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秋 オリオンのかげに  作者: あめのにわ
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2

 (個室に戻ろうかな……)


 欠伸あくびしながら立ち上がったトキ子は、ふと、少し離れたクロスシートのマス席に、乗客の姿を認めた。


 二人だった。一人は二十代後半の女性であり、その隣にいるのはリュックサックを背負った七歳ほどの男の子である。


 二人のいでたちは、どうも長距離旅行者には見えない。女性は水色のワンピース姿で、荷物はハンドバックだけであった。


 女性は隣の子どもの肩をやさしく抱いて、他愛もない言葉をかけている。しかし子どものほうはほとんどしゃべらず、しかめっつらをして、じっと前を見据みすえているだけだった。


 (家族のようにも見えないな)


 なぜかトキ子は興味をかれた。


 幸い、手元にはキオスクで購入した「ニャガリコカツオ味」が未開封のまま、一袋残っていた。これはマッシュポテトにカツオフレークを混ぜたスティックを油で揚げて、塩とスパイスで調味したお菓子である。


 トキ子は近づいて声をかけた。


 「あのぅ、良かったら、食べませんか?」


 女性はさいしょ少し驚いたようにトキ子を見たが、すぐに表情をゆるめた。


 「あら、そんなお気遣いいただいて悪いわ」

 「じゃ、お子さんはどうですか?」

 「ええ、でもきっとお腹いっぱい……」


 しかし、子どもの目はまんまるに見開き、ニャガリコの箱をしっかり補足していた。そしてぺろり、と舌なめずりをして、つばを飲み込む。


 「……って感じでもないみたいね。なあんてことかしら」


 苦笑した女性は、トキ子と顔を見合わせた。二人は思わず吹き出してしまった。


 トキ子が箱を開けて内袋うちぶくろを取り出すや否や、小さい手はそれをひったくるように抱き寄せ、封を開いた。


 「これ、行儀の悪いこと!」


 女性はしかったが、子どもは無反応で、もくもくと食べ始める。けれどもいちどそれを手元に確保してしまうと、あわてるそぶりは消えた。一本取り出して、少しずつかじりながら、よく味わって、飲み込む。


 「気に入ってもらえて良かった」


 トキ子はお世辞抜きに言った。


 「ごめんなさいね、ほんとは、いま、お腹空くはずないのに……」

 「ニャガリコは美味しいからね!」


 トキ子は笑いかけたが、子どもは相変わらず無表情に食べ続け、聞いているのかも判然はんぜんとしない。しかし顔に浮かんでいた緊張感は幾分いくぶん薄れていた。ときどきちらりとトキ子に目を向け、気にはしているようだ。


 「お子さんですか?」


 とトキ子は尋ねた。女性は苦笑した。


 「あら、やだわ、そんな風に見えるかしら?」

 「ご、ごめんなさい……」


 (違ったのか)


 少し意外だった。たしかに若かったが、どことなく子どもの扱いに慣れている感じを受けたからだ。

 それを察してか、女性は続けた。


 「子どもはね、いるのよ。いまは置いてきたけど。でもこんなに大きくはないわよ」


 女性は悪戯いたずらっぽく笑った。


 「実はね、次の駅まで、この子を連れて行くことになってるの。ちょっと知り合いに頼まれてね」


 そうなんですか、とトキ子は納得したようなしないような言葉を返す。

 そしてふと気になった。


 「お子さん、小さいんですか? お母さんがいなくて、さみしくないかしら」


 女性は、あら、という目をした。


 「心配してくれるのね。ありがとう。でも大丈夫、娘のことはしっかりお願いしてきたから。まだ三つにならないくらいよ。ちょっと泣くかもしれないけど」


 「ええ、きっと泣いちゃうと思う。お母さんのほうがいいんじゃないかなあ」


 女性は何も応えなかったが、でもしょうがないのよ、と言いたげに笑った。そしてふと子どもを見て、


 「この子、すねてるでしょ」


 「むむ、たしかにぶーっとしてる」


 「お母さんがいないのよ。でもお兄ちゃんと一緒にいつも二人でコロコロと遊んでて…… 事情があって、一人だけ連れてこられちゃったから、すねてるのよ」


 子どもは相変わらず「にゃがりこ」を食べていたが、その言葉を聴いて、口元に菓子を運ぶ動きが少し止まった。不満だけれど、ぶつけることができないのだろう。

 それに応えるかわりに、女性は子どもの頭をぐりぐりと愛撫あいぶした。子どもはやはり無表情である。


 「ねえ、ところであなたは旅行なの?」


 こんどは女性が問い返した。


 「わたし、星のかけらを探してるんです!」


 トキ子は胸を張った。


 「星の…… わたしはあまり聞いたことないけど…… どこにあるの?」


 「……ええと、はっきり分からないけど、……きっと見つかると思う。嘘じゃないんです。どこに現れるのか、全然分からないんだけど、ときどき出現するんですよ。何度か、こーんなに近くまで近づいたことがあるんだけど、すぐに遠ざかってしまったの」


 「そう。わかったわ」


 女性はほおをゆるめた。


 「でも、一人旅、大変じゃない?」


 「あ、いまは一人ですけど…… 仲間がいるんですよ。もう向こうで寝てるけど、クリという猫と、探偵さんです。でも探偵さんって、《《としうえ》》のくせに、てんでだらしないんですけどね…… あと、車掌さんも良くしてくれるし」


 「そう。見つかると良いわね」


 いとおしげなものを見るように、トキ子を見つめた。


 「そう、あなたのお名前は?」


 「トキ子です」


 「……トキ子さん」


 女性はふと、遠くを見るような目をした。そして半ばささやくように、


 「きっと、いつか…… あなたも私の場所に立つことになると思うわ」


 「えっ?」


 思わず聞き返す。


 しかしそのとき、女性はもう子どものほうを向いて何か話しかけていた。まるで、さっきの言葉は無かったかのように。


 トキ子は問いただすことができなかった。


 そして子どもと一緒に遊んだり、他愛たあいもない話を続けているうちに、いつしかその言葉に対する疑問も雲散うんさんしてしまった。


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