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34話 インスピレーションの洪水に溺れ死ぬ

「新入り、ここの掃除もやっておきなさい」


「ここは隊に割り振られた掃除区分では?」


 私が軍に入隊して4日が立ちました。


 私は時期外れの新人として、海軍第二艦隊巡洋艦<クレア>の魔法兵見習いとして配属されました。

 

 巡洋艦所属の魔法兵は、風魔法使いと火魔法使いになります。

 風魔法使いが追い風を起こし船の足を早め、火魔法使いが敵船への攻撃を担当するのです。


「新人の、しかも平民風情が口答えかしら? 下っ端に仕事を覚える機会をやろうという私の心遣いを介さないとは。やはり無学な田舎者ですわね」


 しかし今は戦争のない平和な時代。

 実戦などなく、火魔法使いの仕事は演習で行われる見せかけだけの火魔法を放つのみ。

 実際に延焼させたら船が無駄になりますからね。


 そんな訳で、仕事のある風魔法使いからみれば、火魔法使いは碌に強い魔法も使えない穀潰し、という扱いになるようです。


「心遣い感謝します分隊長。ですがご覧の通り掃除程度わざわざ覚え直さなくても完璧です。午後の任務に間に合わせる為に、ご一緒に掃除をされては?」


「はっ。午後の任務は<クラッシャー>警戒の為の港区巡回業務。貴方のようなひ弱な火魔法使いなんて邪魔なだけですわ。ここでずっと掃除でもしてなさい」


 先程から私に突っかかってくるこの女は、同じ<クレア>所属の魔法兵で、私の所属する分隊の隊長です。

 同じ年らしいのですが、去年風魔法を授かってからすぐに軍に所属した為、一年先輩にあたります。


 言葉使いでも分かるように、一応男爵家の娘で貴族だそうです。

 まあ平民の魔法使いは珍しいので、魔法使いのほとんどは貴族なわけですが。


 私は平民で、火魔法使いで、さらに軍では嫌われ者のマイラ島の出身です。

 この女にとっては面白くない要素の詰め合わせですね。苛めたくもなるわけです。


 それにもう一つ、気に食わない要素が最近追加されたようですね。


「入隊早々休みの申請をして男とデートするようなはしたない女には、お似合いですわ」


 そう、迂闊でしたが、どうやら昨日私の後を着けていた者がいたようです。

 ヒモ野郎と情報交換をしている様子をデートと勘違いしているようですね。

 あれはただの情報交換です。

 こ、紅茶を飲んだのは喉が渇いていただけです!


「な、何よその顔! 思い出して浸るのを止めなさい!」


 浸ってるわけないです!

 まあ要するに、色ボケ男日照りのこの女の被害妄想なわけです。

 

 とはいえ上官は上官。

 理不尽な命令でも押し切られれば受けないわけには行きません。


「それでは、掃除を終わらせて合流するようにします。よろしいですか、隊長?」


「だから貴方なんて足手まといだと言っているでしょう? どうせ<クラッシャー>を見つけても怯えて見ているだけなのですから、来なくても構いませんわ」


 そういって分隊長は去っていきました。


 先程から話題に上がる<クラッシャー>とは、最近市井で起こっている連続殺人事件の犯人だそうです。

 ヒモ野郎の報告にあった<リーパー>は貴族街の中で事件を起こしているようですが、対してこの<クラッシャー>は市井だけで事件を起こしているようです。


 すべての事件で、被害者が撲殺されている事からついた名前だそうです。

 それにしても王都で同時に二つの連続殺人事件ですか。王都の治安部隊はどうなっているのでしょうね。


 ヒモ野郎の話を聞く限り、戦闘経験のないドリルロールのお嬢様が相手に出来るとは思えないですが。



----


「神の子よ、その首飾りは贈り物か?」


 僕は見張りの兵の交代の時間を探れないかと思い、再び<ノタッチ>を訪れていた。

 イエスロが指摘したのは僕の首元にあるネックレスだ。


「預かり物だな。元少女からの」


 アンリも4年前は10歳だったからな。

 イエスロは無駄にコップを磨きながら大きく頷いた。


「そうか。少女達はいつか召されてしまうが、思い出は色褪せない。宝物だな」


 同胞達に取っては、大人になる事は天に召される事らしい。


 この首飾りはあの飛行船のやり取りの際、アンリから預かったものだ。

 昨日まですっかり忘れていたのだが、キルトから「そういえば<導きの石>に反応はないのですか?」と言われて思い出した。


 ロマリオに行く船の中で、キルトにあの時アンリに手渡された物は何かと聞かれた時に、僕はこれを「運命に引き裂かれた二人が、再びすれ違う時に再開を導く<導きの石>だ」と答えた。


 銅貨数枚のおもちゃのような物であるが、まあ一応<ライフ・シード>も入っているし、何十年後かには本当にそうなる可能性があるので嘘ではない。


 キルトは胡散臭そうにしていたが、アンリがあの状況で渡した物なのだから、嘘と決めつける事も出来なかったようだ。


 アンリにだけ信頼度が違うんだよな、あいつ。


「で、陸軍の中にも同胞はいるのか?」


「軍の中には清掃員として働く、子供達がいる事は知っているか?」


「いや。こないだのミカゲのような?」


「黒髪の天使か。そうだな、彼女達のような子供達が軍では下働きをしている」


 軍の生活は窮屈だ。

 女性がいないという事はないが、軍に入る女性は戦闘系のスキルを有している事が多いため、勝気な女性が多い。

 その為、ひた向きに働く子供達を眺める事を心の拠り所にする者も多いのだとか。

 もちろん、ただ微笑ましく見ている者がほとんであろう。

 しかし中には同胞への道へ転がり落ちる者も出てくる……。

 

 つまり、軍の中にはそこそこの数の同胞がいるという事だった。

 ホントこの国大丈夫なのか……。

 だがそれなら兵士たちの交代の時間の情報も入手可能だな。


「それじゃあ空軍にもいるのか?」


 そうだとしたら聞くだけでアンリの情報が入手できるかもしれん。


 しかしイエスロは首を横に振った。

 空軍は新設された部隊で人数も少ない為、割り当てられる清掃員の子供の数が少ない。

 なので異動を希望する同胞がいなかったのだとか。


 業が深い事が裏目に出たか……。

 まあ、それならそれで自分で確認するだけだな。


「しかし、城壁の上の見張りがいなかったとしてもどうやって登るつもりだ?」


「あの程度の城壁、俺にとってはないも同然だ」


 なんせ飛べるからね。

 A級の冒険者とかになると身体能力だけで飛び越えられるのだろうか?

 でも竜と戦うならそれぐらいできないとすぐ死んでしまいそうだよな。


 イエスロは今日中に陸軍の同胞に連絡を取ってくれると約束してくれた。

 明日の夕方には交代の時間が分かるそうだ。


 なら空からの偵察は明日だな。

 ただ夜だからな、ほとんど何も見えない可能性がある。

 その場合はいけそうなら兵舎に侵入をしてみるのもアリだろう。


 くく、王都の闇を切り裂く怪盗の暗躍の時間だ。


「イエスロ、この辺で黒いマントをすぐに仕立ててくれる店はないか?」


「夜の偵察用か。そうだな、あるにはあるが……」


 なんだ、高いのか?

 自慢じゃないが僕には金はないぞ。王都に来てから稼げてないからな……。


 イエスロは「まあ神の子なら大丈夫か」と言って紙に地図を書いてくれた。

 ここの店でなら気に入られれば優先して仕立てをしてくれるらしい。

 同胞の店ではないとの事だが……。


 僕はイエスロにお礼を言って<ノタッチ>を出た。

 なぜかイエスロが気の毒そうな視線を投げかけてきていたのが気になるが。



----


「あら~っ、やっぱり似合う! 素敵よ!」


 イエスロに紹介された店にいたのは、かつてのゴウさんを思わせる立派な筋肉を持つレディだった。

 正確には体はゴウリラ、心はレディ。そしてのその正体はやたらとボディタッチが多いオネエ様だ。


 黒いマントを買いに来た筈の僕は、オネエ様の着せ替え人形となっていた。

 しかし嫌々というわけではない。


 僕は木刀の剣先を地面に向けるようにして逆手に持ち、そして柄を握った手を胸に当てた。

 いつかの冒険譚の挿絵で見た、騎士が君主に誓いを立てる時にする格好だ。


「ああ――。この剣に誓う、必ず貴方を守り抜くと!」


「きゃあぁぁ! いいっ! すごくいいわっ!」


 今現在、僕は全身甲冑の騎士の格好をしている。

 設定としては、王都で裏切りに合い辺境に飛ばされた騎士が、その先で出会ったお嬢様こそが真に仕えるべき君主であると剣に誓ったところである。


 僕は格好に合わせて様々なムーブを楽しんでいた。

 普段できない格好が色々できるから楽しくてしょうがない。


「次はどうする? 盗賊に落ちてやさぐれた元騎士とかもいいんだけど、ディちゃんだとちょっと若いかな~」


「ではミシェルちゃん、王都に潜む怪盗<闇影>の衣装を見繕ってくれないか?」


 ミシェルちゃんはオネエ様の名前である。

 恐らく本名は他にあるが――だが、本人がそうだと言うならそれが真実。

 夢に生きるとはそういう事だ。


「まあ、新しいわ! 館に閉じ込められた姫がバルコニーで月を眺めていると、厚い雲に月が覆われ、辺りは真っ暗闇になるの。そして次に月明かりが照らすとき、誰もいなかったはずのそこには怪しげな男が一人。怖がり身を固める姫に対し、膝をついて怪盗は言うの。「今宵、貴方を縛るその鎖を盗みに参りました」――。きゃああぁぁぁぁ! インスピレーション、そうインスピレーションの洪水に溺れ死んでしまう!!」


 ミシェルちゃんは叫びながら木の扉を蹴り飛ばして、店の奥へと走って行ってしまった。

 何かよっぽどツボに嵌ることがあったようだ。


 僕が木っ端みじんになった木の扉の破片を掃除していると、ふとミシェルちゃんが店の奥から顔だけを覗かせた。


「ディちゃん、明日の夕方にはきっと作り上げて見せるから、その頃にまた来て頂戴!」


 約束よ! と言ってミシェルちゃんはまた顔を引っ込めてしまう。


 ミシェルちゃんは話の分かるオネエ様である。

 きっと<闇影>の衣装は素晴らしい物になるだろう。



 くく、待っていろ王都のお宝達よ――!

 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 盗みの技術...というかほぼ全てにおいて技術力が天元突破してません? まあ努力の賜物ですかね? 言うなれば努力の英雄?
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