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23話 鬼の目にも?

「二連――<エア・スラスト>!」


 あれから数日が過ぎ、僕とフォートは廃坑ダンジョンで素材集めの依頼を受けていた。

 宿に籠もって<アーカイブ>の活かし方を考え続けられるどこかの裕福な娘と違い、僕らは生活費を稼がないといけないからだ。

 まあ課題もクリアしてるしね。


 僕の二連<エア・スラスト>を受けて、岩つぶては光の粒となって消えた。


 新技二連<エア・スラスト>は、僕が岩つぶてを楽に倒す方法を試行錯誤した結果生まれた。

 最初は<エア・ライド>と<エア・スラスト>を組み合わせて使っていたのだが、いかんせん距離が必要だし、万が一タイミングを外したら岩に体当たりをブチかます事になる危険な技である。


 フォートが重鉄矢――ラウダタンが作った矢の正式名称らしい――で岩つぶてにヒビを入れれば、<エア・スラスト>1回で倒せるのだが、フォートは大体2矢の早打ちで仕留めてしまう。

 岩つぶては一度動きを止めてしまえば殆ど動かないから、未来もブレない。

 動かない的は<霞打ち>のいい的でしかなかった。


 なので自分でどうにかしようと考えた結果、フォートの真似をしてみる事にした。


 つまり連続で同じ場所に二度、<エア・スラスト>を当てればいいのである。

 左右で僅かにタイミングをずらして同じ場所に<エア・スラスト>を当てるのは案外難しかったが、上手く行けば今のように、1回の攻撃で岩つぶてを倒す事ができる。

 不足している火力問題もだんだんと解決の兆しが見えてきたな。


「ディ、目標分の魔石が貯まったよ」


「そうか。じゃあ帰るか」


 フォートは重鉄矢と魔石を拾って、弓を背負った。重鉄矢は使ったあとでも壊れたりしないから、弓士としては補充が楽で助かるそうだ。

 狩りだと森の木を使って現地で矢を作ったりもするらしいが、ダンジョンはそうもいかないからね。


 僕らは順調に依頼を達成し続けていた。



----


「岩つぶての魔石が20個ですね。鑑定しますのであちらにかけてお待ち下さい」


 僕らは受付嬢に言われた通りに椅子に腰掛けた。

 アイロンタウンの冒険者ギルドは、マイラ島やロマリオの冒険者ギルドに比べると事務的だった。

 依頼も魔石の納入か、鉱山での力仕事、もしくはロマリオであったような馬車の護衛ぐらいだ。

 

 フォート曰く、むしろ森に近い小さな冒険者ギルドの方が、魔物の討伐や、珍しい素材の採取依頼などが出ていてよっぽど冒険者らしいとの事だ。


 まあ大きい街だと軍が駐留して魔物の定期駆除をしているから、冒険者のニーズがなくなるのも当然と言えば当然なのかもしれないが。


 冒険者達のガラも心なしかいいように見える。

 ここだと依頼の取り合いみたいな事にもならないし、炭鉱ダンジョンでレベル上げか、宝箱狙いしている者がほとんどだろう。

 冒険というにはやや刺激が足りないが、逆に言えばここは安定して稼げるという事だ。

 冒険者のガラもよくなろうというものか。


「おまたせしました。鑑定結果は銀貨96枚になります。お二人で半分でよろしいですか?」


「ああ、それで頼む」


 1人銀貨48枚。

 少し前まで銀貨1枚半の海賊の宿に泊まらざるを得なかった事を考えれば破格の稼ぎである。

 しかしこれには理由がある。


「お二人とも、もう3日連続で岩つぶての魔石を、それも結構な数を納入されていますが、武器のメンテナンスサービスは如何ですか?」


 そう、僕らはあまり気にしていないが、あの岩つぶては武器破壊系の魔物なのだ。

 やたらと硬くて、鉱山で使っているツルハシでも、10体も倒すと先が欠けてしまう事があるらしい。

 なので普通は1日潜って1日武器メンテのサイクルになる。すると稼ぎは1日で銀貨20から30程度になり、さらに武器メンテ代がかかる。


 それでも稼ぎとしては悪くない。

 岩つぶては殆ど危険もないしね。


「いや、俺達の武器は大丈夫だ。木刀のメンテなんてやってないだろ?」


「前から不思議だったんですが、その木刀でどうやって岩つぶてを? それにもう一人の方は弓士ですし……」


「達人は紙で大木を断ち切るという。なら、木で岩を割るぐらい――どうって事ないだろ?」


 折角の達人ムーブだというのに、受付嬢は「企業秘密と言うことですね」なんて言っている。


 ここの冒険者ギルドはあまり僕のムーブに付き合ってくれないんだよな。初めの頃のホロホロ君が懐かしい……。


「こんな大金……! ディ、屋台で串焼き食べよう……!」


 フォートはもともとかなり稼いでいたはずなんだが、貧乏が身に染み付いたのか、銀貨数十枚の稼ぎに日々感動している。

 銅貨5枚の屋台の串焼きが至上の喜びらしい。

 確かにちょっと高いし美味しいが、元一流の狩人がそれでいいのかと思わなくもない。


 まあこれも冒険者らしいと言えばらしいが。



----


「おうバッカ野郎共! 稼いでるか!?」


 屋台で買った串焼きを食べ歩きしていると、向こうからラウダタンがやって来た。

 ラウダタンは父ドワーフの使いっぱしりで街中をあちこち歩き回っていて、時々こうやって道であったら声をかけてくる。

 かなり遠くからでもデカい声で呼ぶから周りには迷惑なんだろうけど。


 そして今日はそんなラウダタンの後ろに、見慣れているが見慣れない人物がいた。


「ヒモ野郎が生意気にも買い食いですか。遂にまともな経済活動の輪の中に入れたんですね。おめでとうございます」


 キルトである。

 開口一番毒吐きとは、実はポイズンリザードにやられた後遺症なんじゃないか。


「ふん。こいつは正真正銘自分で倒して稼いだ金で買ったんだ。ヒモ野郎呼ばわりはやめて貰おうか」


 胸を張って言い返した僕に、キルトはいつもの通り半眼で睨みつけてきた。


「普通の人が普通にやってる事をしただけで、胸を張って偉そうにしてる時点で普通以下なんですよね。なにが悲しいってその事に気付いてさえいないところです。貴方を憐れむ為に傷めた私の心に申し訳なさを感じるなら、ちょっと死んでみてくれません?」


 ポイズンリザードどころじゃないぞこいつ。

 もうボス・ズンだろこれ。


「ガッハッハッ! おめぇら知り合いか! ホント変な奴らだな!」


「ひと括りにされるのは遺憾ですね」


 豪快に笑い続けるラウダタンと、それにグチグチ言っているキルト。

 それにしても海賊の宿でもそうだったが、こいつはなんで僕達の行く先に現れるんだ……。


「それで、なんでラウダタンとキルトさんが一緒にいるの?」


 ボス・ズンの毒ブレスのせいで聞きそびれていた事をフォートが質問した。


「おう、この娘とは昨日酒場で会ったんだがよ、高炉を見たいってんで連れて行ってやったのよ!」


「酒場で? なんか意外だね」


 確かに。

 マイラ島の冒険者ギルドではアンリにくっついて酒場にいたが、酒を飲んでいるところを見た事がなかった。

 てっきり飲めないのかと思っていたけど。


「別にお酒を飲みに行ったわけじゃありません。どこかの真人間になりきれないヒモ野郎は、どうせ王都の情報収集をする事なんて頭に残ってないでしょうから、私が一人でやっているんです」


 おお、情報収集。忘れてた。


「あー、で? 何か分かったか?」


 だんだんとキルトの目つきの温度が下がってきた。火魔法使いの自覚が足りないんじゃないか。


「ええ、分かりましたよ。何も情報がないという事が分かりました」


 なんだ、結局情報は掴めてないんじゃないか。

 考えている事が顔に出ていたのか、鋭くなった目でキルトがこちらを見ている。


「バカが気付いていなそうだから教えてあげますけど、何も情報がない事が分かったって事は、つまり少なくともお姉様の事が大きな事件やニュースになっていない事が分かったと言う事です。だとすると囲い込まれている可能性が高いので、私達は場所を特定して、侵入する方法を考えなきゃいけないんです。分かりましたか?」


 さも言ってもわからん奴に説明していると言わんばかりの態度だけど、前々からこいつの察しろっていう要求値高すぎなんだよな。


「いや、言われなきゃそこまで分からんだろ」


「普通の人なら――」


「言われなくても分かるってか? フォート、ラウダタン、お前ら分かったか?」


 普通の人代表にするにはラウダタンはやや不安だが、フォートなら大丈夫だろ。

 フォートはうーん、と唸って悩んでいる。


「まあ背景が分からないというのもあるんだけど、やっぱり誤解が生まれないためにはちゃんと説明した方がいいと思うよ?」


「わしゃさっぱりわからん!」


「な? お前の言う普通は普通じゃないぞ」


 キルトは顔を真っ赤にして怒っている様子だった。いつもの表情に出さないような怒り方以外も出来るんだなこいつ。


「二人は背景が分からないから仕方がありません! でもヒモ野郎はちゃんと全部知ってるでじゃないですか! なんで全部説明しなくちゃいけないんですか!?」


 珍しくキルトが感情的になっている。

 なんで説明しなきゃいけないのかって言われてもな。


「説明するのが嫌なのか?」


「っ! 嫌とかそういう事じゃないです! 同じ情報を持って、同じ目的があるなら分かるはずじゃないですか!」


 なるほど。

 なんかだんだんわかってきた。

 つまりキルトの普通の人ってのは、自分と同じレベルで、同じように物事を考えられる人の事を言ってるんだな。

 そういう考え方には覚えがある。


 孤児院には、色んな考え方のやつがいる。赤ん坊の頃からいる奴もいれば、結構大きくなってから来るやつもいる。

 普通の家庭で育って、後から孤児院に来た奴なんかは、自分と相手の考え方の違いが分からなくて、癇癪を起こしたりする事があったのだ。

 今のキルトもそれに近いのかもな。


「キルト」


「なんですか!」


「皆がお前と同じように考えられるわけじゃない」


「――っ!」


「考え方は皆違う。だから――っておい!」


 孤児院で子供を諭す時のように話そうと思っていたが、キルトは僕の言葉を聞く前に走り出していってしまった。

 しかも見間違いでなければ――。


「泣いてたね」


「泣いとったな!」

 

 えぇ……、なんで泣くんだよ……。


「もうすぐ暗くなるから、追いかけたら?」


「青春だな! ガッハッハッ!」


 ニヤニヤしているフォートと、豪快に笑うラウダタン。

 相手はあのキルトだぞ。

 青春も何もあったものじゃない……。

 これじゃホントに癇癪を起こした子供みたいだな。


 僕はため息を吐きながらキルトを追いかけた。

 フォートが「夕飯取っておくからねー」と他人事だと思って呑気に後ろで手を振っていた。


 キルトの姿は人混みに紛れてしまい、探すのは骨が折れそうだった。

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