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10話 毒蛾のように舞い、マッドのように刺す

 僕はまずディさんの治療にあたった。

 連れ去られたアンリさんを早く追わなきゃいけないのはわかっているけど、僕がひとりで追いかけたところで何も出来やしない。


「さあ、飲んでください」


 ディさんの鼻をつまみ、口にポーションを突っ込む。

 彼らは依頼で怪我をして帰ってきた事がないから知らないかもしれないが、僕は西区ギルドの治療士なのだ。


 僕のスキルは<薬効強化>。


 それ程強力なスキルではないが、使用した薬の効果を高める事ができる。


「ぐぼっ、ごぼっ!」


「ああ勿体無い。ほら飲んで飲んで!」


「かぼぼっ!」


「はーい、ディさんのちょっと良いとこ見てみたいー。いっきいっき!」


 なんだか溺れているようにも見えるが、冒険者相手に丁寧に処方する必要はない。

 今までこのやり方で溺れ死んだ人はいない。

 大丈夫大丈夫。


「ぐばっ! ――ごほっ、ごほっ! こ、殺す気か――!」


「まさか、治す気ですよ」


 素早く診察をする。

 顔の傷は治った。呼吸も乱れてるけど普通にしてる。目は白い。唇も青くない。

 よし、大丈夫だ。


「さて、気絶していたディさんに分かりやすく状況をお伝えしましょう」


 ディさんは辺りを見渡して、僕ら以外に人がいない事を確認した。

 表情に焦りが見える。

 アンリさんの行き先を僕は告げた。


「3分程前です。軍の騎士がアンリさんを連れ去りました。行き先は王都。停泊中の飛行船に乗って帰還するつもりでしょう」



---


 2つマズい事がある。


 ひとつ、あの騎士の動きがまったく見えなかった事。

 おそらく何かのスキルだ。

 でもなんのスキルか分からない。

 つまり、アンリの<ライフ・シード>と同じようにスキル大全に載らないレアスキルだ。

 現状、対処する方法が思いつかない。


 そしてもうひとつ。

 結界が消えていない事だ。

 辺りには僕とホロホロ君以外の人気がまったくない。あの騎士と<結界術>の使い手は別にいて、僕らの足止めをしているのだろう。


 あの騎士がアンリを連れて飛行船に向かったのだとしたら時間はあまりない。

 すぐに追いかけないといけないが、結界の中にいる限り、僕らは西区から出る事が出来ないだろう。


「ホロホロ君、結界の破り方を知ってるか?」


「ギルドの記録によれば、結界術にはいくつか制限があるそうです。役に立ちそうなところとしては、結界の中には必ず術士がいなければいけないという事ですね」


 ふむ。

 術士が気を失えば結界は解けるだろう。

 なら急いで術士を探さないといけないが。


「効果範囲はどれくらいなんだ?」


「それ程広くないでしょうね。ただ術士がその場に留まっているとは限りません。裏路地を逃げ回れば見つけるのは時間がかかるでしょう」


 時間稼ぎとしては最適なスキルというわけか。


 だがこちらには索敵にピッタリのスキルがある。


 僕は<エア・コントロール>を使い、僅かな風の流れを作り出し、辺りを感知した。

 屋外では自然の風の流れがあるから、ダンジョン内のような精度は出せない。

 しかし自分たち以外動くものがいない、この空間内であれば人が潜んでいる場所ぐらいは分かる。


「――いた。3番と4番通りの間。不味いパン屋のある辺りだ」


 僅かに移動している何かがいた。


 止まっていたら気づけなかったかもしれない。

 直線距離で90メートルぐらい。


 結界が保てるギリギリの位置がそこなのだろう。

 ご丁寧に北区とは反対側に陣取っている。


「風を使ったスキルですか。索敵にも使えるなら下級スキルとはいえ冒険者向きですね」


 どうやらホロホロ君は僕がどんなスキルを持っているか気付いたようだ。

 僅かな風の動きしかしてないはずなんだけど、ホロホロ君って何者?


「<結界術>自体は戦闘系のスキルではありませんが、相手は軍の人間。時間稼ぎに回られるとそう簡単にはいかないでしょうね」


「そうだな。居場所は分かるから追い詰めて倒すしかないだろう」


「いえ、僕がやりましょう」


 え、なにそのカッコいいセリフ。

 影の実力者ムーブみたいで羨ましいんだけど。


 ホロホロ君は僕が見ている前で上着を脱ぎだした。


 これはあれか?

 これが僕の本気です――とか言ってムキムキになるパターンか? 武術の達人なのか?


 しかしホロホロ君は上着だけ脱ぐと、それをキレイに折りたたんで地面に置いた。

 几帳面だな。


 そして目を閉じて両手を掲げる。

 するとホロホロ君の周りを、光の粒がキラキラと纏い出した。

 光はホロホロ君を包み込み、一際輝いた後に静かに消えていく。


 そして光が収まった後のホロホロ君の背中には――羽が生えていた。


「別に隠しているわけじゃないんですが、僕は天族なんで――」


「ずっりぃよなぁ! いいよなぁ! アンリもホロホロ君もなんかカッコいいのばっかりでさぁ!」


 僕なんて<エア・スライム>である。

 地味すぎる。

 もちろんこれから成長するスキルだが、僕だって今カッコいい感じになりたいのだ。


 なんだよ変身して羽が生えるって!

 普段はギルドの新人受付担当――しかしてその正体は! ってか。カッコいいじゃないか!


「いやディさん。今カッコいいとかそういう状況じゃなくないですか?」


「はいはい。勝者の余裕おつ。――今にみてろよ」


「はあ。まあいいですけど……」

 

 ホロホロ君は僕に宣戦布告されても余裕の態度だ。

 くっ、悔しいんだからね――!


 さて、それはさておき空を飛べるというのは大きい。

 毒舌娘も言っていたが敵の攻撃が届かないところから一方的に攻撃し放題なわけだ。


 路地に潜んでいる術士もまさか上空から攻撃されるとは思っていないだろうしな。


「僕のスキルは薬の効果を高めるものです。なのでこのしびれ薬を上から散布して、相手を無効化します」


 ほう。毒蛾みたいだな。


「わかった。じゃあ俺がスキルで相手に届きやすいようにする。向こうが痺れたら合図を送ってくれ。そしたら風で散らすからホロホロ君が術士を気絶させてくれ」


「了解です」


 ホロホロ君は頷いてヒラヒラと空に飛んでいった。

 翼じゃなくて羽だから、ホント虫みたいだな……。

 言ったら怒るんだろうけど。


 しばらくしてしびれ薬を散布し出したので、<エア・コントロール>で術士が潜んでいる辺りに粉を集中させる。

 

 それから何秒かして、ホロホロ君が手を上げた。

 合図だ。

 想像以上に早いが、上手くいったみたいだな。


 僕は術者の周りに風を送り込み、しびれ薬を吹き飛ばした。

 あとはホロホロ君がやってくれる。

 僕は北区に向かって走り出した。


「先に行く! ありがとう毒ホロくん!」


 お礼の声が聞こえたらしいホロホロ君が何か言っているようだが、僕には時間がない。

 

 待っていろ、アンリ――!



---


 ディさんが行ってしまった。

 あの人、軍隊相手にどうするつもりなんだろうか。

 まあきっと何も考えていないんだろう。


 僕は倒れている術者の側に下り立った。

 軍の魔法兵の制服であるローブを着ている女の人だった。

 耳が尖っているところを見るに、エルフのようだ。他国の軍に所属するには珍しい種族ですね。


「――っ! ――っ!」


 何か呻いているが、しびれ薬で舌が回らないのだろう、言葉にはなっていない。


 そもそもあのしびれ薬は広範囲に散布する事を前提にしたものだ。

 今回のように集中させたものを吸い込んだ彼女はたまったものじゃないだろう。


 実際ほんの数秒でこの様子ですし。


「大丈夫大丈夫、痛くないですよー」


「〜〜っ!!」


 僕が取り出した注射器をみて術士は目を見開いた。

 なんとか逃れようとしているのだろうが、僕のしびれ薬はそんな優しい作りをしていない。


 それにしてもこの怯えよう。

 僕の事をマッドな研究者か何かと勘違いしているのだろうか。

 ははは。全く早とちりさんである。


 僕は治療士だ。

 この注射器も治療の為にある。

 だからゆっくりと見せびらかす様にしているのも治療の一貫だ。


 患者はどうやら怯えている様子。

 だから落ち着いて貰うように、こうしてゆっくりと近づいているのだ。


 怖がらなくてもいいように、最高の笑顔で。


「はい、おやすみなさい」


 患者は涙を流しながら眠りについた。

 何やら漏らしてしまっているようだが、医療の現場ではよくある事だ。

 女性をこのまま放置するのは忍びないが、今は緊急事態である。何より彼女は襲撃者側である。


「さて、本部の冒険者ギルドがどういうつもりか分かりませんが、マイラの冒険者ギルドがこのまま引き下げるだなんて思わない事ですね」


 <冒険狂い>には及ばないが、冒険者たちは縛られる事が嫌いで冒険者をやっている者ばかり。

 相手がなんであれ、自分たちの<自由>を奪っていく者には容赦はしない。


 それにあの2人はあれで人気があるのだ。


 直接絡むと自分が新人だった頃の黒歴史が思い出以上に抉られるらしく、誰も近づきたがらないけど。


「まずはギルドマスターに報告ですね」


 いつの間にか戻っていた雑踏をかけ抜けて、僕はギルドへ急いだ。

 

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