剣聖
「まさかこんなところで会えるとは思っていなかったよ、《魔弓帝》」
「そりゃ俺だって同じさ、《剣聖》。てかPIO民が異世界に集結してる時点で一大事過ぎる」
「ほんとごめんなさいっ……!」
俺が呆れながらぼやくと、魔王が頭を下げて謝ってきた。
まぁやってしまったものは仕方ない……。ここで、ケリをつけるとしよう。
「君がPIOからいなくなってしまってから、もう会えることはないと思っていたけど……。どのような形であれ、こうして会えて嬉しいよ」
「俺も嬉しいって言いたいところだが……当時のステータスがない今は、正直会いたくなかったね」
「僕だって魔物の体に制限されて本調子ではない。ステータスの不利くらい、いつものように覆してくれたまえ」
《剣聖》のジャフはそう言って、右手に持っていた聖剣を振った。同時に、さっきまで俺が立っていた地面に大きな亀裂が走る……!
「流石だな、今のを【緊急回避】で避けるか。それでこそ僕の認めたライバルだ」
「お前こそ、冷静そうな顔して問答無用で十歳児を斬りつけようとするのは流石すぎるな……!」
否応ない攻撃を避けながら、俺は苦い顔でぼやく。パワーインフレ・オンラインに適性がある奴なんてどいつもこいつもヤバい奴だが、こいつは中でも性格面で危険人物だと言われていた。
近づいてきた人を高確率で射殺す俺が穏便と言われるゲームにおいて、危険人物と言われる存在。そんなの、異世界とはいえ現実で会いたいわけがなかった。
「【素材調合】・【創造】・【幻壁弓術】!」
「【無尽斬り】」
俺はオリハルコンエアから作った矢を弓に番えて【幻壁弓術】を使ったが、ジャフに向かって行った無数の矢は彼が剣を高速で動かすことで大半が切り落とされてしまった。
【剣術】を極め、搦め手ではなく純粋な強さを追求した聖剣士……。それが、《剣聖》の大きな特徴なのである。
「こんなものかい《魔弓帝》? 僕のライバルなら、たとえ初期ステータスでも僕を圧倒してくれると信じていたのに」
「そりゃいくらなんでも無茶すぎるだろ……【中継矢】・【強制装填】・【回し蹴り】!」
無茶なことを言うジャフに呆れつつ、俺は【中継矢】で地面に回し蹴りをさせる。
地殻変動もやむなしという覚悟で放った大技であったが、それもジャフが【跳躍】という消費体力の少ないスキルを使うだけで簡単に避けられてしまった。無駄のない身のこなしはPIO民らしくないが、派手さがない代わりに堅実な強さを誇っている。
「この程度で僕に攻撃を与えられないのは知っているだろう……? 【浮遊】・【剣域拡張】」
「うっ! 【空腕】・【剣域拡張】!」
ジャフが【剣域拡張】を使って来たので、矢を番える暇すらなかった俺は【空腕】で八本の剣を構えつつ【剣域拡張】で応戦した。
《剣聖》が剣を振るう度、空中に留まる彼と俺の間で見えない剣圧が飛び交う。
だが一本しか剣を持っていない筈の彼の攻撃は八本の聖剣でようやく防げる有様で、俺の剣が彼の剣筋を逸らす度、遠くの山や地面が抉れていった。
こいつの【剣域拡張】、どこまで拡張されてんだよ……!
「【守護術】・【剣防御】・【幻銃術】!」
斬り合いの続行を諦めた俺は、ジャフの攻撃が少しだけ逸れたタイミングで防御に移り、そのまま空腕の一本で魔銃を構える。
元々弾が入っている魔銃であれば、弓に比べて隙が出来にくい。俺は魔弾を放ち、それを空中で拡散させた。
「無駄だね。【限定解放】」
だがジャフはつまらなそうに言って、剣を体の横に構えた。
すると剣の刀身から何匹もの龍が半身だけ現れ、ジャフが剣を横に振るうと龍達が弾丸を嚙み潰していく。
「マジかよ……。あいつ、あの聖剣の中に五匹も龍を飼ってたの? 絶対窮屈だろ可哀想……」
「私達なんて、空中要塞できるまでポケットに詰め込まれてたけどにゃ?」
危険を悟って炎から離脱したケットシーが、俺に不平を垂れてきた。ごめん、そういや俺も人の事言えなかったな……。
「こんなものかい? 僕を楽しませてくれないなら、君とはいえ用済みだ。今すぐ切り伏せてあげるよ」
「ぐっ……!」
今の俺が警戒に値しないと悟ると、ジャフは体力の温存をやめて剣を天上高くかかげた。
すると周囲の光が一気にあの聖剣へと引き寄せられ、辺りは真っ暗になる。【独念純光剣】という、剣士lv.500から覚えられるスキルだ。これは……まずい……!
俺が焦っていると、なんとスフィとニアが俺の前に立った。
「スフィ!? ニア!? 俺の前にいると危ない、早く逃げるんだっ!」
「嫌だよ! レイン君だけ危ない目に遭うなんて……私、許さないから! 【堅盾気膜】・【疑似聖域生成】・【広域支援術】!」
「そうよ。私達だって、もうただの足手まといじゃないわ。【物理剣気】・【風圧切断】・【隔絶剣】・【剣術】!」
彼女達はこれまでの鍛錬や魔王討伐で習得したスキルを使い、俺を庇うように守りを固めていく。
早く逃がしてやりたいという思いもあったが、俺の今のスキル構成では彼女達より守りに不向きなのも確かだった。そして何より……必死に俺を守ろうとする彼女達の表情を見ていると、《剣聖》の攻撃すら防ぎきれる気がしてしまう。
「……っ! 二人とも、信じるぞ!? 【守護術】っ!」
四天王の制限を受けたジャフが、今どれだけの力を秘めているのかは分からない。だが俺は彼女達を信じて防御力を上げ、迫りくるジャフの攻撃を待った。
その一瞬はあらゆる恐怖から心臓がバクバクと波打っていたが……。
スフィ達の防御技がジャフの剣を受け止め切った後には、一切の音が立たない落ち着いた静寂が辺りを包み込んだ。
「や……やった……」
「私達、レイン君を守れたんだね!?」
攻撃を防ぎ切った二人が、嬉しそうに微笑み合う。
そんな彼女達を見ていると、気を張っていた俺も自分一人じゃなかったのだと改めて思わされた。
「そうだよな、今の俺には……君達がいるんだ」
自分の新たな居場所を確認してから、俺はジャフに視線を向けた。そして、先程より威勢を増して言う。
「あれだけの大技を放ったら、その剣も当分はただの聖剣に過ぎないな? ここで……決めさせてもらう……!」
「ぬっ……!」
俺が宣言すると、ジャフは初めて表情に警戒心を滲ませた。




