浮遊感に包まれていた。
ミラーを監視するために、部下が一人犠牲になり、ダリウスの攻撃によって、二重スパイが暴かれそうになったのだ。
黒羊ごときのために暴かせられない、という上層部の考えにより、引っかからないようにしたが、本当に良かったのだろうか。
疑いだしたらきりがなかった。
自分さえ、健在なら、「特別プログラム」は無事に進められる。どのみち、うちのボスは何らかの方法があるはずだ。上司の光のないようで強烈な意思を感じる瞳を思い出し、身震いした。
人食い、それがボスのあだ名だ。あの男の、死を目前にした末期の病気の患者の生への欲求のような表情。
能年のような顔と、緻密な思考。
ミラーが査問を受け、幹部からダリウスの計画が止められた時点で、抜かりはなかった。だが、ここにきて、奇妙な浮遊感に包まれていた。
嫌な勘という奴だろうか。
黒羊の訓練施設に来て、妙な胸騒ぎを感じていた。C班は再度訓練を増やすように言われたのだ。
二重スパイは、拳銃を握り、静かに深呼吸をする。
「訓練開始!」
仲間の声がし、現実世界に戻る。
素早く動く標的があるため、ここでは視界の偽装ができない。二重スパイは警戒しながら、訓練を進める。抜かりはない。焦燥感と疑心暗鬼だけが募る。
「弾着を確認しろ!」
そう言われ、二重スパイは指をペイントに手を伸ばした。
指がほんの少し曲がった気がして、軌道を修正する。
息が止まる。
全身から一瞬で汗が噴き出す。
まさか。
いや、違うはずだ。
全身が硬直する。指が棒のように動かない。
―指がほんの少し、曲がった気がして―
高性能なガワに合わせ、高度に身体感覚を鍛えてきた。だからこそ、この標的の表面に薄く表示されていたホログラムのずれに体が反応してしまった。
ホログラムによる、ペイントへの距離の微妙なずれ。それにより、普通なら指にペイントが当たるのではないか? そんな考えが浮かび、動悸が激しくなる。
必死に、必死にこらえようとした。
しかし、何もかもが瓦解した絶望と緊張感で、二重スパイは指を見てしまう。
ペイントは付いていない。
その瞬間、騙されたことに気づく。
ペイントに触れないことは、偶然にもあり得る。だが、その後の行動こそが重要なのではないか。そう思い至り、屈辱と絶望と怒りが全身を駆け巡った。
二重スパイは全身の震えを押さえながら、立ち上がる。
負けた。それが確信に変わり、何か体を包んでいた重りが外れた気がした。
ゆっくりと訓練施設を後にする。
訓練施設を出た瞬間、背中に鈍い痛みを感じた。
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