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量産王

 残る四天王は、二体。しかも体の制限が破られる事を考えれば、一週間以内には倒した方が良いと思われた。


「でもそんなの、探すのだけで時間かかっちゃうんじゃ……」

「いや、見つけるのは簡単だぞ? ほらあそこ」


 それから俺が山の下へと指を向けると、大量の魔物を従えた男の姿があった。

 そこに異世界への恐れなどは感じられず、ただただ周囲の魔物や地形を蹂躙している。どう考えても、PIO民の所業だった。


「PIO民は目立ちたがり屋だからね。忍者系統ですら、殲滅忍者とかいう目立つ職業に派生するし」


 土遁の術とか言って街を壊滅させてくる忍者、本当に迷惑なんだよな……。まぁ、奇襲特化の忍者の方が厄介ではあるんだけど。


「あの規模、あれが四天王の一人で間違いないよな?」

「ああ。もちろんPIO民を喰らう前はあんな軍勢引き連れてなかったが……。というか、私の軍より数多くない……?」


 俺が聞くと、魔王が戦慄しながら呟いた。


 従えている魔物の種類が偏っている事を考えると、恐らく彼は≪量産王≫のスレイだ。命を含むあらゆるものを量産し、物量だけで圧倒するという戦闘スタイルである。


 本来であれば太陽ぶつけるだけで大人しくなるのでそこまでの脅威ではないが、こちらの戦力が整っていない現状ではなかなか厳しい相手だ。


「軍隊規模の戦闘は魔王の方が得意だろう? 任せたぞ、魔王」

「得意って言ってもぉ……」


 魔王は攻撃をしかけるのを躊躇っていたが、第九形態になって気が大きくなっていたのかすぐに頷く。


「よし、任せろ。魔王本来の力を見せる時が来たな」

「魔王特有の自信と謙虚さが合わさって、ただの情緒不安定になってるな」


 俺が呆れながらそう言う前で、魔王は宙を浮きながら≪量産王≫の方へと向かっていった。


 本人より巨大な飾りを周囲に浮かべまくっている様は正にラスボス。正攻法では勝てなさそうなオーラを全身に纏い、スレイが感知できる範囲まで辿り着いた。


「お、魔王じゃん。しかも第九形態とはレアものじゃねぇか」


 だが、もちろん魔王を見たくらいで恐れを為すPIO民ではない。第九形態の魔王を見たスレイは、嬉々としてスキルを発動させた。


「【従魔量産】」

「グオオオオオオッ!」


 スキル発動と同時に、軍勢の中でも多くを占めていたスライムの数が急激に増えた。数を増したスライムは縦に積み上げられ、まるで地面から腕が生えたかのように魔王を殴りつける。


「はぴゅんっ!?」


 さっきまで威勢が良かった魔王はスライムの圧に潰され、第十形態になった。おめでとう。


「大丈夫なの? あの魔王、さっそくやられてるけど……」

「大丈夫さ。魔王にはスレイ達の気を引いてもらっただけだから」

「酷い……けど、確かに形態変化できる魔王が一番適任なのは確かね」


 俺が魔王を先行させた目的を伝えると、ニアが納得して頷いてくれた。物分かりが良くて嬉しいよ、うん。


「思った通り、魔王が引き付けてる間にかなり近づけそうだな」

「うぅ、でもやっぱ怖いな……」

「大丈夫だよ、スフィもニアも魔王を何回も倒したんだから」

「確かにっ!」


 和気藹々と話しながら、俺達はスレイ軍の近くまでやってくる。


 スレイの従える魔物達はそれぞれが強いわけではないため、スフィとニアのレベルも今の内に上げさせておきたかったのだ。四天王の残り一人はまだ誰か分からないし、安全のためにもレベル上げは必要だ。


 だがスフィ達が魔物への攻撃を始めると、かなり遠くにいた筈のスレイがこちらに目を向ける。


「ん? 誰か近づいてきたな」

「くっ、いつの間に【従魔連結】を覚えてたのか……!」


 従魔が受けた攻撃などを感知するスキルを覚えていたようで、俺達はすぐに気づかれてしまった。


「邪魔者は押しつぶそう……【射程延長】・【量産】」


 ≪量産王≫のスレイがスキルを使うと、俺達の周りの空気が量産され、気圧が急激に増した。


 どんなスキルでも、レベルを上げれば本来の用途以外でも脅威となるのがパワーインフレ・オンラインというゲームだ。突然の攻撃に、スフィの体が締め付けられた。


「【創造】・【空術】! ニア、鎧でスフィを守ってやってくれ!」

「分かったわ!」


 俺は【創造】でニアの鎧がスフィを覆うように広げ、自分への攻撃は【空術】で防ぐ。


 PIO民の攻撃だけあってダメージは受けたが、ニア達は傷ついていないようなので安心した。

 彼女達の安全だけは守ろうと決意していたので、それがPIO民の攻撃にすら耐えられていると自信が湧く。


「おお? 今の攻撃でやられないという事は、なかなかの手練れだな。良いじゃねぇか、それでこそ戦う意味があるってもんよ」


 スレイはPIO民らしく好戦的に笑い、従魔達の目をこちらに向けた。もう魔王など眼中にないと言わんばかりだ。


 戦力を減らしてから本人と戦うつもりだったが、こうなったら真正面から戦うしかない。俺は覚悟を決めて、魔物達の奥にいるスレイを見据えた。


「【炎術】・【強制装填】・【獣装術】っ!」


 俺はフレイムキングから得た炎のスキルを発動する。


 しかし、普通の炎など簡単に対策されてしまうに決まっている。だから俺は【強制装填】のレベルに物を言わせて、炎にスキルを付与するという荒業を用いた。


 付与したスキルは【獣装術】。ケットシーを纏った炎はもはや炎の外見すら持たず、燃え広がるという性質だけを保って周囲に移り拡がっていく!


「にゃーにゃーにゃーにゃー」

「にゃーにゃーにゃーにゃー」

「にゃーにゃーにゃーにゃー」


 結果生まれたのは、辺り一面にケットシーが広がっていく光景。草を飲み相手の従魔も飲み、俺のケットシーが増殖して軍勢を圧倒する。


「フィシャアアアアアアッ!」

「キュオオオオオオッ!」

「え、この流れに私も参加したくないんですけどっ! うわああああああっ!」


 もちろんスライムやマリンドラゴンも、同じく周囲に広げていく。それでも≪量産王≫の物量は圧倒しきれなかったので、嫌がっていたサキュバスも燃え広がらせた。


「くっ、無茶苦茶かよ! 従魔の質が低ければこれくらい何も怖くないのに、無駄に強くて困る!」

「ふふふ、なんたって俺の自慢の魔物軍団だからなっ!」


 スレイが量産した魔物達はこの世界に来てから従魔にしたものだったため、しっかり育てていた俺の魔物軍団の方が優秀なのは当然だ。


 ≪量産王≫の軍勢は、瞬く間に減っていった。


「ぐっ……! だが、従魔だけが俺の強さだと思うなよ……!? 【量産】!」


 再び【量産】を使用すると、スレイは目の前で大量に増殖していった。


 この世界で得たばかりの魔物は増やしても大した戦力にはならないが、PIO民本人が増えるならわけが違う。彼らはそれぞれ違う武器を持ち、俺の増やした従魔達に攻撃を加えていた。


 炎の性質を持たせているので物理攻撃の効きは悪いが、それでも着実に俺の従魔達を傷つけていく。


「【回復術】! 【回復術】!」

「ふふふ、従魔を回復するのも良いが、そんな事にスキルスロットを使って良いのか?」


 俺が従魔達を回復していると、スレイが鋭い指摘をしてきた。


 回復術などの魔法系スキルは、詠唱時間が必要だったり複数のスキルスロットを使ったり等コストが大きい。職業レベル総計が増えてきたとはいえ、確かに従魔を増やしながら回復するというのは難しいものがあった。


「ふはは、追い詰められたな。これで終わり……」


 スレイは自分が何人殺されても構わず俺に近づいてきて、とうとう量産されたスレイは俺を取り囲んだ。


 数を扱うことに長けていない俺が人海戦術使いに挑んだ結果だ。普通に考えれば、ここから勝つ手段はない。


 ……だが……。


「【従魔覚醒】」


 俺は頼れる相棒であるスライムに対して、一つだけ残していたスキルスロットで【従魔覚醒】を使用した。


 スライムを炎に纏わせて広げたのは、スライムをあるべき形に進化させるためだったのだ。その目論見が上手くいったか祈りながら、俺はスライムを見た。……すると。


「ふっ、感謝するぜマスター……。俺をあるべき形まで、育て上げてくれてよ」


 いつかのようにハードボイルドな声で、スライムが喋った。だがスライムの体自体は見えなくなっていて、どこにいるかすら分からない。


 ああこれは……予想以上の進化を遂げてしまったな?


「俺はスペースロードスライム。ここら一帯の空間は俺の支配下であり……俺そのものでもある」


 スライムがそう言った途端、量産されたスレイ達の体から鶏の頭がたくさん生えた。【量産】によって自己を希薄化させていたせいで、偽物は「空間に侵食された」という事なのだろう……多分。


「うわあああっ!? なんだこの空間は、俺が……俺が消えていく……!」


 スレイは呻きながらも、空間に侵食されていない本人は気丈に俺へと攻撃を仕掛けてくる。


「この……!」

「効かないよ」


 彼は俺を剣で斬りつけようとしてきたが、そんな破れかぶれの攻撃は俺に通じなかった。


 俺が少し念じるだけで、黒い波動がスレイの持っている剣を弾き飛ばしたのだ。


「い、今のは……?」

「さっきスライムが進化した拍子に、魔王になれたんだよ。【魔王の血脈】もあるし魔王と戦ったしスライムも成長させられたしで、魔人レベルが10越したからな」

「そんな、物のついでみたいに魔王になるなんて……」


 驚きで隙を晒したスレイを、俺は弓で射った。これでもう少し経てばこの世界から解放されるだろうと思っていると、スレイは先ほど以上の驚愕に目を見開く。


「滅茶苦茶な成長速度に、今の弓捌き……。まさかあなたは、≪魔弓帝≫……?」


 どうやら、弓の扱いだけで俺が誰だか特定したらしい。ちょっと怖い。


「俺、≪魔弓帝≫のファンだったんです! こんな至近距離で私を倒してくれるなんて、感動です……! いつも近づこうとするだけで体が爆散するので、初めてこんな近くで見ることが出来ました……っ!」


 清々しい表情を浮かべ、《量産王》のスレイは倒された。


 近づく敵は問答無用で倒すスタイルだったから、ファンにも悪い事しちゃってたっぽいな……。ごめんよ……。


「へぇ? まさかとは思っていたけど、本当に《魔弓帝》に会えるなんてね……」


 俺が反省していると、空から声を掛けられた。どうやら今の会話で俺が誰だか分かったようなので、声の主はPIO民で間違いないだろう。


 そう考えながら頭上を仰ぎ見ると、声の主は空中で剣を振り上げていた。


「従魔が空間そのものになったなら、空間ごと斬ればいい話だよね。【空間切断付与】」


 空中にいた男は落ち着いた声でそう言うと、空間と化していた俺のスライムを攻撃する。すると物理形態に移行し、ただのスライムとなって俺の腕へと落ちてきた。


「大丈夫か!? ……【回復術】っ!」

「はは、相変わらず兼業が好きだね君は」


 そう言う彼は、空中に浮かびながらも再び聖剣を構えていた。


 落ち着いた口調の割に好戦的で、鎧は自作と思しき聖騎士のような装い。そして何より、PIO民のくせに剣一本を獲物とする歪さ……!


「お前はまさか……≪剣聖≫か!?」


 PIOとは思えないシンプルな二つ名を持つ彼は、パワーインフレ・オンラインの上位ランカーだ。


 四天王最後の一人に乗り移ったのは、俺のライバルの一人だったのである……。

あと二話で本編完結となります!

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