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64話 今ならなんと

「師匠、話に聞いていたのとだいぶ違う感じだし?」

「そうだな。まさか暗黒面に落ちていたとは……」

「暗黒面というか、黒歴史ではないか?」


 腰に手をあて高笑いを続けるフォート。いや、ブラックフォート。

 こいつもキルトと同じように僕のことがわからないのか?


「フォート、俺のことを覚えているか?」


 ピタリと高笑いを止め、こちらを見るフォート。


「もちろん覚えているさ。ディ、かつての友よ」


 そう言ってマントをばさりと翻した。

 どうやら本人で間違いないらしい。


「いま何でマントをバサッとしたし?」

「そういうツッコミはしないでおくのが優しさであるぞ」


 外野2人がこそこそと囁きあっている。

 確かにちょっとフォートっぽくない感じではある。


 フォートは食堂にいる人々に語りかけるように、大仰に話しだした。

 ふむ。僕もそれに習う。


「かつて邪悪な力に苦しめられていた僕を、暗闇から救い出したのは間違いなく君さ。ディ」

「お前はそれを乗り越えようと、そう誓っていたじゃないかフォート」

「ふふふ。そうさ。君との冒険の日々は覚えているとも。アルメキア王国を震撼させたネームドを、二人で力をあわせて倒したことも」

「誰も討伐をしたことがない、体長10メートルを超える伝説のフロアボスを倒したこともあった」

「まさに死闘。奇跡のような偶然の連続。試される仲間との絆!」

「そうだ、俺たちは仲間じゃないかフォート!」


 暗黒面に落ちたかつての仲間と、それを取り戻す冒険者ムーブ。

 僕たちの盛り上がりに、先程まで静まり返っていた食堂の客たちがにわかに騒ぎ出している。

 対象的に、近場の二人は冷めた様子だ。


「なんか聞いてた話とちょっと違うし」

「息が合ってる感じはするであるが」


 フォートは大げさにかぶりを振った。

 そして悲しそうに、しかし決意を込めた目でもって僕を見据える。


「仲間に頼っていた弱い僕はもういない。僕は既にかつての<力>を取り戻したんだ! この、<暗黒(ブラック)リング>によって――ッ!」

「な、なんだってー!」


 見せびらかすように掲げられたフォートの右手。

 そこには闇色をした禍々しいブレスレットがされていた。

 アイテム通のサスケが解説をしてくれる。


「あれはスキルの力を封じて、その代わりに高い身体能力を得る事ができる魔道具であるな」

「結構使い勝手よさそうだし?」

「だが呪いのアイテムでもある。あのリングを誤って装備すると――」


 サスケがフォートを指差した。

 するとフォートはバサリとマントを翻してポーズを決める。


「あんな感じになるのだ。未鑑定品を装備するなという良い例であるな」


 なるほどね。


「特にデメリットはないという事だな」

「普通は死にたくなるのである」


 命は大切だぞ。

 まあ、フォートがブラックフォートになった理由はわかった。

 スキルの力を封じる魔道具は、フォートが探して求めていたものだ。

 髪と目の色が変わってしまっているが、本人が気にしてないならいいんじゃないか?


「過去の自分と決別をするためにも、賞金首に落ちた君を捕縛するよ、ディ」

「弓士がここまで距離をつめて、大した自信じゃないかフォート」


 視線がぶつかる。

 いくらフォートの早打ちでも、この距離はさすがに僕の間合い。

 椅子に腰掛けたままだが、僕は木刀に手をかけた。

 数秒、にらみ合いが続く。

 そして――。


「――させるかッ!」

「ふっ」

 

 フォートの指先が動いた瞬間、僕は木刀で薙ぎ払った。

 しかしフォートはそれをバックステップで躱しつつ、弓に矢をつがえる。

 早い!

 床を転がって初矢を回避。

 同時に店内に悲鳴が響き渡った。


「ししし、師匠! 店内で弓矢の相手は死人が出るし!」

「あははは! 心配無用! 誰にもかすりもさせないよ!」


 言葉の通り、フォートが放った矢は人と人の間をすり抜け、壁に突き刺さっていた。


 それにしても僕が知っているフォートの動きよりも随分早い。

 これが<暗黒リング>によって引き上げられた身体能力か。

 しかもフォートの場合はスキルが使えないことで本来の力が出せる。

 相当に強いぞ……!


 僕がもう一方の木刀に手をやって、気合を入れ直したその時。



「こっこかぁバッカ弓士ぃぃぃーーーー!!」



 黒塗りの巨大な魔道二輪車が、入り口のドアをぶち破って店内になだれ込んできた。


 雨のように降り注ぐ木片。

 横滑りをしながらテーブルをいくつも吹き飛ばして、魔道二輪車がようやく止まった。

 それに跨っていたのは、口の悪いドワーフの鍛冶士。

 究極の鉄を追い求める、ずんぐりむっくりな男――。



「ちっ、もう嗅ぎつけてきたのかラウダタンッ!」


 そう。ラウダタンだった。

 生きてたか。


「てめぇいい加減にそのバッカ腕輪を外しやがれッ!」

「僕の力を奪わせやしないよ!」

「問答無用だバッカ野郎がぁぁぁ!!」


 魔道二輪車のアクセルをふかし、前輪をあげた形でフォートに襲いかかるラウダタン。

 なるほど、あれなら射掛けられない。

 横っ飛びに避けるフォート。

 ラウダタンの乗る魔道二輪車は、そのまま後ろの机を粉砕した。

 もはや店内は阿鼻叫喚の様子だ。


「さすが冒険都市だな」

「いやいや、ここまでの乱闘騒ぎを街中で起こす者はそうそう聞かぬぞ」

「師匠の仲間って感じだし……」


 背中を晒しているラウダタンに、フォートが矢を放った。

 どうやら重鉄矢のようだが、あんなものを無防備に食らったら大怪我するぞ。

 <エア・スライム>で盾を作ってみたものの、簡単に突き破られる。


 まずいっ――!



 ガキィィン……!



 ラウダタンの背中に直撃した重鉄矢は、金属にぶつかったような音を立てて弾かれた。

 鎧でも着込んでいたのか?

 そう思ってラウダタンを見る。

 しかし、鎧を着込んでいたのは服の下ではなく、上だった。


「<闇夜の鎧(ダークネス・アーマー)>か、厄介なスキルだ!」

「<ガッチン・アーマー>だッ! 勝手な名前つけてんじゃねぇぞこの野郎ッ!」


 背中の一部が、不自然に黒色の鉄に覆われていた。

 どうやらあれがラウダタンのスキルらしい。


 不利を悟ったのか、フォートは入り口まで下がった。


「ディ。君との決着はお預けだよ」

「ほう。また街中で襲いかかってくるのか?」

「もっとふさわしい場をみつけたよ」


 そういったフォートの手がブレた。

 迫る矢をぎりぎり<エア・ライド>で回避する。

 背後で矢が壁に突き刺さる音がした。


 振り返ると、黒い矢が射抜いていたのは<武帝祭>のチラシだ。


「<武帝祭>で待っているよ」


 再度入り口に目を向けたとき、そこにはもうフォートの姿はなかった。


 <武帝祭>――か。

 いいね。楽しくなってきたじゃないか――!



「お店、滅茶苦茶だし……」

「弁償であろうなあ」


 盛り上がってるんだから、そういうの後にしてくれる?



----


 翌日。

 僕らはラウダタンが働いているという工房に向かっていた。

 当たり前のようにサスケもついてきている。


 あの後お店の弁償として金貨10枚も請求された。

 僕は襲われただけだというのに。

 あの会話で知り合いであることがバレたのが良くなかったな。


 宿も追い出されるかと覚悟していたが、あの<B・F>に狙われて生き延びた賞金首、という事でさらに泊がついたようだ。

 是非泊まっていてくれとさらに宿代が安くなった。

 

 食堂の客にも怪我がなかったし、これぐらいで評判が落ちることはないそうだ。

 むしろ迫力ある戦闘が間近でみられるからと、わざわざやってくる物好きもいるのだとか。

 実にたくましい街である。


「ムーシ、今日はずっとあたしの頭の上にいるんだし?」

「我は決してその名の前に屈しないぞ、<守護者>よ」


 虫はルッルの頭の上にとまっている。

 趣味の悪い髪飾りみたいだな。


「その指輪に世界樹の命魔素を取り込んだのでな。それを媒介にして顕現できるようになったのじゃ」

「あたし的には迷惑だし、ムーシ?」

「我はこれでも高位の精霊なんじゃぞ……」


 見た目って大事だよな。

 

「ここか」


 ラウダタンのいう工房は、魔道具を作成している工房らしい。

 本来は鍛冶士だが、獣人の国は鉄も木炭も不足している。

 だから鉄鍛冶は盛んでなく、その代わりに多くある魔道具工房で働いているのだとか。


 元々ラウダタンは変わった武具を作ることが好きみたいだからな。

 魔道具製作で新しい可能性を探っているのだろう。


「おう。来たかバッカ木刀!」

「カメメメ! あたしを助けてくれた冒険者じゃないかカメ!」

「……風を感じに来たです?」


 工房の中にいたのは、どいつもこいつも知っている顔だった。

 ラウダタンと、昨日の亀女と、冒険都市まで僕らを乗せてきた<運び屋>ライカだ。

 なるほど、魔道具つながりか。


「とりあえずその甲羅貸してくれない?」

「いやカメ! これはオトヒメの命カメ!」

「オトヒメ?」

「そのバッカ亀の名前だよ。亀に憧れてんだとよ」


 あのカッコいい感じで空を飛んでみたかったんだが。

 というか亀って飛ぶか?

 まあ、いいか。


 今日ここに来たのは情報共有のためだ。

 昨日はあんな感じだったので、ほとんど何も話せないまま別れたからな。

 僕らは工房の奥に案内され、椅子に座った。


「……どうぞ」

「風は感じられそうか?」

「……<亀さんジェット>を魔道二輪車に取り込む調整中です」


 お茶を持ってきたライカに問いかける。

 どうやらあの火を吹く甲羅の仕組みを、魔道二輪車に取り入れようとしているようだな。

 できれば僕にも一台作ってほしい。


「それで、ブラックフォートに何があったんだ?」

「別に大した事じゃねえ。見たまんまよ」


 あの後、ラウダタン達は漂流しているところを獣人族の国に向かう商船に拾われたそうだ。

 港で降ろしてもらって、僕とキルトを探すかどうかと悩んだ。

 その結果、近場に流れ着いたなら必ず冒険都市を目指すだろうと考え、冒険都市まで移動することにしたのだそうだ。

 実際ここにこうしているわけだし、正しい考えだったな。


 懐に余裕があったわけではない二人。

 ついてすぐに<大迷宮>に潜って金策を始めた。

 しばらくは順調にいっていたが、ある日問題が起きる。

 それが、<大迷宮>内でみつけた宝箱から出てきた<暗黒リング>だ。


 もちろんどっかのバカ弟子のようにその場で装備したわけじゃない。

 二人はちゃんとギルドまで持ち帰り、鑑定した。

 鑑定結果、それが目的の魔道具であると知ったフォート。

 リスク覚悟でリングを装備して――。



「あの様よ。すぐにリングを外そうとしたんだがな、逃げられちまった」

「別に困ってないなら、そのままでいいんじゃないか?」

「そうもいかん。呪いってのはタチが悪ぃんだ」


 ブラックフォートのあの性格。

 実はリングに込められた製作者が混ざり込んでいるらしい。

 長く放っておくと、フォートの人格が完全に乗っ取られてしまうのだとか。

 リングは普通に引っ張れば外せるらしいが、本人がそれを拒否するのだ。


 ラウダタンは日頃フォートの行方を探し回りつつ、鉄の装備の手入れや、魔道具の製作なんかを引き受けているのだという。


「魔道二輪車で駆けつけても、どうしても後追いでな」

「なるほどな。じゃあ今度の<武帝祭>はチャンスなわけだ」

「ああ。試合中にふん縛ってリングを取れば、元のフォートに戻せるはずだ」


 ブラックフォートとの決着もつけれて、フォートも取り戻せる。

 一石二鳥か。いいね。


「しかしあの弓士の早打ち。あれを掻い潜るのは試合場では困難であろう」


 サスケのもっともな意見。

 一息で3矢を放てる百発百中の弓士が相手だ。

 試合場には障害物もない。

 まともにやったら近づけさえしないだろう。


「矢切れを狙うし?」

「武器の持ち込みは制限されぬ。矢は大量に持ち込めるぞ」

「うーん。大きな盾を構えて近づくし?」

「バッカ弓士は矢を曲げられるからな。狙い撃ちよ」

「全身鎧とか?」

「そんなもん着てたら一歩も動かないままに重鉄矢で頭をぶち抜かれるな」

「フォート強すぎだし。無理だし」


 スキルで制限されていないフォートは本当に強い。

 試合開始から<エア・ライド>で動き回って的を絞らせないようにするぐらいしか思いつかないが、それでも当ててきそうなんだよな……。


「……そんなアナタにオススメなのがこちら」

「ん?」


 ライカが机の上に置いたのは、銀製のネックレスだった。

 宝石などが施されているものではない。

 どちらかといえば冒険者タグのような、無骨なものだ。

 鎖に繋がっているのは銀貨のような、丸い金属だった。


「……これは魔装具。一度だけ物理障壁を張れるものです」


 なんと。

 本物の魔装具は初めてみた。


 物理障壁と聞いて思い浮かぶのは騎士サマだ。

 <エア・スラスト>が喉元に決まったと思った時、青白い光に突きを阻まれた。

 そうか、あれは魔装具だったか。

 王国では流通していないと思っていたが、軍ともなると違うのか。


「魔装具は帝国でしか作られねぇから、かなり貴重品だぞ」

「……その代わり効果は抜群。どんな物理攻撃も必ず防ぎます」


 世界樹の木刀で放った<エア・スラスト>を防ぐぐらいだからな。

 フォートの矢も弾けるだろう。

 しかし魔装具といえば――。


「お高いんでしょう?」

「……今ならなんと、たったの」


 たったの?


「――王国金貨60枚」




 僕の手配額と同じかよ。



 

 

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