48話 昆布師匠
「なんであんな無茶なこと言うし……! あたしがフロア・ボスの討伐なんて無理だし!」
帰り道、ルッルは眠そうな目に怒りを滲ませていた。
怒っているアピールなのか、地面を踏みつけるようにして歩いている。
しかし見た目が子どもだから、ただ我がまま言っているようにしか見えない。
「おいおい、諦めるなよ。凄腕のじいさんの孫なんだろう?」
「じいちゃんは中級スキル持ちだったし。筋肉で戦う系の土魔法使いだし」
なんだその面白そうな戦い方。いいな!
だが魔法前提で戦いを組んでいたなら、ルッルには真似できないかもな。
「昆布ぐるぐる巻きは今からでも街を出るし。タットとの約束なんて無視でいいし」
「そんな事したらお前はどうなるんだよ」
「あたしは今まで通りだし。別に困らないし」
あと2週間で金がなくなるのに、困らないことはないだろう。
「まあお前が普通の仕事につくというならそれでもいいぞ」
「……無理だし。あたしには二つ名があるし」
なんだ、唐突な自慢か?
僕も二つ名がほしいぞ。
「<破壊王>。<破壊王>ルッルがあたしの二つ名だし」
「随分かっこいいじゃないか。羨ましいんだが?」
「バカにされているだけだし……!」
ルッルも<敵対者>と呼ばれるようになる前、14歳以前は普通に働いていた。
仕事は針子やアクセサリー職人など、ホビット族の国の特産品に関わる仕事だったそうだ。
だがルッルはホビットなのに手先が不器用。
普通のホビット族が1日で10個作れるところを、作れて1つ。しかもそこまでに9個分の素材をダメにする。
壊れた製品を量産し続けるその姿から、つけられた二つ名が<破壊王>だ。
もちろんそんなルッルを、ずっと雇ってくれる店などない。
追いうちのように<敵対者>となってしまった事で、<破壊王>の二つ名と相まって、ルッルを雇ってくれる店などないのだ。
「ホビット族の国は貧乏なんだし。素材をダメにする店員を雇う余裕なんてどこの店にもないし」
物価の低さからもわかるが、ホビット族の国はアルメキア王国に比べて貧乏だ。
それはこの国に主だった資源がないためだという。
世界の主要な国には、それぞれ他国に輸出することができる、需要の高い資源がある。
例えばアルメキア王国は鉱山資源だ。
金山、銀山、銅山の全てを国内で保有。さらにアイロンタウンで取れる鉄から作る製品は広く世界に輸出されている。
帝国もほぼ同様だが、世界で唯一ミスリルの採掘ができるミスリル鉱山を有してる。
魔装具や魔道具には不可欠なその金属は、かなりの高値で売買される。
トカゲ族の国ならガラス製品と、宝石類だろう。
特にポーションの容器に使われている硬化ガラスは、全てトカゲ族の国が原産だ。
エルフの国なら魔木。獣人族の国なら魔石。天族の国なら光石だ。
世界中の国はそれぞれ国の支えとなる資源を何かしら持っている。
だがホビット族の国にはそれがない。
なのでホビット族は自分たちの得意分野である手先の器用さを活かして、服飾品や彫金加工、陶磁器などの加工物を輸出している。
だがそれらは一部の名匠の作品をのぞいて、あまり高額なものではない。
さらに材料や資源を輸入に頼る必要があり、ホビット族の国は全体としてあまり裕福ではないのだ。
「だからあたしに残された道は冒険者だけだし」
「じゃあなおさらこの勝負、負けるわけにはいかないだろ」
「それはそうだし。でも2週間であたしが魔物退治ができるようになるなんて、無理だし」
「だから諦めるなよ! 任せておけ、冒険者育成メソッドについて俺は世界一だと自負している」
10年間、ひたすら冒険者になるための訓練を重ねてきたのが僕だ。
もちろん2週間で最高の冒険者になることなんてできない。
だが素人を普通の冒険者に引き上げることぐらいは朝飯前だ!
「2週間後、お前はいっぱしの冒険者としてフロア・ボスを討伐しているだろう……!」
「あたしが……ホントだし……?」
「もちろんだ。さあ、言ってみろ、お前の目の前にいるのは誰だ!」
ルッルはきょとんとした目で僕をみた。
そして何かに気付き、ハッと息をのむ。
次の瞬間にはその目に僅かに闘志を燃やし、うなづいた。
「昆布……! 師匠……!」
昆布師匠。
昆布は余計だが、いい響きだ。
初めての弟子だ。
僕が必ず一流の冒険者にしてやる。
「途中で諦めるのは許さんっ! わかったな!」
「わかったし……! 昆布……!」
残すのはそっちじゃねえよ。
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「無理だ。諦めよう」
「諦めるのは許さないし……! 気合い入れるし……!」
家に戻り、裏庭でさっそく特訓をはじめた僕ら。
しかしあまりのルッルの出来の悪さに、思わず弱音が口から洩れてしまった。
まず取りかかったのはルッルの身体能力の把握だ。
現在なにができて、なにができないのかを知る必要があった。
走る、跳ぶ、投げる、放つ、振る、などの基本動作だ。
そして結果は驚異的だった。
ルッルはその全てにおいて、僕が知りうる最低ラインのさらに下を掻い潜っていった。
「弟子よ、お前は体が自由に動かせない呪いにでもかかっているのか?」
「師匠、あたしは絶好調だし……!」
「もう一度だ。この石をあそこの的に当ててみろ」
投石は素人が強くなるもっとも手軽な手段だ。
ゴブリンだって冒険者を倒せるほどには強くなれる。
ルッルは手に持った石の感触を確かめるように転がし、そして10メートル先の的目掛けて放り投げた。
まさかの下手投げである。
まあ、いい。
当たるならいい。
小さな成功体験を積み重ねることは大事なことだ。
しかしルッルの投げた石が的に当たることはなかった。
それどころか前に飛ぶこともなかった。
不思議と真上に飛んだ石は、その行方に気付きもせずに「的、当たったし……!?」と的を睨みつけているルッルの頭に落ちた。
「痛いっ……! すごく痛いし……!」
「痛みを知れたか。よかったな、一歩前進だ」
「……っ! 師匠、まさかこのために……?」
「その痛みを忘れるな、しかし恐れるな。勇気を振り絞ったその一瞬が、お前に勝利をもたらす」
「……師匠!」
やる気だけは溢れている様子だ。
いいことだな。
だが成果がまったく追いつかない。
なんとかしてやりたいが……。
とりあえず器用さに関係のない、体力面の強化からやってくか。
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「ほら食え。ナゾ肉バーグだ」
「師匠……。あたしはもうダメだし……」
たった1時間のランニングで足腰が立たなくなったルッルが、テーブルに突っ伏している。
僕が作った孤児院特製のナゾ肉バーグこと、すり潰した豆のハンバーグをみても食欲がわかない様子だ。
貧乏な孤児院でもリッチな気分を味わえると、非常に人気の一品なのだが。
「身体中から軋む音が聞こえてくるし……。骨の中から痛いし……」
「ん、それ筋肉痛か? いくらなんでも早すぎるだろう」
僕は自分で作ったナゾ肉バーグを食べながら、ずっとウダウダ言っているルッルの泣き言を聞いていた。
「ホビット族は人族よりも寿命が短い代わりに、筋肉のつき方が早かったり、回復が早かったりするってじいちゃんが言ってたし……」
ほう。
そいつは朗報だな。
2週間という短い期間で基礎体力を伸ばすには限界があったが、回復が早いというなら回転をあげれば効果は倍増だ。
「明日からは基礎体力トレーニングを増やすか。生きる為に大切なのはまず体力だからな」
「これ以上増やしたら訓練で死んでしまうし……」
「安心しろ。訓練で死ぬのは今の自分だ。訓練が終わる頃には新しい自分になっている」
「今のあたしのままで生きていきたいし……」
「今の自分は全員そう言うんだ。別れは今夜のうちに済ませておけよ」
僕の言葉を聞いて、ルッルは再び机に顔を突っ伏した。
ははは。
出会いと別れは冒険の彩りさ。
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「あいたっ」
「ご、ごめんだし……!」
「ちょ、なんだよ!」
「はぁ、はぁ……! わざとじゃないんだし……!」
あたしは街中をひたすら全力で走り続けるという苦行を行なっている。
しかもわざわざ人通りが多い道を走らされるものだから、さっきから人にぶつかって怒られてばかりだ。
師匠はあたしの前を悠々と走っている。
もう何往復もしているのに、息も切れていないし、一度も人にぶつかっていない。
それどころか行きに抜き取った財布を、帰りに返すという意味不明なことまでしていた。
「師匠……! この訓練は人に迷惑だし……!」
「いいんだよ。そのうち憲兵を呼ばれるから、そしたら捕まらないように逃げる訓練な」
「憲兵すらも……!」
「やりすぎると憲兵が呼ばれても来なくなるのが悩ましいとこなんだよな」
「常識が崩れさっていくし……!」
聞けば故郷では毎日これをやっていたのだとか。とんでもなく迷惑な話だ。
ギルドで大勢の冒険者に囲まれて、逃げ切るどころか冒険者たちを手玉に取っていた師匠は、その辺の冒険者よりもずっと強いのは間違いない。
しかも7日間も寝ていたすぐ翌日である。
身体も本調子ではなかったはずだ。
その強さの根源がこのはた迷惑で、めちゃくちゃな苦行なのだとしたら、ある意味納得である。
師匠は全ての行動で、まったく躊躇しないのだ。
戸惑わない。悩まない。迷わない。
だから常に完璧なパフォーマンスを発揮する。
きっとこの訓練だって、人の迷惑とか、見られて恥ずかしいとか、そういった余計な事を頭から追い出すための訓練だ。
2週間後、あたしがフロアボスを倒せなかったら師匠は捕まって処刑されてしまう。
自分の家族を助けるために賞金首になった師匠は、何も悪いことなんてしていない。
そんな師匠が処刑されなきゃいけない理由なんてないはずだ。
しかも、あたしのことなんてほって置いて、さっさと自分だけ逃げ出してしまえばいいのにそれもしない。
あたしが<敵対者>だと知っても、嫌な目を向けてこない。一人の人間として、対等に扱ってくれる。
そんな人は他にはいない。
じいちゃんが死んでからは、いなかった。
だから、師匠はあたしの大切な人。
そんな人を処刑なんてさせるもんか。
あたしを信じてくれた初めての人の信頼を、裏切ることなんてできるもんか。
必ず、強くなってみせ――。
「へぶしっ……!」
「なんでなにもないところで転ぶんだおまえは……」
強くなってみせるんだ……!




