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14話 靴を――舐めるんだな?

 崖の端が見えた時、私は次の手をどうするか考えていました。

 

 飛行船の行き先は王都。

 お姉様を攫ったのは正規の軍隊。


 普通に考えたら救出はできません。

 でも、どれだけ困難でも、辛い道でも、決して諦めない。


 私はそう決意したのです。


 そんな私を尻目に、ヒモ野郎が崖の向こうに飛び出して行きました。

 バカだから、崖の終わりにきっと気づいていないのだと思い、大声で知らせましたが、そのまま止まらずに飛び出したのです。


 とんでもないバカだと思いました。

 こんな奴がお姉様の側にいるなんて、許せないです。


 海に落ちて死ねばいいのにと思っていましたが、事態は私が想像もしなかった方向に動きます。


 ヒモ野郎が空を駆けたのです。


「は、え?」


 私は何が起きているのか理解できませんでした。

 ヒモ野郎は空に階段でもあるかのように、上に上にと駆けていきます。

 その足元をみても、やはりそこには何もありません。


 無茶苦茶です。


 これではまるで、ヒモ野郎が。


 そう、ヒモ野郎がまるで――。


 ――物語に出てくる英雄みたいです。


 同時に私は気付かされました。

 お姉様の救出を諦めないと決意した私は、今この場での、お姉様の救出を諦めていたのだと。


 心に鉛のような重さを感じます。

 奥歯を強く噛み締めました。

 

 私は私の小賢しさが許せませんでした。

 お姉様を想う心はホンモノです。

 でも、小賢しい私の頭が、勝手に自分の限界を見極めるのです。


 あのバカが羨ましいと、心からそう思いました。


 もう少しで追いつくというところで、飛行船に速度が乗り出し、ヒモ野郎の走る速度が足りなくなりました。


 ほらダメでしたよ。次の手をどうします?


 小賢しい私が、勝手に問いかけてきます。

 自分の事なのに、とても腹立たしく感じました。


 嫌です。

 こんなのは嫌です。

 ヒモ野郎、お願い。

 諦めないで。


 私に、諦めさせないで――!


「ディーーー!!」

 

 私はヒモ野郎の名前を叫びました。

 意味なんかありません。

 ただ、叫ばずにはいられなかったのです。


「――! う、そ……」


 すると、ヒモ野郎が急に速度を上げました。

 どうやっているのか分かりませんが、とんでもない速度です。


 ぐんぐんと飛行船に追いつき、遂にお姉様の所まで辿り着きました。


 もう私の心の中は、悔しさと、憧れと、ぐちゃぐちゃです。


 お姉様が手にして伸ばした何かを、ヒモ野郎が掴みました。

 私が勝手に諦めてしまった、この場でのお姉様の救出に、手を届かせたのです。


「やりまし――あっ!」


 そして次の瞬間、ヒモ野郎はお姉様が手放した何かを握りしめながら、暗い夜の空を落ちて行きます。


 救えなかったお姉様に向けて手を伸ばし、その名を叫びながら落ちていくその様は、まさに物語の1ページのようです。


 ヒモ野郎はそのまま夜の海に吸い込まれていきました。

 私はただ、その様子をじっと眺めていました。


 夜の海に揺れる月明かりが、なぜか滲んでいて、悔しい程に綺麗でした。



---


 アンリさんの救出が失敗した。


 本来ならすぐにでも撤退の号令をかけるところですが、誰もその場を動きそうにない。


 兵士たちは、飛行船が完全に離陸した時点で動きを止めていた。

 自分たちが置いて行かれたからか、それとも任務が終了したからか。


 今は冒険者たちと一緒になって、落ちていくディさんの姿を見守っている。


「まったくとんでもない人です。下級スキルであんな事できるなんて、誰も想像できませんよ」


 冒険者なら誰でも、物語の英雄に1度は憧れるものだ。

 自分だけは特別なんだと、いつかでかい事をやるんだと、根拠のない自信を持って夢を語る。


 そしていつしか自分の限界を知って、過去の夢は<黒歴史>として恥ずかしい思い出にされるのだ。


 まるで夢を諦めてしまった事を正当化するように。


 ディさんとアンリさんは何にも憚れる事なく夢を語る。

 それもそこらの若者が語るようなレベルじゃなく、まさに自分たちが英雄か聖女のように振る舞うし、言動もそんな感じだ。


 冒険者たちはそんな彼らを<黒の歴史書>と呼び、恐れて距離を置いていた。

 自分が捨ててしまった夢を突きつけられるようで、心が抉られる思いをするからだそうだ。


 まあ単純に近寄りがたいというのもある。


 冒険者たちは、いつかは彼らも気づいて、今のこの行い全てが<黒歴史>として恥ずかしい思い出になるのだろうと思っていた。


 そしたら嫌がる彼らを散々からかってやろうと、そんな風に思っていたのだ。


 ディさんとアンリさんはあまり他の冒険者たちと接点を持っていないけど、既に冒険者たちからは仲間として認められていた。


 そんなディさんが、空を駆けた。


 攫われたアンリさんを救出する為、王都の正規軍に少数で突撃し、普通なら諦めてもおかしくない場面でも諦めず、崖から飛び出して空を駆けた。


 1度はもうダメだと誰もが思ったタイミングで、急に加速してアンリさんに手を届かせた。


 どこからどうみても、物語の英雄だ。


 冒険者も、兵士も、誰もが等しくそう思った事だろう。

 僕もそう思った。


「普通、あの高さから落ちたら下が海でも死んじゃいますが……。ディさんなら大丈夫でしょう」


 さて、冒険者の誇りを思い知らせてやる目的は十分に達成した。

 あとは王都に連れて行かれたアンリさんの救出方法を戻って考えよう。

 そろそろ領主軍も駆けつけてくる頃だ。

 こちらに義はあるが、捕まると色々と面倒になる。


「皆さん! 今日はこれぐらいにしておいてやりましょう! 帰還します!」


 僕は門に向かって馬を走らせた。

 冒険者たちは「ナメてっと次はねぇぞ」とか「思い知ったかコラ」などと口々にしてその場を離れていく。

 兵士も冒険者もボロボロだ。


 相手にもこちらにも死人はなし。

 上々です。



---


 次の日、僕たちはギルドの小部屋に集まっていた。

 この場にいるのはギルドマスター、ホロホロ君、シスター・ロッリ、キルト、そして僕の5人だ。


 全員が集まったところで、ギルドマスターが口火を切る。


「急な呼び出しにも関わらず、お集まり頂きありがとうございます。さて、関係者ばかりなので既に何があったかはご存知でしょうが、昨日、王都の軍によりアンリ・ロッリさんが攫われました」


 全員が沈痛な面持ちをしている。

 ギルドマスターは話を続けた。


「軍はアンリさんのスキルを狙っていました。その情報は王都のギルド本部から漏れたものです。ギルドと軍の癒着か、それとも特定の職員が漏らしたのか、それはこれから調査する事になります」


 ここでシスターが口を開いた。


「ギルドの設備にスキル名を暴くものがあるなんて、教会は知らなかったわ」


「スキルチェッカーは神の知識をもとに、王都で開発された魔導具です。表向きは名前の登録と、スキルの強さを測るものとしていますが、冒険者ギルドにあるタブレットと呼ばれる魔導具には、そのスキル名までが登録されています」


「冒険者のスキル情報を集めて、何のつもりなんですか?」


 ここで口を挟んだのは毒舌娘だ。


 毒舌娘は朝から僕の事を睨みつけてくるんだけど、いつもみたいに罵ってはこない。

 アンリを助けられなかった僕の事を、死ねばいいとか思っているんだろうな……。


「意図があってそうしている訳ではありません。ただ神の知識通りに再現したら、その様になったのだと聞いています」


「怪しいところね。実際アンリのスキルが漏れていたわけだし、最初から国と癒着していたんじゃない?」


 シスターがギルドマスターを睨みつける様にして言った。

 ギルドマスターは小さく首を振って答える。


「分かりません。それもこれからの調査になります。しかし少なくとも、冒険者ギルドは冒険者の情報開示を禁止しています。例え王族であってもです。今回は重大な規約違反。本部のギルドマスターが犯人であったとしても許される事ではありません」


 ギルドマスターは強い目でそう言った。

 事務ばっかりやってそうに見えるけど、やはりそこは冒険者ギルドのマスターだな。


「ま、なんでもいいさ。俺はアンリを追って王都に行く」

 

 全員の視線が僕に向いた。

 何か変なこと言ったか?


 毒舌娘が冷たい目をして僕に言う。


「金貨3枚」


「は?」


 いきなりなんだ?


「マイラ島からロマリオまでの船賃です。ロマリオから<鉄の町>アイロンタウンまでは乗り合い馬車で金貨1枚。そこから王都までの鉄道の運賃が金貨3枚。合計で金貨7枚。さらに旅の間の費用がかかります」


 スラスラと出てくる王都までの旅路の費用。

 僕の心にクリティカルヒットである。


 つい先日借金を完済した僕の全財産は銀貨10枚。

 何もしなければ数日以内に無一文である。


 毒舌娘が目でこう言っている。「金がなければ人じゃないんですよ、ヒモ野郎」と。

 皆がいるから猫かぶって口には出さないけど……。


「ギルドマスター。本部の調査の依頼、俺が受けよう」


「いや、Fランクが受注できる依頼じゃない」


 道理である。


 僕はシスターを見た。


「シスター、アンリの心配はしなくてもいい。俺が――」


「はあ、今月の食費どうしよう。あの子達がお腹空かせている姿を見るのは――辛いわ」


 だよね。

 孤児院は貧乏なのだ。

 僕はシスターから銅貨1枚だって貰った事はない。


 でもまだホロホロ君、ホロホロ君がいる!


「えっと。期待してそう目をしてますが、ギルド職員はそんな大金持ってませんよ」


 くっ、ダメか。

 となれば残るは毒舌娘なわけだが……。


 見よ、この蔑んだ目。


 人はここまで人を見下せるのかと驚愕するレベルである。

 これならまだ昨日の騎士に金を貸してくれと言った方が可能性があるだろう。


 無理だ。

 これに頼むぐらいなら、ダンジョンで高額の宝物を狙った方がマシだろう。


「仕方ない。ちょっとダンジョンに籠もって金策を――」


「そんな時間はありません。ディさん、向こうは空路、こちらは陸路。只でさえ遅れを取ります。悠長に旅費を稼いでいる暇なんてないんです」


 毒舌娘もさすがにこの場でヒモ野郎とは呼ばないらしい。


「だからって密航するわけにも行かないだろう」


 絶対見つかるからね。

 ロマリオに着くまでの2週間、狭い船内で隠れられるわけがない。

 いや、僕ならできるか……?


「船に乗る手段ならあります」


 全員の視線が毒舌娘に向いた。


「王都軍から私に魔法兵になる要請が来ています。その手紙には王都までの道のりで使える船と馬車、そして鉄道用のチケットが同封されていました。私用と、同行者用にもう1枚ずつ」


 なる、ほどな。


 そういう事なら僕も手段を選んでいる場合ではないか……。

 確かにこれは汚点になるだろう。

 しかし、大局を見誤ってはいけない。


 真なる英雄は、たとえ額を地面に擦りつけてもその気品が損なわれる事はないという――。


「ちょっ! 何しようとしてるんですか!」


「俺だってこんな真似はしたくない。だが土下座程度でアンリを助けに行けるのならば――」


「誰が土下座してほしいなんて言ったんですか!」


「土下座じゃだめか? くっ、わかった。靴を――舐めるんだな?」


「私を鬼畜にしようとするのはやめて下さい!」


 我侭な猫かぶりちゃんめ。

 

「私とあなたで行きましょう、って話をしているんです」


「ははは。途中で海に落とすつもりか? それとも荒野の真ん中に放置か? いいさ――それでも俺は王都にたどり着いてみせる」


「っだから! 私を鬼畜みたいにするのはやめて下さいって言ってるんです!」


 タダでくれるだと? 信じられるか。


 言い争っている僕たちを他所に、ギルドマスターがその場を締めた。


「では、ディさんとキルトさんが王都に向かうという事で。本部ギルドの調査員は後ほど、別口で派遣します」


 僕以外の全員が頷き、その場は解散となった。




 ちなみに僕とキルトが乗る船の出港日は、今日だった。



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