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38話 救出の日、それぞれの動き

 アンリ救出の日がやって来た。

 空は分厚い灰色の雲に覆われ、まだ日が残る時間であるはずなのに薄暗くなってきた。時折叩きつけるような湿った風が吹き抜け、今にも雨が降り出しそうである。


 数日前から街中で急には流行りだした<クラッシャー>出現の噂のせいか、警備に回る兵士の姿が目立ち、逆に表を歩く人の数が心なしか少ないように見える。出歩いている人たちも目的地に足早に向かっている。


 まるで王都全体がピリピリとした緊張感に包まれているようだった。


「うん、カッコいいわぁ! 田舎から出てきた幼馴染の冒険者が、立派な格好をして自分を救いに来るなんて素敵よねぇ!」


「ディさん、今お渡し出来る痺れ薬はそれしかありません。即効性がありますが効き目は30分程度しか持ちませんから、十分に気を付けてください」


 僕はミシェルちゃんから「これが私に出来る精一杯の応援よ」ということで、新しい冒険者服一式を貰った。

 僕の黒髪に合わせて、少しジパングの民族衣装のようなデザインがされていており、ひと目でオーダーメイドの良品だと分かる。良い服を着れる冒険者はそれだけ実力者があるという事だ。侮られる新人ムーブはもう出来ないけど、旅の実力者ムーブはより一層楽しくなる事だろう。


 ホロホロ君からは痺れ薬が入ったガラス瓶を手渡された。マイラ島で使っていた物と同じ薬らしい。

 あまり量はなかったが、風に乗せて上手く散布すれば、城壁の上の兵士を無効化する事が出来るだろう。


 僕は装備を整え、二人に向き合った。


「ミシェルちゃん、ホロホロ君、ありがとう。次に会うのがいつになるか分からないが、必ず礼はする。待っててくれ」


 さあ、キルトから連絡があった集合場所へ行く時間まではあと数時間しかない。今回はギリギリまで空を駆けるわけにもいかないので、魔導トラムで北区まで行って、見つからないところから上空に上がり、毒を散布するつもりだ。


 僕は二人に別れを告げ、北区行きのトラムに乗った。



----


 二日前、マイラ島に止まっていたあの飛行船が王都の上空に現れました。

 どうやら他国の要人とやらを連れてきたのは、あの時にお姉様を攫っていった部隊だったようですね。

 ならば例の不可視の騎士とやらもいるのでしょうか。恐らく王宮内の警備に当たるはずなので、お姉様の救出の妨げにはならないと思いますが……。


「新入り、今日は<クラッシャー>が現れるという話が出ていますわ。いつも以上に気を引き締めなさい」


 陸軍を引きずり出す為に流した情報は効果を発揮していますが、代わりに私の所属する分隊も一日かかる巡回業務が組まれてしまいました。

 逃走用の船は桟橋に用意してありますが、追跡された場合の速度を考えて小さな帆船にしました。一人で出港準備をするとなると一時間はかかるでしょう。

 計画の時間に間に合わせる為には、巡回の途中で抜け出さないといけません。


「それにしても冒険者の数も多いですわね。街中の犯罪者の取り締まりに冒険者の手を借りるなど、恥もいいところですわ」


「それこそ市民が怯えていますから。見回りの人の数が多いだけでも安心感を与えられます」


「それは軍の信頼が薄いという事ですわ。嘆かわしい」


 ついこの間、どこぞの怪盗一人に分隊ごとやられたばかりですしね。市民の知るところではありませんが、頼りないという意味では市民は的を射ていると言えます。


 まあこれだけの警備がいれば、本当に<クラッシャー>が現れるという事もないでしょう。

 何事もなくお姉様の救出作戦が上手く行く事を信じましょう。



----

 

「しっかしバッカ木刀達はどこにいるんだろうなぁ」


「ディがいそうな宿は回ってみたんだけどね、全然見つからないねぇ」


 王都に着いてから3日が経ったけど、冒険者ギルドでも全然ディの姿を見かけない。

 一応近くの宿なんかを探してまわっているものの、どこにもディらしき人が泊まっているという情報はなかった。


 このままずっと探していても仕方がないので、今日からはギルドの依頼をこなしながら、街中ですれ違ったり、ギルドで会う事を期待する事にする。


「それにしても連続殺人犯の討伐依頼たあ、王都ってのは随分治安が悪いとこだぜ」


「なぜか分からないけど、今日その犯人が現れるって街で噂になっているらしいからね。軍の人間だけでは手が回らなかったんじゃないかな」


「殺人予告があったわけでもねぇし、眉唾だろそんな噂」


 ラウダタンの言うとおりではある。

 殺人犯が現れるタイミングなんて誰にもわからないのだ。なのに街中で今日現れるなんて噂になっているのは多少違和感がある話だ。

 でもまあ、それで犯人が出なかったといって誰が損するわけでもないし、こうして歩き回っているだけでも全額でないにしろ報酬は出るのだ。悪い依頼ではない。


「港湾地区をぐるりと一周したら依頼は終わりだよ。もしかしたら本当に<クラッシャー>が出るかもしれないし、気は引き締めていこう」


「ガッハッハ! 出てきたらわしの鬼金棒で叩きのめしてやるぜ!」


 ラウダタンは金棒をブンブンと振り回してやる気満々の様子で頼もしい限りだ。

 僕としては殺人犯なんかよりもディ達に会いたいけどね。



----


「何言ってるっすか!? そんなの無理っすよ!」


 シャーロット中尉が私の脱出に協力してくれると申し出てくれたので、私はそれなら王宮に忍び込みたいとお願いした。

 正直、中尉が協力してくれるなら脱出なんてもう出来ているようなものなのだ。であれば、あの声の正体を確かめに行きたい。


「アンリ、拙者もオススメしないでござる。シャーロット中尉の<結界術・隔世>は強力なスキルでござるが、隠密行動向きではござらん。効果範囲ごとに一旦姿を現す必要があるし、何より結界の中からでは外の世界の情報が分からないから、術を解いたら目の前に兵士がいる可能性だってあるでござる」


「あたしのスキルの情報がそこまで筒抜けなのはなんか怖いんすけど……、その通りっす。北門を抜けるのなら楽勝っすけど、ここから王宮内までとなると見つからない保証はないっす。それにスキルの効果は一日で一時間まで。王宮までとなると、行って帰ってギリギリっすよ」


 それでも、私を呼ぶあの声は毎日聞こえる。

 私の勘が囁いているわ。これは――。


「運命よ。運命が私を呼んでいるの――」


 そう。冒険の香りがするわ。


「ええー……。なんか本気っぽいっす」


「隠密としては解せぬ理由でござるが、引く気がなさそうでござるなぁ……」


 いいじゃない。

 三人組の女怪盗。

 闇を見通す輝く瞳、怪盗<リンクス・アイ>よ!

 王宮に侵入した事が分かるように、何か目印になるような物を用意しましょう!


 ふふふ、やっと楽しくなってきたわ!

 

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