新人ヒーロー、先輩と出会う
お待たせいたしました。
新章開始になります。
光輝12年2月-
昼間でも太陽の光が届かない薄暗い路地裏。
コンクリートジャングルの片隅で今、命の危機を迎える者達がいた。
「あ……あぁ……」
鳥を思わせる仮面と燃え盛る炎のように赤いスーツ、そして晴れた青空のように真っ青でいて鳥の翼を思わせる形状をしたマントを身に纏ったヒーローが、左肩の傷口からそのコスチュームよりも赤黒い血をにじませながら固いコンクリートの地面に座り込むように倒れていた。
「うぅぅ~……」
赤い鳥の姿のヒーローの後ろには、スミレ色の髪をショートカットで揃えて黄色いヘアバンドでまとめた少女が負傷したヒーローを支えるような形で腰を下ろしていた。
身に着けているブレザーの学生服は土とヒーローの血で汚れ、タレ目気味な顔は恐怖と絶望の色に染まり、歯を固く食いしばって震えていた。
「ガァァ~ゴォォ~!」
そして今、ヒーローと少女が対峙しているのは、秘密結社『ブレイカーズ』製と思われる一体の怪人だった。
怪人は『体が石でできているカラス天狗』を思わせる恐ろしげな姿をしており、腰にはブレイカーズのシンボルマークである『翼を広げた竜』がバックルに描かれたベルトを装着していた。
「ガァァゴォォ……どこの新人ヒーローだか知らないが、この『ガーゴイルモストロ』様に戦いを挑むとは馬鹿な奴らだぁ~」
怪人……ガーゴイルモストロは、目の前で地に堕ちた鳥のヒーローとそのヒーローを支えている少女を小馬鹿にするように、悪辣な笑みを浮かべる。
まるで獲物に止めをさす前の肉食獣を彷彿とさせる姿だった。
「こ、このぉ~……!」
鳥のヒーローは仮面の下で歯を食いしばって立ち上がると、左腕をだらりと下げたまま鳥の羽を連想させる長剣を右手に取る。
そして、自身の後ろにいる少女を庇うような形でガーゴイルモストロに向けて剣を構えた。
「フン……」
しかし、ガーゴイルモストロはその姿を目にしても怯まないどころか、逆に嘲笑うかのように石でできたクチバシの口角を吊り上げた。
「……根性だけは認めてやろう。だが……ブレイカーズに手向かった事を、あの世で後悔するがいい!」
ガーゴイルモストロは両腕の指先を2人に向ける。
ガーゴイルモストロの指先は一つ一つがまるで銃口のようになっており、その全てに小型ミサイル弾が装填されていた。
「食らえぇ!ガーゴイルミサ……」
ガーゴイルモストロの叫びと共に、その指先からミサイルが発射されようとした……その時だった。
「……ガゴォ!?」
ガーゴイルモストロの胸部から、日本刀を思わせる片刃の剣の切っ先が生えてきたのだ。
『!?』
突然の事態に鳥のヒーローや少女のみならず、ガーゴイルモストロすら訳が分からず、両目を白黒させた。
「ガ、ガゴ……」
ガーゴイルモストロはゆっくりと首を動かして自身の背後を振り替える。そこには……
「……」
銀色に煌めく仮面に各所に装甲が付けられたライダースーツ、月を模したバックルのベルトに純白のマフラーを身に纏った銀色の剣士……『ブレイカーズの敵』にして『人々の味方』であるヒーロー『シルバースレイヤー』が、愛剣『シルバーブレード』をガーゴイルモストロに突き刺していたのだった。
「……『弱い者イジメ』してる癖に偉そうにしてんじゃねぇーよ、タコ」
「ガ、ゴ……」
シルバースレイヤーはシルバーブレードの柄を握る手に力を込める。
すると、シルバーブレードの刀身にエネルギーが流れ込んでいき、淡い光を放ち始める。
「……シルバァァァァ!スラッシャアアアアアア!!」
シルバースレイヤーが技名を叫ぶのとほぼ同時に、ガーゴイルモストロの胸部に突き刺されていたシルバーブレードが振り落とされ、ガーゴイルモストロの胸部から股間にかけての部位が切断された。
ガーゴイルモストロの腰に装着されていたバックルにブレイカーズのシンボルマークが描かれたベルトがキレイに一刀両断され、カタカタと虚しい音をたてながらコンクリートの地面に転がった。
「ガ……ゴォ……」
シルバーブレードによって付けられたガーゴイルモストロの傷口から血なのかオイルなのか判別しずらい赤黒い液体と共に淡い光の奔流が溢れ出し、ガーゴイルモストロの体を包み込んでいく。
「……よっと!」
シルバースレイヤーは手慣れた様子でガーゴイルモストロの体を掴むと、ビルの谷間から見える青空に向けて投げ飛ばした。
そして……
「ぶ、ブレイカーズゥゥゥ……ばんざあああああああい!!!!」
「はいはい、万歳万歳」
ドッガアアアアアアアアアアアン!!!!
ガーゴイルモストロの体は空中で大爆発を起こし、その肉片や体内の部品の破片等がまるで雹か小雨のように周囲に散らばったのだった。
「……地獄でわびろ」
ガーゴイルモストロが爆発した事を確認すると、シルバースレイヤーは決め台詞を呟きながらシルバーブレードについた赤黒い液体を払い、ベルト……『ムーンコア』の左腰部に備え付けられている鞘に納めたのだった。
「し……シルバースレイヤー?」
それまでシルバースレイヤーがガーゴイルモストロを(文字通り)瞬殺する様子を黙って見ていた鳥のヒーローが、自身が守っていた少女に体を支えられながら口を開いた。
その声には予想外の事態が起こった事への『驚き』と生き延びられた事への『安堵』、そして……有名人に出会えた事への『喜び』が入り交じっていた。
「よぉ。見ない顔だけど……新人か?」
「は、はい!2週間前にデビューしました!『陽光戦士サンフェニックス』です!」
シルバースレイヤーに話しかけられ、鳥のヒーロー……陽光戦士サンフェニックスは姿勢を正して自己紹介した……までは良かったが、
「・・・イタタタタタ!!」
「だ、大丈夫!?無理しちゃダメだよ!?」
シルバースレイヤーへの自己紹介と共に傷が開いたのか、サンフェニックスは未だに赤黒い血が滲んでいる左肩の傷を押さえながら悲鳴をあげ、サンフェニックスの体を支えていた少女があわてふためいたのだった。
「ふぅん……『サンフェニックス』かぁ……」
シルバースレイヤーは顎を擦りながら目の前で大げさに痛がっているサンフェニックスを眺めた。
陽光戦士サンフェニックス。
日本語に訳すと『太陽の不死鳥』。
なるほど、鳥を思わせる仮面に燃え盛る炎のように真っ赤なコスチュームは、まさしく『不死鳥』の名にふさわしい。
そして腰には『太陽』を思わせるベルトが装着されており、『太陽の不死鳥』というコードネームにぴったりだとシルバースレイヤーは感じた。
(ま……動きや言葉は見るからに素人っぽいけどな……)
心の中でそう付け加え、シルバースレイヤーは仮面の下でクスリと笑った。
「……ブレイブスター!」
『はぁ~い!』
シルバースレイヤーの叫びと共に、その相棒である人工知能搭載式バイク『ブレイブスター』が走り寄ってきた。
シルバースレイヤーはブレイブスターのシートを開けると、中から小さな箱を取り出した。
正面と蓋の条文に赤い十字マークが描かれた白い救急箱だ。
「……ほら、傷口見せろ」
「あ、はい……」
シルバースレイヤーは救急箱を片手にサンフェニックスに近寄ると、サンフェニックスの左肩の傷口を診察し始めた。
「ふぅ~む……」
シルバースレイヤーのスーツ同様、サンフェニックスのスーツも革製のライダースーツに装甲を取り付けたような形状をしており、肩部にはいわゆる『ショルダーアーマー』のような装甲が背中の青いマントを留める形で装備されていた。
しかし現在、左肩のショルダーアーマーは無残に破壊された上にアンダースーツも引き裂かれて地肌が露出しており、痛々しく出血している傷口が顔を見せていた。
まるで先の尖った『何か』でえぐられたような……傷そのものは浅いが、見ている方も痛くなってきそうな程に痛々しい傷だった。
「……悪いけど、変身解いてくれ」
「あぁ、はい……ってえぇ!?」
シルバースレイヤーからいきなり『変身解除』を促され、サンフェニックスは驚愕の声をあげた。
「そ、そんな……」
同じくサンフェニックスを支えていた少女も、顔を青く染めてあわてふためいている。
一方、当のシルバースレイヤーはそんな二人の様子に首を傾げた。
「……なんだよ?変身したまんまじゃ、治療できないだろうが?」
「そ、それはそうですけど……」
シルバースレイヤーは至って真面目に変身解除を促していたが、サンフェニックスの方はどこか恥ずかしそうにしていた。
それも、仮面ごしでもはっきりと分かるレベルで。
「なんだ?恥ずかしいのか?」
「だ、だって……変身を解いたら、正体がバレちゃうから……」
「……あぁ~」
サンフェニックスの言葉に、シルバースレイヤーはようやくサンフェニックスの様子にがてんがいった。
サンフェニックスは『変身解除そのもの』ではなく、『変身解除によって正体がバレてしまう』事を恥ずかしがっていたのだ。
「心配すんな。言いふらしたり、ネットに上げたりとかしねぇよ……だいたい『無名の新人ヒーローの正体』なんて、今時ゴシップのネタにもならねぇ~って」
「いや……でも……『正義のヒーローが仲間以外に正体を明かして良いのは、宿敵を打ち倒す事が出来た時か、敵に敗北した時だけ』という『お約束』が……」
「……いや、それは『昭和のヒーロー』の話だろうが!今時は仲間以外にもあっさり明かしたり、そもそも正体を公表しているヒーローだって珍しくないぞ!?」
サンフェニックスのあまりにも古風な『ヒーローの正体に関わる価値観』を聞き、シルバースレイヤーは驚きを通り越して呆れ果てた。
確かに、『昭和時代に活躍していたヒーロー』の多くは、一部の協力者や友人以外には正体を秘密にしているケースが多く、中には『正体がバレた際のペナルティ(例:動物にされる、元の姿に戻れなくなる、能力の剥奪、等々…)』がかせられているヒーローも存在していた程だ。
しかし……21世紀を迎えて久しい現在では、『正体を隠そうとしないヒーロー』が大多数であり、中にはシルバースレイヤーの言うように『正体を堂々と世間に公表して活動しているヒーロー』も存在している。
もちろん、『魔法少女系ヒロイン』や『妖怪退治が専門のオカルト系ヒーロー』のように、昔ながらの『正体を隠すヒーロー』もわずかながらではあるが存在しており、そういったタイプのヒーローは『目撃者の記憶』そのものを、魔法や超能力等を使って『消去する』なり『改竄する』なりして『正体』を隠している事が多いのだ。
「……お前さ、持ってないのか?『記憶操作』系の魔法とか能力とか?」
「……すいません。持ってないです」
シルバースレイヤーからの質問に、サンフェニックスは謝罪の言葉ともに『No』と返した。
「ハァ……しゃーねぇーか」
シルバースレイヤーがため息を漏らしながら頭を掻いた次の瞬間……シルバースレイヤーの体は、銀色の淡い光に包まれた。
そして光が治まると……シルバースレイヤーの変身は解除され、氷山 リクの姿に戻っていた。
「フゥ~……」
前髪が青く、後ろ髪が赤く染められて中学生にも見える童顔……というのはデビュー当初と変化はなかったが、上下が青と赤に染め分けられたライダースーツに包まれた肉体は、筋肉の引き締まった細マッチョ体型に変化していた。
『……えっ?』
シルバースレイヤー=リクがいきなり変身を解除したので、サンフェニックスと少女はほぼ同時に間の抜けた声をあげた。
「……ほら、俺も変身解いたから、お前も変身解け」
「……えっ?いや、でも……」
「……てめぇ、新人の癖に先輩の言う事が聞けねぇっつうのか?」
「は、はい……」
リクから怒気のこもった睨みを受けて、とうとうサンフェニックスは変身解除を承諾し、その全身を太陽のように優しく暖かい赤い光に包み込んだ。
赤い光が晴れると……そこには隣の少女と同デザインのブレザーの学生服を着用し、縁なしの眼鏡をかけた少年が立っていた。
髪の毛は赤茶色に染まり少々派手だったが、猫背気味で贅肉は少ないが筋肉も少ない細い体をしており、いかにも『文科系』な気の弱そうな少年で、とても『正義のヒーローの正体』には見えなかったが……その左肩には痛々しい傷が変身解除しても残っておら、ブレザーのジャケットとYシャツも左肩の部分がズタズタに引き裂かれていた。
「……ん?」
そこでリクは少女と変身解除したサンフェニックスのブレザーを見比べて、あることに気がついた。
「……お前ら、もしかして『国総』の高等部か?」
「あ……はい」
「そ、そうですけど……」
リクからの質問に、サンフェニックスと少女は即答した。
ちなみに『国総』とは、『私立国際総合学園』の事である。
「ふぅ~ん……じゃあ、『そっち』の意味でも俺の『後輩』って訳か」
「……えっ?」
リクの何気無い呟きに、素顔のサンフェニックスは目を丸くした。
「し、シルバースレイヤーさんも国総の生徒なんですか!?」
「あぁいや……OBだよ、OB。去年卒業したんだよ」
『へぇ~……』
まさか巷で話題の正義のヒーローが『自分の学校の卒業生』だったとは思いもよらず、2人は思わず『へぇ』と漏らしたのだった。
「……あと、『シルバースレイヤーさん』なんて他人行儀な呼び方はやめろ。俺には『氷山リク』っつう立派な本名があるからな」
「……良いんですか?たった今会ったばかりの新人に『素顔』だけじゃなくて『本名』まで教えても?」
「いいんだよ……別に正体がバレても誰も困らねぇしよぉ」
サンフェニックスからの当然の疑問に、リクは疲れたような表情を浮かべながら答えた。
「……ところでお前の名前は?コードネームじゃなくて本名の方な」
『……』
素顔のサンフェニックスと少女はしばし顔を見合わせると、改めてリクに名乗った。
「ふ、文弥です……出向井 文弥」
素顔のサンフェニックス……文弥は会釈をしながら自己紹介した。
「わ、私は文くん……サンフェニックスのサポーターをしています蓬 つかさです。よろしくお願いします……」
続いて、文弥を支えている少女……つかさが自己紹介したのだった・・・。
『ヒーローの正体』に関しては、僕の個人的イメージになります。
なんとなくですが、昭和のヒーローに比べて平成以降、いや2000年以降のヒーローってあんまり正体を隠そうとしないイメージがあるのです。




