52話 憲兵さん、この人だし
「そりゃアイヴィス様の信徒たる俺のもとには、英雄にふさわしい仲間が集うさ……。でもなんでどいつもこいつもレアスキル持ちなんだ……!」
ずるいじゃないか!
アンリの<ライフ・シード>。
フォートの<未来視>。
キルトは中級スキルの火魔法だが、<ファイア・ライン>や<フレア・ボール>はもはや中級の威力じゃない。
ラウダタンのスキルは知らないけど、どうせレアなんだろっ……!
「あたしはスキルなんて持ってないし」
確かにルッルはスキル・チェックをしても、スキルが表示されなかったようだ。
けど、丸太が跡形もなく消しとんだんだぞ!
スキルじゃなかったとしても、あんな超威力の必殺技、羨ましいじゃないか!
「弟子よ……。いや、元弟子よ。もう一杯くれ」
「勝手に弟子を卒業させないでほしいし……! あれから何度やっても必殺技は出ないし。あれはたまたまだったんだし! あと豆スープはもうないし」
確かにあれから何度も再現しようとしたが、一度もうまくいかなかった。
なにかコツを掴んだようで、突きの練度は目に見えて上がったが、それでもまだまだ荒いところがある。
目標としていたレベルに数日早く達した。
結果だけみればその程度だ。
「あの時にできたのは偶然かもしれん。だがあの必殺技は偶然じゃできん。お前の秘めたる力ってやつさ。ふんっ」
「もしかして師匠、あたしが羨ましいし……?」
「バカを言うな。俺だってそのうちスキル覚醒するんだぞ。ちょっとキラキラした何かが身体から出る超威力の必殺技とか――――羨ましいに決まってんだろッ!」
「あたしが、羨ましい……。えへへ……」
ふん、嬉しそうにしやがって。
今にみてろよ!
あの威力の必殺技が自分の意志でだせるようになれば、ルッルは冒険者としても十分に高みを目指せるようになるだろう。
ただ賞金首は消し飛びそうだが。
ま、今度の試験では当てにしない方がいいだろうな。
当初の計画どおり、僕がサポートして、ルッルがとどめた。
目標レベルには到達したが、さらに鍛えて悪いことはない。
残りの時間は<ゴブリン道場>でひたすらコブリン狩りだな。
「弱いゴブリンはよいゴブリン! 強いゴブリンは訓練されたよいゴブリン……!」
「いきなりなんだし……?」
追い込まれて必殺技が出せるようになるといいな? くっくっくっ――!
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「おー。ホントに仮面だらけなんだな」
「相手が誰であっても関係なく豊作を祝う。祭りの間は揉め事はご法度なんだし」
あれから数日。
ルッルは<ゴブリン道場>で駆け抜けながら攻撃を避ける訓練、ゴブリンと戦う訓練を繰り返した。
その成果もあってゴブリン1体ぐらいなら、ルッルでも討伐できるようになった。
まあルッルにできるのは避ける事と、立ち止まって突きを放つことだけだ。
避けながら攻撃するとか、そういった器用な事はできない。
その分やたらと練度の高い突きだけが、他の動きと見合っていないのだが。
「今日は訓練はなしだ。明日に響くからな」
「そんなこと言ってさっきまで訓練してたし……!」
ホビットは半日で回復するからな。
さっきまでの訓練の疲れは明日にはなくなっているから大丈夫だ。
街の大通りは、屋台や露天で埋め尽くされていた。
行き交う人の量も普段よりもずっと多い。
マイラ島のバザールのようだが、食べ物を売る店が多く出店しているところが違うな。
ホビット族の国は食事事情もそれほど豊かじゃない。
主食は豆。
まあこれは孤児院でもそうだったから僕は慣れている。
痩せた土地でも育てやすい豆は、安値で取引されているからな。
それでも今日は収穫祭。
屋台には普段お目にかかれない、鳥の丸焼きなど食欲をさそう料理が並んでいた。
「おいしそう……。お腹すいたし……」
ルッルのじいさんの残した金は底をついたようだ。
無職、追い込まれる。
まあ今のこいつならゴブリン退治で食いつなぐこともできるだろ。
その為にも今回の試験を勝ち取り、普通に依頼を受けられるようにしてやらないとな。
「今日は俺がおごってやろう。好きなものを――ん」
行き交う人々の奥、ちらりと見えたフードマントは先日の宗教勧誘に来ていたやつだ。
あの時はドレスアーマーに邪魔をされて確認できなかったが――。
「ルッル、これでなんか食べてろ」
「ちょっと、師匠どこいくし……!」
人ごみをすり抜けてフードマントを追いかける。
これぐらい大怪盗<ダーク・シャドウ>たる僕にとってはわけはない。
大通りを抜け、小道に入っていくフードマント。
一本横道にそれただけだが、石畳ではなく土の地面が剥き出しとなった。
マイラ島でも大通りから入れる道は整備されてるもんだが、こういうところでホビット族の国のお金のなさを感じるな。
フードマントの手には、屋台で食糧でも買ったのだろう紙袋が抱えられていた。
どんどん奥に入り、人通りもまばらになってきた辺りで声をかける。
「キルト」
フードマントが足を止める。
こちらを振り向いたその顔は、やはり仮面を被っていた。
僕は仮面を外して、素顔をさらす。
「……あなたは。なんの用ですかナンパの人」
その声。やはりキルトか。
だが僕をみるその瞳には、まるで感情の色が見えなかった。
「なんの用ですか、じゃないだろ。お前なにしてんだよ」
「食糧の買い出しですが」
紙袋をかかげてみせるフードマントの女。
そうじゃねえよ。
やり取りがかみ合わない。
ホントにキルトじゃないのか?
「なあ、ちょっとその仮面をとって――」
「ねちっこい男は嫌われるのよ? ジュリアから離れて」
ちっ。
意外に素直な反応を返したからこのまま素顔を確認できると思ったが、横道から出てきたドレスアーマーがそれを邪魔した。
「ただ顔を確認するだけだ。見られたくないわけでもあるのか?」
「ただ確認するだけ? 女の顔をそんな価値のないモノのように言わないでほしいのよ?」
ドレスアーマーが不機嫌そうに目を細めた。
ぞわり。
背中に悪寒が走る。
まるでフロア・ボスを相手にする時のような圧迫感。
見た目はただの人間だ。
だが、僕の感覚は目の前の女が、根本的に生き物としての格が違うことを感じ取っていた。
「知り合いかと思ってな。顔を確認して違ったらすぐに退散する」
「受ける必要がないのよ? 今すぐ消えて」
軽く胸を押してこようとしたドレスアーマーの手を、僕は触れないように避けた。
こいつは見た目と、力の強さが一致していない。
どれだけ軽く見えても、攻撃は受けない方がいい。
突きだした手を避けられた事が気に喰わなかったのか、ドレスアーマーが僕を睨みつける。
「生意気よ――ただの人間風情が」
ドレスアーマーの肩が動く。
突きだした手を横なぎに払うつもりだ。
武も技もない、ただの素人の動き。
動き出しをみれば目を瞑ってでも躱せる――はずの――それが――!
「――くっ!」
風を切り裂く轟音とともに、ドレスアーマーの拳が頭の上をかすめる。
動き出しは完璧に捉えていたはずの拳が、手が霞むほどの速度を持って僕に襲いかかって来た。
ぎりぎり腰を落としての回避が間に合ったが、まともに受けていたら下手すれば死んでいた威力だ。
慌ててドレスアーマーから距離を取る。
一息ついたところで、ドッと汗が噴き出してきた。
「また避けたわね。ホントに目障りなのよ?」
「そんな恰好しといて、シャイにも程があるだろ」
「女のオシャレは男の楽しみの為じゃないのよ? いやらしい目で見るのは最低よ?」
そう言って片手で胸元を隠すドレスアーマー。
見てねえよ。
ここまであのフードマントの素顔を隠されると、逆に見たくなってきたな。
人間風情とかぬかす、このドレスアーマーの正体も気になる。
さすがに素手の人間相手に武器は抜けないけど、拳でなら冒険者の喧嘩だよな。
「ナンパして、いやらしい目でみて、次は暴力? ホント最低な男なのよ?」
「最初の二つは身に覚えがねえよ。自意識過剰なんじゃないのか?」
拳を構え、ゆっくりと距離をつめていく。
どこから見ても隙だらけだ。
素人を相手にしている気分になってくる。
だが気を緩めれば、あの速度の攻撃は回避できない。
なんてやりにくい相手だ。
「近寄らないで」
構えと動きからは想像が出来ない速度で、ドレスアーマーの手が振られる。
屈みこみながら前進し、その手を掻い潜るようにして一歩踏み込んだ。
拳が届く距離だが、相手の軸足に体重が乗るのが見えた。
蹴りがくる。
避けるなら上か下しかない。
飛び上がるのは下策だ。
空を飛べないならなッ!
跳躍すると同時に、ドレスアーマーの足が振り払われる。
めちゃくちゃな体勢から放たれたはずなのに、まるでラウダタンの金棒を全力で振り切ったかのような音がした。
ドレスアーマーは残った手で僕に殴りかかろうと、振りかぶった。
あの威力と速度なら、振りかぶる必要なんてない。
本当に動きは素人なのだ。
しかしこれで僕の攻撃の方が先に届く。
蹴り足をのばそうとしてその瞬間、背中に悪寒が走った。
慌てて<エア・スライム>の足場を蹴って、さらにもう一段跳躍する。
「うおっ……!」
ドレスアーマーの拳は、僕が想像していたよりもさらに早く振り抜かれた。
跳躍した僕の足裏に拳がかする。
危なかった……!
まさかまだ早くなるとは。
だがこれでドレスアーマーの体勢は完全に崩れた。
僕は空中で前方に回転し、その勢いのまま踵をドレスアーマーの脳天に叩き落とそうとして――。
「――くそっ!」
庇うように出てきたフードマントの女。
顔に直撃コースだった足を、無理やり引っ込める。
ギリギリで直撃は避けられたが、勢いは止められずに身体ごと突っ込んだ。
ドレスアーマー、フードマント、僕の順に重なって、なだれ込むように地面に倒れる。
揉みくちゃになったその時、フードマントの仮面が外れた。
「あっ……」
カランカランと音をたてて転がる仮面。
その下から現れたのは――――やはり、僕のよく知る顔だった。
表情の見えなかった瞳が大きく開かれ、その顔を真っ赤に染めている。
精霊を説教する毒舌使い。
共に王都を脱出して、嵐の中の船から落ちた僕の仲間。
そう、彼女は間違いなくキル――。
「へっ、変態ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ぐはッァ……!!」
スパァン! と乾いた音を立ててキルトの平手が僕の頬を打ち抜く。
その勢いとあまりの痛さに、僕はゴロゴロと地面を転がっていった。
そしてドン、と何かにぶつかり止まる。
見上げるとそれは死んだ目をしたルッルだった。
横には仮面をつけた憲兵を連れている。
僕とドレスアーマーが戦っているのをみて憲兵を呼んだのか?
ずいぶん行動が早いな、と思っていると……。
「いい訳は聞く気がないし」
「は?」
なんの事だかわからなかった僕は、ルッルの指さす先を見た。
そこでは両手で胸を抑えているキルトが、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
ドレスアーマーがなぐさめるように肩に手をかけて、何事かを囁いている。
「あー……。どういうこと?」
「憲兵さん、この人だし」
なぜか無表情のルッルに憲兵を差し向けられ、僕はわけもわからずその場から全力で逃げ去った。
なにが起きた……!




