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違和感

「何か分かったかい?」

「有益な事は何も……。ただ、不可解な事が多いですね」


 血に濡れた手袋をつけたシアが建物から出てきた。彼女はアーロインの遺体を調べていた。

 アーロインの死体が発見された時、シアが検死を行うと名乗りを上げた。シズルは知らなかったが、つい最近までシアは医者として活動していたとのことだ。


「死因は出血性ショック死です。確かにお腹の傷は深いですが、内臓はほとんど傷ついていませんでした。迅速に処置すれば助かった可能性が高いです」

「それが何だって言うんですか……?」


 俯いているセリが青い顔で呟いた。シアは淡々と自分の考えを口に出す。


「傷を負った時、彼は即死ではありませんでした。彼には暴れたり、傷を手当したり、助けを求めたりする選択肢があったはずなんです。けれど、彼の体は不自然なほどに綺麗でした。この出血量です。痛みにのけ反ったり、傷口をおさえようとしたりすれば、体のいろんな場所に血が付くはずです。でも、そんな跡は一つもありませんでした。つまり、彼は椅子に座った状態で無抵抗に凶器で刺されたという事です。そして、助けも呼ぼうともせず、傷を塞ごうともせず、じっと椅子に座ったまま過ごしています。……死ぬまでずっと」

「もう聞きたくないです……」


 セリは泣きそうな顔で一行から少し離れた。シズルは護衛のために弥那を彼女に付ける。弥那にもこんな話は聞かせたくなかった。


「ふふっ、シズルは優しいんですね。お姉ちゃんは少し安心しました」

「茶化さないでくれ。続きを頼む」


 シアは少しやつれた顔で笑った。シズルは恥ずかしくなってそっぽを向いた。グートも話の続きをうながした。


「先ほどの話からすると、薬か魔法で眠らされていたという事かい?」

「もしくは、本当の死因を隠した結果、傷が残らなかった可能性もあります」

「死因を隠したとは……?」


 グートが怪訝そうに眉を顰めた。シアは神妙な顔で頷いた。


「つまりですね。まず別の方法で殺してから回復魔法で死体を綺麗にします。その後にお腹を割けば、今回のような状態になると思います。死因を隠したいなら有効な手段です」

「そうか……。話は少し変わるけど、あのアーロインは魔法で顔を変えられた別人という線は無いかい?」

「それは無いです。死体を詳しく調べましたが魔法の気配はありませんでした。あれは間違いなくアーロインです」


 シアは力強く断言した。グートは口元に手を当てて少し考え込んだ。


「うーん。犠牲者はアーロインさんで確定かな……。まずは、どうやって部屋から連れ出したのかを考える方が良さそうだね」

「いや、隠したという事は、死因に犯人を特定する鍵があるんじゃないか?」

「ああは言いましたが、普通に眠らされていただけの可能性も高いですよ?」

「えー。ボクはあんまり犯人に興味ないかなぁ」


 頭を突き合わせて意見を交換していたシズル、グート、シアの三人は、ノルイに視線を向けた。視線を向けられたノルイは、唇に指を当てながら首を傾げた。

 グートは身も蓋もない事を言い出したノルイに問いかける。


「どういう事だい?」

「だってさぁ。アーロインがいなくなった時、ボクたちは大広間に全員いたよ? じゃあ、犯人は外部犯だよ。犯人がどうやってアーロインを連れ出したのかは分からないけど、壊せない建物なんて物がある塔だよ? ボクたちの知らない魔法でアーロインを連れ出したとしてもおかしくないよ。もしもそうなら、犯人に辿り着くための情報が集まる保証はないと思うんだ」


 だから、ボクたちが取れる手段は二つだ。とノルイは二本の指を立てた。


「一つ。撤退する。一番被害が少なくて済むね。得られるモノもないけど」


 そして、指を一本折りたたむ。


「二つ。先に進む。アーロインが抜けても戦力的にはほとんど変わりがないからね。先に進んで塔の調査を進めるんだ。密室の謎を解く手がかりが見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。でも、犯人が襲ってくるなら、返り討ちにしちゃえばいいよ。密室の謎を解くよりも手っ取り早いよね。さぁどっち?」


 ノルイの言う事も尤もだった。現状ある情報だけで犯人に辿り着ける保証なんてないのだ。

 グートは少し考えて口を開いた。


「彼女を交えて方針を練ろう。彼が亡くなった今、調査隊のリーダーはあの人だ」


 そう言ってグートは座り込んでいるセリに視線を向けた。






 ――

 ――――


「撤退するべきだと思います! こんな場所に一瞬たりとも居たくありません!」


 グートがセリに話を持っていくと、彼女は涙目で即答した。不安そうに周囲を見渡して怯えをあらわにしている。グートは安心させるようにセリの手を取って話を続けた。


「それは、危険だからという理由ですか? それとも、撤退する論理的な根拠はありますか?」

「ぅっ……」


 セリは小さな呻き声を上げた。

 もとより、塔に危険があるのは分かっていた。ゆえに、多少の危険では撤退は行えない。

 セリは深呼吸をして、先に進むメリットとデメリットを天秤にかけて考えている。そこに、ノルイの能天気な声が割り込んだ。


「ボクは先に進むのに一票かな。このくらいの危険は初めから織り込み済みさ」

「わたしも、先に進むのがいいと思います。何も得る事なく帰るなんて出来ません」


 シアも自分の意見を出していく。グートは何も言わなかったが、セリを見つめる目には先に進むべきだという意思が見え隠れしていた。

 セリは唸り声を上げながら考えていた。そして、弱々しく答えを出した。


「うぅ……。亡くなったのはアーロインだけで、戦力は減っていません……。撤退しても戦力を増やす余裕はないでしょう。ならば、先に進むべきです……。進捗はこの階層の生態調査だけで、肝心の瘴気については成果がありませんし……」


 セリは泣きそうな顔で結論を出した。

 シズルは安堵の息を吐いた。セリたちが撤退するなら弥那と二人だけでも先に進む気だった。戦力が減らなくて一安心である。

 グートはセリの決定に粛々と頷いた。ノルイはそう来なくちゃと言いたげな笑みを浮かべた。ノルイには戦闘狂(バトルジャンキー)の気があるのかもしれない。


「ひとまず、拠点に戻りましょう。もう一度部屋に異常がないかを確認します」


 一行は寝床にしていた住居に戻り、部屋に異常がないかもう一度調べる事にした。

 アーロインが遺体で発見されたため、以前よりも念入りにだ。

 しかし――


「結局、何も見つからなさそうだね」


 アーロインが寝泊まりしていた部屋を調べていたグートは肩を竦めて言った。

 実は窓の格子が簡単に取れたという事もなく、実は隠し通路があったという事もなく、未知の魔法陣が発見されたという事もない。進展は何もなかった。


 しかし、思わぬ所から調査が進展する。


「みんな! ちょっと来て! 怪しい物があったよ!」


 隣の部屋からノルイの声が聞こえた。シズルとグートは顔を見合わせてノルイが調べていた部屋に向かう。

 興奮冷めやまない様子のノルイの元に向かうと、部屋の床が剥がされていた。そして、彼の足元には地下に続く階段が顔をのぞかせている。


「……隠し通路?」


 グートの唖然とした声が響いた。


「ここを通ればボクたちに気が付かれずに出入りが可能だよ!」


 ノルイは胸を張って誇らしげに言った。

 隠し通路が見つかった部屋は大広間から死角になっており、侵入するのにうってつけの場所だった。ここから侵入すれば、一行に気付かれる事なく、部屋に戻ったアーロインを攫う事が出来る。出来るのだが……。


「使われた形跡がないな……」

「えー……」


 入り口付近を少し調べただけで、この通路が長年使われていない事が分かった。

 埃が積もりに積もっており、人が通れば跡がくっきりと残ってもおかしくない。しかし、最近誰かが通った形跡はなかった。

 男性陣が頭を悩ませていると、建物の外で未知の魔法が使われた痕跡がないか調べていた女性陣が戻ってきた。


「隣の部屋や建物の外も探しましたけど、魔法陣は仕掛けられていませんよ」

「そちらは何か進展はありましたか?」

「シズくん! お尻は無事ですか⁉」


 女性陣は何も発見できていなかった。

 しかし、一行の中で最も魔法に造詣が深いシアが断言したことで、アーロインの消失に魔法の罠が仕掛けられていた可能性が低い事は分かった。

 グートは痴話げんかを始めたシズルと弥那を無視して、セリに声を掛けた。


「ああ、それなんだけど……」


 グートが隠し通路についてセリに説明する。

 しばらく亜麻色の髪を弄りながら考え込んでいたセリは、頷いた。


「隠し通路を調べましょう。私たちの元々の目的は塔の調査と瘴気の解明です。その手掛かりになるかもしれません。それに、こんな場所にある隠し通路が事件に関わっていないと考える方が不自然でしょう」


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