22話 世界樹の値は
「親父ぃ、客だぜ!」
ラウダタンと名乗ったドワーフの男に連れられ、鉄器通りから鍛冶屋街へとやってきた。
商人で溢れていた鉄器通りとは違い、この辺りは道も狭く、行き交う人もそれほど多くないようだ。
ハンマーで金属を叩く音がそこかしこから聞こえてくるが、鍛冶の街と呼ばれる割にはその数は少ないという印象だった。
「なんだぁラウ、おめぇ昼飯買いに行って客連れてくるたぁとんだバッカ野郎じゃねぇか!」
「ガッハッハッ! 話の分かりそうな野郎だったんでよ、本物の鉄ってやつを見せてやろうと思ってな!」
奥から出てきたのはラウダタンと同じぐらいの背丈のドワーフだった。
親父と呼ばれていたからには親子か。
なるほど、並んでみればよくわかる。同じように髭は生えてるものの、ラウダタンは随分若く見えるな。
「客といっても金はないぞ。ただ俺に相応しい剣が置いてあるという話だったんでな。あるんだろ――究極の鉄ってやつが?」
究極の鉄という言葉を聞いて、父ドワーフが苦虫を噛み潰したような顔をした。
そしてラウダタンに向かって怒鳴りつけた。
「究極の鉄ってラウダタンこの野郎! ありもしねえもん口にすんじゃねぇぞ!」
なんだ、ないのか?
「ねえこたぁねぇよ! まだ誰も見つけてねぇだけだ! 大体ジパングにゃ神鉄があるだろうが!」
「神鉄! ホントにあるかどうかもわかんねえよ! 少なくともうちにはねえよ! この客どうすんだ! ん、でも金がねえから客でもねえのか? じゃあ冷やかしじゃねえか! 昼飯放ったらかして冷やかし連れて来んじゃねえよ!」
ドワーフ親子はぎゃあぎゃあと口喧しく喧嘩を続けている。口の悪い親子だな。
その間に店内を見て回ると、剣や槍、それにハンマーといった冒険者向きの武器が立てかけてあった。
金額は短剣で金貨5枚から。
高いな……。
「おい、物がいいのかもしれんが高くないか? 向こうの方の露天では長剣が金貨1枚だったぞ」
声をかけると、どつき合いに発展していたドワーフ親子の動きがピタリと止まった。
父ドワーフが僕の事を睨みつけてくる。
「金貨1枚の長剣だぁ……? そりゃ鋳造の剣だろうが! そんななまくらとうちの剣を一緒にすんじゃねぇよこのバッカ野郎!」
「そんなに違うのか?」
「違うに決まってんだろうが! ワシの剣とかち合ったら鋳造の剣なんて真っ二つよ!」
剣で剣を真っ二つ。
それは凄いな、超カッコいいじゃないか。
「けど使い手がショボくちゃ話になんねぇよバッカ野郎! おめぇ木刀なんざ引っさげてちゃんと剣を振れんのか、おい!」
「そうだな、ちょうど昨日この木刀で岩を真っ二つにしたところだ」
すると父ドワーフは豪快に笑いだした。
「おいおいおいラウ! おめぇとんだバッカ野郎連れてきやがったな! 木刀で岩を真っ二つだってよ! 出来るもんならやってみやがれ!」
「よし、こっちだぜバッカ野郎!」
ラウダタンに案内されて、僕達は店の裏にやってきた。ちょっとした広場になっているそこは、どうやら武器の試し切り等をする場所のようだった。
「あそこにちょうどいい岩があんだろ、あれ割ってみろ!」
ラウダタンが指差した岩は、ちょうど昨日の岩つぶてと同じぐらいの大きさだった。
度肝を抜いてやると腰の木刀に手をかけた時、フォートが待ったをかけた。
「ディ、僕からやってみてもいいかな?」
「ん、なんだおめぇ! 弓士が岩割れんのか!」
「これを使って試してみたいんだけど」
そう言ってフォートが差し出したのは、矢じりの部分が鉄の塊になっている変わった矢だった。
「おめぇそりゃ、ラウが作ったヘンテコな矢じゃねぇか! そんなの重くて飛ばんだろ!」
「矢がヘンテコなんじゃなくて弓士がヘッポコなんだよバッカ親父! おう弓士おめぇ、確かにそれは岩系魔物用に作ったがよ、その辺の弓じゃ飛ばせんぞ!」
「まあ試してみるよ」
そう言ってフォートは背中の弓を降ろし、ラウダタンが作ったという矢を番えて構えた。
ギリギリと音を立てて弦を引き絞り、狙いをつける。
相変わらずその立ち姿は達人のそれで、凄みを感じる。ドワーフ親子もフォートの実力が分かったのだろう、口を閉じてじっと見ていた。
しばらく狙いをつけていたフォートだったが、気が付くと矢を放っていた。
普通は何かしら前動作のようなものが感じられるものだが、フォートが弓を放つ時は、目の前で見ているのにいつ放ったのかが分からなくなるぐらいに自然なのだ。
矢は山なりになる事もなく、一直線に30メートルは向こうにあった岩に当たった。
ズガン、という鈍い音を立てて矢は弾かれたものの、岩の表面には大きなヒビが入っていた。
「――おいおい、弓士すげぇなおめぇ! なんだその弓、ちょっと貸してみろ!」
ラウダタンがフォートから弓を受け取り、弦を引こうとするが、プルプル震えてほとんど動かなかった。
「とんでもねえ硬さだ! おめぇどんだけレベルアップしてんだよこのバッカ野郎!」
「ずっと森の深部で狩りをしていたから、弓を引く力だけは強くなったよ。ダンジョンじゃなくても魔力が濃いところに長くいるとレベルアップするからね」
フォートは地味にレベルアップしてるんだな……。
まあ本来はD級の魔物を単独で問題なく倒せる実力だからな。
マイラ島は魔力が濃いわけじゃないからダンジョンも低級しかないし、あまりレベルアップには向かなかった。
もちろん身体能力だけで強さが決まるものではないが、やはり地力の違いは大きい。
「かぁぁ! とんだバッカ弓士だな! その矢はまだあるからよ、持ってけ!」
「いや、お金なくて……」
「どうせ誰も扱えねえからいいんだよ、持ってけ!」
ラウダタンは豪快だな。
父ドワーフもうんうん頷いているだけだし、まあ構わないんだろう。
フォートはこれで課題をクリアだな。
「じゃあ次は俺の番だな。といってもフォートがヒビ入れたからな、楽勝だが」
「ヒビが入ったぐらいで木で岩が割れっかよ、このバッカ野郎!」
果たしてどうかな?
僕はゆっくりと歩いて、岩の前に立った。
まあ既にヒビも入っているし、<エア・ライド>は必要ないだろう。
<エア・スラスト>を試してみるいい機会だ。
腰から1本だけ木刀を抜いた。
剣先を岩のヒビに向け、上段からの突きおろしの構えをとる。
「いくぞバッカ親子! <エア・スラスト>!」
半歩踏み込むと同時に、柄の頭で<エア・ボム>を打ち抜く。
爆発の推進力を全て突きの威力に変えて、岩のヒビのど真ん中に叩きつけた。
斜め上から突きおろした木刀は、その力を余すことなく全て岩へと伝えきる。
結果、フォートが入れたヒビはさらに広がり、1本の筋になって岩を縦割りにした。二つになった岩はゆっくりと倒れていく。
ずずん、という重低音を背中にして、僕は木刀を腰に仕舞った。達人は結果なんか見なくても分かっているのだ。
くぅ……決まったな!
顔を上げると視線の先には口をあんぐりと開けたドワーフが2人。
どうだ、木刀で岩ぐらい割れるのだ。
「あ、ありえんだろうおめぇよう……!」
「なに、これが俺の実力って――」
「そうじゃねえよバッカ野郎! ありえんのはその木刀だよバッカ野郎!」
いや、凄いのは僕の実力だが。
ドワーフ親子が僕の腰の木刀に群がってきた。
僕は木刀を1本抜いて、父ドワーフに手渡してやる。
「さっきの弓もとんでもなく堅い木だったが、こいつはもっと凄え! あんだけの勢いで叩きつけて折れねえなんざ、ありえないバッカ木だぜ!」
「親父、これ世界樹じゃねえのか!?」
「バッカおめぇ、世界樹は焼いても切っても傷つかねえんだよ! 落ちた枝葉は耳長共が持ってっちまうが、刃が通らねえんだがら加工のしようがねえ!」
世界樹の木刀か……悪くない。いや、微妙?
でもこれ銀貨1枚だったからなあ。
さすがにそれはないんじゃないか?
「木刀ってこたぁジパングで作ったんだろ、ジパングには神鉄がある! 神鉄で作った道具なら世界樹だって削れんじゃねぇのか親父!」
ラウダタンは目を輝かせて父ドワーフに詰め寄る。
神鉄なんてホントにあるかどうか分からないと言っていた父ドワーフも、何やら考え込んでいるようだ。
するとおもむろに父ドワーフが言った。
「よし、ラウおめぇちょっとワシの剣取ってこい!」
「よしきた!」
ドタドタと走って店に戻ったラウダタンは、暫くして一振りの大剣を抱えて戻ってきた。
巻かれていた布を解くと、まるで鏡のように磨き込まれた刀身が姿を現す。
先程、鋳造の剣と一緒にするなと言っていたが、なるほど、これはまったくの別物だ。
飾りのない無骨なその剣はしかし、まるで美術品のような美しさと気品を備えていた。
「こいつぁワシの自信作よ。おいおめぇ、この剣でおめぇの木刀を斬ってみろ!」
「断る。こいつは俺の相棒だぞ」
「もし斬れたらこの剣をくれてやる!」
「よし、叩き斬ってやる!」
銀貨1枚が金貨何十枚もしそうな剣と交換できるのなら棒きれの1本や10本、全力で叩き斬ってくれる!
僕は木刀を1本、近くにあった岩に立てかけた。
そしてラウダタンから父ドワーフの大剣を受け取り、距離をとった。
大剣はずっしりと重たいが、振れない程ではない。むしろ威力が乗ってちょうど良さそうだ。
叩き切るには<エア・スラスト>は使えない。かといって<エア・ライド>で助走をつけると壁に激突しそうだ。
ならば残るは空。
「<エア・スライム>!」
<エア・スライム>で足場を作り、上空まで駆け上がる。大体10メートルぐらいの高さまで来た。
ここから落ちる勢いでそのまま木刀を叩き斬ってやる!
「ディ……空も飛べたんだ」
「おめぇの連れ、ホントに意味わからんバッカ野郎だな!」
いくぞ渾身の!
「穿て! 貫け! <独り星>!」
ぐんぐんと近づく地面。
両手に抱えて振り上げた大剣を、タイミングを合わせて振り下ろした。
ガギィン!!
まるで金属同士をぶつけ合ったような、けたたましい音が響き渡る。
木刀を叩き斬って地面に刺さるはずだった大剣は、なんと木刀の手前で止められてしまっていた。しかもそれだけではなく、木刀には傷一つついていなかった。
「まじかおめぇ、そんなのありかよ! 親父の剣が欠けちまってるじゃねえか!」
折れてはいない。
しかし木刀と接触した刃の部分が、ほんの僅かに欠けていた。
鍛えられた鋼の剣がである。
「ワシの傑作が……。こんなのありえんだろう!」
「親父! やっぱりあれは世界樹じゃねぇのか!」
「信じられんが、鋼より強い木なんざ他には考えらんねえ! どっかのバッカ野郎が世界樹を木刀にしやがったんだ!」
「って事は神鉄もあるんじゃねえか! 親父! 究極の鉄はあるんじゃねえのか!」
「ねえとは言えねえよちくしょう!」
なんだかドワーフ親子が盛り上がりを見せているが、僕には気になる事がある。
手と足がめちゃくちゃ痺れてたり、銀貨1枚で買った木刀が鋼よりも硬い世界樹だったり、そしてあの時の商人の壊れた笑顔が浮かんできたりしたが、今はそれよりも気になる事がある。
「あー、親父さんよ」
「あ? なんだバッカ木刀!」
バッカ木刀ってなんだよ。
まあいいや。
「この欠けた剣、いらないんだったらくれない?」
父ドワーフはきょとんとした顔をして、僕の手元の大剣を見て、それから大きく頷いた。
「いらねぇわけねぇだろバッカ野郎が! 金貨50枚だったんだぞ、その剣は! 弁償すんのかおめぇこら!」
どうやら僕の武器はまだ暫く木刀のようだった。




