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53話 D級昇格試験レース!

「だから、身に覚えがないんだって」


「最低だし。賞金首は賞金首でも婦女暴行犯を養う気はないし」


「もう金ないくせに、何いってんだか」


「最低だし!」


 翌日。

 僕らは冒険者ギルドの前に用意された、試験用のスタート位置についていた。

 数組の冒険者パーティーが横並びになっている。

 どうやらD級昇格試験を受けるのはタットたちだけじゃなかったようだ。

 まあお祭りの一環なんだろうな。


 隣にならぶ、タットがこちらを睨みつけている。


「お前らもっと緊張感を持てよッ! これから勝負なんだぞ!」


「誤解が解けたようで良かったじゃないかタット」


 タットの横には離れていったはずの冒険者仲間2人がいた。

 少し気まずそうにしているのは、タットを信じきれなかった負い目か。


「当たり前だッ! 根も葉もないこと言いやがって……!」


「根も葉もあるし。あたしはそれにちょっと花を咲かせて種を植えて、一面花畑にしてやろうとしただけだし」


「やりすぎだろうがっ! ちっ、お前は今日で冒険者引退。この街からも追放だ<敵対者>!」


 鼻息荒く、正面を向きなおすタット。

 スタートの合図はもうすぐだ。

 

 ここから<沼地ダンジョン>までは徒歩2時間。走れば30分もあれば着くか。

 フロア・ボスがどれくらいで見つかるかは不明だが、大体2時間ぐらいは走りっぱなしだな。

 今のルッルの体力だとギリギリだ。

 しかもとどめはルッルにやらせないといけない。

 勝率はそれほど高くないだろう。


 だが――必ず勝つ!


 ギルド受付がスタート位置で手を上げた。


「それではこれよりD級昇格試験レースを開始する。各々全力を尽くし、正々堂々と戦い抜くこと! よーい、スタート!」


「よし、いく――どわっ!」


「今年こそ絶対に――うわっ!」


「負けて――のわっ!」


 スタートの合図で、一斉に入り出すレース参加者たち。

 しかし一歩踏み出すと同時に、全員がその場に倒れこんだ。

 まるで見えない何かに足をひっかけたかのようにして。


「どいつもこいつも運動不足か? 訓練が足りないようだな、訓練が。なあルッ――」


 真っ先にレース先頭に立ち、後ろについて来ているはずのルッルに声をかけようとして誰もいないことに気付いた。

 振り返りスタート位置を見ると、他の全員と同じようにその場で転んでいるルッルの姿があった。


「いきなりのトラブルだし……!」


 当たり前だが、僕は()()()()()何もしていない。

 さっさと起き出して走り抜けていく冒険者たちを横目に、僕はため息をついた。

 

 どうやらアイヴィス様は、最下位からの逆転劇をお望みのようだな――。



----


 沼地ダンジョンの入り口は、ボロボロの木製の橋だった。


 ホビット族の国の土地は、全体的に粘土質になっており、やや黒ずんだ色をしている。

 水はけが悪く水が溜まりやすい土地である。

 その為、このような沼地はあちらこちらに点在しているのだとか。


 ダンジョンの中に入ると、白くモヤがかかり視界がやや悪い。

 うっそうと茂った森の中のような雰囲気だが、足場となっている木道の脇には濁った水が溜まっている。

 

 ここは元々、ホビット族の王都へ抜けるために造られた木道だったそうだ。

 しかし10年程前にダンジョン化し、王都への道は迂回路がつくられた。

 もちろんダンジョンを真っ直ぐ抜けて王都へいく事も可能だ。


「木道から外れるとどうなるんだ、これ?」


「別にどうもならないし。そもそもダンジョンのほとんどは浅い沼地だし。木道に沿って走ると逆側に抜けてしまうし」


 どうやら沼地に入らないといけないらしい。

 魔物は沼の中にいるのだろうし、足はとられるだろうし、結構厄介なダンジョンだな。


 どうせガーネット・フロッグはどこにいるのか分からない。

 適当に入ってみるか。


 僕は木道をそれ、沼地の上へと足を踏み出した。

 すぐ後ろからルッルも続くが、水音は聞こえてこない。


「師匠……! なにか踏んでるし……!」


「言ってなかったか? お前の師匠は空を飛べる」


 <エア・スライム>で足場を作って、沼に足を取られないようにして走り続ける。

 こうすれば水の中から奇襲を受けることもないし、走る速度もそれほど落ちない。

 先に走って行った冒険者たちに追いつくのもすぐだな。


「おっ、避けろルッル!」


「うひゃっ」


 僕とルッルの間を、人の頭ぐらいの大きさの火の玉が通過していった。

 そのまま反対側の沼に、ジュッ、という音を立てて飛び込んでいく。


「<火の玉じゃくし>か。いきなり飛び出してくるのは厄介だな」


 火の玉じゃくしは、ガーネット・フロッグの幼生体と言われている魔物だ。

 水辺の魔物でありながら、今のように全身に炎をまとった体当たりで攻撃をしてくる。

 遠くから弓矢で狙うか、飛び掛かってきたところを攻撃するかが討伐のセオリーだ。


 水棲の魔物すべてに共通することだが、倒した後のドロップ品が水の中に落ちると非常に探しづらい。

 今回は狩りに来たわけでもないし、無視だな。


「避けながらいくぞ。いつも通りだ」


「ゴブリンは火の玉なんか飛ばしてこないし……! いつも通りじゃないし……!」


 やってることは変わらないだろうに。

 見て、避ける。それだけだ。


 僕らはフロア・ボスを探して、どんどん沼地ダンジョンの奥へと走って行った。



----


「<びりびりアタック>!」


 バヂヂッ、という破裂音がし、火の玉じゃくしと思われる巨大なオタマジャクシが二匹、ぷかりと浮いてきた。


 僕らの視線の先にいるのはタットだ。

 あれからしばらくダンジョンの中を駆け回り、何組かの冒険者たちが火の玉じゃくしと戦闘している姿を見かけた。

 別に討伐する必要なんかないんだから、避けて通ればいいと思ったが、沼に足を取られながらだとすぐに追いつかれてしまうのだろう。

 なら遭遇したら倒してしまった方が安全というわけだ。


 大体どの冒険者も飛びかかってきたところにカウンターを加える、という方法をとっていた。

 しかしタットは違った。

 火の玉じゃくしの攻撃を避けたあと、屈みこんで沼の中に手を突っ込んだのだ。

 そして合図と共に、距離を取っていた仲間二人は近くの陸地に飛び上がった。


 その一瞬で、タットがスキルを発動した結果が、火の玉じゃくし2匹の討伐だ。


「あれが<沼地ハンター>の由来か」


「そうだし。タットのスキルは<小発電>。光魔法の下級スキルだし」


「確かに水辺の魔物と相性がいいな」


 雷魔法は水を伝うからな。

 この沼地で水に触れていない場所など僅かだ。

 タットはある程度近づけば、ほぼ確実に先手が打てる。

 それに火の玉じゃくし程度であれば、一撃で気絶までさせる威力もある。

 魔石はそこまで大きくないだろうが、戦いづらい沼地ダンジョンは人気もなく、ライバルとなる冒険者はあまりいない。

 なるほど、稼げそうだ。


 だが技名がダサい。


「ま、俺たちの狙いはフロア・ボスだけだ。火の玉じゃくしの相手なんて――」


「いたぞ! ガーネット・フロッグだ!」


 タットの仲間が声をあげた。


 見ると、仲間2人が避難した陸地の奥に、額に赤い宝石を携えた巨大なカエルがいた。

 体長およそ3メートル弱。

 座っているような格好であれだから、飛び上がると相当でかいな。

 真っ赤な体表に、ぎょろりとした黒い目。

 重量感のあるその身体は、フロア・ボスとしての威圧感を十分にそなえているようだった。

 

 そしてそれが――3匹ほど。


 ……見つけたのはいい。

 いいけど、フロア・ボスって複数いるの?

 タットの仲間が最初の一匹を見つけて指さした格好のまま、石のように固まっているところを見ると普通ではなさそうだ。

 まあこれで早い者勝ちではなくなった、という事か?

 

 何を考えているのかよく分からない顔をしたカエルたちが、一斉にこちらに向かって口を大きく開けた。

 そして――。


 ドドドドドドドドドドドドド――――!


 火の玉じゃくしとほぼ同じ大きさの火球が、絶え間なく発射される。


 一匹だったらここまでではないだろう。

 ただ3匹がお互いの隙を埋めるかのようなタイミングで、口から火球を吐き出し続けている為に、凄まじい連射速度となってた。

 

「おいおい。口から吐く火の玉って、あんなに連射できるのかよ」


「あたしも初めてみたし……。あんなの近づけないし……」


 距離をあけて木の陰から覗いている僕らには火球は届かない。

 しかしタットたち、とりわけ近くにいた2人は慌てて逃げ出したものの、1人は尻を燃え上がらせて沼で消火していた。


「お前らっ! ガーネット・フロッグを沼までおびき寄せてこい!」


 タットが仲間に叫ぶが、無茶だろう。

 

 一呼吸で撃てる火の玉の数に限りがあるのか、一旦斉射が止んだことは幸いだな。

 ただ今の攻撃だけで、カエルと沼との間にあった木々が燃え上がっている。

 まわりが沼地だから延焼する心配はないだろうが、あの木が倒れて射線が開けたら、逃げ場なんてどこにもなくなる。

 このままでは火だるまだ。


「ルッル、まわり込むぞ」


「えっ、いくし? 師匠あれいくし!?」


 当たり前だろう。

 何しに来たと思ってるんだ。


 第二射をうけたタットたちの阿鼻叫喚の声を聞きながら、僕らは円を描くようにまわり込んでいった。

 カエルがいる場所は生い茂った木々が邪魔で空からはいけない。

 しかし足元の水音を隠せるだけでも十分なアドバンテージだろう。


 そして、ついに盾となっていた木々が横倒しになる。

 ちょうど第二射が終わったタイミングだったために、タットたちはまだ無事だ。

 全身で沼に突っ込んで、火球から身を守ったらしい。


 次の斉射には耐えられないだろうが――安心しな、いま倒してやるぜ。


「狙うのは手前の一体だ。俺が気を引くから、額の宝石を突け」


「わ、わ、わかったし……!」


 ルッルがガチガチの様子で返事をする。

 あ、これダメなやつだ。


「いつもと同じでいいんだよ。真っ直ぐ突く。それだけだ」


「だだだ、大丈夫だし……!」


 絶対ダメだろこれ。

 まあいいや、一回でダメなら何度でもやればいいな。

 

「こっちだカエル野郎どもッ!」


 茂みから飛び出すと、3匹がギョロリとこちらを見た。

 そしてそれぞれが口を大きく開けて、火球を吐き出そうとして――。


 ――――バグンッ!


「んなっ!」


 奥の一匹がいきなり現れた巨大なヘビに丸呑みにされた。


 パニックになって散り散り逃げだすガーネット・フロッグ。

 一匹はタットのいる方向へ、もう一匹は僕の脇をすり抜け、ルッルのいる方向へと逃げて行った。

 

「ルッル、逃げ――っと!」


 散り散り逃げたカエルと、その場に残った僕。

 どうやらヘビの魔物は近場にいる僕を次のエサに決めたようだ。

 丸呑みにしようと、大きく口を開いて突撃してきたところを横っ飛びでかわす。


 距離をとって改めてその姿を確認する。

 全長はよく分からない。

 だが体長3メートルはあるガーネット・フロッグを丸呑みにする巨体だ。

 木々の間をすり抜けて移動しているが、身体が大きすぎて木の表面を削りながら無理やり通過している。


 一体なんだこいつは、と考えがよぎったところでタットが遠くから教えてくれた。


「<ギガ・アナコンダ>……! なんでこんなやつがいるんだよッ! そいつばC級ダンジョンのフロア・ボスだぞ!」


 C級のフロア・ボス。

 それすなわち、B級討伐魔物ということ。

 キラちゃんと同じレベルだな。


 しかし通常ボスより巨大なやつが出てくるぐらいは覚悟していたが、まさか複数匹になった上に、さらにそれを食べるB級魔物まで出てくるとは。

 アイヴィス様はさすがだ。


 僕はこちらをじっと見る爬虫類の目に向かって、世界樹の木刀をまっすぐと構えた。

 ガーネット・フロッグを食べられてしまうと試験が台無しになるからな。


「ルッル! ガーネット・フロッグは任せた!」


「聞いてた話と違うし……! 無茶だし……!」


 話が違うのはいつもの事だ。



 さあ、冒険の時間だ――!

 

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