91話 別に甘いものが切れ味を良くするとかそういう事ではない
「ガアァァァァッ!!」
「くうっ――!」
アグニャと呼ばれたトカゲ族の姿は、より竜に近い姿に変わっていた。
四肢は膨れ上がり、角も尻尾も一回り大きくなっている。
あたしは振り下ろされた初撃を根で受け止め、そのまま上から押しつぶそうとするアグニャに全力で抵抗していた。
最初は力が拮抗していたが、上から押さえ込むアグニャの力の方が僅かに強い。
あたしは段々と押し込まれはじめてきた。
魔力の指輪から黄金の火花が散り、耐久時間を犠牲に更なる力を引き出そうとし――――。
「<光の雨>!!」
豪雨のように激しく音を立てて、光の矢があたしとアグニャに降り注ぐ。
黄金色のオーラがあたしに降り注ぐ魔法を全て無効化するが、相対するアグニャにとってはそうはいかなかった。
光の矢はアグニャの背にいくつもつき刺さる。
僅かにダメージが通ったようで、一瞬だけ力の弱まったその隙に、あたしは押し合いから脱出した。
「ちっ、やっパりお前には効かネェのかクソチビッ!」
白い鱗をまとったエルフ女こと、エルフィナが舌打ちをする。
ヴィオラさんはもう戦意はないとか言ってたけど、こいついま完全にあたし目掛けて魔法を放ってきたし。
「仲間ごと攻撃するとか、外道だしッ!」
「うるセえ! いま止めてヤんねぇとマズイんだよ!」
人間に戻れなくなるとかいうやつだし?
どうやら仲間を思っての行動のようだが、残念ながら攻撃されたヴィオラはそうは捉えなかったようだ。
牙をむき出しにして、自分を攻撃したエルフィナに襲いかかる。
「バカ野郎がッ! 怒りに呑まレてアル様の計画を台無しにすル気かよッ!」
「その計画とやらをそろそろ教えて頂けませんか? <コンプレッション>!」
キルトさんが放った風の弾は、アグニャの腕のひと振りによってかき消されてしまった。
そのまま振りかぶった拳がエルフィナを襲う。
「ジャマヲスルナァァ!」
「ぐっ――!」
空気震わす打撃音が響き、エルフィナは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
両腕を交差させて防御したようだが、半竜人化しているエルフィナでも、今のアグニャの攻撃は受けきれないようだ。
「ルッルさん。おそらくアレにダメージを通せるのはルッルさんだけです。援護をするので、攻撃をお任せしても?」
「やるしかないしッ!」
二ヶ月貯めた命魔素も底をつきそうだ。
あたしは棍の端を両手で持ち、おおきく振りかぶってアグニャに振り下ろす。
「<トルネード・ボール>!」
あたしの棍よりも早く、風の弾がアグニャに迫る。
アグニャは先程と同じように腕で振り払おうとしたが、その風の弾は触れた瞬間に大きく膨らみ、アグニャの身体全体を包み込んだ。
本来ならば中で荒れ狂う暴風が、対象をズタズタに切り裂いてしまうのだろう。
たが竜の鱗を纏うアグニャにとっては、多少の足止め程度の効果しかないようだった。
けど今は足止めで十分だ。
全力で叩きつけた黄金を纏った棍。
それが防御姿勢を取ったアグニャの腕に当たり、螺旋の力が流れ込む。
払いを覚えたあたしの新技だしッ!
「全力全開ッ! <棍破微塵>!」
「ガァァァァァ!!」
技名とは裏腹に、黄金の力はアグニャを粉砕する事なく、朱の鱗の表面で爆発した。
だがこれは想定内。
真上から振り下ろされた棍は、その威力を逃がすことなく全てアグニャに伝えきる。
轟音と共に、黄金の光がアグニャを叩き潰した。
「さすがにこれなら――――ッ!」
「ドケェェェッ!!」
「――――ぁぐっ!」
棍を防御した両手は大きく損傷している。
だがそんな事はお構いなしとばかりに、アグニャは傷ついた腕で無理やり殴りかかってきた。
大技の後の隙をつかれ、あたしはその拳を左頬に受けた。
意識が飛びそうになるが、なんとかその場に留まる。
経緯は分からないが、狙いはヴィヴィのようだ。
けどこんな化物を通してしまったら、ヴィヴィが殺されてしまう。
「<風の鉄槌>!」
真上から叩きつける風がアグニャを襲った。
キルトさんが次の一手を用意してくれていたようだ。
だが僅かに動きづらそうにしてはいるだけで、動きを封じる事までは出来ていない。
なら動き出す前に決着をつけるし!
「うりゃあ――――ぐっ!」
「ジャマダァァァ――――ガァ!」
あたしの放った突きはアグニャの腹部を捉えたが、ほぼ同時にあたしの右足に激痛が走る。
あたし達はお互いに足を止めて、その場で全力で攻撃を加え続けた。
キルトさんの魔法で動きを阻害されてようやく力が拮抗している。
このまま<守護者>の力が消えたら不味い。
だがあたしを包む黄金のオーラは、少しずつその輝きを失っていく。
そしてついには四肢のガントレットが弾けて消えた。
魔力の指輪を媒介にしていたムーシの力が尽きたのだ。
もはや一刻の猶予もない。
「くッ――。<昆布回転撃>!」
苦し紛れの最後の一撃。
だけどそれは通った。
アグニャも限界だったのかもしれない。いや、普通なら木っ端微塵になる<守護者>の攻撃をあれだけ受けたのだ、無事なはずがない。
鳩尾に当たった棍の先に、黄金のうねりが集まり、そして――――。
「そん――――な!」
――――霧散し、消えた。
時間切れだ。
全ての命魔素を使い切り、あたしが纏っていたオーラもまたその輝きをなくす。
全身を脱力感が襲い、膝をつきそうになったその時。
上空から声が聞こえた。
「喰らイな、クソどもガ」
今までで最も大きな光の矢が、あたしとアグニャに向かって今にも放たれんとしている。
オーラが消失した今、あたしにアレを防ぐ手立てはない。
そして、視界が閃光に染った――――。
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「どうだ、足りるか!?」
「大丈夫です!」
<ミツマタオロチ>の攻撃を避けながら、必死にかき集めた両手いっぱいの砂。
なんとかヴィヴィが操れるだけの量を揃えられたらしい。
だが砂をかき集めている間に、ルッル殿が粉々にした<ミツマタオロチ>の最後の首までも復活をしてしまった。
この少量の砂でどうにかなる相手ではないように思えるが、ヴィヴィの秘策とやらは一体――――。
「ではお侍さん、美味しそうな名前の刀を出してください!」
「金平刀は菓子ではないのであるッ!」
「ご安心を。<サンド・クリエイト>!」
ポッキリと折れた金平刀に、ヴィヴィの操る砂が渦巻きながら集まってくる。
そして足りない刀身を補う様に、固まった砂が刀を形造った。
「砂でもちゃーんと斬れますよ! その名も――――<砂刀>!」
「だから別に甘いものが好きなわけではないのであるッ!」
「お気に召して何よりです!」
相変わらず全然言うことを聞かぬ。
それよりも、刀を直したということはつまり――――。
「さあお侍さん! 懲らしめてやりなさいッ!」
「やっぱり拙者がやれということであるか!?」
これが秘策とやらか!?
完全体となった<ミツマタオロチ>の三つの顔がこちらを見ている。
先程まで首一本でやっとだったのに、いきなり三倍である。どう考えても無理だ。
ヴィヴィの侍に対する期待値の高さは承知しているが、このまま突っ込んでも死が待つのみ。
<ミツマタオロチ>も拙者が格下なのが分かっているのだろう、ゆらりゆらりと首を揺らしてこちらの動きを待っている。
狙うは真ん中の首の付け根の部分。
ヴィヴィが暴いた<ミツマタオロチ>の核だ。
だがそこまで辿り着くイメージがどうしても沸いてこない。
ぬう。
しかしヴィヴィは最後の砂を使い、拙者に希望を託したのだ。
武士としてこれに応えぬわけにはいかぬ。
意を決して<ミツマタオロチ>に向かい踏み込んだ。
途端、襲い掛かってくる岩の首。
「右! 左! 前に踏みこんで!」
「おお?」
「ふふふ、<真実の目>にお任せあれ!」
ヴィヴィの的確な指示により、どんどんと<ミツマタオロチ>の懐に潜りこんでいく。
力の流れが見えるというその目は、まさに達人の目だ。
というか――――。
「お主が自分でやればよいのではないか!?」
「外から見てるから分かるんですよ! お侍さん頑張って!」
道理には適っている。
だが嘘くさいことこの上なし。
攻撃が当たらないことに焦りを覚えたか、<ミツマタオロチ>の攻撃が苛烈さを増した。
次々と襲い来る攻撃に、ヴィヴィの指示も間に合わなくなってくる。
「上上下下左右左右!」
「そんな滅茶苦茶な動きは出来ないのであるッ!」
「致し方ありません。<砂傀儡>!」
「ぬおおっ!?」
両手両足に砂のガントレットが装着され、それが身体を無理やり引っ張って攻撃を避けていく。
「お主どこから砂を持ってきた!?」
「実はヘソクリが一袋!」
「ではなぜ砂をかき集めさせたのだ!」
「思い出づくりです!」
それは命をかけた戦いの中でやるべきものではないだろう!
などと、ヴィヴィに言っても無駄なのはもうわかりきっている。
そうこうしているうちに核が間合いに入るまであと少しだ。
たがここに来て<ミツマタオロチ>は前方三面から攻撃をを仕掛けてきた。
二頭が斜め前から同時に襲いかかってくる。逃げ場となるのは上だけだ。
しかしそれこそが<ミツマタオロチ>の狙いだろう。真ん中の首がじっと待ち構えている。
飛び上がれば最後、空中で避けきれないうちに食い殺す算段だ。
せっかく詰めた距離がまた空いてしまうが、ここは一旦後ろに下がるしか――――。
「もうすぐ<真実の目>が閉じます! そのままゴー!」
「なにぃ!?」
突っ込めと言われても迫りくる<ミツマタオロチ>を避ける術がない。
このままでは直撃を喰らう、とその時。
砂のガントレットが形を変え、左右に二枚の盾になった。
砂の盾は<ミツマタオロチ>の攻撃をほんの一瞬の間だけ受け止め、粉々に粉砕される。
稼いでくれた僅かな時間で、岩の首の間を真っ直ぐに駆け抜けた。
まるで迫りくる壁のようにうねる岩肌。
駆け抜けながら両肩が削り取られ、激痛と共に鮮血が散った。
「ぐぅぅ……!」
だが刀は手放さない。
託された刀を手放すなどと、あり得ぬ。
両側を岩の壁に挟まれ、まるで通路のようになっている。
突き当りは<ミツマタオロチ>の核がある胴体部分。あそこに刀を突き立てる事が出来れば勝ちだ。
しかしこの逃げ場のない空間に、三本目の首が隙間を埋めるかのように振り下ろされ―――。
「ギャギャウ!」
「ヴォルケード殿!」
岩首の上に飛び乗ってきたヴォルケードが放った火球が、<ミツマタオロチ>の最後の首に直撃した。
それで振り下ろされる首が止まることはない。
核への間合いに届かせるには、数瞬の時が足りない。
だが<ミツマタオロチ>はほんの僅か、おそらく無意識のうちの行動であっただろう、火球を吐いたヴォルケードに視線をやった。
それが、運命の別れ道だった。
ヴォルケードが直前に放り投げたのであろう、ゆっくりと落ちてくる小さなガラス玉。
<光よ>のスキルが込められた、ルッルが不発に終わらせた魔法玉。
それをヴォルケードが噛み砕く瞬間。
拙者は目を閉じた。
真っ暗闇の中を、頭の中のイメージを頼りに駆け抜ける。
だがおそらく、<ミツマタオロチ>は放たれた閃光を直視したのだろう。
そして僅かに怯み、隙が生まれた。
目を閉じている自分には確かめる事は出来ないが、きっとそうに違いない。
そうでなければ、この刀が届くことはなかった筈なのだから。
――――巌流<甲冑通し>。
ヴィヴィに託された甘ったるい名前の刀が、岩の竜鱗を突き貫いた。