40話 敵の敵は――
「外れだ騎士サマ!」
何度目かの<エア・ボム>の発動だ。
僕は左右、前方に<エア・ボム>を設置する事で騎士の接近を防いでいる。
今のところ効果を発揮しているが、このままではジリ貧だ。
「厄介なスキルだ……! だがその不可視の爆発物もそう何個も設置できるものではないらしい」
「そうか? いくらでも設置できるけどな」
騎士は<エア・ボム>の数に限りがある事に気付いたようだな。
けどこっちだって何も考えずに逃げ回っているわけじゃない。騎士のスキル、その正体が見えてきたぞ。
まず騎士が意識から消えて行動するのは、ある程度距離が近づいた時に限られる。意識から消えていられる時間はそんなに長くないのだろう。おそらく1秒かその辺りだ。
そしてアンリが残してくれた<5>の意味は、どうやらスキル再使用までに必要な秒数のようだな。
騎士が意識から消えた後、次にスキルを使うまで一番早かった秒数だ。
再使用までに5秒かかるなら、そこが奴を倒す唯一のチャンスだ。
「時間をかければ不利になるのは貴様だ。上手くその爆発物を当てられなかった時が死ぬ時だ」
「アンリをおびき寄せる為に悲鳴がどうたら言ってなかったか?」
「いらん。どうせ城壁の外には出られん。貴様の首を見せれば大人しくなるだろう」
「そうかよ」
円を描く様にして間合いを計る。
この円の内側はデッドゾーンだ。もし<エア・ボム>を外した場合、僕は気付く事もできずに首を飛ばされるだろう。
まだ騎士には見せていない<エア・ライド>なら一瞬で詰められる間合いだが、騎士のスキル発動の方が早ければそこで終わってしまう。
ジリジリと距離を詰めてくる騎士に合わせて、僕は同じ距離だけを下がる。
中庭の壁に追いつめようとしているんだろうが、そうはいかん。
僕は近づく騎士の目の前に<エア・ボム>を設置した。
そのまま爆発しやがれ――!
しかし騎士は<エア・ボム>に突っ込むと思われた直前、ピタリを動きを止めて<エア・ボム>を避けるようにして横に踏み込んだ。
なんでだ、不可視の空気の爆弾だぞ!
僕は慌てて次の<エア・ボム>を設置しようとするが、その時には既にデッドゾーンの円の中に半歩踏み込まれていた。
まずい、首を飛ばされる!
僕がそう考えた瞬間、斜め前から僕の喉元目掛けて突きを繰り出す騎士の姿があった。
「――っ! <エア・ボム>! <エア・スラスト>!!」
コンマ数秒の刹那、僕は<エア・ボム>で自分の体を前方に吹き飛ばした。
倒れこむと同時、世界樹の木刀の柄を地面に叩きつけるようにして<エア・スラスト>を放つ。
全く騎士を見ずに不格好な姿勢で放たれたその突きは、それでも<エア・ボム>の爆風に乗って十分な威力を伴い、騎士の右肩に直撃した。
下から突き上げられて騎士の全身甲冑の右肩部分が破損し、空高く吹き飛ぶ。
「ぐっ……! ばかなっ……!」
「逃がすかっ!」
すぐに距離を取ろうとする騎士に<エア・ライド>で追いすがる。
今こいつはスキルを使った、あと4秒は意識から消える攻撃はできない!
3――。
先ほどの突きは完全に避けきれず、額を斬られていたらしい。
目に血が流れ込んでくるが、そんなのは無視だ。
僕は<エア・スラスト>を騎士の正中目掛けて放った。
2――。
騎士が剣の腹を盾にして<エア・スラスト>を防ぐ。
くっ、ヒビも入らないとはさすがいい剣持ってるな。羨ましい!
だが僕の木刀はもう一本ある。
二連<エア・スラスト>を防ぐ手立てはないだろう!
1――。
神速の突きが騎士の喉元を捉える。
よしっ、勝っ――!
バチィ!!
――なんだっ!
喉元に直撃するはずだった<エア・スラスト>は、直前で現れた白い壁のようなものに阻まれてそれを貫く事は出来なかった。
しかしそれでも突きの勢いを殺せたわけではなく、騎士は中庭の壁まで吹き飛ばされ、激しく打ちつけられた後に地面に倒れこんだ。
手ごたえはあった。しかし――。
「冒険者――風情が。この私に奥の手を使わせただと……!」
「ちっ」
思わず舌打ちをする。
騎士はよろめきながらも立ち上がった。
くそっ、千載一遇のチャンスを逃してしまった。
「先ほどの突きは間違いなく貴様の喉をえぐる筈だった……。何をした?」
「さてね、目測でも誤ったんじゃないか? ――そんな重たそうな鎧着てるからな」
「なんだと――?」
言われて騎士は自分の手元をみた。
そこにはいつもと変わらない高そうな鎧があるだけだろうさ。見た目はな。
騎士はしばらく鎧の様子を確かめるようにして、何かに気付いたようだ。
「鎧が……僅かに重い?」
「おいおい、弛んでるんじゃないか? 空飛ぶ船ばっかり乗ってるからだぞ」
「貴様……! 何をした!」
「嫌だ嫌だ騎士サマは。聞けば平民が何でも答えるとでも思っているのか? そんな騎士サマには俺の仲間の言葉をくれてやろう。「それぐらい、普通の人は言われなくても分かるんですよ。バカなんですか?」」
ふはは、毒舌娘の切れ味を味わうがいい!
僕が仕掛けたのは<アーカイブ>で空気について解析を進めていく中で発見した新技だ。
アイロンゴーレムとの戦いで、僕は速度による威力増加の限界を知った。
だから<重さ>について何か出来ないかと思い、<アーカイブ>で検索したところ、<重さ>についての説明はいつものごとくさっぱり分からなかったが、別で新しい発見があった。
空気は<重さ>も内包しているという事だ。
読めない単語の中で、<重さ>と似たような単語が<空気>の説明の中にあるから気付けた。
それから世界樹の木刀の重さを自由に変えられないかと色々試した結果、分かった事がある。
重さの制御はゆっくりとしかできない。
空気に含む重さを集めようとしても、のろのろと木刀に絡みつく様なイメージで、だんだん重くなるが、しっかりと重いな、と感じるようになるまでには5分ぐらいの時間が掛った。
これでは戦闘中に木刀の重さを変えて戦う、というわけにはいかない。
じゃあ戦闘前に重くしてから挑めばいいかというと、これも問題がないわけじゃない。
重さの制御は体内魔力をドカ食いするのだ。
今まで<エア・コントロール>を使っていて、魔力が尽きるなんて感覚がまったくなかった。
むしろ体内魔力を使っていないんじゃないかと思うぐらいだ。
まあ元々が下級スキルの、しかも風を動かすだけの生活スキルである。
魔力枯渇なんて無縁なのが普通なのだが。
しかし重さの制御となると、ほんの10分程度の連続使用で魔力が底をつく。
重くなるまでに5分、そこから5分しか継続できないとなると、戦闘前に武器を重くして、という戦い方も大分限られた状況でしか使えないだろう。
そして今回僕は、騎士を目視した瞬間からこの重さ制御の新技<グラビティ・コントロール>を騎士の鎧にかけ続けていたというわけだ。
「これ程までに……人を殺したいと思ったのは初めてだ……!」
「そうかよ、ひとつ大人になれてよかった――なあぁ!?」
ドオオォォン……!
再び距離を置き、中庭を挟んで対峙する僕と騎士の間に、唐突に巨大な何かが落ちてきた。
地面を揺らす激しい着地音と共に降って来たそれは、今までみた魔物の中ではもっとも大きい、5メートルを超えるキラーマンティスだ。
個体討伐のレベルでいえばB級相当になる。
なんで王都のど真ん中にこんな強力な魔物が降って湧いて来るんだ!?
「ジャアァァァ!!」
「ちっ!」
「おっと!」
キラーマンティスは僕も騎士もどちらも敵と見なしたようで、その両手の巨大な鎌を振り回して僕らに襲いかかって来た。
僕は<エア・ライド>で緊急回避する。
騎士もスキルを使って回避したようだ。
なるほど? キラーマンティスが騎士を攻撃してスキルを使わせてくれるなら、上手くやればチャンスを作れる――くっ!
「おいカマキリ野郎! あっちの白い方狙えよ!」
声に反応したのか、キラーマンティスは僕に向かって攻撃を仕掛けてきた。
くそっ、B級だけあって滅茶苦茶早いじゃないか!
僕は迫りくる2つの鎌を<エア・ライド>を連続使用してなんとかかわし続ける。
するとその隙に騎士がキラーマンティスの足に斬りかかった。
「ギシャアァァァ!」
「魔物風情が邪魔をするな――がっ!」
「おやおや騎士サマ、ちょっと弛んでるんだからもっと近くで稽古つけてもらいばいいじゃないか」
足を斬りつけられたキラーマンティスは振り向きざまに騎士に斬りかかったが、騎士はバックステップでそれを難なく避けた。
そのまま距離を取ろうとしたので、僕は<エア・ボム>を設置して、騎士の背中を爆発で押すようにしてキラーマンティスの前に転がしてやったのだ。
上から鎌が何度も振り下ろされるが、騎士は転がって避けた後、瞬きの瞬間で立ち上がって距離を取り直していた。
ちっ、仕留めそこなったか。
「貴様――!」
騎士が視線で僕を射殺そうとしているが、眼力ならキルトの右に出る者はいない。
僕はキラーマンティスの背後に回るように位置取りしながら、騎士の邪魔をするように<エア・ボム>を設置していく。
なんか魔物使いみたいで楽しくなってきたな!
「敵の敵はやっぱり敵なんだぜ騎士サマ! ほら、ちゃんと足元見ないと転ぶぞ!」
<エア・スライム>も混ぜ込んで全力の嫌がらせだ。
時々キラーマンティスがこちらにも攻撃してくるが、ドカンドカンと<エア・ボム>の音がする騎士の方が気になって仕方がない様子。
さあ行けキラちゃん!
あのロクでもない騎士をやってしまえ! ふははは!




