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79話 ホント何やってるんだし?

 王都<イース>についてから3日。

 あたし達は冒険者ギルドに併設されている食堂でお昼ごはんを食べていた。


 砂漠に消えていった師匠はあれから姿を見せていない。

 ムーシ曰く、どうやら砂漠の中に留まっているようだ。


「一体何をしてるんだし……?」

「まあ居場所は分かっているのであるから、心配無用であろう」


 あたし達は師匠がいない間、ずっとキルトさんの行方を探していた。

 しかしどれだけ聞いて回っても有益な情報は得られない。

 海族の国にいっている可能性もあるが、そうでなくても王都にいない可能性もあった。

 だが火の大精霊を狙うなら、ここが一番近いはずなのだ。


「拙者は精霊というものに会ったことがないのだが、居場所は分かるものなのであるか?」

「おい侍小僧。我がおるだろうが」

「いやはや。ムーシ殿は見た目がなあ……」


 ただの虫だし。


「火の精霊と水の精霊は人前によく姿を現す。この辺りにおる事は間違いないじゃろ」

「風と土はどうなんだし?」

「風は世界中飛び回っておって居場所なんぞなかった。土は――引きこもりじゃな」

「どこにいるのかは分からぬのか?」

「地面を掘り進んで移動しとるんじゃ。探すのも時間がかかる」


 まあキルトさんさえ戻ってこれば、他の精霊はどうでもいいし。


 あたしはパンをちぎってスープにひたす。

 トカゲ族の国の料理は香辛料がふんだんに使われていて贅沢だ。

 ピリッとした辛味がくせになる。


「火の精霊にしても、あの風の女人にしても、聞き込みで探すのは限界があろう」

「あてもないし、そろそろ依頼でもこなすし?」


 路銀は道中でも稼いできた。

 ふんだんにあるわけでもないが、しばらく滞在するぐらいは問題ない。

 とはいえこれ以上の聞き込みも効果があるかはわからないし、お金を稼ぎながら機会を待つしかないし。


「実は拙者、悩んでいる事があってな」

「そうなんだし? 頑張れし」

「ちょっとぐらい聞いてくれてもよかろうッ!」


 えー。めんどくさそうだし。


「ディ殿の木刀のことである。あれを何とかジパングに戻したいのだ」

「それは無理だし? あれは師匠のものだし」

「そこで拙者は考えた。ディ殿が交換してもよいと思える剣を差し出せばいいのだ」


 なるほど。

 師匠はあんなんだし、何か謂れのあるカッコいい剣とかなら案外交換してくれるかも。

 でも世界樹の木刀といえば――。


「ムーシはサスケが木刀持っていってもいいんだし?」

「ジパングに行くのであれば構わん。あそこには世界樹が多くあるし、より<守護者>に向いた武器もあるのじゃ」

「あたしは師匠が行かないなら着いていく気はないし」

「一般人より世界救済じゃろ!」


 ムーシが騒いでいるが、あたしの気持ちは変わらない。

 大体たまたま<敵対者>で差別されて、たまたま<守護者>で魔王と戦う? そんなのもう十分だ。

 あたしは普通に暮らせるようになりたいだけだし。


 普通に……普通。普通かぁ。

 師匠に着いていっても普通の生活はできそうにないなぁ……。


「でもそんな都合よく師匠がいいと思う剣があるし?」

「うむ。まさにそこが悩みでなぁ……」


 サスケが腕を組んで首を傾けた。


 その時――。



「おいっ! <蜃気楼の塔>が現れたぞッ!」

「なにっ!」


 誰かが声をあげると、急に周りの冒険者たちがバタバタと立ち上がり、一斉に表に飛び出していった。 


「な、なんだし……?」


 空席だらけになった食堂を見渡す。 

 残っているのはソロと思わしき数人の冒険者と、あたし達だけだ。

 先程まで何組もの冒険者パーティーが喧騒を上げながら食事をしていたのに、急にギルド内は静まりかえってしまった。


 目で問いかけてみたが、サスケも何がおこっているのか分からない様子。

 とりあえず受付に聞いて見るし。


「<蜃気楼の塔>が現れたんですよ、ほら」


 そういって受付が指差したのは、赤い線が伸びている水晶玉だった。

 やたらと目立つ位置においてあるから何だろうとは思っていたが、魔道具だったようだ。


「あの赤い線の先に<蜃気楼の塔>があります。線の太さで大体の距離が分かるんですが、今回は近そうですね」

「<蜃気楼の塔>ってなんだし?」


 受付の人がいうには<蜃気楼の塔>は不規則に現れる塔型のダンジョンとの事。

 この王都の周辺にもダンジョンはいくつかあるが、<蜃気楼の塔>は砂漠の真ん中に突然に現れては消える珍しいタイプのダンジョンらしい。

 出現する場所も頻度も完全なランダム。

 この広大な砂漠のどこかに、ある日突然現れるのだとか。

 そして、それを感知できる唯一のアイテムがこのギルドに設置されている水晶なのだ。


「<蜃気楼の塔>はなんと、10割の確率で宝箱が出現します」

「10割とは。それは凄いであるな」

「ええ、だから冒険者の皆さんは出現すると我先にと駆けつけるのです」


 宝箱がダンジョンに現れる頻度は、そのダンジョンの等級と深度にもよる。

 理屈はわからないが、強い魔物がいるダンジョンや階層ほど、宝箱の出現率と中身の質が良くなっていく。

 でもいくら難易度が高いといっても、10割の確率で宝箱が見つかるなんて聞いたことがなかった。


「<蜃気楼の塔>の難易度はB級からE級です」

「やけに範囲が広いし?」

「出現の度に変わるんです。実は塔に入れる数が決まっていまして。その入り口の数が少なければ少ないほど、難易度があがるんです」


 塔の入り口が1つなら入れるパーティーは1つで、B級難易度。

 最大でも入り口は4つで、それだとE級難易度になる。

 入り口は1パーティーが入った時点で閉じられてしまうのだとか。

 どうやってパーティーを判断しているのかは不明だそうだ。


 どの難易度であっても1階層ごとに宝箱が出現するが、一つ開けると外に強制的に出される。

 階層を上がれば上がるほどに、宝箱の中身の質は上がっていく。

 しかし当然、出現する魔物も強くなっていく。

 

 B級からE級まで。

 自分の実力にあった、無理のない探索で宝物を確実に入手できるのだ。


 なるほど、皆が走っていなくなるわけだし。



「今まで見つかったものはどういったものがあるし?」

「そうですね、有名なところですと――――」


 んー。とあごに手をあてて考える仕草をする受付。

 可愛らしいんだろうけど、トカゲ族だから見た目じゃ性別もわからない。

 ごめんだし……。



「――炎の双剣<フレイムタン>ですかね。最上階の宝箱から出たそうですよ?」



----


 あたしとサスケは市場でダンジョン探索の準備を整えていた。


 今回現れた<蜃気楼の塔>は既に出遅れた。

 狙うのであれば次回だが、それがいつになるのかは分からない。

 受付の人がいうには、最短だと翌日で、長いと一月現れないこともあるのだとか。


「ポーションは直前で買うのがよかろう」

「それはいいけど、あたし達だけで大丈夫だし?」

「なに、入り口の数が少なければ入らなければよいだけである」


 <蜃気楼の塔>を狙うにあたり、そもそも地元の冒険者を出し抜いて塔に一番にたどり着けるのか、というのが問題だ。

 シュバルツゲイザーがいるあたし達は大多数の冒険者たちよりは有利に思えるが、砂漠のレースに参加する冒険者たちは当然砂漠の移動手段を持っている。

 地の利がない新参者が競り勝つのは困難だろう。


 と、いうあたしの懸念を払拭したのはムーシだ。


「あの塔が出現する前、砂漠の一部に異常な魔素の集まりを感知したのじゃ。我であればあの魔道具よりも先に出現場所を感知できるぞ」


 便利な魔素センサーである。

 ことダンジョン関係においては非常に有能な虫だった。

 そんなわけであたし達は次の出現に備えているのだ。



「このガラスの玉は何に使うんだし?」

「お、嬢ちゃんお目が高いね。そいつは<魔法玉(スフィア)>っつうのさ」

「<魔法玉>?」


 指の先に摘める程の小さなガラス玉。

 中は空洞になっているようで、今にも壊れそうだ。


 トカゲ族の店主曰く、魔素を通さないガラスの特性を活かしたもので、最近開発された新しい道具なのだとか。

 ガラス玉はひねれば開くように作られている。

 中にスキルの力で発現した炎や雷を上手に閉じ込めて、閉める。

 そして使いたい時に相手に投げつければ、自分の持たないスキルでも使用可能になる、というわけだ。

 大き様々あるらしく、今あたしが手にしているのはお試し用のおまちゃのようなものらしい。



「敵に投げつけて割らなくていけないとなると、硬化ガラスではあるまい?」

「そうなんだよ。だから移動中に割れる可能性もあるんだが、そうなったらまあ……ご愁傷さまだな」

「とんだ欠陥品だし……」

「まあ何事も試してみねえとな。<蛍火>や<光よ>のスキルを詰めれば、光石代わりになるぞ?」


 それはもう光石でいいだろう。

 なんでわざわざ割れやすいガラス製品を持ち歩かないといけないのか。


 だが移動を前提に考えなければ使えないこともない。

 とくにトカゲ族の国には魔素を完全に閉じ込めるガラスの製法がある。

 そうすれば交換不要な明かりが出来上がるわけだ。


 なるほど、そう考えれば画期的な発明なのかもしれない。

 しげしげとガラス玉を眺めていると、隣の店から怒鳴り声が聞こえてきた。



「ったく! 何のためにお前らを雇ったと思ってるんだ!」

「いや、面目ねえがありゃ無理だぜ」


 入り口から覗いてみると、商人と思わしき男が冒険者たちを怒鳴りつけているところだった。

 護衛依頼の終わりなのだろう、商人は白紙の完了届を振りかざしている。


「野盗にあっさりやられて、そんなんで護衛達成になるものか!」

「そうはいうがあんたは無事だし、積荷も半分は無事だ」

「たまたま運がよかっただけだ! お前らの功績じゃない!」


 どうやら道中で野盗に襲われて、護衛がやられてしまったみたいだ。

 命があっただけでも儲けものだと思うが、積荷が半分しか取られていないとは。


 守れなかったのだから護衛料は払えないという商人。

 半分無事だったのだから護衛は完遂したという冒険者。

 議論は平行線のようだし。


「ふむ。これは冒険者が正しいであろう。帰ってこれたのだから護衛は完遂だ」

「でも積荷の半分は奪われたみたいだし?」


 半分しか盗らないとは不思議な野盗もいたものである。

 しかし冒険者の次の言葉であたし達は固まった。



「大体あの野盗達を引き連れていたヤツ、いくらなんでも勝てねえよ。――ありゃ最近話題の大物賞金首ディ・ロッリだぜ?」




 ――――ホント何やってるんだし、師匠?



 

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