一夜開けて、ナハトリッター基地にて
お待たせしました。
☆☆☆
「う~ん……」
目を覚ますと、リクは皮張りの赤いソファーの上で毛布にくるまっていた。
「……」
上半身を起こして頭をポリポリ掻いていると、寝ぼけていた頭が少しずつ覚醒していく。
「……やっぱり夢じゃなかったんだなぁ」
自分が今身に付けているのが慣れ親しんだパジャマやジャージではなく、昨夜ナハトリッターから借用したコートである事に気が付くと、リクは深いため息をついた。
あの後、リクは東京都・府中市某所の地下に位置するナハトリッターの秘密基地へと案内され、時間も時間だった(深夜2時)事から、そこで一泊することになったのだ。
「……」
リクはソファーに腰を下ろしたまま、ナハトリッターの秘密基地をぼんやりと眺めた。
そこはなんというか……よくTVや映画のヒーロー物に出てくるような、スーパーコンピューターを初めとする近未来的で用途がよく分からないメカニックやマシンが置かれているいかにも『ここはヒーローの秘密基地です』と自己主張しているような空間とは少し趣が違っていた。
壁も床も天井も、年季の入っていそうな灰色のコンクリートで作られており、地下ということもあって窓などは一切なく、天井には通気孔がいくつかと数本の蛍光灯、大型のファンなどが備え付けられているだけだった。
壁際には、昨夜ナハトリッターが使用していた光線銃や木刀などの装備品が収納されているロッカーと、おそらくは今リクが着用しているロングコート等のコスチュームをかける用と思われるハンガーとハンガーラック、そして剣神龍次郎を初めとするブレイカーズ幹部陣を筆頭に、いかにも『私は悪人です』と自己主張しているかのような怪しい人物……人相が悪かったり、怪しいコスチュームを身に纏っていたり、そもそも人外としか思えない外見だったり……の写真が複数枚貼られた三枚のホワイトボード等が置かれていた。
リクがベッド代わりにしていた革のソファーから見て左側には人が一人通れるくらいの大きさの金属製と思われるドアが一つあり、そのドアの頭上にはデパートや病院などでもよく見かける『非常口』と書かれた緑色のランプが備え付けられていた。
一方ソファーから見て右側には、大型トラックが一台丸々通れそうな大きさの自動車用出入口があり、昨晩ナハトリッターが運転していたオープンスポーツカーとリクが乗っていたバイク……ブレイブスターが停車していた。
『おはようございます、マスター!気分は如何ですか?』
リクが目を覚ました事に気がついたブレイブスターは、まるで子犬が飼い主にじゃれつくようにリクに駆け寄って話しかけてきた。
「あぁ……おはよう、ブレイブスター。まぁ……良い気分だな」
そんなブレイブスターの車体を優しく撫でると、リクは思わず笑みを浮かべた。
その時、ガチャリッ!という音と共に左側の金属製ドアが開いた。
リクとブレイブスターがドアの方に顔を向けると……
「よぉ!おはよう少年!」
……手にコンビニのビニール袋を持ったナハトリッターが入室してきた。
ナハトリッターは、室内だと言うのにテンガロンハットとマフラーは外しておらず、それでいて背広の上着は脱いでいて、上半身は白いワイシャツと黒いベストにサスペンダー姿、下半身は水色のスラックスだった。
「あ、あぁ……おはよう。てかおっさん、いつまで顔隠してるんだよ?ここ、おっさんの隠れ家なんだろ?」
「……悪いな。会ってそんなに経っていない相手に、おいそれと素顔を晒す訳にはいかないんだよ……それより、ほら」
ナハトリッターは手に持っていたコンビニの店名がプリントされているビニール袋をリクに投げ渡した。
「?」
中身を覗いてみると……ビニールでパッキングされたおにぎりが3個に、200ミリリットルの紙パックの牛乳が1個、入っていた。
「……朝飯だよ。拉致られてから何も食ってないんだろ?具は適当に選んだけど、文句は受け付けないからな」
ナハトリッターはそれだけ言うと、リクが腰を下ろしているソファーと向かい合う形で置かれている年季が入っていそうな木製の椅子に腰を下ろした。
同時にスラックスの右脇ポケットからゼリー飲料のパックを取り出すと、マフラーの隙間に飲み口を差し込んで器用に飲み始めた。
『気をつけて下さいマスター!あのナハトリッターの寄越した飲食物です!自白剤などの薬物が混入されている可能性が……』
「……入れる訳無いだろうがそんなモン!」
ブレイブスターの失礼すぎる発言に、ナハトリッターは間髪入れずにツッコミを入れた。
「……」
リクはしばらく袋の中身を静かに眺めてから、おにぎりを一つ取り出し……
「……サンキュー、おっさん。いただきます」
呟くようにそういうと、おにぎりの包装に手をかけた。
「……あっ、先に言っとくけど……自白剤とか入れてても……俺、何も知らないからな?」
「だから入れてないっての!!」
ツッコミを入れるナハトリッターの声には、軽くない怒気と殺意がこもっていた。
(食事中…………)
「フゥ~……ごちそうさまでした」
おにぎり(具はツナマヨ、昆布、シャケが一つずつ)と牛乳を完食したリクは、合掌と一礼をして食事を終えた。
ナハトリッターには、心なしかリクの顔色が良くなったように見えた。
「なんだ……不良みたいな頭してる割には礼儀はちゃんとしてるんだな」
「……は?」
ナハトリッターの呟きが耳に入り、リクは頭上に?を浮かべながら顔を上げた。
「ふ、『不良みたいな頭』……?な、何言ってんだよ、おっさん?俺の髪の毛は長さも色も高校生の平均だぞ?」
「……なぬ?」
今度はリクの言葉にナハトリッターの目の色が変わった。
「……あぁ!そうか!そういう事かぁ」
ナハトリッターは何かに納得したように呟くと、懐からスマートフォンを取り出してリクに手渡してきた。
「ほら、自撮りモードにしたから見てみろ」
「?」
言われるままにスマホの画面を覗き込み……
「!?」
……リクは口をあんぐりと開けて絶句した。
スマホの画面に映し出されているのは、間違いなくリク自身の童顔だったが……
「なんだ……この頭……?」
……頭が、いや正確には『髪の毛』が、派手というか鮮やかというか……綺麗に原色に染まっていたのだ。
額の生え際から耳の辺りまでの前髪は、雲一つなく晴れ渡った空のように真っ青に染まり、反対に後頭部の髪は燃え盛る炎のように真っ赤に染まっていた。
見間違いかと思って目を擦るが、やはり画面に映し出されているリクの頭は原色に染まっている。
リクが頭に手を伸ばすと、画面の向こうのリクも同じ動きをする。
試しに前後の髪の毛を一本ずつ抜くと、確かにそれぞれ青と赤に染まっていた。
「え……?えぇ!?な、なんだよこれ!?なななな何で、俺の頭がこんなにカラフルにぃ!?」
知らない内に髪の毛がアニメキャラのようになっていたことを知って、リクは軽くパニックを起こした。
ナハトリッターは狼狽しまくるリクを尻目に、「うんうん」と何かに納得しているように頷いていた。
『落ち着いてくださいマスター!素数を!素数を数えるんです!良いですか?1、3、5、7……』
「こんな時に数字なんて数えられるかぁぁ!!」
ブレイブスターのズレまくりなアドバイスに、リクは涙を流しながら軽くない怒気を交えたツッコミを入れたのだった。
「……その様子だと、本当にその頭に身に覚えがないみたいだな?」
「当たり前だろ!?ウチの学校は『髪の染色』が校則で禁止されてんだよ!そうじゃなくても、どこの世界にわざわざこんなパンクロッカーみたいな頭になる高校生がいるんだよ!?俺は中二病患者じゃねぇんだよ!!」
「いやそれは知らないけど……」
パニックが治まらないリクの叫びに、ナハトリッターは困惑の視線を向けていた。
一方、リクはカラフルになってしまった自分の頭を抱えて涙を流した。
「くそぉ……これもブレイカーズの奴らの仕業か?人の体を勝手に改造した上に、なんで頭までこんな……」
「フム・・・」
ぶつぶつと恨み言を口にするリクを眺めながら、ナハトリッターは顎を擦った。
「おそらく……その髪の毛の色は、改造人間化による副作用の一種だろうな」
「……え?」
ナハトリッターの呟きを耳にして、リクは顔をあげて呆然となった。
『あぁ、それはあり得ますね。私のデータベースにも改造の結果、人間態でも頭に猫耳や犬耳ができてしまったという記録が残っていますし……』
ブレイブスターが初めてナハトリッターの意見に同意した。
どうやら間違いないようだ。
「マ……マジかよ……」
リクは革のソファーの上で体育座りのような姿勢でうずくまった。
「……まぁ、あれだ。髪の毛が派手になるくらいで済んで、ラッキーだったと思うんだな」
「思える訳ないだろうがぁ………」
ナハトリッターはポジティブシンキングを進めたが、当事者であるリクはポジティブに捉えることができる訳もなく、うずくまったまま涙を流したのだった。
「まぁ……そう気にやむな。どうしても気になるなら、後で美容院で黒く染め直せば良いだろう?それに、中々似合っていると思うぜ、俺は」
「他人事だと思いやがって……気楽に言うなよなぁ……」
ナハトリッターに向けられたリクの視線には、悔しさと怒りが混じっていた。
「まっ……どのみち、ブレイカーズの奴らに宣戦布告まがいの宣言したんだろ?元の暮らしに戻れるなんて考えない方が良いぞぉ……氷山リクくん」
「……えっ?」
いきなりナハトリッターに名前を呼ばれ、リクはポカンと間の抜けた顔になった。
「な、何で俺の名前を……?」
リクがポカンとなった理由がそれ。
リクはナハトリッターに自分の名前を教えてはいない。
ブレイカーズの基地から逃げ出すのが精一杯で、ゆっくり自己紹介している暇もなかったのだから。
口を開けて間の抜けた顔をするリクを尻目に、ナハトリッターは手元のスマートフォンを操作した。
「……氷山リク。男。17歳。身長・172cm。体重・62kg。私立国際総合学園高等部2-A所属。同学校の剣道部長と主将を兼任・・・ほぅ!インターハイの剣道大会で、2年連続優勝経験有りか!えっと……家族構成は父、母、兄の4人……」
「す、ストップストップ!!」
リクはすらすらと自分の個人情報を読み上げていくナハトリッターを慌てて制止した。
「な、なに勝手に他人の個人情報調べてんだよ!?プライバシーの侵害だぞ!!てか、なんで昨日今日会ったばっかの奴の個人情報をそんなに詳しく調べられるんだよ!?」
「あぁそれは……」
「私には雑作もないことですから」
ナハトリッターが説明するよりも早く、リクでもナハトリッターでもブレイブスターでもない、第三者の声が聞こえてきた。
若い女性の声だ。
金属製ドアが音をたてながら開くと、妙齢の女性が入室してきた。
明るい茶色の髪をショートカットで切り揃え、眼鏡をかけた20代半ば程の日本人女性だ。
手には電源が着いたノートパソコンを持っていた。
「……紹介しよう。こちら、十六夜京子さん。俺の『助手』だ」
「……せめて『相棒』か、『パートナー』って言って下さいよ」
十六夜京子なる女性は、ナハトリッターからの紹介に不服そうな様子だった。
『十六夜京子……』
ブレイブスターの、正確にはブレイブスター車体のモニター画面に表示されているブレイブスターの擬人化モデルの目の色が変わった。
『……ナハトリッターの後方支援を務める女性ハッカー。愛用のノートパソコン一台さえあれば、アメリカ国防総省のコンピューターにすら侵入でき、特定個人の下着の柄から国家の最重要機密情報まで、ありとあらゆる情報を調べあげられる天才的ハッキング技能の持ち主……』
「あら?ブレイカーズ側はそう認識しているんですか?光栄ですね」
京子はブレイブスターが口にした情報を肯定も否定もせず、ただその情報の内容を喜ぶように微笑んだのだった。
「この京子さんが一晩で君に関する情報を隅々まで調べてくれた……君のお兄さんが中学二年の春から現在に至るまで、引きこもりのニートな事もな」
「……」
本当に隅々まで調べあげられている……リクは音をたてながら唾を飲み込んだ。
兄が引きこもりのニートである事は、家族の中だけの秘密だ。
ご近所や親戚には『海外の大学に長期留学中』ということにしているし、そもそも兄に関する話題は初対面の相手には極力話さないようにしているのだ。
家族しか知らないはずの秘密をたった一晩で突き止めてしまうとは……。
リクには目の前で笑っている京子が、人間の形をした別の生き物のように思えてならず、知らず知らずの内に冷や汗を流したのだった。
「……それはそうと、貴方いつまでその格好で居る気です?」
「……えっ?」
京子に指摘されて、リクは間の抜けた声をあげ、自分が昨晩からナハトリッターのコート姿であることに気がついたのだった。
ナハトリッターの基地は、某『二人で一人の探偵』の基地をイメージしていただけると分かりやすいかと思います。
今回から登場の十六夜京子女史のイメージモデルも、『二人で一人の探偵』の『右側』です。
感想よろしくお願いいたします。