81話 強さの壁
「先程は危ないところを助けて頂きありがとうございました。あたくしの名はヴィヴィ。14歳の絶世の美少女です! 気軽に女王様とお呼びください!」
「ツッコミどころはせめて一つにせんかッ!!」
なぜかサスケに懐いてた女は、街中を引きずられるがままに腰に抱きついて離れなかった。
大変見た目が悪く、行き交う人に後ろ指を差される。
師匠ほどハートが頑丈であればよかったのだろうが、結局あたし達は視線に耐えかねて近くの食堂に入って話を聞くことにした。
っていうかあたし関係ないし……。
「好きな宝石はガーネット。贈りモノで頂けましたら喜びます!」
「やるわけあるかッ! なんなのだお主は……!」
「このフリーダム感。既視感ありありだし……」
絶対師匠側の人だ。
店中でもフードを取らないところを見るに、賞金首の可能性もある。
ただトカゲ族の顔なんてあたしには見分けがつかない。
ギルドに貼ってあった手配書なんて、間違い探しかと思ったし……。
「大体お主、拙者らに用などなかろう。はよう去れ」
「まあ。御礼の品も受け取らずになんて、さすがお侍さんです!」
「礼も何も自分で解決しておったであろう……」
「功績も誇らない! 素敵! あたくし知ってます。『武士は食わねどまず切腹』ですよね!?」
「なんぞ武士に恨みでもあるのかお主ッ!」
叫んでばかりのサスケ。
このまま見ていてら日が暮れてしまいそうだったので、嫌々ながら助け舟を出すことにした。
「どうしてそんなに武士に詳しいんだし?」
ヴィヴィがこちらを向いた。
その目はキラキラと輝いている。
「まあ、可愛らしいですッ! 種族が違ってもやはり子供というのは良いものですね。ほーらお姉ちゃんですよー。言ってごらんなさい? お、ね、え、ちゃ、ん」
「ぶっとばされたいしこのバカ蜥蜴ッ!!」
「落ち着けルッル殿、相手にしてはいかんッ!」
ホビット族は勘違いされやすいけど、これはヒドイしっ!
サスケに羽交い締めにされて、ジタバタと暴れるあたしを見て、ヴィヴィは「愛らしいですー」などと呟いている。
しばらくバタバタと騒いでいたが、店員から「静かにしろ」と嗜められて一旦は落ち着きを取り戻した。
「ぜぇぜぇ……。で? 質問の答えはなんだし?」
「あたくし、本を読むのが好きなんです。たくさんの冒険譚を読みました。その中でもお侍さんが出てくる冒険譚が大好きなんです!」
ヴィヴィがいうお侍さんの冒険譚は<隠れ大名珍道中~スケさん、カクさん、飯はまだかの~>という明らかに娯楽目的の作り話だった。
サスケは一応知っていたらしく、書かれている侍の姿は本物とは似ても似つかぬコミカルなものであるという。
まあ、娯楽作品なんだからそれも当然といえばそうだろう。
で、それを真に受けたバカが目の前のトカゲ娘なわけだ。
「追われているところに本物のお侍さんが見えて、あたくし運命を感じたんです!」
「はた迷惑な……。それで、用がそれだけならもうよいであろう?」
「即決ですか? さすがです! やったー!」
「まてまてまてまて! 何が決まった!? 今お主の中で何が決まったのだッ!?」
喜んでぴょんぴょん跳ねているヴィヴィを必死で抑えようとするサスケ。
もう全っ然話が進まないし……。
あたしはそろりそろりと二人にバレないように距離を取ろうとして――。
「! どこに行くのだルッル殿!」
「ちっ。放すしサスケ! あたしは無関係だし!」
「バカな! 仲間であろう! ならん、ならんぞぉぉぉ!」
足にしがみついてくるサスケ。
お前ら同じようなものなんだから仲良くやれるしっ!
ええい、放せ放せだし!
「まあ。あなたもお手伝いしてくれるのね? 小さいのに偉いですー」
「そんな事いってないし! 頭をなでるなしッ!」
周り込んできたヴィヴィに捕捉されてしまった。
一体なにを言っているのか分からないが、絶対ロクなことにならない。
そんなあたしの不安をよそに、ヴィヴィは片手と片足をあげて、可愛らしく宣言した。
「それじゃ、<蜃気楼の塔>にある<神酒>を目指して――冒険ですっ!」
ぜ、絶対嫌だし……!!
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「あはははっ、そらっそらっ!」
「くっ……! なんで<エア・ボム>の位置がわかる!?」
僕は砂漠の真ん中でヴィオラと対峙していた。
戦術は騎士サマと英雄サマと戦った時と同じ。
<エア・ボム>で動きを阻害しながら、隙をついて攻撃をするというものだ。
だがどういう理屈か、ヴィオラは発現前の<エア・ボム>を曲刀で切ってスキルの発動を阻害するのだ。
「おかしいだろう! スキルの力か!?」
「なんでもかんでもスキルだと思えばいいってもんじゃないね。スキルが不可視だろうが発現前だろうが、それを使うのはアンタ自身だ。アンタがどう動くのかを考えれば、予測するのは簡単さ」
簡単なわけあるか!
だが奇をてらおうが、背後に設置しようが、全て切り捨てられてしまう。
くそっ、動きが読まれるならスピード勝負だ!
「<四足風獣>!」
「それは埃っぽくなるから嫌いだねぇ」
とにかく不規則に動きまくる。
自分でも最後の最後までどこに攻撃するかを決めない。
これなら動きを読まれることもないはずだ。
いくぞ――ッ!
「くらっ――――のぅわぁ!!」
飛び込んだ先に曲刀の剣先があった。
僕は顔をのけぞらせてなんとかそれを回避する。
完全に体勢が崩れた。
だが勢いはまだ残っている。
せめてこのまま体当たりを――――。
「そうらっ!」
「のわぁ!!」
迫る勢いの全てを乗せて、僕は肩越しに担がれて放り投げられた。
空中でブレーキをかけ、体勢を整えようとヴィオラに視線を向けると、目の前に回転する曲刀。
「ぐうっ……!」
<エア・ボム>を自分にぶつけることで緊急回避する。
肩に激しい衝撃があった。
曲刀は回避できたが、もみくちゃになって自分の位置が一瞬わからなくなる。
<エア・スライム>で勢いを殺して、顔を上げた時には地面がすぐそこにあった。
「ヴィオラは――!」
「ここさ」
背後から聞こえた声。
僕が振り返るよりも先に、背中に衝撃を感じて吹き飛ばされた。
前方にゴロゴロと転がっていく僕。
背中がものっ凄く痛い。
だが距離を取れたのはラッキーだった。
「唸れ雷帝! <エア・ヴォル――――!」
振り向き様に技名を叫ぶ。
蹴られたと同時に木刀を置いてきた。
いくら武技に優れようが、雷の直撃を受けて無事にいられるはずが――。
と、目の前に飛び込んできたのは砂に突き刺さっている木刀だった。
その先でヴィオラが笑顔で手を振っている。
なんでそこに木刀が刺さっている?
いや、それよりももう一本の行方は――。
さくっ。
背後から、何かが砂に刺さるような音がした。
慌てて雷の魔素を押し留めようとするが、一度解放しかかったそれを止めることは叶わず――――。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
僕は自分の雷を受けて、そのまま意識を失った。
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目を開けると、何度か見たことのある天井だった。
横に目を向けると、そこにいたのはたくさんの凶悪そうな顔、顔、顔。
野盗の皆さんである。
「おう客人。目ぇ覚ましたか」
痛む体を無理やり起こす。
どうやら夕飯の後片付けの最中のようだな。
寝込んでいたのは数時間といったところか。
「あんたも懲りねぇな。お頭はこの国一番の曲刀使い。勝てるわけねぇ」
「王族とやり合うちょうどいい練習台なんだよ。ほっとけ」
どこの国でも王族ってのはあんなに強いのか?
獣人族の国じゃあるまいし、剣技が王女の嗜みってこともないだろうに。
こっちはスキルありの全力。
対して向こうはスキルなんて使う素振りもみせていない。
スキルなしなら英雄サマよりも強いんじゃないか、あの女――。
「お、目を覚ましたね」
「出たな理不尽トカゲ」
「はっ。なにが理不尽なもんだい。アンタの実力不足だよ」
通算4度目の負けだ。
実力で劣っていることは認めよう。
だが――。
「あんなのおかしいだろう。<未来視>か?」
フォートの<未来視>は1秒先しか見れないらしいが、それより先の未来を見通せるやつがいたって不思議じゃない。
常に僕の先をいくあの動き、未来がみえていると言われてもおかしくなかった。
ヴィオラは腕を組み、僕の言葉を鼻で笑った。
「だからなんでもスキルのせいにするんじゃないよ。目線を読み、筋肉の動きを読み、相手のクセを読む。アンタだって格下相手にゃやってるだろう?」
確かにやっている。
ドレスアーマーなんかがいい例だ。
素人の動きなんて、動き出す前からわかる。
その後の動きがいくら早かろうと、起こることが分かっていれば対処なんていくらでも――って。
「素人と達人ほどの差があるってことかよ……?」
「まあそこまでは言わないさ。せいぜい新規入門者と師範かねぇ?」
同じじゃねぇか。
くそ。今まで負けたことはいくらでもあるけど、純粋な武技でここまで負けるのはここ数年なかった。
下級スキルとはいえ、<アーカイブ>の力を活かしてそこそこのスキルになっているはずなのに――。
悔しそうにしている僕を見て、ヴィオラは「ふーん」と唸った。
「ま、毎日やられても挑んでくるその特殊性癖に免じてアドバイスをくれてやろうじゃないか」
タットみたいに言うんじゃねえよ。
だがアドバイスを貰えるというのはありがたい。
なんだかんだ僕とアンリは誰からも戦い方を教わったことがない。
他の武芸者からみた助言などもらったことがないのだ。
その武芸者が教えをくれるという。
しかも今まであった中でトップレベルの実力者だ。
貰えるものはなんでも貰う孤児院の教えに従おうじゃないか。
素直に言葉を待つ僕を見下ろし、ヴィオラは凶悪そうなトカゲ顔でニヤリと笑った。
「――――アンタ、スキルを使うのをやめな」




