先輩からの治療とランチのお誘い
お待たせしました。
「イテテテテェッ!痛いですよリクさん!?」
「……これくらい我慢しろ。男だろうが」
先程までヒーローと怪人による命懸けの死闘が繰り広げられていた路地裏で……新人ヒーローが悲鳴を上げていた。
左肩部がズタズタに引き裂かれたブレザーのジャケットとYシャツを脱いで上半身裸になった『陽光戦士サンフェニックス』こと『出向井 文弥』が、『シルバースレイヤー』こと『氷山 リク』からの治療を受けていたのだ。
『治療』とは言っても別に大した事はない。
傷口を消毒して、擦り傷や切り傷用の薬を塗っているだけである。
「イテテテ!す、すいません……もう少し優しくお願いします……」
「たくっ……これくらいで甘えんなよ、子供じゃあるまいし」
リクの少々大雑把な治療に文弥は泣き言を口にする。
しかしリクは意に介する事はなく、淡々と治療を続けていったのだった。
「……」
一方、文弥のサポーターである少女『蓬 つかさ』は、リクからの治療を受けて悲鳴を上げる文弥の姿を見ながら、タレ気味の目を不安げに歪めていた。
『……心配ですか?』
「あ……その……はい……」
リク=シルバースレイヤーの相棒たるバイク『ブレイブスター』からの質問に、つかさは垂れた目を少々丸くしつつ肯定の返事をする。
バイクと会話するなど初めてなのか、つかさの言葉と声には少なからず『固さ』と『遠慮』が混じっていた。
『心配は要りませんよ。マスターはもう2年近くヒーロー活動を続けていますから。ケガの応急手当くらいわけないですよ』
「は、ハァ……」
ブレイブスターのどの辺が『心配要らない』のかよく分からない励ましの言葉に対し、つかさは曖昧な返事しか出せずに困ったような表情を浮かべるしかなかった。
『それにしても……』
ブレイブスターは治療されている文弥と治療しているリクの様子を眺めながら、急に真面目そうな表情を自身のボディに埋め込まれているモニターに表示させる。
しかし……
『上半身裸の後輩を治療する先輩とは……なんだか『腐女子』と呼ばれる方々が喜びそうなシチュエーションですねぇ~♪』
「!」
……あまりに唐突すぎるブレイブスターの感想に、つかさは思いっきりずっこけたのであった。
「……うっし。こんなモンだな……っと!」
最後に文弥の体に包帯を巻き付けて、リクの治療は完了した。
「あ、ありがとうございます……」
「一応、『応急手当』だからな。あとで医者に診てもらえよ」
「あ、大丈夫です。僕、傷の治りが普通の人より早いんで……手当てしてもらえば一晩で回復します」
「……ふぅ~ん?そいつはうらやましいなぁ」
治療を終えたリクは文弥から離れ、地面に脱ぎ捨てられた布切れ……左肩部がズタズタに引き裂かれたワイシャツと白いアンダーシャツ、そしてブレザーのジャケットを拾い上げた。
「……ワイシャツとジャケットはもうダメだな……新しいの買え。とりあえず今は……」
「あっ、それも大丈夫です。お~い!『ライトニングバード』ぉ!」
文弥の叫びが路地裏に響き渡り、次にドローンのローターのような音が聞こえてきた。
『ピピピィッ!』
頭上から鳥の鳴き声を機械で再現したような音が聞こえたかと思うと、リクと文弥の目の前に一台のマシンが着陸した。
それは前後のタイヤの代わりに翼とローターとジェットエンジンのような部品を備えたバイクで、青いボディに黄色い稲妻模様が描かれた流線型の車体は鳥を……それも鷹や鷲等の猛禽類を連想させる、中々に『ヒーローらしい』マシンだった。
『ピピィッ♪ピピィッ♪』
「よぉーし、よしよし」
その鳥のようなバイクは、雄々しさすら感じさせる見た目に似合わず、まるで小鳥が親鳥に甘えるように嬉しげに鳴きながら文弥にすり寄り、文弥は子犬にするようにバイクのヘッド部を撫でた。
「なるほどな……そいつがお前の『相棒』か?」
「あっはい。『ライトニングバード』って言うんです」
文弥は笑顔を浮かべながら自身の専用マシン……ライトニングバードをリクに紹介した。
ライトニングバード。
直訳で『稲妻の鳥』。
なるほど。
猛禽類を思わせるボディに、稲妻模様……『名は体を表す』とはよく言った物だとリクは思った。
「よ……っと!」
文弥はライトニングバードのシートカバーを外し、その中から白いワイシャツとブレザーのジャケットを一着ずつ取り出した。
両方とも、クリーニング店の店名とロゴが印刷された無色透明なビニール袋に入れられており、新品同様の状態を保っていた。
「マシンに着替え入れてんのかよ?ずいぶん用意が良いな」
「いやぁ~それほどでも……」
「いや、ほめてる訳じゃねぇんだけど……」
リクと漫才染みた掛け合いをしながら、文弥は取り出したワイシャツからビニールとクリーニング店のタグを外してワイシャツを身に付けていく。
「……大丈夫、文君?それでもうダメにしちゃったワイシャツ、3枚目でしょ?」
文弥がワイシャツのボタンを一つずつ止めていると、それまでブレイブスターと共に文弥とリクの様子を眺めていたつかさが話しかけてきた。
心なしか、その頬はほんのりと赤くなっているようにリクには見えた。
「あぁ~……そうなんだよなぁ~……どうしよ?」
つかさからの指摘に、文弥はワイシャツのボタンを止めながら、ため息混じりに頭を掻いた。
ボタンを全て止め終わると、今度は首に学園指定のネクタイを慣れた手つきで巻き始める。
「……流石にもう『不良にやられた』なんて言い訳きかないだろうし……服代だけで今月のおこづかいが全部飛んじゃいそうだよ……」
文弥は自身の首に巻かれたネクタイを締めながら、深い深いため息をついた。
その時。
文弥の腹から『ぐぅぅぅ~』という大きな腹の虫の音が響き渡った。
しかもそれに共鳴したのか、つかさの腹からも『くぅぅぅ~』という可愛らしい腹の虫の音が聞こえてきたのだった。
『……あっ』
ほとんど同時に腹の虫が鳴り、文弥とつかさは固まってしまった。
「はっはっはっ!デカイ腹の虫だなぁ~」
『しかもほとんど同時に鳴らせるなんて……お二人とも仲がよろしいんですねぇ~』
「ウゥ~」
「か、からかわないで下さいよリクさん!」
リクとブレイブスターから笑われて、つかさは顔をリンゴのように真っ赤に染めてうつむき、文弥も顔を赤くしながらリクに文句を言ったが……リクとブレイブスターは懲りる様子を全く見せず、文弥達を見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべていたのだった。
「……よぉ~し、ちょうど昼飯時だし……『あそこ』行くか」
リクは救急箱をブレイブスターのシート内に戻すと、代わりにバイク用のヘルメットを取り出した。
顔の部分を透明なプラスチックシールドで覆うオープンフェースタイプのヘルメットで、リクの髪と同じく前部は青く、後部は赤く染められており、後部には大きく三日月のペイントが施されている……という、いやに派手なヘルメットだった。
「よし、昼飯奢ってやるよ。ついてきな」
感想よろしくお願いいたします。




