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89話 トゥアタラの眼

「あれは師匠……!」

「何か、非常に既視感がありますね……」


 絶体絶命のピンチだったサスケを横からさらったのは、おかしな帽子を被った師匠だった。


 目を離した師匠が何かをやらかすのはいつもの事だが、まさかダンジョンの最奥で再会するとは。

 あのおかしな格好と口調は一体何なのか。

 悪魔男爵とかいう意味不明な名乗りは、<ブラック・フォート>を彷彿とさせ――って!


「あああ! <暗黒リング>だしッ!!」

「魔道具ですか?」

「取り込まれてるんだしッ!」


 そういえばフォートから回収した腕輪は、師匠が持ったままだった。

 けどそのデメリットが明らかになっている呪いのリングをわざわざ装備するなんて――――師匠ならやりそうだし。


 どうせ闇の力がーとか、封印されし右手がーとか、そういう意味わかんない理由でつけたんだし!

 

 フォートが纏っていたのと同じ黒いオーラを纏わせている師匠。

 ああなったら取り込まれる最終段階のはずだ。

 もし両方の目が黒く塗りつぶされたら手遅れに――――。



「って!! 真っ黒だしッ!!」


 手遅れだった。

 でもとにかくリングを外さないと!


「キルトさん、あたしは師匠のところに行くしッ!」

「構いません。どうやらエルフィナの相手はあの方で十分のようですし」


 キルトさんが視線を向けた先。

 巨大な光の矢を弾いて、あたし達を助けてくれたトカゲ族の女の人が、エルフ女と戦っていた。


 同時に十数本も放たれる光の矢を躱し、両手に持った曲刀でいなし、弾いて全て防いでいる。

 何者かは分からないが、とんでもない達人だった。


「ナんだ、テメェ! 邪魔すんジャねえヨ!」

「可愛い子がピンチだったからつい庇ってしまったけど、どうしたもんかねえ」


 あれだけの戦いを繰り広げて、なお余裕がある様子。

 確かにあれなら自分一人抜けたぐらいじゃ問題ないだろう。



 キルトさんとうなずき合い、あたしは師匠に向かって駆け出した。

 


----


 2頭の石の龍が、我輩を見下ろしていた。


「クハハ、亜竜風情でも吾輩の驚異が分かるらしい」

「ディ殿。いや、ディーリッヒ殿。スキルがない状態であの竜の相手は厳しいのではないか?」


 侍小僧の心配もわからんではない。

 だがそれは常人の範疇の話。

 超越者たる我輩にはまったく当てはまらない。


「でかいから強いとは限らないのでアールッ!」


 その言葉が真実であることを証明するため、吾輩は石の竜目掛けて走り出した。


 2頭が僅かにタイミングをズラして襲いかかってくる。


「力の流れが丸見えでアールッ!」


 最初の一頭の頭の上に飛び乗り、ついでに地面にぶつかるように蹴り落としておく。

 衝撃で足場が激しく揺れるが、この程度吾輩には障害にならない。

 

 間髪いれずに吾輩を食い殺そうと襲いかかってくる二頭目の竜。

 相手のアゴが閉じる力を利用して、かつ最も力の乗る上アゴのつなぎ目を目掛けてステッキを振る。


 岩を切り裂く抵抗があるが、そのまま振り抜いて竜の口から上を切り飛ばした。

 

「なんと、杖で斬撃とはッ!」」

「闇の波動を感じるでアールか?」


 闇のオーラを自在に操れば、それをシルクハットにする事も、ステッキを刀にする事もできる。

 まさに悪魔的な能力だ。


 これで動いている頭はあとひとつ。

 時間をかければ復活するだろうが、この程度の相手、復活したところで吾輩の相手ではない。


 残る竜の頭の攻撃を軽快なステップで躱しつつ、くるくるとステッキを回す。

 さてどうしようかと考えていると、背後から凄まじい力の奔流を感じた。


「ふむ。濃厚な命の煌き。悪魔の天敵でアールな」


 振り返れば、そこにいたのは黄金色のオーラを纏った小さき娘。

 吾輩が人であった頃の不出来な弟子が、棍を構えていた。



「師匠を返して貰うしッ! 悪魔男爵!」

「クハハハハッ! よかろう! 訓練をつけてやるのでアールッ!」


 満身創痍の岩トカゲ風情よりは面白そうだ。


 人類の守護者の成長具合をみてやろうではないか。



----


「わぁ凄い! あの美人さんと魔族さん。あんなに綺麗な力の流れは初めてみました!」

「なンで……当たらナい……ッ!」


 ドラゴンさんは確かに凄く早いし、力も強いです。

 でも力の起伏が分かりやすくて、どうやって動くのかが一目瞭然。

 よっぽどヘマをしなければ、あたくしに攻撃が当たることはありません。


 ぎろりとすごい目であたくしを睨んできます。

 その後ろに魔素のゆらぎ。

 狙いはあたくしの胸あたり。

 火球です。


 回り込むようにステップを変えます。

 先程まであたくしがいたところを火球が通り過ぎていきました。


 ドラゴンさんは歯をむき出しにして怒っています。


「どうしてそんなに怒っているんですか? お知り合い?」

「……ハルベスト家はこノ国の貴族だっタ」


 はて?

 あたくしはこの国の貴族の名前を全て知っていますが、ハルベストなんて家名は聞いた事がないです。


「いつ頃のお話です?」

「10年前。お前達トゥアタラが滅ぼシた……!」


 10年前では知らないかもしれません。

 あたくしがお勉強を始めたのはちょうどその頃。

 なくなってしまった貴族家は、教科書から外されていた可能性があります。


 しかし、トゥアタラが滅ぼしたとは……。


「ワタシは14歳でスキルを授からナかっタ。でもワタシ達が治めてイた砂漠の村の中では、その事を父様と母様は上手に隠シてくレた」


 ある年、井戸から溢れる水の量が減った。

 これは砂漠にある村ではよくあること。

 地下を流れる水が枯渇したか、流れが変わってしまったか。

 通常、そういった場合は村を捨てて次の場所を探します。


 だがその村は放棄するにはあまりに惜しかったようでした。

 農地は広く耕されてたし、水の量も豊富であったハズだから。

 代わりになるような土地は簡単には見つからない。


 もしかしたら何か原因があって水の量が減ってしまっているのかもしれない。

 人々はそこに希望をかけたのです。


「でモ原因は分かラず、途方にくれてイたある日突然、トゥアタラが街を訪レた」


 村の現状をどこからか聞きつけ、ふらりとやってきたのだか。

 本来ならばありえないが、お父様はそういう事をやりそうです。


 当時ドラゴンさんは屋敷の中に隠れていたのだそう。

 スキルの有無と村の現状は無関係だとドラゴンさんの両親は確信していました。

 だけどやってきたお父様と、村の人達がそう思ってくれるかはわからない。

 それが余計な火種とならないように、ドラゴンさんは隠れていたのです。


 けれど、その程度ではトゥアタラの目からは逃れられません。


「何がどうシたのかは分からナい。気づいたらワタシが<敵対者>だトいう事が村中に広まってイた」


 そこからは地獄の日々。


 水が出ないのは<敵対者>のせい。

 作物が育たないのも<敵対者>のせい。

 子供がケガをしたのも、老人が病気になったのも、商売がうまく行かないのも。全部<敵対者>が村にいるせいだと。


 ドラゴンさんの両親だけはそれを否定しました。

 否定し続けました。

 けど、日に日にやつれていく両親の顔。

 ドラゴンさんのお父様の心は、どんどん追い詰められていったのです。


 村から逃げ出せればよかったが、統治者としての責任感からそれはできなかったのだそう。

 

 行き場も解決策もない鬱屈とした思いだけが村中に広がり、そして――――。



「父様は村中に火をつケた。誰もが寝静マる深夜。誰も逃げラれなイように外側かラだんだんと。そして最後にワタシたちの住む屋敷にも火をつケた。燃え盛る炎の中、父様と母様はワタシを抱きシめながらこうイったの――――」


 

 ――――憎い。精霊が憎い。スキルが憎い。トゥアタラが――憎い。



 村一つが焼け落ちた事件。

 あたくしはそんな事は一度も聞いたことが――――。



「……最後に、こノ話には笑えるところがアる」


 ドラゴンさんが自嘲したように笑います。


「村で唯一生き残ったワタシは、喉が乾いて乾いて仕方がナかった。霞がカった思考の中で、身体に染み付いた動きだケで井戸に向カった」


 何も無いはずの井戸。

 枯れてしまったはずの井戸。

 村を破滅に追い込んだその井戸に。



「――――水が、溢れてイた、よ? アハ、アハハ、アハハハハハハッ!!」



 狂ったように笑い出すドラゴンさん。


 あたくしは、涙が頬を伝うのを抑えられませんでした。

 お父様が何を思って彼女を<敵対者>と断じたのかはわかりません。

 ですが、これはトゥアタラと偏見による人災です。

 

 何の罪もない一人の少女と、その家族が。

 背負う必要のない不幸を背負って――。



「だからワタシは許さなイ。トゥアタラとこの世界を」



 気づいた時には、拳を振りかぶったドラゴンさんが目の前にいました。


 涙で滲んだ<真実の眼>では、その動き出しを捉えることは出来なかったのです。

 

 ですが、これもトゥアタラの罪であるならば、あたくしは――――。



「<岩断ち>ィィッ!!」



 目の前を銀閃が走ります。

 

 走りながら振り抜いたであろう刀は、勢いそのままにドラゴンさんの首に吸い込まれていきました。

 

 刃は表の鱗に止められてしまっていますが、体勢を崩したドラゴンさんを吹き飛ばすだけの威力がありました。



「お侍さん……!」

「何を呆けているであるか馬鹿者がッ! ここは戦場! 敵の為に流す涙は、戦いの後と決まっておるのだッ!」


 あたくしの為に怒ってくれるお侍さん。

 その力の流れは未熟だけど、心の有り様は物語の中のお侍さんと同じです。


 信念を貫き、己が正義を胸に秘める。

 刀に込められた武士の誇り。

 ですが――――。


「お侍さん――」

「ええい、話は後だと言っておるだろう!」


「――刀が折れてます! ポッキリと!」


 お侍さんが持つ刀は、その半ばから先がなくなっていました。

 ドラゴンさんの鱗が硬すぎたんですね。


 お侍さんはそれに気づいていなかったようで、なくなった刀身をみつめてプルプルと震えだしました。



「こ、こ……金平刀がぁぁぁぁぁぁ!!!」


「お侍さんッ! 涙は戦いの後ですッ!!」


「やっかましぃのであるぅぅぅぅ!!  うわぁぁぁぁぁぁ!!」



 泣き崩れるお侍さん。

 


 刀を大事にする姿も素敵ッ!

 



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