2.観月堂
なるほど、突き当たりが店なのか。
奥通りに続く路地の突き当たり正面に、古い喫茶店のような、なのに妙に圧のある不思議な雰囲気のお店が立っていた。
狭い水路に小さな橋を隔て立つそこは離れ小島の隠れ家のようで、大通りの傍にあるとは思えない不思議な立地をしていた。
「あ、でも看板可愛い」
可愛らしい、三日月型に彫られた木の看板に、達筆な筆で観月堂と書かれている看板はカフェのように見えなくもない。大正ロマンを彷彿とさせる外観も相まって本当に老舗の喫茶店のような雰囲気でもある。
この、妙に、浮世離れした雰囲気さえなければ。
刀という言葉に、非日常的な響きと勢いだけで来てしまったことをまつりが早まったかなと思うにはちょうど良い、緊張感が漂うのは、その扱う品物が独特だからか。
「おや、珍しいね、こんなお嬢さんがここまで来るとは...最近流行りの刀剣女子さんというやつかな?」
橋の手前で立ち止まってしまったまつりに、温厚そうな声がかかる。
おそらくスキンヘッドなのだろうか、頭にタオルを巻き、作務衣を着た、一見するとお坊さんに見えなくもない初老の男性。父親より上くらい、かな初老は失礼か。
「あ、あの!すみませんこれを拾いまして」
奥通りは水路に面した飲食店街のようで、ただ昼間はやっていないのか看板はまだ出ていない。思いの外ヨーロッパのような、大正ロマンのような外観が他にもあるのは町並みごと保存された地区なのだろうか。
そのしんとしたまだ起きない通りに、祭りの声は思ったよりも響く。
「あー、いっくんだな。いやー、思いつきでノベルティマッチ作ったんだけどそもそも配るほど店には客来ないだろ!って」
怒られちゃったんだよ。お坊さん(仮)は笑うと人好きするような顔で後頭部に手をやった。
しかも今どきマッチ使うやつなんかいるか!
って言うのに、じゃああげるよって言ったら貰ってくれたんだけどね。
「君もいるかい?マッチ。あと、刀せっかくだから、見てみるかい?」
マッチはおそらく使うことはないと思うが刀をまさか見られる機会があるなんて!
飛びつきそうな内心を抑え、まつりはご迷惑でなかったらぜひ、とその誘いに乗った。
「そうだ、申し遅れたね、私は観月なおと。この、刀剣店の店主をしているよ」
「や、山崎まつりです」
折り目正しく深々と頭を下げた観月につられ、まつりも思わず頭をバッと下げる。
ゆっくり腰を起こすと、ニコニコと微笑むその顔は、
(うわー、菩薩...いや、観音様みたいな方だ)
「礼儀正しい方だね、この辺りの子じゃなさそうだから、そこの大学生さんかな?」
そこのとはまつりも通う共学の私立大学の事だ。地方都市の、ひとつであるここは地方自治機能から、県の経済、金融、学業と、ありとあらゆる機能が集約され凝縮されたような町。とはいえいち地方都市なので都内ほど大学はひしめいておらず自ずと選択肢は限られる。
「はい、まだ1年生なのでようやく慣れた所なんですけど」
と言って拭った汗は緊張か暑さか。
九月の半ば。ここ数年にしては比較的過ごしやすい暑さだが、比較的なだけで、やはりまだ残暑は残る。
「おや、あまり立ち話もいけないね。うちは祖父の代の頃道楽で喫茶店もやっていたから設備はあるんだ。冷たい飲み物も出そうね」
有難い申し出にまつりも少しだけ緊張を解いて頷くと、店舗の中へ、誘われるように入っていった。