間話Aサイド1-2 父と娘の事情
ミカゲちゃんの10年の人生は波乱万丈だ。
本名ミカゲ・ツキノ。
ジパングにある隠密衆という、暗部のような仕事を生業にする家庭に生まれ育つ。
ツキノ家では物心がついた頃から修行が開始され、なんと5歳から魔物退治に駆り出される。
幼いうちはレベルアップがしやすいからという事だが、尋常ではない教育方針だ。
そんな戦闘民族みたいな家庭で育ったミカゲちゃん。
日々武術や忍術の腕を磨いていた7歳のある日、転機が訪れる。
お母さんが病に倒れたのだ。
<闘人病>と呼ばれるそれは、ジパングで何十年かに1人が患うという珍しい病気だそうだ。
症状は突然眠りにつくようになること、だんだんと眠りの時間が長くなっていくこと、そして強くなることだ。
おかしなことに、その病気を患うと、起きている時は身体能力が飛躍的に高まるという。
実際、ミカゲちゃんのお母さんは気付いた時にはもう手刀で岩を両断していたそうだ。
普段から素手で岩を割るぐらいはしていたので、気付くのが遅くなったのだとか。
母は強しね。
<闘人病>を患った人が生きていられる時間は3年から5年程度。
ミカゲちゃんと、ミカゲちゃんのお父さんは治療法を探す為にまずはエルフの国に向かった。
エルフの国には秘伝の<エクス・ポーション>があるからだ。
だけど<エクス・ポーション>では<闘人病>は治せないと知ることになる。
以前にエルフの貴族が疾患した時に、ありとあらゆる手段を尽くしたが無駄だった。
以来、エルフの国では<闘人病>は不治の病として諦められているのだ。
このままジパングに戻ってもお母さんが死ぬのを待つだけ。
だから2人はドワーフの国、帝国と旅をして、マイラ島に渡った。
僅かに滞在して古代神殿や精霊の森を一通り調査した後、すぐにロマリオに向かう船に乗った。
そして、大嵐に見舞われて船が沈没。
3年前の大嵐なら私も覚えている。
今まで経験した中では最も大きな嵐だった。
何隻もの船が沈んだと、港でたくさんの人が話をしていた。
そして、孤児院の子どもが増えた時期だった。
ミカゲちゃんとお父さんは、運よくロマリオへ流れ着いた。
ほとんど到着する間際で嵐に巻き込まれた事。
船の航路がロマリオへ向かう潮流の上であった事。
その他いくつかの偶然が重なった結果だろう。
そしてアルメキア王国軍に保護されることになる。
その時すでに、ジパングを旅経ってから半年が過ぎていた。
2人は助けられたお礼にと、軍の任務をこなしながら情報収集にあたる事にした。
ずいぶん律儀なことだと思うが、ジパングでは受けた恩は必ず返すという習わしがあるのだとか。
とはいえミカゲちゃんは当時7歳の女の子。
任務のほとんどはお父さんが引き受けて、ミカゲちゃんは軍の施設の掃除などの下働きをしていた。
動きがあったのはさらに半年後だ。
ミカゲちゃんのお父さんはひとつの情報を得た。
アルメキア王国の東側に広がる<古代森林>。
その奥に眠る遺跡に、どんな病気でも治せる神の薬。<エリクサー>が眠っているのだと。
普通なら眉唾だ。
酔っぱらった冒険者の戯言程度にしか思われないだろう。
しかし少しでも可能性があるならと、ミカゲちゃんのお父さんは単身で<古代森林>へと向かった。
すぐに戻るからと、8歳になったミカゲちゃんを置いて。
それから2年。
死んだとばかり思っていたお父さんは生きていて、それどころか元気に筋肉むきむきのゴウリラとなっていた。
という事らしいわね。
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「父上ぇーー、どうして連絡してくれなかったでござるかぁーー!」
「ウホホ……、ウホホホホ、ウホ……」
「拙者がこの2年、どんな思いでござったか……!」
「ウホホホ……!」
「それなのに父上はそんな筋肉むきむきになって……。修行でござるか? ずっと修行してたでござるかっ!?」
「ウホウ、ウホウ!」
「ウホウホばっかりじゃ全然わからないでござるっ! ちゃんと説明しない父上なんて嫌いでござるよっ!!」
娘に怒鳴られて、膝から崩れ落ちるゴウリラ。
事情は分からないけど、明らかに人の言葉を失った父に対して酷ね。
家での力関係が透けて見えるわ。
「ミカゲちゃん。そろそろお父さんが人間をやめた理由を聞いてもいいかしら?」
「いやアンリ、父上は元から大体こんな感じでござるよ」
「ウホッ!?」
何やらお父さんはショックを隠せないようだけど。
娘の目からみた自分の姿が、ほぼゴウリラって言われたようなものだものね……。
「メイちゃんなら魔物の言葉も分かるかしら?」
「否。理解不能」
精霊でも魔物の言葉は分からないらしい。
だとしたらそうねえ。
「筆談はどうかしら。地面に何があったか書いてもらったら?」
「そうでござるな。父上、あの後何があったか教えてほしいでござる」
「ウホウ」
指先で地面を掘って、文字を書き始めるゴウリラ。
そんなに柔らかい土じゃないんだけど、さすがの筋力ね。
しかしそこに書かれた文字は、子供のお絵かきのようにぐちゃぐちゃで、まったく読み取る事ができなかった。
私はミカゲちゃんの小さな肩にそっと手をおいた。
「残念だわ。お父さんは人間の文字を忘れてしまったみたい」
「これはジパングの文字でござる。字が汚くて読みづらいには違いないでござるが」
これがジパング文字なのね。
言葉や文字は世界共通でどこでも通じる。
しかし一部の種族や国では独自の文化を築いているところがある。
代表的なのが古代語と呼ばれるエルフ文字と、独特なジパング文字だ。
秘匿したい技術の伝承なんかに使用されるらしいわね。
「ふむ……。『目に入れても痛くない程に愛する娘を、断腸の思いで街に残し、某は森の奥へと赴いた。もちろん祖国にて病を患う妻のために致し方ない事であった』」
ミカゲちゃんがお父さんの書いた文字を口に出して読み上げてくれる。
なんかニョロニョロしてるだけに見えるんだけど、ちゃんと文字になってるのね。
不思議だわ。
「『森の深部に入り、襲い掛かってきたのは雷を放つ獣であった。ふいをつかれ強力なその術を受けるという不覚をとるも、某の鍛え上げた筋肉は些かも揺るぐことなく――』父上、細かいところはどうでもいいでござる。興味ないでごさる」
再び崩れ落ちるゴウリラ。
娘へ良いところをみせたかったのかしら。
ただその調子で2年分も書かれると、この辺の土が全部掘り起こされちゃうわね。
ゴウリラはいじけた様子で続きを書き始めた。
「『苦労の末、某はついに森の奥にあった遺跡へと辿り着いた。中には用途の知れぬ様々な道具が置いてあった。そして最奥の部屋にあったのは、ガラス瓶に入っていた黄金色の輝きを放つポーション。それこそが神薬であると確信できる神々しさであった』おおっ、父上はついに神薬をみつけたでごさるかっ!」
ミカゲちゃんが嬉しそうにお父さんをみるが、ゴウリラは静かに首を横に振るだけだった。
「『某は指先に薬をつけ、それを舐めた。数瞬の後、某を襲ったのは立っていられない程の目眩であった。よもや強力な毒であったかと、解毒剤を求めて部屋のあちこちを探して回った。しかし意識は朦朧とし、自分が何に触れているのかも定かではなかった』」
得体のしれない薬を口に含んだのは軽率ね。
けど後で聞いた話だと、ミカゲちゃんの一族は幼い頃から少量の毒を食事に混ぜて摂取し続けることで、ほとんどの毒への耐性を身に着けているのだそう。
少なくとも死ぬような事はないと、そういった考えがあったみたいね。
ジパングにあるミカゲちゃんの実家に行っても、食事はお断りしましょう。
「『何をどうしたのかはわからぬ。しかし目の前が眩く輝いたかと思うと、某は遺跡の外に倒れておった。再び中に入ろうとしても、見えない壁に阻まれてそれは叶わなかった。しばらく調査したもののどうにも無理そうだと諦めた某は、街へと帰ることにした。しかし、その時には某は今の魔物の姿になっていた。それに気づいたのは森を抜けて、入り口にある村についた時であった。村人に弓で射られたのだ』」
森を出るまで気づかないだなんて、やっぱり元からあんまり変わってないのかしら?
「『何をすると声を出そうとして、口から出たのは人の言葉ではなかった。ひとまず森の中に戻り、自らの姿を改めて確認すると魔物になっていた。身体の調子がいいと思っていたのだがなあ』」
とりあえず人間をやめた経緯はわかったわね。
邪神に魂を捧げたワケではなさそうで安心したわ。
「父上の実力があれば王都に帰ってくる事もできたはずでござるっ! やっぱり修行に明け暮れて拙者と母上のことを忘れてただけでござるっ! 帰ったら母上に言いつけるでござるよ!」
「ウホホ! ウホホホホッ!!」
必死に言い訳を地面に殴り書くゴウリラ。
よっぽど奥さんが怖いのね。
「『もちろん直ぐに愛しい娘のもとに駆けつけようとした。しかし駄目なのだ。どういった理屈かは分からぬが、森の深部から長い時間を離れてはおれぬ。胸が焦燥にかられ、森に舞い戻ってしまうのだ。手紙を書こうにも書けぬし、届けようにも頼めん。それから2年も経ってしまった。最近、変わった青年たちが訪ねてはきたが……』訪ねてはきたが、なんでごさるか?」
ゴウリラはミカゲちゃんと目を合わせようとしない。
「連絡を頼むのを、忘れたでござるな?」
ミカゲちゃんはジトっとした目でお父さんを見ていた。
ゴウリラは恐る恐る地面に文字を書く。
「『見込みのある青年たちであった』なるほど。必ず母上に伝えるでごさるよ」
土下座の格好で必死に頭を下げるゴウリラ。
絶好のチャンスをふいにしたのだから、致し方ないわね。
それにしても森の奥にある遺跡。
ガラス瓶に入った姿を変える黄金の薬。か。
――そう。
ここだったのね。
「ミカゲちゃん、ゴウリラさん。その遺跡に向かいましょう」
「森の深部へ向かうでござるか?」
「お父さんをそのままにはしておけないでしょ? 大丈夫。中尉のスキルがあればそれほど危険でもないわ。ね、中尉。――――中尉?」
振り向くとそこには、顔を突っ伏した体勢からずっと動かない中尉の姿があった。
メイちゃんが顔を突っついているが、反応がない。
いけない。
忘れてたわ。




