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始めの異変

一人称と二人称の表記ミスが多かったので直しています。

人の呼び方で犯人を推測する要素は無いです。

 一夜明けて、シズルとノルイが部屋を出ると、大広間でグートが鼻歌交じりに鍋をかき混ぜていた。一緒にいるアーロインは水を口に含みながらじっと本に目を落としている。


「相変わらず早いね。とてもじゃないけどボクには無理だよ」

「早起きされても、調理を誰かに預けるつもりはないけどね」


 呆れ顔のノルイに、グートは楽しそうに言った。

 しばらくすると、シアと弥那が揃って起き出してきた。ぱぁっと顔を輝かせた弥那は、昨日のことなど忘れたようにシズルに駆け寄り、彼の腕を取った。


「おはようございます、おはようございますシズくん! 大丈夫ですか? 男の子が好きになるような出来事はありませんでしたよね? 女の子が好きなままですよね⁉ いえ、女の子が好きと言い切られても困るのですが……」


 どうしろって言うんだよとシズルは途方に暮れた。間違いなんて起こらなかったと叫びかけて、一瞬口ごもる。ノルイが布団に潜り込んだ時、少しどきりとしたからだ。

 弥那は泣きそうな顔でシズルの腕を引っ張っている。シズルはノルイに言われた事を思い出した。

 言葉にしないと、何も伝わらない。言葉にしないと、弥那を傷つける。


「……弥那。昨日は何も起こらなかった。俺が好きなのは弥那だけだから」

「……。何で目を逸らすんですかシズくん」


 弥那はジト目でシズルを見つめていた。一瞬でやましい事があったと見抜かれた。

 シアが蔑んだ目でシズルを見ていた。すがすがしいほどに自分の過去を棚上げしていた。


「うぅ……。やっぱり弥那じゃ、弥那じゃダメなんですかっ……!」


 ぽろぽろと弥那が涙をこぼす。シズルはやるせなさで肩を震わせ、そして大きく深呼吸した。

 弥那の体が、ぎゅっと抱きしめられ、唇を奪われた。弥那が驚いていて目を開くと、既に先ほどまでの感触は無く、ぶっきらぼうにそっぽを向いたシズルがいるだけだった。


「シズくん、今のって……」

「今はこれだけで我慢してくれ」

「はい! 大好きです、シズくん!」

「ちょ、痛たたたっ⁉ 少しは加減してくれ!」


 加減を間違えた怪力で抱きしめられて、シズルの骨が悲鳴を上げた。封印を強化して彼女の怪力を抑え込む。弥那は鎖の締め付けを感じて、ようやくやり過ぎに気が付いた。


「ご、ごめんなさい……。大丈夫ですか……?」

「ああ、何とか……」


 念のためシアに回復魔法をかけてもらう。グートやノルイの生暖かい視線が痛かった。アーロインだけは周囲を完全に無視して本に目を落としている。

 顔を赤くしている弥那をノルイがからかい始めた所で、シアがシズルの耳元で囁いた。


「よく誤魔化しましたね。義弟が沢山の女の子を泣かせていないか、お姉ちゃんは心配になってきました」

「バカな事言うなよ……。弥那にしかこんな事はしない」

「ふふっ、そうですか。分かりますよ、その気持ち」


 何の冗談だと、シズルは半眼になった。シアは艶めかしく笑うだけだ。そして、ふと思い出したように言った。


「それにしても、弥那さんはちょろいですね。これはわたしが鍛えてあげるべきな気がします」

「変な事を吹き込まないでくれよ……?」


 弥那がシアの毒牙に掛かる光景を想像してシズルは青ざめた。この義姉の影響はあまり受けて欲しくない。

 シズルがどうやってシアから弥那を守ろうかと思案していると、目元にクマを作ったセリが大広間にふらふらと現れた。

 使役した従魔が彼女を守るように後ろに控えている。


「……おはようございます。遅れて申し訳ありません……」

「昨夜は遅かったので仕方ありませんよ」


 シアが水の入ったコップをセリに手渡した。セリはそれを一気に飲み干した。

 今まで我関せずを貫いていたアーロインは、空になったカップを傍に置いて本を閉じた。


「今日の予定を伝える。資料を取ってくるので、先に朝食を取っていてくれたまえ」


 それだけ言って、アーロインは寝泊まりしていた部屋に向かった。廊下を曲がり、アーロインの姿が見えなくなる。それを見送って、一行はグートの作ったスープを受け取っていった。




 ――

 ――――

 スープが全員に行き渡って、しばらく待ってもアーロインは戻ってこない。

 ノルイのお腹がグーと鳴った。


「ねぇ。食べないの? アーロインだって先に食べてろって言ってたじゃん」

「……それもそうだね。いただくとしよう」


 グートがセリに視線を向けると、彼女は頷いたので許可を出す。

 一行は、それぞれ祈りを捧げてからスープに口を付けた。肉の甘味がスープに溶け込んでおり、飲みやすい。塔での食事は保存食になると覚悟していたシズルと弥那にとっては、柔らかい肉を食べられた事が驚きだった。

 順調に一行の箸が進む。

 用意された鍋の中身がほとんど胃袋に消え、残りがアーロインの分だけになっても、まだアーロインは戻ってこなかった。

 少し離れた場所で従魔に生肉を食べさせていたセリに、グートが声を掛けた。


「資料を取ってくるのに、こんなに時間がかかるものかい?」

「うーん……。昨日は眠くて片付けが雑だったかもしれません……。見つからない資料があるかもしれないので、私も行ってきますね」

「念のため、僕も行こう」


 セリとグートはアーロインの部屋に向かっていった。昨晩、二人が資料を纏めていた部屋をノックするが、返事が返ってこない。


「アーロイン? 入りますよ」


 セリは首を傾げつつ扉を開けた。そして、不可解そうな声を漏らした。


「――え?」


 彼女の隣にいたグートは眉を顰めて難しい顔になった。


「誰もいない……?」





 ――

 ――――


「……水?」


 一行はアーロインが寝泊まりした部屋の前に集っていた。

 扉の前に来てシズルが疑問に思ったのは、部屋の中、入口付近の床が濡れている事だった。

 しかし、目立った異常はそれだけで、部屋が荒らされた形跡はない。


 机の上には研究資料と、今後の方針をメモした紙が置いてある。しかし、肝心のアーロインの姿はなかった。

 アーロインが寝泊まりした部屋以外にも大広間から死角になっている部屋はあるが、その何処にも彼の姿は無かった。


「便所にでも行ったか?」

「いや、それは無いだろうね。外に出るには必ず大広間を通らなければならないんだ。大広間にいた僕たちに気が付かれずに外に出るのは難しいと思うよ」


 シズルの思い付きをグートが否定した。

 念のためアーロインが大広間を通って外に行くのを見た人がいるか聞いてみるが、誰もが首を横に振った。


「窓も無理ですね」


 セリが部屋の中に入ると足元の埃が舞った。シアが少し咳き込んだが、お構いなしだ。

 格子戸になっている窓に手を触れるが、建物と一体になっているため、開かない。


「窓の格子は建物と同じ素材でできています。つまり、現代の技術では壊せません」


 窓からの脱出は不可能で、建物から出るための通路は大広間から目視できる。つまり、アーロインは密室から跡形もなく消失したという事になる。


「それにしても、よくこんな部屋で寝起きしていたな……」


 呆れ顔で呟いたシズルに、シアは全力で頷いた。

 机の上には塔の調査資料が置いてある。机の上は掃除されていたが、床は埃だらけのままだ。ベッドは無いので、寝袋を床に敷いて寝たはずだ。歩くだけで咳が出てきそうな部屋でよく眠れたものである。


「彼はこういう事に頓着しない人だったしね。それよりも、アーロインさんを探そう。偶然、僕たち全員が目を離している間に外に出たのかもしれない」


 グートは欠片もそう思っていなさそうな顔で指示を出した。

 この町に魔物が入ってくる可能性は低い。とはいえ、絶対ではない。はぐれの魔物から護衛対象(アーロイン)を守るため、一行は周囲の警戒を怠っていなかった。そんな状態で、メンバー全員がアーロインの単独行動を見落とした可能性は、低いだろう。

 しかし、限りなくゼロに近い可能性ではあるが、ゼロではない。一行は三手に分かれて町の中を捜索する事にした。


「セリさんとシア、シズルと弥那、僕とノルイの三チームで町を散策する。絶対に森には入らないでくれ。アーロインさんを見つけたり、何か異常があったりしたら空に魔法を打ち上げて欲しい。太陽が真上に来た時点で何も見つからなかったら、今いる場所で落ち合おう」

「グートたちは? 魔法を使えるメンバーがいないが……」

「確かに僕とノルイは魔法を使えないが……。遠方に異常を知らせる手段がない訳じゃない」


 組み分けが終わった所で、一行は町の中に散っていった。

 シズルと弥那は廃墟の町に残った住居を一軒一軒確認していく。


「シズくん……。彼は無事でしょうか……? 弥那は、なんだか嫌な予感がします……」

「何が起こっているのか分からない。でも、何か異常なことが起こっているのは確かだ……。絶対に俺から離れるなよ?」

「はい、シズくん! ぎゅってします!」


 弥那はシズルに触れるほどに近づいた。それでも、弥那と離れ離れになってしまう予感がして、シズルは安心できなかった。

 じりじりと時間が過ぎていく。太陽が少しずつ町の真上に近づいていく。けれども、シズルと弥那が探した建物の中に人の気配は一つもなかった。


「やっぱり、アーロインは建物から出ていなかったのか……?」


 唯一の入り口はシズルたち一行の目に入る場所にあった。それ以外の場所には、とてもじゃないが人間が出入り出来る隙間は無かった。常識では考えられない。ならば、常識ではない魔法を導入すればいい。

 例えば、対象を透明にする魔法。例えば、対象を小さくする魔法。例えば、対象を別の場所に転移させる魔法。例えば、壁をすり抜ける魔法。そんな魔法が部屋に仕掛けられていたと考えればいい。

 現代の技術では破壊不可能な建築物があるのだ。あり得ない話ではない。


 しかし、そこまで考えてシズルは首を振った。

 再現できない魔法を前提に推測するのは最後の手段である。今ある情報でどうにか出来ないかを考えるのが先だ。

 だんだんと焦りが増してきた。住居を回る足が次第に速足になっていく。弥那も落ち着かないようだ。じくじくと背中を這いずる良くない予感がシズルの背中を焦がしていく。


「あれは……?」

「あ、ちょっと、シズくん!」


 何件目かの住居を調べ終えて、失意と共に外に出た時、赤色の煙が上がっているのが見えた。

 それが、グートの合図だと気が付いたシズルは狼煙の元に向かう。弥那も少々遅れて彼の後を追った。

 そして、シズルは松明を握ったグートと合流した。松明からは赤い煙がもうもうと上がっている。


「何かあったのか……?」

「それが、アーロインさんは見つかったんだが……」

「……」


 言い淀むグートの様子から、シズルは良くない事があったのだと感じ取った。

 シズルは住居の扉に手をかける。


 むわりと広がる鉄錆びの臭い。


 扉の先の光景を見て、シズルは言葉を失った。

 これを目にする人間の数は少なければ少ないほどいい。そう判断したシズルは弥那が来る前に扉を閉めようするが――


「ま、待ってください……。早いですよシズくん……。弥那に離れるなって――」

「み、見るなッ!」


 シズルは少し遅れてやってきた弥那の目を塞ぐ。

 しかし、間に合わなかったようだ。


「あ、ぁあ……。うっ……」


 弥那は胃の中の物を吐き出さないように口を押えた。何度も何度も肩を震わせて息をして、暴れ狂う衝動を整えている。シズルは彼女の目隠しを続けながら、強く強く弥那の体を抱きしめた。


「あ、アーロイン……?」


 弥那が落ち着く前にシアとセリも辿り着いた。セリは青い顔で蹲り、シアは住居の中を能面のような顔でじっと見つめていた。


 アーロインは住居の中の椅子に静かに座っていた。その目からは光が失われ、何も写さない瞳は虚空を見つめている。

 切り裂かれた腹部からは大量の血が流れだし、部屋の地面を赤く染めていた。血が流れ過ぎてもう手遅れなのは誰が見ても明らかだった。


 彼が目を覚ます事は、二度とない。


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