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63話 闇に生まれ、闇に生きる

「えへへへへ……」


 だらしない顔をしてルッルが眺めているのは、<モンスターハウス>の宝箱から出てきた指輪だ。

 なんらかの魔道具なのか、ただの指輪なのかは帰って鑑定を依頼しないと分からない。

 だが、少なくとも僕の指には入らなかったので、とりあえずルッルに預けている。


 それを指に嵌めて、ずっとニヤニヤと笑っているのだ。


「さっきも言ったが、ダンジョンから出た装備品は呪われている事もあるからな。鑑定する前に装備するんじゃない」

「えへへへへ……」


 駄目だ。

 まったく聞いちゃいない。


「師匠からの初めてのプレゼントだし……」

「木の棒をやっただろうが」

「こんなそこら辺で拾ってきたのはプレゼントじゃないし」


 そんな真っ直ぐな棒がそこら辺に落ちてるわけないだろうが。

 わざわざ木材を買って、削って作ってやったのになんたる言いぐさ。


「虫もやっただろうが」

「こんなそこら辺で拾ってきたのはプレゼントじゃないし」

「聞き捨てならんぞ<守護者>よ」


 実際問題、ダンジョン産の装備品の中には呪われた武具もある。

 低層に出てくるような物はまあ命に関わるとまではならないだろうが、それでも呪いは呪い。

 使用者にプラスに働くような効果は期待できないだろう。


 ルッルのつけている指輪はとりあえず、目に見える効果はないようだ。

 魔道具ではない、普通の指輪の可能性もあるな。


「その指輪、おそらく<魔力シリーズ>であるな」

「お前よく普通に会話に入ってこれるな」


 世界樹の木刀を譲ってほしいと唐突な土下座で頼み込んできたサスケ。

 僕はきっぱりとその場で断った。

 そりゃそうだろう、なんで僕が自分の獲物を今日会ったばかりの奴に譲らないといけないのか。


 しかしその後もしつこく諦めなかったサスケは、何やら込み入った事情を説明しようとし出したので、僕はそれを無視して<モンスターハウス>に残していた宝箱を回収。

 そして<大迷宮>の出口へと向かっている。


 そんな中サスケはというと、ずっと僕の足にしがみついていた。


「うむ。事情を説明したい故、こうして機会を伺っておる」

「足にしがみついたらどうにかなると思ってんのかお前は」


 <大迷宮>に入る前にもルッルの足にしがみついていたなそういえば。

 だが順調にレベルアップしている僕にとって、人ひとり引きずるぐらいはワケはない。

 無視だ無視。


「その木刀。もとはと言えば拙者の師によって作られたものなのだ」

「そうかよ。だが俺はちゃんと商人から買って――ん?」


 待てよ。

 ラウダタン曰く、世界樹は神鉄でしか加工ができないはずだ。

 それを作ったのがサスケの師だというなら――。


「あるのか、神鉄」

「――む。どこでそれを……まあよい。事情を聞く気になったであるな。そう、我が師はジパングに2人しかいない<神鉄鍛冶師>なのだ」


 引きずられながらサスケが話した事情はこうだ。


 通常の手段では加工ができない世界樹の木材は、大森林を管理するエルフ族でも、自分たちでは手を加えることができない。

 唯一それを削り取れるのはジパングに伝わる<神鉄>のみ。


 その為、ジパングとエルフの国は、昔から秘密裏に世界樹の流通と加工を行う協定を結んできた。

 エルフが入手した世界樹の木材を、ジパングの<神鉄鍛冶師>が加工し、武具などにするのだ。

 そしてその半分をジパングが、もう半分をエルフの国が貰い受ける。


 世界樹の枝葉が落ちてくるのは年に1度程度なので、その量はごくわずかだ。

 しかし世界樹は神鉄以外では決して壊れない、世界最強の素材。

 それで造られた武具は言うまでもなく、非常に強力で価値があった。


 他国に流通すれば戦争の火種にもなりかねないそれらを、両国では表に出さず、主に王族が所有。

 たまの祭事にて使用される程度でしか一般には周知されていなかった。

 ジパングでも、年に一度の神事の際にその年の新たな武具を捧げるのみだという。


「その二振りの木刀は、3年前に神への捧げものになる予定であった」

「じゃあなんでマイラ島のバザールで売ってたんだ?」

「そこが問題である」


 その年の捧げものはサスケの師である<神鉄鍛冶師>が製作を請け負った。

 世界樹の加工は非常に厳しいものであるらしく、サスケの師は連日連夜、鍛冶場に籠って作業を続けた。

 そして神事の前日に「完成したから寝る」と言い残して部屋に戻っていったのだという。



 一方で弟子であるサスケは、刀鍛冶でもある師匠の店の手伝いも行っていた。


 祭りの時期は、鎖国をしているジパングが唯一外国からの商人を受け入れている時期でもある。

 ここぞとばかりにジパングの武具を買い付けにくる商人たち。

 大量発注の前に目が回る思いで、必死に注文をさばいていたサスケ。


 そしてとある商人から注文が入った。


「木刀を20本用意してくれと言われたのである。もう出航の時間だから、余った金で最後の仕入れを急いでいると。拙者は店中の木刀をかき集めたが、店置きでは2本足りなかった。そこでどこぞに余りでもないかとあちこち探し周り、鍛冶場に立てかけてあった2本を見つけた」

「それがこの2本?」

「そうである」


 いやいや、師匠がずっと鍛冶場に籠ってたんだから、予想つくだろ。


「奉納する武具というのは本来もっとこう……カッコいい感じなのだ。木刀であったとしても、それは鉄の刀と見紛うかのような出来であるはずだったのだ。だが師匠は『途中でめんどくさくなった』という理由でまったく普通の木刀の形で終わりにしていたのである……」


 そうして商人に普通の木刀としてまとめ売り。

 目玉である神具の奉納が出来なくなったその年の祭りは大変な騒ぎになった。

 その原因を作ったサスケはあわや死罪か、というところでジパングの女王から「たまにはいいじゃろ」という適当な許しを得て生きながらえた。


 しかし何の責任も取らせないのでは示しがつかない。

 そこで言い渡された沙汰が、「流出した木刀を持ち帰るまで国外追放」というものだった。


 その後、国を出たサスケは世界中の国をまわって木刀を探した。

 しかしどうしても見つからない。

 そこであてもなく探すのではなく、世界中の冒険者があつまる冒険都市で待ち構えることにした。


 木刀を持った冒険者には<荷物持ち>として声をかけ、それが世界樹の木刀であるかどうかを見極める。

 砂漠の中で砂粒を探すようなものだが、もはやそれしかサスケに残された道はなかったのだ。


「そうして2年が過ぎ、ついに拙者はこうして木刀を見つけ出すことに成功したのだ。――頼む! どうかその木刀を拙者に譲っては――」

「――――だが断るッ!」


 国を出て既に3年だろ。

 大丈夫大丈夫、もう一人で十分やっていけるよ。


 後生である、後生である、と騒ぐサスケを引きずって、僕はダンジョンの外へ出た。



----


「なんでそれを早く言わないっ!」

「いやだって師匠、全然聞いてくれなかったし」


 僕らは宿の併設の食堂で夕食を食べている。

 そこでルッルから、実はあの落とし穴の下でキルトに出会ったのだと明かされたのだ。

 そうと知っていればすぐに追いかけていたのに。


 帰り道、ずっと指輪に夢中だったこのバカ弟子はそれをようやく今になって伝えてきた。

 普通の指輪だったら売っぱらってやろうと思ってたのに、鑑定の結果は<魔力の指輪>。

 サスケの見込み通りだったわけだ。


 <魔力の指輪>は、<魔力シリーズ>と呼ばれるよくある魔道具のひとつだ。

 その形は腕輪やネックレスだったりする。

 装飾品であることが多いが効果はどれも同じ。

 魔力をその中に貯めておける。

 もちろん所有者の意思で取出し可能だ。


 ただし、せいぜい中級魔法で数発程度の魔力しかない。

 お守り代わりのようなものだな。

 ルッルの指輪には虫精霊が命魔素をせっせと詰め込んでいるらしい。


「……まあいいか。とりあえず街中にいることは分かったんだ。何より――<英雄皇子>か」

「あれはたぶん、<英雄皇子>が<あの人>とやらなんだし」


 ドレスアーマーに謎の<力>を授け、さらにキルトに風魔法と思わしきスキルか。

 そんな事、一体どんなスキルなら可能なんだ?


 <英雄皇子>のスキルといえば、<身体強化・極>と言われている。

 生身で黒龍を討伐できる実力に、最強の身体能力向上スキル。

 この二つの為に、<英雄皇子>は世界最強の一角とされているのだ。


 他の最強候補は各国の上級スキル持ちに、獣人の国の<武帝>があげられる。

 ――世界はまだ僕をしらない。


 だが身体能力を上げるスキルでは、他人にスキルを授ける事は出来ないだろう。


「お待たせしましたー。本日のスープでーす」


 うんうん唸っているところに、机の上にスープが三つ並べられた。

 ルッルがそのうちの一つを取り、テーブルの下に持っていく。


「置いとくし」

「お、かたじけないであるな」

「武士ってプライドとかないの?」

「誇りを取り戻す戦いの真っ最中である」


 サスケはさすがに足にしがみつくのはやめたが、正座して僕の横に座っている。

 なんでも僕が木刀を譲る気になるまで、側にいるつもりなのだとか。


 ――ふっ、商人の前で数日粘るなど僕にとっても朝飯だ。

 我慢くらべなら決して負けん!


 今は誇りを見失った武士よりもキルトだ。



「ま、<英雄皇子>とは武帝祭で戦う約束をしているからな。その場にキルトも来るなら都合がいいだろ」

「今年の武帝祭は大盛りあがりであるな。なにせ<武帝>と<英雄皇子>が戦うのは初めてである」

「まて、なぜ俺が負ける前提だ」

「いささか無理があるな。どちらも上級スキルであるぞ?」


 <英雄皇子>の<身体強化・極>も、<武帝>がもつ<天地創造>もどちらも上級スキルとされている。

 上級スキル持ちは、この世界でも両手で数え切れる程しかいない。

 その誰もが国の重要な役割についていて、1人以上の上級スキル持ちを抱えている国は存在しない。


 これは精霊が各国のバランスを考えているためと言われているが、眉唾だな。

 だが同時代に、同じ上級スキルを授かった者がいない事は事実であるらしい。

 

「上級スキルって数百の魔物を一回で殲滅するとか言われてるし。そんなの街中で戦って大丈夫だし?」

「<武帝>も<英雄皇子>も近接戦闘タイプであるからな」


 逆にこの二人以外の上級スキル同士の戦いを見ることは難しいだろう。

 なぜなら戦いが見える位置にいたら確実に巻き込まれるからな……。


「それに闘技場は結界で守られているである。滅多な事では――ぬああっ!!」


 スープを啜ろうとしていたサスケ。

 その手にしていたお椀を、高速で飛来した何かが撃ち抜き、弾き飛ばした。



 しんと静まり返る店内。

 ビィィンと音を立てているのは、サスケのお椀を撃ち抜いて床に突き刺さっている黒い矢だ。

 それを放ったであろう人物は、店の入口から弓を放った姿勢のままでこちらを見ていた。


 黒を基調にしたフードマント。

 しかし縁の部分には金と赤のデザインが施されており、野暮ったい感じはしない。

 構えている背丈よりも大きな弓もまた、黒い塗料と金色の塗料で塗られてる。

 その佇まいからは、強者の雰囲気を感じずにはいられない。


 ああ、そういえば忘れていたな……。



「頭を狙っていたら終わっていたぞ? <黒の歴史書>?」

「お前が<B・F>か」


 街中どころか、食堂で矢を射掛けてくるとはなかなかクレイジーなやつだ。

 どうやら僕の挑戦状がよほどお気に召したようだな。


 <B・F>はゆっくりとした足取りで僕らのテーブルの前までやってきた。

 そしてそのフードに手をかける。


「<B・F>? 違うね。僕の名前は――――」


「なっ――!」


 バッと勢いよくフードを外した男の顔は、僕のよく知る、予想だにしていない人物だった。

 しかし記憶と違うところもある。

 緑色の髪で、温和な瞳をしていたハズだ。

 目の前にいるこの男は、その人物とまったく同じ顔をしている。

 だがその髪は黒く、瞳は鋭く、自信に満ち溢れていた。


 そして男は両手を広げて高らかに宣言する。


「<ブラック・フォート>! 闇に生まれ、闇に生きる。暗黒狩人<ブラック・フォート>さ!!」


 <霞打ち>と呼ばれる天才弓士でありながら、スキルに苦しめられる青年。

 僕の仲間であるはずのフォートが、変わり果てた姿でそこにいた。


 店内に響き渡るブラック・フォートの高笑い。

 ルッルとサスケは死んだような目でフォートを見ていた。



 ブラック・フォートだと?

 かっこいいじゃないか――――!



 

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