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46話 愛、きみはそのカモ

 上段に木刀を構える。

 重心は正中。

 静かに息を吸い、止める。

 息を長く吐きながら、木刀を上段から振り下ろす。


 その速度はまるで粘度の高いスライムの中にいるようにゆっくりだ。

 しかし一定の速さを意識する。


 剣先は?

 真っ直ぐだ。


 身体は?

 ブレはない。


 重心は?

 常に正中にある。


 振りきったら今度は切り上げに繋げる。

 重心を滑らかに移動。

 斬撃の道筋は最短で。

 しかしその威力は最大になるように。


 大切なのはバランスだ。

 重さを武器に。

 速さを最大に。


「――ふッ!」


 今度は一息で振りきる。

 直後、常に正中にあった重心が僅かにブレた。


 体勢に表れる程じゃない。

 しかしこの僅かなブレは、次の動きのブレに繋がる。


 戦闘の中でそれを立て直す機会があるとは限らない。

 立て直せなければ、繋がり続けるブレが次第に大きくなり、そして最終的には致命的な隙になる――。


「体力も落ちてるなあ……」


 額の汗を拭いて、僕は地面に座り込んだ。


 ここはルッルの家の裏庭だ。

 ルッルのじいさんは生涯現役をつらぬいたらしく、毎日訓練をする為に裏庭には藁で作った人形やら、どこからか持ってきた大岩やら、様々なものが転がっている。


 僕がやっていたのは、4歳の頃から僕とアイリが毎日行なっている<ゆっくり練習法>だ。

 

 身体は自分で思っているよりも、自分の思い通りには動かない。

 でも早く動いていると、なんだかできているような気になってしまうものだ。

 気分はいいが、訓練をするならそれじゃだめだ。


 訓練で大事なのは、できるようになる事だ。

 できるようになるためには、まず何ができないかを知る必要がある。

 そしてどうすればできるかを考える。

 考えるためには時間がいるから、早く動くよりもゆっくり動いた方がいい。


 重心がブレた理由は?

 剣を止めるのが遅すぎた?

 前足に体重を乗せすぎた?


 答えは試してみないとわからない。

 うまく行けば、何度でもできるように繰り返し。

 だめだったら、うまく行くまで繰り返し。


 英雄は一瞬で成長する。

 でもそれは普段の練習なくしてはあり得ないのだ。


「ルッルは何してんのかな……」


 昨日、僕を養う宣言をしたルッルは勤労意欲に燃えていた。

 絶対稼いでくると息巻いて、今日は朝早くからギルドに出かけていったのだ。

 捕まるといけないから家から出るなという言葉を残して。


 賞金稼ぎが賞金首にいうセリフじゃないな。


「ちょっと見にいってみるか」


 僕は闇の波動を放つ仮面を取るため、立ち上がって家の中に向かった。



----


「なんでだし……! そんなのおかしいし……!」


 あたしは冒険者ギルドの受付に向かって叫んだ。

 受付のおじさんはわざとらしく肩をすくめる。


「2年間依頼達成なし。登録してからずっとGランクのままだ。除名されたっておかしくないだろう」


 仕事を受けないからといって、冒険者が除名されるなんて聞いたことがない。

 なんだかんだいって、この受付は私を追い出したいだけなのは明らかだ。


「依頼を達成しないもなにも、受けさせてすらもらえないし……!」


「依頼主が拒否するんだから仕方ない。お前じゃ縁起がわるいってな」


 ぎりっと奥歯をかんだ。

 

 縁起がわるい?

 あたしが何をしたっていうんだ。


 思わず目頭が熱くなりかける。

 ダメだ。

 ここで負けちゃダメだ……!


「それにな、ギルドとしても困るんだよ」


 受付は声を一段大きくして言った。

 ギルド全体に聞こえるように。


「<敵対者(エネミー)>を囲ってるなんて思われたら、評判が落ちるだろ?」


 ざわり。と、まるで大きな生き物が唸るかのように、様々な声がひとつになる。


 <敵対者(エネミー)>。

 14歳のあの時から、あたしにまとわり付く身に覚えのない罪の烙印。

 そう呼ばれる条件はひとつだけ。


 スキル授与の儀式で、スキルを授からない。

 それだけだ。


 ただそれだけで、精霊からスキルを与えてはいけない者とされたのだと言われ、この世界からはじかれた異物、世界の<敵対者>として扱われる。


 スキルがないだけだ。

 天罰があるとか、過去に大きな罪を侵したとか、そんな事実はひとつもない。

 誰にも迷惑をかけていない。


 なのに。


「<敵対者>ってマジか……?」


「私はじめて見たわ。精霊から見捨てられるなんて、よっぽど大きな罪を侵したのよね……」


 ここ一年はあまりギルドに近寄らなかったし、この街の出身じゃなければ、あたしを知らなかった人も多かった。

 でも、今はみんながあたしを見ていた。


 怯えるような目。

 蔑むような目。

 なかには正義感に刈られたのか、憎むような目まである。


 あたしの嫌いな目だ。

 わざと目つきを悪く描いている手配書の犯罪者よりも、ずっと冷たい目だ。


 堪らえきなかった涙がひとしずく、頬を伝った。

 くやしい、くやしい、くやしい……!

 スキルなんて、そんなものなくなってしまえば――!

 

「おいおい、泣いたって同情なんか――」


 ドガンッ!!


 薄ら笑い浮かべた受付が何かを言いかけた時、凄い速度で飛んできた丸テーブルが、受付の横スレスレを通過した。

 そのまま激しい音をたてて後ろの棚にぶちあたる。置いてあった書類が舞い上がり、ひらひらと落ちていった。


 受付は青ざめた顔をして、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 そこにあるのはバラバラになった木片だけだ。


 そしてこのテーブルが飛んできたであろう先に目を向けると――。


「クックックッ……! たりねぇ。全然たりねぇ! 暴れたりねぇなぁおい!」


 黒髪の双剣使い、王都襲撃の凶悪犯。


 金貨50枚の大物賞金首、ディ・ロッリが机を蹴り飛ばした体勢のまま、凶悪そうな笑みを浮かべて立っていた。



----


 ギルド内は静まりかえっていた。

 もう少し騒いでくれるかと思ったんだが、あまり顔は知られていないのかもな。

 まあ手配書もまだ貼りだされたばかりだろうしな、これからだこれから。


 しかし僕の視線の先、受付の男は僕が誰だかわかったようだ。

 僕を指さして、口をパクパクとしている。


「敵対者、敵対者ってよ……。ここに大物がいるってのに寂しいじゃねえかよ!」


 ズダァン!


 僕は木刀の先に<エア・ボム>を仕込み、木の床に打ち付けた。

 空気が破裂する大きな音が響き、床板が1枚割れる。


 音の大きさの割に威力がないのが玉にキズだが、まあ雰囲気は出てるよな。


「お、王都襲撃犯……! みんなっ、そいつは金貨50枚の賞金首だ! 捕まえてくれ!!」


 受付の男が叫ぶが、周りの冒険者は動かない。

 金貨50枚といえば大金だ。

 大金だからこそ、そんな賞金をかけられる犯罪者が弱いわけがない。

 何の前準備もなく動けるやつは少ないだろう。


 そんな中、真っ先に動いたのは<敵対者>と呼ばれた少女だった。


「や、やめるし……! なんでこんなこと――」


「なんで? 理由だと? そんなものはないッ! そこに机があったら蹴り飛ばさずにはいられねぇんだよぉ!」


 手近にあった机をもうひとつ蹴り飛ばす。

 足裏に<エア・ボム>を仕込み、爆発の勢いで受付の向こうの壁まで吹き飛ばした。


 僕自身が飛ばされないように、こっそり木刀でつっかえをしているのは内緒だ。


「罪を重ねるのをやめるしっ……!」


「言葉だけじゃ悪は止まらねぇんだよッ!」


 もいっちょ机を蹴り飛ばす。

 受付はカウンターの下にもぐり込んで避けた。

 ちっ、なかなか当たらないな。


 次のテーブルを探していると、冒険者たちが丸テーブルを抱えて後退していった。

 なんだよ、テーブルは置いてけよ。


 キョロキョロと辺りを見渡す僕の前に、ルッルが両手を拡げて立ちはだかった。

 じっとルッルの目を見る。

 ルッルは視線で「わかってるし」と応えた。


 よし、なら見せ場だ。


「<敵対者>だかなんだか知らねえが、ちょっとカッコいい感じだからって俺を止められると思うなよ……!」


「あたしは賞金稼ぎだしッ……! 逃げるわけにはいかないしッ……!」


 僕はルッルに殴りかかる。

 わざわざ振りかぶって「今からパンチするぞ」と親切に教えてやる。

 これなら誰でも避けられるだろう。

 と、思ったんだが――。


「――っ!」


「げ……!」


 こいつ避けるどころか目を瞑りやがった……!


 どこの賞金稼ぎが賞金首に攻撃されて、目を閉じるんだよ!


 しかし振り上げた拳をいまさらおさめるわけにはいかない。あまりに不自然だ。

 もう殴るしかない。

 なら――っ!


「うらぁっ!」


「きゃう……!」


 僕は思い切りルッルを殴り飛ばした。


 ゴロンゴロンと転がるルッル。

 どう見てもクリティカルヒットだ。

 普通は立ち上がれないだろう。

 しかし――。


「ま……、まだだし……!」


 ルッルは足を震わせながらも立ち上がった。

 圧倒的な実力差を前にしても、その目に諦めの感情は浮かんでいない。


「くく、あと何度起き上がれるかな……?」


 僕はルッルを蹴り上げる。

 吹き飛ばされて、また立ち上がるルッル。

 

 体当たりしてきたルッルを担ぎ上げ、投げ飛ばす。

 弾き飛ばされるイス。

 観客となっている冒険者たちの輪が少し大きくなる。


 倒される度にルッルは立ち上がり、また向かってきては殴られ、蹴られ、何度も床を舐める。

 ギルドの中には、ルッルが殴られる音と、凶悪犯の笑い声だけが響きわたった。


 どうして立ち上がれるんだ……!

 なんでそんなに頑張れるんだ――――!


 <エア・スライム>で保護しているからである。


 殴っている感触からいっても、ルッルは全然痛くないハズだ。


 しかしそんな事は冒険者たちにはわからない。

 所詮やられているのは<敵対者>だと、高をくくってみていた冒険者たち。


 だが幼い少女が凶悪犯にいたぶられている様子を見せられ続け、だんだんとその顔が歪んでいく。


 凶悪犯の前に果敢に立ちむかい続ける少女。

 倒れても倒れても、立ち上がる勇敢な少女。


 戦える力を持った冒険者たちは、それを見てどう思うだろうか?

 ましてやそれが先程まで<敵対者>として蔑んでいた少女だったとしたら、黙って守られているだろうか?


 答えは――。


「くそっ、もう見てられねえ! こんだけ人数がいるんだ、取り囲んでやっちまえば楽勝だ!」


「<敵対者>なんかに守られてたまっかよ!」


 僕は口元だけでニヤリと笑った。


 かかったぜカモ共が。

 これはスラムの子どもの常套手段。


 作戦名<愛、きみはそのカモ>だ。


 作戦は単純。

 仲間の中の弱そうなやつを、わざと正義感の強そうなカモの前でいじめる。

 そしてそいつを助けさせて、絆が芽ばえて心を許したところで有り金すべて頂いてドロンだ。


 もし仕掛けるのが女で、相手が優良物件ならそのまま恋人になってもいい。


 今回奪うのは金ではなく、なんだかイジメられているらしいルッルの信頼だ。

 ルッルが咄嗟にこちらの意図を汲んでくれてよかった。まあダメそうなら次の手もあったが。


「くく、女がやられるのを黙ってみていた腰抜け共が。束になったぐらいで俺をやれると思うなよ……!」

 

 木刀を両手に持ち直し、構えを取る。

 冒険者たちに走る緊張。


 その場にいる冒険者で、ルッルの事を<敵対者>だなんだというやつはもう誰もいない。

 この時点で目的は達したようなものだ。


 そして――。


「おいみんな騙されるなっ! そいつらグルだぞっ!」


 ――すぐにバレた。


 僕とルッルは苦虫を噛み潰したような顔で、入り口に立っている少女加虐趣味者(タット)を睨みつける。


「いまから盛り上がるところだろうが……!」


「タット、まじ空気読めないし……!」


 先程まで正義感に燃えていた冒険者たちが、僕らを取り囲んでいた。

 騙されたと知った彼らは、正義感を恨みの炎にくべて、めらめらと怒り狂っている。



 あーあ、どうすんだよこれ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、二章の設定が出来てないので、一章のままですよ(^^)
[気になる点] あれ?何でバレた?なんだてめぇのとき、確か仮面してなかった?
[良い点] デ「そこに机があったら蹴り飛ばさずにはいられねぇんだよぉ!」 力強い言葉でした。 社会では暮らせないレベルの疾患ですね。 冒険者の皆様も賞金首の恐ろしさに震え上がったと思います。
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