幽霊
ジェームスは、オフィスでモニターを見ながら貧乏ゆすりをしていた。
本来であれば、D班の作戦が行われているはずだったが、止められていた。それに対し、ダリウスが抗議に向かったのが一時間前、時計を見ると午前十時。
元々、ダリウスが報告書を出すのが遅すぎたのだ。もっと早ければ、とジェームスは思った。どのみち、幹部に提出する作戦報告書など、概要、具体例のみが書かれた物だ。普通であれば幹部もさっと目を通すだけだ。何故、主任は早く出さなかったのか、と思った。
ダリウスが戻ると、三人が一斉に立った。
「ここで命令があるまで待機し、簡易宿泊セットを使ってここで生活する」
待機、という言葉を聞いた時、やはりなとジェームスは思った。
C班のガワ作戦は、幹部を利用するというタブーを行い、かつ無許可の作戦変更も行った。それに対し、幹部は作戦報告書を再度見直し、黒羊の行動を規制するか否か、今後の作戦を承認するか否か会議を行うとし、D班の行動に待ったをかけたという訳だ。ただ、それが待機という形か、作戦を行いつつ経過を確認するか分からなかった。
「C班の一部にも作戦の詳細を伝えているとのことですが」ジェームスが詰め寄る。
ダリウスがうなずく。
今回の大規模な作戦に際し、C班の協力は必須であった。そのため、主任、副主任を始め、十人程度が作戦の詳細を知っている。
「作戦、CIAに筒抜けなんじゃないですか」サムが不安げに言う。
C班に二重スパイがいれば、対策を十分に行われてしまう。
しかし、ダリウスは余裕の表情を見せた。
「大丈夫、対策は打ってある。ここで何もせずに待機すること、それがこの次の作戦のカギなんだ」ダリウスはサムに向かい合って言った。
サムは怪訝な顔をした。
ダリウスは、皆を見て、「作戦行動ができず、外部との通信も最低限で厳重に監視されているこの状況は課長補佐が仕組んだものだ」
「課長補佐がですか?」
ダリウスは頷き、「ミラーの作戦が失敗した時の幹部の反応によって、課長補佐は動きを変えようとしていたのは分かっていた。そして、幹部が過剰に反応したときの最善策がこれという訳だ」
「なぜです。弁解も、幹部への説明もできないんですよ」
「それが目的なんだ。幹部は黒羊の諜報、心理作戦の能力を知っている。もしも、課長補佐が俺たちを野放しにしていたら、幹部はD班が何かしらの諜報作戦を行い、作戦を承認するように仕向けると考えるだろう。それも今回の対CIAの作戦内容を見ればなおさらだ」
ダリウスはサムを見つめ、「だからこそ、俺たちは何もできないという状況にさせ、幹部が自分達への攻撃におびえない状況を作り上げたわけだ。そうすれば、カウンセラーへの攻撃作戦は承認される」
「ですが……」
「そうだ。これでは作戦内容はCIAに筒抜けだが、まぁ大丈夫だ……」
メンバーはダリウスを注目した。
ダリウスは、完全な防諜対策が行われた部屋にD班メンバーを集めた。
ジェームスは、他にいる、課長補佐と女王蜂、その他、見たことのない男を見た。何か禍々しいものを感じた。
「今回、D班が行う作戦だが、定例会議で作られたリストを元に行う」
ジェームスは、リストに心当たりがなかった。
「なんです、それ」サムがすかさず手を挙げる。
ダリウスは頷き、課長補佐と目配せした。
「俺、課長補佐、ジェネット、セオドア、マーブで構成された対諜報機関の組織があり、それを定例会議と呼んでいたんだ」
女王蜂がジェネットという名前であること、名前の知らない男がセオドアという名前であることに驚く。そして、そんな組織があったことにも驚きを隠せなかった。
「定例会議は、国防総省、CIAに対する長期的かつ隠密を基本とした諜報戦を仕掛けることを任務としていた。具体的には、カウンセラーの生体データを解析し、CIAが欲しがりそうな外部協力者になりそうな者を選定していた。そして、数人に監視を付け、CIAがかかるのを待った。その一人……Aと呼ぼう、AにCIAが食らいついた。そして、CIAはAが使えると分かると、特別プログラムと呼ばれる計画に参加させた」
ダリウスは話を切り、皆を見まわした。
「特別プログラムの詳細は不明だが、職業訓練を利用しているという事が判明した。しかし、非常に隠密性が高く、全く正体がつかめなかった。それで、Aが完全にCIAの外部協力者として働き始めたことを確認し、定例会議は、Aにテストを仕掛け始めた。さも、他の諜報組織がCIAのスパイを探り出すために調査を続けているような様子で。例えば、自分がカウンセリングをしている映像を見させるというような」
ジェームスが眉を歪める。
「人間は自分の実際の声を聴いたことがない。大体は録音された音声などを聞いた再に酷く違和感を覚える。だが、自分のカウンセリング含め、映像を解析したことのあるものならそれはない。これを行うと、普通は驚いたり、恥じたり、映像中の自分の癖を直そうとする。だが、訓練されていないスパイは、あまり驚かなかったり、当然のこととして見逃してしまう。それ以外にも会話の中で文脈にCIAを連想させる単語を忍ばせ、表情や視線の動きを探ったり、まぁそんな地味なテストを繰り返してきた」
良い仕事ってのは全て単純な作業の堅実な積み重ねだ、と誰かが言っていたがこれは地味すぎるとジェームスは思った。
四十代を過ぎた男女が暗い部屋で、何十人というカウンセラーの映像や生体データをAIに分析させ、怪しいところをチェックし、またAIへの指示を出し……を繰り返すさまを思う。
「すると、Aがスパイだと暴かれないようにCIAが防御し始めた。例えば、コンタクトレンズに似せた視線操作機械の使用、会話中の電話による妨害、ハッキングによるPCの操作が見られた。他のカウンセラーに同じようなテストを仕掛け、同じよう防御パターンが現れれば、そいつはCIAの外部協力者だと分かる」
「まぁ、ずっと同じパターンとはいかなかったが」課長補佐がうめく。
「そうですね。まぁそれによって、5人のCIAの外部協力者、俺たちからすれば二重スパイである可能性がある者を見つけだした。我々は彼らを〈定例会議リスト〉と呼んでいる」
サムは腕を組み、眉間を寄せ、「なら、もう作戦は終わっているのでは?」
「いや、彼らが黒である証拠が欲しい。だからこそ、今回の作戦は行われる。CIAは〈定例会議リスト〉に対してテストを繰り返す存在に気づいている。だが、定例会議リストに対する調整……つまり、退職、休養、配置換えを偽装した逃亡、ガワを利用した実質的な人員転換を行わないのは、誰が何のために攻撃を行っているか分からないからだ。多分、国防総省を始めとする政府関係機関だと考えている……確か、CIAからはスプークとか呼ばれていましたっけ?」
「そうだ、私の外部協力者でCIA内部のスパイがそう報告してきている」課長補佐が言う。
「今回の作戦は、そのスプークという虚像を利用する。カウンセラーへの攻撃作戦で〈定例会議リスト〉がスパイ容疑者として挙がる。偶然、テストの内容と〈定例会議リスト〉の条件が合った、というように偽装する。黒羊というほぼ素人同然の組織に〈定例会議リスト〉が調査対象になってしまう。我々が持っている表向きの技術では、確実に監視対象に監視がばれ、CIAは調整を入れるだろう。CIAの調整、もしくは我々とのブッキングに気づいたスプークは撤退してしまう可能性がある。そうすれば、CIAは損をするわけだ。だからこそ、〈定例会議リスト〉は不自然に引っかからない。引っかからなければ、確実に〈定例会議リスト〉はCIAの二重スパイだと分かるという訳だ」
ジェームスは呻きを漏らし、「課長や幹部に提出したD班の作戦内容は二重スパイに漏れ、それがこの待機期間に相手に解析されているという前提で話を進めるわけですね」
「そうだ」ダリウスは不敵に微笑んだ
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