ようこそ、『定食 英雄亭』へ
立花のおやっさん的人物登場
路地裏を離れて数十分後……
「よぉ~し……着いたぞ」
氷山リクはJR中央線・国立駅から程近い場所にある『目的地』前の駐車場でブレイブスターを停車させた。
『……おぉ~!』
ライトニングバードに乗ってリクの後をついてきた出向井文弥と蓬つかさの2人は、リクの到着した『目的地』を一瞥して感心するような声をあげる。
そこは一軒の飲食店だった。
21世紀を迎えて久しい光輝12年にあって、昔懐かしい昭和40年代頃の趣を残したレトロな店構えをしており、それでいて『クレジットカード 使用可』『フリーWi-Fi』『QRコード決済可能』『ペット入店OK』などと書かれた今風なデザインのステッカーや手書きと思われるチラシが出入り口脇の壁や商品サンプルが飾られているガラス張りのウィンドウの横に貼られており、正面出入口の上には楷書体で大きく『定食 英雄亭』と書かれた看板と暖簾が掲げられていた。
「こ、ここが『定食 英雄亭』……日本で活動しているヒーローの大半が常連客になっているというあの……」
「凄い……雑誌で見るより立派に見える……」
到着した店……定食 英雄亭を眺めながら、文弥はまるで生まれて初めて聖地を訪れた敬虔な信徒のように声を震わせ、つかさは店の雰囲気に圧倒されていた。
「……その様子だと、初めてこの店に来たんだな」
文弥とつかさの大げさにも見えるリアクションを笑いながら、リクはブレイブスターから降りて、慣れた手つきで頭からヘルメットを外していく。
「え……えぇ、まぁ……雑誌とかネットとかで名前は知ってたんですけどぉ……」
「……『デビューしたての新人』と『そのサポーター』が来店するのは、なんだか恐れ多い気がしちゃって、中々……」
リクからの指摘に文弥とつかさは頬を赤く染め、それぞれ頭と頬を掻いたのだった。
「気持ちは分からないでもないが……気にし過ぎだって!別に『英雄亭』は『一見さんお断り』って訳じゃないし、店主のゲンさんも良い人だしなぁ!」
『は、はぁ……』
リクの言葉に曖昧な返事を返しつつ、文弥とつかさはライトニングバードから降りる。
ちなみにリクと違い、文弥もつかさも最初からノーヘルである。
「……んじゃあ、行くか」
『はい!』
『行ってらっしゃいませ~♪』
『ピピィ~ッ♪』
ブレイブスターとライトニングバードに見送られながら、3人は『定食 英雄亭』へと入店していったのだった。
☆☆☆
出入口のドアに備え付けられているベルが小気味の良い音を響かせて、新たな客の来店を店員と既にいる他のお客達に知らせた。
「うい~っす」
既に常連客となっているリクは慣れた様子を見せていたが……
「うわぁ~……」
「凄~い……」
初めて来店した文弥とつかさは、入店した途端に店の『雰囲気』というか……『空気』のようなものに圧倒されてしまった。
英雄亭の店内は外観に比べても広く、中央に長方形の6人掛けテーブル席が四角形に4つ置かれ、出入口から見て右側にあるカウンター席には丸椅子が8つ並べられており、この店の心臓部とも言える立派な厨房の様子を一望することができた。
カウンター席の右隣、すなわち出入口の右脇はレジカウンターとなっており、まだ少し新しいレジスターとキャッシュトレイ、そして新品同然なクレジットカードとQRコードの読み取り機が置かれていた。
壁には店の自慢でもある特製唐揚げ定食を筆頭にして数十種類以上の料理の名前と値段が一つ一つ木の板に縦書きで黒く書かれたメニュー表が貼られている他、昭和30年代の第1世代から光輝以降の第7世代までのヒーローの活躍を報じる新聞記事や戦っているヒーローの姿を写した生写真等が額縁に入れられて飾られており、その中には石○森章○郎や水○し○る、手○治○や赤○不○夫、松○零○に永○豪、コンビ解消前の藤○不○雄といった昭和の大御所漫画家のサイン入り色紙まであった。
また、テーブル上には古今東西の様々なヒーローの姿を象ったフィギュアやガレージキット、怪獣のソフトビニール人形等が食事中の客の邪魔にならない形で飾られており、まるで博物館のようだ。
出入口から見て店の左奥には駅や公園などの公衆トイレによく見られる男女のマークと『化粧室 洋式』と書かれた看板の貼られたドアがあり、その右隣には最新型のハイビジョンテレビが置かれ、その画面には店内BGM代わりのニュース番組が映し出されていた。
そんな店内で食事をしているのは常識的に考えると少々……いや、かなり風変わりな姿をした人々だった。
テーブル席の一つではフリフリの可愛らしいドレスのようなコスチュームを身に付けた中学生位の少女3人が談笑しながらハンバーグ定食を食べていた。
巷で話題の魔法少女系ヒロインチーム『ピュアキュート3』の3人だ。
楽しげに談笑している彼女達の近くでは、ピンク色のコアラのような姿をした彼女達のマスコット『モッチル』がスプーンでチョコレートアイスを食べていた。
そのすぐ真隣では鳥を連想させる緑がかった白い騎士甲冑姿の人物が新聞を読みながら豚のしょうが焼き定食を食べていた。
平成12年にデビューした第4世代ヒーローの1人『神装勇者ウィンディ』だ。
新聞を片手にしょうが焼き定食を食べているというオッサン臭い姿ながらも、その姿からは歴戦の強者にのみ備わる風格のようなものが漂っていた。
別のテーブル席では、シルバーブロンドのロングヘアーが美しいハーフの美女が、50代くらいの男性と楽しげに談笑しながらチキン南蛮定食を食べていた。
昭和40年代に活躍した『美少女騎士ヴァルキリーナイト』こと『卯月シャルロット』と、そのパートナーで夫の『速身京児』の二人だ。
また、カウンター席の一つでは、古墳時代の兵士のような鎧兜とマントを身に付け、黒い髪と黒い髭を長く伸ばした男性がサバの味噌煮定食を旨そうに頬張っていた。
島根県を中心に活動している『スサノオノミコトの生まれ変わり』を自称するヒーロー『スサノオ』だ。
腰にはオレンジ色の刀身が印象的な剣『草薙剣』を鞘があるにも関わらず、抜き身のままぶら下げていた。
絵面的に危なそうだったが、スサノオ本人は気にすることなく大盛の白飯をかっ食らっている……。
その他、ネットのファンサイトや雑誌やテレビの特集などで同じみのヒーロー・ヒロイン達の多くが思い思いの席に座って楽しそうに、そして美味しそうに食事をしており、文弥とつかさは圧倒されてしまっていた。
「いらっしゃいませ」
不意にカウンター席、正確にはカウンター席から一瞥できる厨房の方から声をかけられた。
文弥とつかさが声のした方に顔を向けると……右目に黒い眼帯を付け、口元に髭を蓄えた強面で60歳過ぎくらいの男性が文弥とつかさを睨むかのように立っていた。
『ヒイイイ!!』
文弥とつかさは思わず情けない悲鳴を挙げ、店内中の視線が文弥とつかさに注がれた。
「……」
厨房に立つ眼帯と口髭が印象的な男性は文弥とつかさの反応に、タオルを巻き付けている頭から冷や汗を流したのだった。
「……あぁ、びっくりした~」
「ヤクザ屋さんみたいな顔して立たないで下さいよぉ~」
「……大きなお世話ですよ!」
文弥とつかさからのあんまり過ぎる言葉に、男性は額に青筋を浮かべながら声を荒げた。
確かに男性の顔は強面だったが、着ている服はごく普通の藍色の甚兵衛|(作務衣?)であり、決して初対面の人間からヤクザ扱いされるような服装などではなかった。
「イヤァ~、悪いなゲンさん!こいつらまだ新米なんだよ。ここは多めに見てくれねぇか?」
「はぁ……まぁ良いですがね」
リクの取りなしで男性はため息をつきながら疲れたように肩を下ろしたのだった。
「……えっ?『ゲンさん』?」
文弥はリクの口にした呼び名に反応し、顔色を変えた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよリクさん!『ゲンさん』って……じゃあまさか、この人が……」
「あぁそうだ。この髭のじいさんこそ、『定食 英雄亭』の店長……『ゲンさん』こと『井上 源三郎』さんだ!」
「・・・どうも」
リクから文弥達に紹介され、男性……ゲンさんは文弥とつかさに向けて軽く会釈をした。
ゲンさんから会釈を受けた文弥とつかさは、顔を青く染めながら震え始めた。
「あ、貴方が……日本で活動しているヒーロー達の多くから『父親』のように慕われているというあの……」
「ご、ごごごごごめんなさい!『ヤクザ屋さんみたい』とか言っちゃって!!」
つかさが慌てて謝罪すると、ゲンさんは……
「……あぁ良いですよ。別に気にしてないんで」
……慣れているというか、少し疲れた様子で謝罪を受け入れたのだった。
「……で、ご注文は?冷やかしなら帰ってもらいますよ?」
「あぁ……『特製唐揚げ定食』を大盛で。こいつらにも同じのを」
「はい、特唐大盛3丁!!」
ゲンさんがリクからの注文を威勢良く復唱して調理を開始すると、客達は文弥とつかさから視線を外し、食事や談笑を再開した。
リクはゲンさんの後ろ姿を眺めながらカウンター席の一つに腰を下ろした。
「……ほら、ぼうっとしてないでお前らも座れよ」
「……あ、はい」
「し、失礼します……」
リクに促され、文弥とつかさもカウンター席へと腰を下ろした。
カウンターの上にはビニール袋に包まれた木製の割り箸が所々禿げている漆塗りの箸入れに詰め込まれている他、爪楊枝の入っているプラスチックケース、醤油に酢に胡椒といった調味料が入れられた容器、氷水の入れられている水差し等が置かれている他、カッコいい(もしくは可愛らしい)ポーズを決めたフィギュアが数点程飾られていた。
大半は実在するヒーローを象ったフィギュアだったが、中には『X-サイボーグ』の『X-9th/朱雀キョウジ』や『幻想冒険譚アーベントイアー』の『トモノリ・ヨシザワ』、『怪盗ナイトオウル』などの人気アニメキャラクターのフィギュアもいくつか混ざっていた。
「お冷やで~す♪」
カウンターの様子を眺めていると、不意に氷水の入ったガラスのコップが文弥の目の前に差し出された。
「あ、どうも……ッ!?」
文弥は自分にお冷やを差し出した者の姿を見て、目を見開いた。
それは『人間』ではなく、『怪獣』だった。
比喩でも中傷でもなく、文字通りの意味で。
そこには、人間大の鶏の唐揚げに手足と爬虫類風の顔が生えているような姿をした人間大の怪獣が、エプロンを着用して手にお冷やのコップを乗せたトレイを持って、にこやかな笑顔を見せていたのだ。
一瞬文弥も、(……着ぐるみ?)とも思ったが、その体にはどこにもチャックやマジックテープの類いは無く、全身からは美味しそうな唐揚げの匂いを漂わせている……どうやら『本物の怪獣』のらしかった。
「お冷やで~す♪」
「おぉサンキュー」
「あ……ど、どうも……」
唐揚げ怪獣は文弥の気持ちに気づく事なく、リクとつかさの前にもお冷やのコップを置いていく。
リクは慣れた様子を見せていたが、つかさは文弥同様に目を丸くして呆然となっていた。
「どうぞごゆっくり♪」
お冷やを配り終えると、唐揚げ怪獣は笑顔で一礼して他のお客に水差しを届けに行った。
その後ろ姿を眺めながら、文弥とつかさは口をポカーンと開けて呆然となってしまった
「……『怪獣が働いている』ってネットに書いてあったけど……本当に本物の怪獣だったんだ・・・」
「ハハハハハハッ!驚いたでしょう?『フライドーン』って言うんですよ。『唐揚げ怪獣 フライドーン』。」
呆然としている文弥とつかさが可笑しかったのか、調理中のゲンさんが笑いだした。
「見た目はアレだけど、働き者で面白い奴なんですよ。仲良くしてやって下さい」
『は、ハァ……』
まるで自分の子供を紹介する時のようなゲンさんの言葉に、文弥もつかさも少々の困惑が混ざった返事を返す。
ちょうど店内テレビの画面には『チャンピオン・オブ・モンスターズ』の新作ゲームのCMが流れており、水差しを届け終えたらしいフライドーンは画面の向こうで敵怪獣とバトルしている『古代怪獣 ティアマト』に声援を送っていた。
「なぁ~に、その内慣れるって……俺もそうだったしな」
文弥達の様子を眺めながら、リクは昔を懐かしむように呟いた。
文弥とは大して歳が離れていない筈なのに、(むしろ童顔だから年下に見えるのに)その姿は大人の男の風格が漂っていたのだった……。
その頃、駐車場では……
『……ヒマですねぇ~』
『……ピィ~』
ブレイブスターとライトニングバードの2台が暇をもて余していたのだった。
感想よろしくお願いいたします。




