20話 ジュリアンヌの至言
アイロンタウンは王国で最も大きな鉱山の麓に作られた鉄の街である。
産出する主な鉱石は鉄鉱石で、その質は高く、30年掘り進んでも枯渇する気配が全くない程の埋蔵量を誇っている。
王国に流通している鉄製品の殆どがアイロンタウンで産出された鉄を使用しているのは当然として、王国の輸出品の多くが鉄製品であり、交易により他国にも多く広まっている。
鋳造品といえば王国産。鍛造品といえばドワーフ産、と言われる程に世界中で認知されている。
王都から繋がる鉄道の終着駅があり、鉄道が敷かれた10年前からは大陸東部へ向かう時の最短ルートになった。
その為、以前は炭鉱夫と鍛冶屋、冒険者だけだった街も、現在は多くの旅人や商人が訪れる活気ある街へと変貌を遂げていた。
さらに鉄道を王都から西の港町まで延長する工事の真っ最中であり、鉄の需要は高まるばかり。現在のアイロンタウンは未曾有の好景気に湧いていた。
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「おお……。凄いなこれは」
「圧巻だねえ」
アイロンタウンに到着し、馬車から降りたところで僕らはその活気ある街並みと、石造りのの建物が山の中腹まで続くその光景に圧倒されていた。
眼下にある谷底には川が流れ、そこに隣接して一際大きな建物が立ち並ぶ。
水車で川から動力得るあの建物群こそが、アイロンタウンが誇る製鉄所だと、乗り合い馬車の御者が自慢気に話してくれた。
町並みを眺める僕とフォートの後ろから、キルトが町の説明をする。
「アイロンタウンは鉄と鍛冶の街です。低い位置から30年掘り進んだ結果、段々と採掘の場所が移動し、現在は山の中腹辺りまで掘り進んでいるとの事ですね」
「この辺りは観光の街って感じだがな」
馬車を降りた場所は鉄道の乗り合い場のすぐ近くで、辺りには<アイロン焼き>や<王国鉄鉱石>と書かれた屋台がずらりと軒を連ねている。
目玉である魔導汽車は、生憎と今日の便が出た直後らしく姿を見ることはできなかったが、鉄で出来たレールと呼ばれる道が、見渡す限り真っ直ぐに伸びる姿は物珍しく、初めてアイロンタウンを訪れたであろう者達がしげしげと眺めていた。
「で、明日ここに集合して王都に向かうでいいのか?」
どうせまたお高い宿に泊まるんだろ、お嬢様め……。
しかし意外な事にキルトは首を横に振った。
「いえ、しばらくこの街に滞在します。まずは冒険者ギルドに行きましょう」
「王都に急ぐんじゃないのか?」
てっきりお姉様が待っているのに、1日足りとも時間を無駄にできません! とか言い出すと思っていたんだが……。
意外そうにしている僕を、キルトが半目で睨んでくる。
「このまま王都に行っても、どこかのヒモ野郎が全く使えませんので。ここで戦力の底上げを行いつつ、王都の情報を集めます」
「どこのヒモ野郎だそいつは」
「いつもいつも他人に魔物を倒してもらって、お零れを預かっている、私の目の前にいるヒモ野郎の事です。生きてて申し訳ないとか思わないんですか?」
それは毎回運悪く打撃や衝撃耐性がやたらと強い魔物にばかり遭遇するからだが。
まあ火力アップは望むところだ。
僕らがこの街に滞在すると聞いて、嬉しそうにする者がいた。フォートだ。
「それじゃあ暫くはこの街で一緒だね! いやあ、1人だとちょっと心細かったんだよねえ」
笑顔でそう言うフォートを見て、キルトが僕に小声で耳打ちをしてきた。
「良いんですか?」
「何が?」
「何が、じゃないですよ。あなたの〈アーカイブ〉について話す事になりますよ」
なるほど。
ロマリオへ向かう船の中で、キルトには僕の〈アーカイブ〉について話していた。
その時は「そう言う大切な事はもっと早めに話してください!」と怒られたが……。
キルト曰く、僕の〈アーカイブ〉で検索できる知識量は異常だそうだ。
普通はもっと断片的な内容で、かつ1つの事についてしか神の知識を授からないという。
しかし、僕は知りたいと思えば色々な神の知識が頭の中に浮かんでくる。
まあ大体何書いてあるか読めないんだけど……。
この事が人に知られれば、金に目がくらんだ奴らが何をしだすかわからない。というのがキルトの見立てだ。
鉄道や飛行船のように、神の知識は巨万の富を築く可能性を秘めている。
僕はそんな事より、冒険に活かせるかどうかの方が大事だけどね。
「フォートなら大丈夫だろ。金に目が眩むような奴じゃないし」
キルトは船の中で、僕が書き出した<火>についての神の知識を解読しようとしていた。
他にもアンリの<光>や、僕の<空気>についても書き出せと言われたので、その通りにしてキルトに渡した。
読めない文字を見たまんま、そのまま書き出すというのは思いの外大変で、僕自身が<空気>について解読を進める時間がなくなってしまったが……。
おそらく何か分かった事があって、この街で試してみたいという事なんだろうな。
キルトはちらりとフォートを見た。
フォートは何を話しているのか気にしているようだが、聞き耳を立てたり、聞いてくるような様子はない。
「まあ、彼なら大丈夫そうではありますね。ヒモ野郎がいいならいいです。本当に理解しているのか疑わしいですけど」
「ふっ。神に選ばれし者がいつまでも隠れて過ごすなんて事は不可能だ」
「さっさと天に召されればいいのに」
神との邂逅か、悪くないな。
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適当な宿をとり、冒険者ギルドに行った僕達は、入場申請をした後にアイロンタウンにある<廃坑ダンジョン>へ潜っていた。
廃坑ダンジョンは冒険都市以外では珍しい、街の中にあるダンジョンだ。
その名の通り、鉱山がそのままダンジョン化してしまったものだ。坑道を掘り進めたらダンジョンを掘り当ててしまい、丸ごとダンジョン化したらしい。
ダンジョンができる事はその地の人に取っては喜ばしい事である。
魔物がすぐ側にいるというのは危険に思えるが、ダンジョンの魔物は外に出てこれない。なので中に入らない限りは安全だ。
魔物から得られるドロップ品、特に魔石は使い道が多いので、これを交易に頼らず街中で産出できるというのは大きな利益になる。
町を護衛する兵士もダンジョンでレベルを上げたり、定期的に入る事でレベルキープしたりと、町の防衛力向上にも繋がる。
そしてダンジョンがあれば冒険者がやってくる。すると冒険者向けの商売が成り立つようになるので経済が活性化するという利益がある。
デメリットはしくじった冒険者なんかが死んだりしてしまう事ぐらいだ。
得られる利益を考えれば、ほぼメリットしかないと言ってもいい。
「さて、ここ廃坑ダンジョンの魔物は私達の天敵と言ってもいい、岩石系になります」
岩石系の魔物は地上には存在しない、ダンジョン特有の魔物である。
岩つぶてや、ストーンゴーレムといった全身岩石で出来ている魔物の事を指す。
「打撃、炎、弓矢。どれも効果がありません」
「打撃は有効だろう」
むしろ唯一の弱点といってもいい。
しかし正しいことを行ったはずの僕に、キルトの目は冷たかった。
「そうですね、木刀で岩を割れると言うなら有効ですね」
「ふ、出来ないとでも?」
「現実を思い知るためにも、試してみたらどうですか?」
キルトが指をさした坑道の奥から、岩の塊がゴロゴロと転がって来た。
岩系の最弱魔物と言われる、岩つぶてだ。
手も足もなく転がる事しかできない。まんま動く岩である。
人が両手で抱えるほどの大きさなので、足にぶつかってこられると痛そうだ。
ただよっぽどの事がなければ命に関わるような怪我はしないだろう。
「叩き割ればいいんだな」
僕は木刀を抜いて、その剣先に<エア・ボム>を設置した。
岩つぶての動きはそれ程早くない。
軽いステップで接近し、渾身の力を込めて木刀を振り下ろす。
「っぐ!」
木刀を叩きつけると同時に空気の爆発が起こる。
衝撃で弾かれるままに、バックステップで距離を取り直した。
岩つぶては動きを止めてその場に留まっているが、ダメージが入っているようには見えなかった。
思い切り石を叩いたせいで手が痺れている。
「叩き割ればいいんだな。でしたか?」
なんて冷めた目をした火魔法使いなんだ。
もっと熱くなれよ! 諦めたらそこで何かが終了しちゃうだろうが!
僕は再び岩つぶてに接近した。
一発で駄目ならたくさん叩けばいいじゃない、とは伝説の格闘家ジュリアンヌの言葉である。
まさに至言。
「おらおらおらおら!」
その場に立ち止まり、両手に持った木刀を何度も叩きつける。打ちつける度に空気の爆発で腕を持っていかれるが、根性で耐えてもう一度叩きつけるを繰り返した。
岩つぶてはまさに岩のようにその場に留まっているだけだ。
「ぬうう!」
しかしどれだけ繰り返しても岩は表面すらも削れない。岩と空気じゃ相性悪すぎだ。
腕が限界になってきたのでもう一度距離を取り直した。
「そろそろ現実を見る気になりましたか?」
「いや、もう少しでいけそうな気がする!」
ぶっちゃけ全然手応えないけど。
だが英雄達はこんな窮地はいくらでも乗り越えてきた。ジュリアンヌはこうも言っている。殴って壊れないのなら、壊れるくらい強く殴ればいいじゃない、と。
真理である。
威力が足りないなら威力を足せばいい。
僕は岩つぶてに剣先を向け、突きの構えのまま勢いをつけて走り出した。そして足裏に<エア・ボム>を仕込む。
「<エア・ライド>! ――か、ら、のぉ! <エア・スラァァァスト>!!」
猛スピードで岩つぶてに迫る中、僕は両手の木刀を思い切り引き込み、剣先の反対側、柄の頭で<エア・ボム>を打ち抜いた。
爆発に押された神速の突きが岩つぶてを襲う。
全ての勢いを剣先に乗せて、硬い岩に点で叩きつけた。相当な重量がありそうな岩つぶてだが、さすがに勢いを受けとめきれずに吹き飛ばされる。
凄まじい音を立てて奥の通路の壁に叩きつけられ、地面に転がった岩つぶては一瞬の後、突いた2点からひびが広がるようにして、バカンと音を立てて真っ二つに割れた。
そして光の粒となって消えていく。
咄嗟に思い付いた方法だったが、<エア・ボム>で剣速を高める技は使えそうだな。
岩を打ち抜いたせいで両手か痺れてしばらく使えそうにないけど。
僕はドヤ顔で振り向いた。
キルトは呆気にとられた表情を浮かべている。
「ふ、どうだ?」
「そうですね……。一言で言うなら――バカなんですか?」
いや何でだよ。
ちゃんと木刀で岩を割ってやっただろうが。
「いいですか? 普通の人間は岩を割るなら鉄の道具を使うんです。わざわざ木の棒で頑張って岩を割ろうとは考えません。猿でももう少し賢いですよ?」
猿というとゴウさんか。
まあゴウさんは賢いからなあ。
「窮地にこそ見出せる真実があるんだよ。見ただろ、新しい技」
「鉄の道具を使えばそもそも窮地に立たないって話をしてるんです。ここには私達に足りないものが何かを明確にする為に来たんです。ヒモ野郎の脳みそが足りない事を再確認しても何の役にも立ちません」
そんな事言われたって出来たものは仕方がない。
「フォートはどう思うんだ? 凄かっただろ?」
話を振られたフォートは頬を掻きながら苦笑いをしていた。
「いや、木で岩を割るってのは凄いと思うよ。少なくともできる人は殆どいないと思う。普通は木刀の方が折れそうだし」
「できるというか、やる人がいないんですけどね」
折角フォートが素直な意見を言ってくれているというのに、キルトはどうしても僕の実力を認めたくないらしい。
「ふん。で、次は誰がやるんだ?」
「あー、僕は無理かな。さすがに岩は割れないや」
フォートは辞退か。
まあ木の弓矢では無理だろうな。
となるとやるのはキルトなわけだが、火魔法でも岩は倒せないだろう。
キルトに目を向けると、ローブの裏から短い杖を取り出し、顔の横でくるくると回していた。
「では私の番ですね。正しく〈アーカイブ〉の情報を読み取れているのか、検証していきましょう」




