62話 だが断る
「よかったし、死ななかったし……」
そこそこの高さから落下したように思えたが、その割にはケガもなくすんだようだ。
受け身も取れずに地面に叩きつけられたのに、どこにも痛みがない。
サスケも無事だったようで、ゆっくりと立ち上がった。
「落とし穴の罠では、不思議なことにケガはせん。だが、これはマズイ事になった……」
あたりを見渡す。
先程と同じ様に、きれいに整えられた石造りの、遺跡のような壁で出来た部屋だった。
変わった点といえば部屋が広くなった事と、巨大な柱がいくつもたっている事ぐらいか。
通路は左右に一つづつ。
どちらに行けば帰れるのだろうか、と考えているところに、遠くの柱の影からそれは現れた。
2メートルを超える巨体に、人間ではあり得ない程の筋肉を携え、巨大な斧を両手に抱えている。
何よりも目立つのはその顔。
あれは――。
「――ミノタウロス」
「ここはおそらく3層であるな。<大迷宮>は一層降りれば難易度も一段階変わるゆえ、3層は相当の腕利きしか降りてこられないのだぞ」
「ってことはあたしは腕利き……?」
「実に前向きである。とりあえず身を隠すのがよかろう」
サスケに促されて、あたし達は柱の影に身を隠した。
ミノタウロスは当てもなく、ウロウロと部屋の中を歩き回っているだけのようだ。
普段魔物って何してるんだろ。
それなりの実力のサスケでも、ミノタウロスは倒せないらしい。
なんとかこの場所を脱出して、1層に戻らないといけないのだが、どちらの通路に入ればいいのかが分からない。
上を見上げれば、自分たちが落ちてきた穴が見える。だがみるみるうちに塞がっていっているようだ。
師匠がいれば飛んで帰れるのだけど……。
「正直、帰還するのはかなり困難と言わざるを得んな。3層の魔物はどれも拙者たちの手には負えん。上手く上の階層への道が見つかるかも分からん状況では――」
「またミノタウロスなのよ?」
柱の向こうから、聞いた覚えのある声がした。
そろり、と顔を半分だけだして様子を伺う。
「ねえアル様、私が倒してしまってはダメなのよ?」
「退屈かい? でもダメだよ。ここにはジュリアの能力の確認の為に来たんだからね」
そこにいたのは、やはりあのドレスアーマーの女だった。それと師匠の仲間のキルトさんと思われる、フードマントの綺麗な女の人。
さらに今日はもう一人一緒のようだが、あれは――。
「なんと、<英雄皇子>であるな。これは僥倖。助けを求めようではないか」
「ちょっと待つし」
出ていこうとするサスケの腕を掴んで止める。
あのドレスアーマーは世界を終わらせるとか言ってる危ないやつだ。
ここで出ていっても逆に襲われる可能性がある。
「あのおっぱい女は敵だし。迂闊に出ていかない方がいいし」
「待たれよ。今はそういう個人的な感情は抜きにするべきであるぞ」
「どこ見て言ってんだし? ぶん殴られたいし?」
あたしの敵はおっぱいではなくて、おっぱい女だ。大体ホビットは胸の大きさを気にしてなんかない。皆こんなもんだ。
過去に何があったかを簡単に説明する。
サスケは納得して、「それであれば様子見であるな」とあたし一緒に柱の影から<英雄皇子>たちの様子を伺った。
<英雄皇子>とドレスアーマーは、ミノタウロスと対峙するキルトさんを後ろから見ている。
どうやらキルトさんが一人で戦うようだ。
「あの女人、ミノタウロスを一人で相手にする程の強者であるか?」
「師匠がいうには、凄い威力の火魔法使いらしいし」
ミノタウロスは一人で前に出てきて、構えも取らないキルトさんを与しやすい相手だと判断したようだ。
鼻息を鳴らしながら、警戒した様子となくドスドスと歩いて向かっていく。
キルトさんはそんなミノタウロスを前に緊張した様子もなく、真っ直ぐ見つめていた。
そして棒立ちの状態で、ポツリと魔法を唱える。
「<ブリーズ・カッター>」
するとキルトさんのフードが風に押されて、僅かに揺れた。
風はミノタウロスにも届いたようだが、そよ風のようなそれは、とても攻撃にはみえない。
実際、ミノタウロスは気にした様子もなく、キルトさんに近づいていった。
一歩、二歩――――。
ついに間合いに入り斧を振り上げる。
その時、変化が起きた。
「ぶも?」
両手に持った斧を振り上げた姿勢のまま固まるミノタウロス。
一拍おいて、その全身が突如として切り刻まれ、大量の血が吹き出した。
「ぶもぉぉぉ!?」
「<コンプレッション>」
追加で放たれた魔法で、ミノタウロスはくの字に折れ曲がって吹き飛んでいき、壁に激突して光の粒となって消えた。
あとには魔石が転がる。
キルトさんは何事もなかったかのように、<英雄皇子>の元へと戻っていく。
<英雄皇子>は満足そうに頷いて、キルトさんを迎え入れた。
「魔名だけでこの威力。いや、そもそも詠唱が必要ないのか? とにかく<力>を得たばかりでここまで適合するとは想像以上だったね。普通はもう少しかかるんだけど」
「アル様。私だって」
「ははは。ゲイラは嫉妬深いね。大丈夫、君たちは特別だから」
「嫉妬ではないのよ? でも、嬉しい」
ドレスアーマーは媚びるように<英雄皇子>にしなだれ掛かる。
英雄皇子はそれを気にした様子もなく、当たり前に受け入れていた。
「ここまでずっと魔法を使い一人で戦い続けて、魔力が尽きる様子もない。これは期待できそうかな。やはり無理やりではダメだったのかもしれない」
「うふふ。たくさん褒めてもいいのよ?」
「もちろんさ。今日はここで終わりにしよう。地上に戻ろうか?」
そうして<英雄皇子>たちは入ってきた通路に戻っていった。
あたしとサスケは覗いていた顔を引っ込めて、いつの間にか詰めていた息を吐く。
「ミノタウロスを二撃。凄い威力である事は違いないが、風魔法のようであったな?」
「うーん。キルトさんじゃないんだし?」
気になるのは<力>得たばかり、という<英雄皇子>の言葉だ。
ドレスアーマーがいうあの方とやらがキルトさんに<力>を授けたとしたら、あの風魔法がそうなのかもしれない。
でも、そうすると既に<火魔法>を持っている筈のキルトさんに、後から追加でスキルを授けた事になる。
スキルを二つ持っているのも聞いたことがないし、誰かにスキルを授ける力というのも聞いたことがない。
ホントにただのそっくりさんなんだし?
「ともかく地上へ戻るための最初の方向だけはわかったであるな。あとは魔物を避けながら、<英雄皇子>たちの後をこっそりつけて――」
「――――ァメェェェェェ!!」
ズドォォォン!
話をしているあたし達のすぐ側に、何かが叫び声を上げながら落ちてきた。
もくもくとあがる砂埃。
その向こう側で立ち上がったのは――。
「落ちたカメェ! 落とし穴に落ちたカメェェェェ!」
師匠に助けられていたはずの、甲羅を背負ったおかしな<荷物持ち>の人族の女だった。
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僕はいま、落とし穴に落ちた亀女を追いかけている。
とにかく邪魔くさかったので、亀女を<モンスターハウス>から逃がす事を優先した。
少しずつ後退して、なんとか通路に逃れて一つ前の小部屋まで撤退した時、突然部屋全体の底が抜け落ちたのだ。
どうやら亀女が落とし穴の罠を踏んだらしい。
僕は咄嗟に<エア・スライム>で足場を作った。
だけど亀女の甲羅が重すぎて、足場を突き破って暗闇の底へと落ちていってしまったのだ。
仕方がないので僕もその後を追って、落とし穴に飛び込んだ。
「なんだ、全員落ちたのか」
「師匠!」
穴の底には亀女だけではなく、ルッルとサスケもいた。
亀女が落とし穴にかからなかったら、ルッル達がどこに行ったか分からないところだったな。
ここが何層か分からないが、ルッルの実力では二層以下は厳しいだろう。
「師匠、実はさっきそこに――」
「カメェェェェェ! ま、魔石が落ちてるカメ! これで帰れるカメェ!」
亀女が壁際に落ちていた魔石を拾ってそれを掲げていた。
そこそこの大きさの魔石だ。
なんでこんなところに?
疑問に思っている間に、亀女は甲羅を下ろして、その中に魔石を放り込んだ。
いや、外せんのかよ。
「カメメメ! 起動<亀さんジェット>!」
ジャキン。
亀女が再び背負った甲羅の両脇から、羽のようなものが飛び出す。
握りこぶしの両手を空に掲げる亀女。
そして――。
「なにぃぃぃ!?」
「カメメメメメメ……!!」
両脇の羽の先から、激しく炎を吹き出して空へ飛び出していく亀女。
そのまま上昇し続け、天井に空いた穴の中へ消えていく。
なんだよあれ、すっごいカッコいいじゃないか!
「なんと珍妙な……!」
「おい追いかけるぞ!」
「師匠待つし、さっきそこに――ちょ!」
僕はルッルを肩に担いで空を駆け上がる。
天井の穴はだんだん塞がっているようだ。
コケてこの階層に残られたら死んでしまうかもしれないからな。
サスケは戸惑っていたが、すぐに足元に階段のようなものがあると理解したようだ。
順調に穴の中を駆け上がっていく。
そして穴の先の光を抜けた。
「どこだ亀女!」
辺りを見渡すも亀女の姿はない。
空を飛んだまま迷宮内を移動してるのか?
くっ、あのカッコいい甲羅を貸してほしいのに!
「おい虫! あの亀の居場所わかるか!?」
「なんじゃ、喋ってもいいのか? あれは魔道具じゃの。魔素で出来ているわけでもなし、感知できん。というか誰か虫じゃ!」
役に立たない虫め。
「なんぞ虫がしゃべりおるのか!?」
しまった。
サスケがいるのをすっかり忘れていた。
まあいいか、別に教会にバレなきゃいいだけだ。
適当にしゃべる珍しい虫とでも言っておけばいいだろう。
「だから虫ではないわっ! 我は世界樹のせいれ――へぶしっ!」
「こいつは俺の故郷で採れる珍しい虫でな。ジュエキダイスキーだ」
「いま世界樹と……!」
余計な事を口走りそうな虫を壁に叩きつけて止める。
世界樹も精霊も禁止ワードだバカ虫め。
「師匠、ムーシが可哀想だし!」
「<守護者>よ、どさくさに紛れてその名を定着させようとしとるじゃろ?」
こいつは虫の形をしてるが、精霊だから実体はない。
壁に叩きつけたところで傷つくわけがないのだ。
ルッルと虫のやり取りから目を放し振り返ると、何故かサスケが土下座をしていた。
なんだ、しゃべる虫でも信仰でもしてるのか?
適当な事を考えている僕とは裏腹に、サスケは切羽詰まった様子だった。
「このような事はまかり通らぬ事は百も承知! だか頼むディ殿! その木刀を拙者に譲ってはくれぬかっ!!」
ふむ、事情がありそうだな……。
――――だが断るッ!!




