喋るバイクとの出会い
お待たせしました。
第5話です。
☆☆☆
「はぁ……はぁ……」
リクを小脇に抱えたナハトリッターは、ブザーが鳴り響きあちこちで赤いランプが点滅しているブレイカーズ基地内の廊下をあちらこちらと走り回っていた。
途中、警備中のブレイク・ソルジャーに遭遇すると、先程と同じく光線銃のようなものから白いガスを浴びせかけて、ブレイク・ソルジャーが苦しんでいる間に逃走するということを繰り返し、
時々立ち止まってはコートのポケットから白いスマホを取り出して現在位置を確認しており、基地内のどこかへと向かっているようだった。
「……なぁ、おっさん」
「……ん?なんだ?」
ブレイク・ソルジャーと遭遇するとガスを浴びせて逃げるということを7、8回程繰り返した頃、ナハトリッターの小脇に抱えられていたリクが、顔を上げてナハトリッターに声をかけた。
「……さっきからその銃から出してるのって……毒ガスか?」
「……な訳無いだろう、催眠ガスだよ。生身の生き物が吸い込んだら象でも半日は眠ってしまうくらいの威力があるやつさ。けど、奴らは改造人間だから、精々催涙ガスの代わりにしかならないんだよ」
「ふぅん……」
ナハトリッターからの返答を聞き終えると、リクはまた顔を下に向けた。
「よぉ~し、ここだ……」
しばらくして、ナハトリッターとリクはある場所に到着した。
そこは床も壁も灰色のコンクリートで覆われたデパートの地下駐車場のような場所で、先程の体育館のような場所でブレイク・ソルジャーが運転していた黒い大型ジープを初めとして、装甲車や戦車といったものものしい乗り物が何十台も留められていた。
ナハトリッターは駐車場出入口横の壁際にリクをそっと下ろした。
「どうだ?立てるか?」
「……あぁ、なんとかな」
リクは力が入らない体を壁で支えながら、ゆっくりと立ち上がった。
額からは冷や汗が流れ、足はプルプルと震えており、まるで生まれたての子鹿のような有り様ではあったが、どうにか一人で歩くことはできそうだった。
「……聞いてくれ、少年」
リクが自力で立ち上がったのを確認すると、ナハトリッターはリクの肩に手を置いた。
「すまないが……ここからは一時、別行動だ」
「……えっ?」
ナハトリッターからの突然の言葉に、リクは顔を上げた。
目深に被ったテンガロンハットと口元を覆ったマフラーによってナハトリッターの顔をうかがい知る事はできなかったが、
帽子とマフラーの隙間からは硬い意思の持ち主であることを感じさせる黒い瞳が覗いており、その黒い瞳には困惑しているリクの顔がはっきりと映っていた。
ナハトリッターの瞳に映っているリクの髪の毛は、いつもと色が違うように見えていたが、リクは気のせいだと思って気にすることはなかった。
「……この基地には君と同じように、ブレイカーズに拉致されて改造人間にされようとしている人々が何十人もいる。一応君が最後の1人の筈だが、もしかしたらまだ残りがいるかもしれない……それに、逃がした他の人々のところに追っ手が差し向けられている可能性もある……申し訳ないが、君はここに置いてある乗り物を使って、1人で逃げて欲しいんだ」
「はぁ……別に良いけど」
「手前勝手な願いだというのは重々承知……えっ?」
リクからのあっさりした返答を聞いて、ナハトリッターは間の抜けたような声を挙げた。
「何だよ、変な声出して……?」
「いや……まさか、即答でOKしてくれるとは思ってなかったんでな……」
「……駐車場まで運んでくれただけでも、大助かりなんだよ。俺だけだったら、あのまま洗脳されてただろうし……」
「……そうか。すまないな」
ナハトリッターはリクに謝罪の言葉を送ると、リクの肩から手を離した。
「……ここの専用通路から山道を抜けると、国道に出られる。そこでまた合流だ」
そう言いながらナハトリッターは右の拳を差し出してきた。
「……リョーカイッ」
リクも同じように右の拳を差し出して軽くタッチさせた。
互いの拳をタッチさせ合うと、ナハトリッターとリクはお互いに背中を向けてそれぞれのペースで歩を進めていったのだった。
「……安請け合いはしたけど……どうすりゃあ良いんだよ?」
リクはため息と共に一人言を漏らした。
ナハトリッターは『駐車場にある乗り物で逃げろ』と言ってはいたが、この駐車場に駐車されているのはどれも大型の4輪自動車や戦車ばかり。
リクはまだ高校生。もちろん大型自動車の免許など持っていない。
この際、『緊急避難』ということで無免許なのは置いておくとしても、そもそも自動車の運転方法そのものがよく分からなかった。
戦車に至っては、『そもそもどうやって乗り込むのかも不明』ときている。
これでどうやって逃げろというのか?
リクは安請け合いをしてしまった数分前の自分を殴りたくなってきていた。
そうしてリクが赤いランプが明滅する駐車場内をしばしさ迷っていると……
「……ん?」
駐車場の一番端っこに戦車やジープよりも小さいが、人1人よりは大きいものの影を見つけた。
よく見れば、それは大型の自動二輪車、いわゆる『オートバイ』だった。
「……バイク?やった!これなら……」
ジープや戦車よりも動かしやすそうな乗り物を見つけ、リクは力の入らない体を壁で支えながらそのバイクに近づいていった。
そのバイクは流れ星を思わせる流線形のフォルムが特徴的なフルカウルのオフロード型で、車体側面には星のシンボルが描かれており、本来ならガソリンタンクの蓋が付けられている筈の部分には、液晶のモニター画面のようなものが埋め込まれていた。
リクは力が入らない体を無理矢理動かしながら、その星のマークが描かれたバイクのシートに跨がった。
「ええっと……鍵は……」
リクは右手でエンジンキーを探しながら、左手でバイクのグリップを握り締めた……その時だった。
リクの握り締めたバイクのグリップがコピー中のコピー機のような音を挙げながら発光しだしたのだ。
「うわっ!?」
慌ててリクはグリップから手を離した。
すると、今度はバイクの車体に埋め込まれている液晶モニターから、カメラのフラッシュのような閃光が放たれた。
「な、なんなんだ……?」
モニターから放たれた閃光を浴びて、リクは目を眩ませてしまい、両手で目を擦った。
『……指紋、顔認証、登録完了。これより、現搭乗者をマスターと認識します』
「……はっ?」
今度はどこかから女性のような、電子音のような音声が聞こえてきた。
そして、それまで真っ暗だったバイクの車体に埋め込まれている液晶モニター画面に光が灯り、画面にはリクと同い年くらいの少女を象った3DCGが映し出された。
『はじめまして、マスター。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
画面に映し出されているCGの少女は、笑顔を浮かばせながらリクに語りかけていた。
その声は先程聞こえていた女性的な電子音声そのものだった。
「な、名前……?ひょ、氷山リク……」
『『氷山リク』……はい、名前並びに声紋の登録が完了いたしました。それでは、本日の任務は……』
「ちょ、ちょっと待てよ!お、お前誰だよ!?」
にこやかな笑顔を浮かべる画面の向こうの少女に向かってリクは叫んだ。
リクの様子を確認した少女は『あっ、すいません。申し遅れました』と謝罪をすると、自己紹介を始めた。
『改めまして……私は『ブレイブスター』。ブレイカーズ科学班によって開発された『人工知能搭載式戦闘用自動二輪車』です』
「じ、人工知能搭載式って……お前は、このバイクに内蔵されてるAIって奴なのか?」
『はい』
リクの呟きに、画面に映し出された少女は笑顔で頷いて答えた。
『ちなみに、このモニターに映し出されているのはブレイブスター、すなわち『私自身』を擬人化させたイメージを、3DCGで再現したものとなっております。以後、よろしくお願いいたします』
「は、はぁ……よろしく」
ブレイブスターなるバイク……正確にはそのバイクに搭載されているAI……からの挨拶に、リクもお辞儀をして答えた。
不思議なことに、リクの心は平静というか、冷静になっていた。
友人との帰宅途中にいきなり怪物に襲われ、おかしな団体に拉致された上に体を勝手に改造され、それを都市伝説上の存在だと思っていた正義の味方に助けられたかと思えば、終いには喋るバイクに跨がっているときた。
普通なら自分の正気を疑うか、現実逃避をしている筈なのに、リクの心はそれら全てを『現実』として受け入れて冷静を保っていた。
状況に慣れてしまったのか、それとも感覚が麻痺してきたのか。
リク自身にも分からなかった。
分からないと言えば、この『ブレイブスター』なるバイクにしてもそうだ。
『バイクにAIを搭載する』という発想は、なんとなくではあるが理解できる。
運転をしなくてもバイク自身が自分の判断で勝手に動いてくれるというのは確かに便利だ。
便利ではあるが……わざわざ乗っている人間と会話する機能を付けたり、CGモデルで擬人化させたりするのが、戦闘用のバイクに必要なのか?と思ってしまう。
CGで作られたバイクの擬人化イメージにしても、髪を『ポニーテール』でまとめて、『メガネ』をかけて、『メイド服』を着用した『十代くらいの少女』という、秋葉原のオタクが好みそうな外見をしていた。
どう見ても、リクにはブレイブスターが『戦闘用』として開発されたとは思えなかった。しかし……
「……ま、とりあえず後で良いか」
リクは頭に浮かんだ疑問を一先ず脇に置き、さっさと逃げることにしたのだった。
ブレイブスターのハンドルグリップを握り締めると、モニター画面に映し出されている擬人化ブレイブスターと顔を合わせた。
「ええっと……ブレイブスター?とりあえずここから一番近い国道に出たいんだけど……」
『イエッサー、マスター!少々お待ち下さい!』
画面の向こうの擬人化ブレイブスターが笑顔で敬礼するのと前後して、ブレイブスター本体のエンジンに火が着き、ヘッドライトが灯った。
リクは内心、『イエッサー、マスター』って、意味重複してないか?と思ったが、脇に置いておくことにした。
リクの心の中も知らずに、ブレイブスターの車体が動き始めた。
リクはただグリップハンドルを握り締める。
ブレイブスターはマフラーから勢いよくガスを噴射させて駐車場から発進した。
発進した当初のスピードは徒歩とほとんど変わらなかったが、次第に速度は上がっていき、駐車場から地下道のような場所に入る頃には、普通のバイクと同じくらいのスピードを出して疾走していた。
蛍光灯で照らされたコンクリート張りのほの暗い地下道の味気ない景色が、まるでビデオの早送りのように流れていく。
リクはふと、ブレイブスターに備え付けられているメーターを見た。
メーターに書かれた数値によると、どうやらブレイブスターは最高800kmで走る事ができるらしかった。
振り落とされたら擦り傷どころの話では済まなさそうだ。
リクはブレイブスターから落とされないように、未だに力の入らない体をぴったりとブレイブスターに貼り付けるようにくっつけたのだった。