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面倒な人たち

 魔物の群れに追われた一行は森を抜け、塔の中心部にある、棄てられた都市に辿り着いた。

 民家らしき建築物に足を踏み入れた瞬間、たまった埃が舞い上がり、すえた臭いが広がった。


「うっ、気分が悪いです、シズくん……」

「ごめん、我慢してくれ……」


 シズルは弥那を抱いて彼女の口を覆った。

 弥那は顔を赤面させて倒れそうになっていた。弥那が役立たずになっている間、ノルイやグートが家具を動かして入り口を塞いでいる。しかし、入り口の封鎖を妨害するように魔物が体を押し込んでくる。シズルはそれを鎖で迎撃した。


 必死の抵抗が成果を為し、籠城が完成した。


 しばらくの間、魔物が建物に体当たりする音が響く。しかし、突破が不可能だと悟ると次第に森に戻っていった。


「……ほとんど森に戻ったけど、何体か残っているね。ここから見えるので四体ほど。諦めが悪い」

「生け捕りにするには手頃な数になったと思うがね」


 格子状の窓から外を見つめていたノルイは、アーロインの言葉に肩を竦めたが――


「ノルイ! 窓から離れろ!」


 グートが焦りを含んだ声音で叫んだ。

 窓から魔物は進入できない。その油断がいけなかったのであろう。死角に潜んでいた魔物が格子戸の隙間にくちばしを入れてノルイに噛みつこうとした。


「やばッ……⁉」


 ノルイは咄嗟に顔を窓から離し、魔物の口に短剣をねじ込んだ。短剣に込められた能力が口内を蹂躙するが、魔物は傷を無視してノルイの手首を食い千切ろうとする。

 ノルイは肉が裂けるのにも構わず、噛みつかれた手を引き抜いた。密閉された空間に血の臭いが漂った。手首が食い千切られる事は避けられたが、ノルイの短剣は魔物の腹の中だ。


「ここでノルイの魔剣が奪われるのはマズい! 打って出るぞ!」


 シズルと弥那で入り口の家具を退かして、籠城を解除する。

 入り口が開いた瞬間、突撃してきた魔物の首をグートが切り飛ばし、その後ろにシズルと弥那も続いた。

 残り少ない魔物に勝ち目は無かった。狼に似た大きな魔物がシズルの鎖に生け捕りにされ、残りが倒された。


「ぅっ……。ごめん。ボクが油断したばっかりに」


 シアに魔法で傷を治されながら、ノルイは申し訳なさそうに頭を下げた。


「大丈夫だ。取り返しのつかないミスではなかった。それに、魔物を生け捕りにも出来た」


 何もしなかったアーロインが淡々と頷いた。

 そうしている間にも、魔物の死体が瘴気となって消えていく。カランっと音を立てて魔物の死体の中からノルイの短剣が地に落ちる。

 弥那が瘴気の中から短剣を回収してノルイに手渡した。

 シアがノルイの手を治したり、瘴気を払ったりと忙しくしている間、アーロインとセリは地面に魔法陣を描いていた。


「何をしているんだ?」


 魔物を捕獲するように指示を出した事と何か関係があるのだろうか?

 シズルは興味深そうに魔法陣を見つめた。


「魔物を使役するための魔法陣だ」

「そんな物があるのか……」

「とはいえ、欠陥も多い。魔法陣が効果を発揮するまでかなりの時間がかかる。その間、魔物を陣の中に留めておかなければならない。狂暴な魔物を陣の中に留めておくのは至難の業だ。かと言って、弱らせた魔物を使役したところで大した戦力にはならん。まだ研究段階の技術だな。その点、君の鎖の魔法は素晴らしい。魔物を傷つけずに生け捕りに出来るわけだからな。そもそも、魔物という存在が知られるようになったのはここ数年の事だ。軍事利用が可能になるまで、百年はかかるだろう。仕組みとしては――」


 アーロインは堰を切ったように話し出した。

 シズルは地雷を踏んだのを後悔して苦い顔をした。瘴気についてにわか仕込みの知識しかないシズルにはアーロインの話はさっぱり分からなかった。セリとシア以外のメンバーもついていけないようだ。助けてくれる気配もない。皆、我関せずを貫いていた。


 結局、捕らえた魔物を制御下に置くまでの間、アーロインは饒舌に話し続けた。


 シズルに理解できたのは、魔物を制御下に置くには膨大な時間がかかる事と、実用化までにまだまだ年月がかかるという事だけだった。それまでに瘴気の問題が解決していなければの話だが。


「アーロイン。これからどうします?」


 誰にも止める事は不可能だと思われたアーロインの話にセリが割り込んだ。アーロインは顎に手を当てて思案した。


「今日は休んだ方がいいだろう。集落の周辺はあらかた調べた。かと言って、今から遠出しても満足いく結果は得られないと思われる。それに、今日の記録を纏めたい」

「分かりました」


 研究者たちの意見は纏まったようだ。

 二人は籠城していた住居にずかずかと入っていく。

 彼らの護衛であるノルイ、グート、シアが少し肩の力を抜いたように見えた。


「それじゃあ、僕らも一旦お暇しようか。三人ともこっちに来てくれ」


 シズルと弥那はグートに言われるままに彼を追う。彼は家主のいない民家の中を我が物顔で歩いていた。そして、大広間に付いたところで、腰を下ろした。

 ノルイやシアも彼と同じく休む体勢だ。シズルは首を傾げた。


「二人だけにしてもいいのか? セリとアーロインは戦えないんじゃ」

「大丈夫だよ。魔物はこの町にほとんど入ってこないから。護衛代わりの魔物もいるしね。僕たちが駆けつける時間くらい稼げるさ。それに、近くにいても『気が散って作業にならん!』って追い払われるだけだしね」


 グートは肩を竦めながら言った。彼も苦労しているようだ。ノルイとシアも彼に同意するように頷いている。

 アーロインが支配下に置いた大きな狼の魔物の姿を思い出して、シズルも腰を下ろした。何かあれば魔物を盾にして時間を使うだろう。

 シズルに続いて、弥那は彼の後ろに隠れるように座った。


「魔物が町に近づかないのは以前の調査で分かっていたんだ。理由までは解明されていないけどね。初めは軍が調査を進めていたらしいんだけど、道中の魔物の襲撃で兵站の補給がままならなくなったみたいだね。かなりの死者と行方不明者が出たらしいよ。でも、国内で起きている魔物事件を解決する手がかりが塔にあるのは分かっていた。だから、狩猟だけで食料を賄える小人数で調査する事になったんだ。他にも理由があったらしいけど」

「人手不足か」


 グートは頷いた。


「魔物の被害が国のあちこちで出ているから、塔にだけ構っている訳にもいかなくなった。他国の攻撃に対する武力も残しておかないといけない。民間に塔の攻略を勧めるくらいには人手が足りない。アーロインさんとセリさんは軍の研究者だけど、僕たちはお金で雇われているのがその証拠さ」


 グートはほくほく顔で言い切った。結構な額のお金をもらっていそうだ。


「話はズレたけど、よっぽどのことがない限りこの町に魔物は近づかない。だから、アーロインとセリさんを二人で残しても問題ないさ。それに、建物も魔獣の攻撃を耐えるくらいに頑丈だしね」

「いや、ここは廃墟だろ? 建物も大分ガタが来てるんじゃないのか?」

「そうでもないさ。よく壁を見てくれ」


 シズルと弥那は言われるままに壁を見た。そして、おかしなことに気が付いた。


「傷や割れが全くない……?」


 人に捨てられた集落は時間と共に自然に飲み込まれるものだ。建物が風化し、脆くなった部分から植物に侵食される。人が破棄した場所に野生動物が巣を作る。そうして、自然の一部に還っていく。

 しかし、この建物にはそんな跡は一つもない。窓から隣の建物を見ても同様だ。壁には傷一つなく、割れ目もない。自然の侵略を完全に受け付けていない。埃は被っているが、それだけだ。


「軍も耐久性を調べたらしいよ? でも、現代の技術じゃ傷一つ付けられなかった。この建物は神様が作った。……なんて噂になる程には頑丈だね」

「へぇ……」


 試しに鎖を突き刺してみた。けれども傷一つ付かなかった。弥那もやりたそうにしていたが、シズルが止めた。弥那が素手で殴って怪我をしても面白くはない。

 シズルと弥那が興味深そうに壁を見ていると、グートが話題を変えた。


「さて、部屋割りを決めようか。夜はアーロインさんが部屋を一つ使い、僕とノルイで一部屋、シアとセリさんで一部屋を使っていたんだ。二人にも男部屋と女部屋に分かれてもらいたい」

「弥那は反対です! 断固拒否します! シズくんと一緒の部屋がいいです!」


 弥那は悲痛そうに手を挙げた。シアが顔を赤くして頬を抑えた。


「だ、ダメですよ、弥那さん……。塔の調査には時間がかかるんですから。いくらシズルのお嫁さんでも、将来的に体調を崩す行為は控えていただかないとっ」

「まだ俺たちはそこまで進んでいないからな?」

「シズくんひどい!」


 純情な生娘を装って顔を赤くするシアと、膨れっ面でシズルの腕を取る弥那。

 そんな彼らにグートとノルイは生暖かい視線を向けていた。


「うー! シズくんと男の子が一緒に寝泊まりするのは納得いきません! シズくんの処女が! 後ろの処女がっ! シズくんの初めては弥那のモノなんです!」

「お前、そんな恐ろしい事を考えていたのか⁉」


 ぎゃーぎゃーと言い争う二人を見て、同性に興味がないグートとノルイは呆れた目を向けた。シアは一向に悟られないように艶めかしく唇を舐めた。

 シアが本当にグートやノルイに手を出していないか不安だったシズルは、グートの部屋割りに異論は無かった。代わりに、弥那がシアに襲われるかもしれないという心配が出てきたが。

 面倒なメンバーが増えたと視線が遠くなったグートは、手を叩いて二人の注意を引いた。


「痴話喧嘩はそこまでだ。寝床の掃除とかしないといけないんだから、そのくらいにして夜を明かす準備をしよう」


 アーロインは一度研究に集中すると梃子でも動かない人だった。つまり、シズルと弥那が加わる前に使っていた民家に戻る気は無かった。

 これから、五人の前には何百年と積もった埃との格闘が待ち構えていた。


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