同行者
「それで、この女は誰ですか、シズくん」
ノルイたちと少し離れた木陰に、シズルと弥那、そしてエルフの少女の三人が集まっていた。
自分は無害だと言いたげに苦笑するエルフの少女と、彼女を警戒するシズル。そして、シズルに詰め寄りながらも、エルフの少女を警戒する弥那という、奇妙な三つ巴が出来ていた。
シズルは苦々しく呟いた。
「俺の姉だ。不本意な事に」
「嘘です! シズくんとこの女は種族が違います!」
シズルは人で、少女はエルフだ。同じ両親から生まれたとは思えない。
弥那は、びしっと指を突き付けて糾弾した。けれども少女は優しい動きで弥那の手を握り、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「初めまして弥那さん。シズルの両親の元で魔法の修行をさせていただきました、シアと申します。血は繋がっていませんが、シズルとは姉弟のようなものです。シズルに可愛らしいお友達が出来て、お姉ちゃんは安心しております」
「うっ……」
敵意を向けていた対象に好意を向けられた弥那はたじろいだ。
シズルはシアの手を払い、弥那を庇うように間に入った。
「弥那に触るな。何を考えている?」
「うぅ……、ひどいですシズル。義弟のお嫁さんになるかもしれない人に挨拶くらいしてもいいじゃないですか」
「……っ⁉ そうですシズくん! お義姉さんに謝って下さい!」
目に涙を浮かべて悲しそうにするシアに、シズルを非難する弥那。シズルは、頭が痛そうにこめかみを抑えた。
「騙されるな弥那。そいつは、年がら年中発情している脳内ピンクだ。近づくと面倒に巻き込まれるぞ。女でも食われるかもしれない」
「ひどいですシズル。男の人から恋人を寝取るのはよいものですが、恩人の息子で欲を満たすほど腐ってはいないつもりです」
「……っ⁉」
シアはあどけない顔に蠱惑的な笑みを浮かべて言い切った。
流し目で見つめられた弥那は、悪寒を感じてシズルの背中に隠れるようにしがみ付いた。
シズルは意外そうに目を細めた。
「今回は本性を隠そうとしないんだな……」
「あの時は、まだ小さいシズルには早いと思っていただけですよ」
「今どこを見て言った⁉」
シアはシズルの下半身を見つめながら言い切った。
弥那は涙目になりながらシズルの首に手をかける。
「ひどいです、ひどいですシズくん! やっぱり浮気なんですか! 本命はこの女なんですか! この女に穢されたんですか! 義姉ですもんね! 合法的に結婚できますもんね!」
「だから会いたくないんだ! 違うからな! 違うからな! シアとそんな関係になった事は無いからな!」
「お姉ちゃんはちょこちょこっと洗脳魔法が使えたりしますよ? 記憶なんてちょちょいのちょいです」
「わーん! シズくんを殺して私も死にます!」
「出鱈目言うな性悪! そんな魔法使えないだろ!」
シズルは本気で首を絞めてくる弥那を抑えながらシアを睨み付けた。シアは子供っぽく舌を出して笑う。
駄々っ子のように暴れる弥那を引き剥がしたシズルは不思議そうにシアを見つめた。
「それにしても、何でシアがこの塔に? 何よりも男が好きなあんたが、こんな辺境の地に来る理由がないと思うが」
「違いますよ。男よりナニが好きなのですが」
「もういい。黙ってくれ……」
シアの童顔に似つかない発言を受けてシズルは頭を抱えた。しばらく照れ臭そうに笑っていたシアだが、唐突に笑みを収めて真剣な顔で言う。
「シズル。今回は男遊び無しでいきます。今のメンバーには手を出していないし、手を出すつもりもありません。昔みたいに色恋沙汰で迷惑をかけるつもりもありません。本気でやるつもりです。だから、手を貸して欲してくれませんか? わたしはシズルたち一族の魔法を使えませんでしたから……。シズルがいてくれると心強いと思います」
シアのここまで真剣な顔を見たのは初めてな気がした。
思い出すのは、イタズラ好きなシアの顔や、猫を被っている時の顔、男をどうオトそうか考えている時の顔だけだ。
その事に頭痛を覚えたが、だからこそ、初めて見る真剣なシアに協力してもいいと思えた。それに、広大な塔の秘密を探るには、人数が多い方がいい。
しかし、素直にうなずくには若干抵抗があった。
「もう迷惑はかけてるけどな……」
目つきが怪しくなっている弥那に危機感を覚えながら呟いた。
――
――――
シアたちと行動する事を決めたシズルと弥那は、自己紹介を済ませて探索を開始した。
彼女たちは階層中央を拠点として、森の中を探索していた。シズルと弥那も彼らの探索に加わる事にする。
「この階層の面積は大都市並みでそのほとんどが木々に覆われているが、中心付近に町がある」
そう語ったのは、白衣の男性――アーロインだ。彼の助手らしい黒いローブの女性――セリは地図と周囲の特徴を見比べて進む道を決めている。ノルイとシア、騎士風の男――グートは周囲の警戒していた。
「町? こんな場所にか?」
「ああ、人手不足ではあるが、軍も何もしてこなかったわけではない。塔の第一層の調査はおおかた完了している。塔の中央には人が住んでいた形跡があった。もっとも、にぎわっていたのは数百年以上前の事のようだがね」
「何の目的でこんな場所に……」
「そこまでは掴んでいない。下層に進めば分かる事だろう」
アーロインは眉一つ動かさずに言った。彼の表情は先ほどから全くと言って動いていない。シズルは不気味な男だと思った。
シズルとアーロインが情報を共有している間にも魔物が襲い掛かってくる。
死角から襲い掛かってきた魔物をグートが切り払った。
しかし、魔物は絶命した瞬間に破裂して針をまき散らす。四方八方に放たれた攻撃から仲間を守る術はグートには無かった。
話しながらも周囲に気を配っていたシズルは、鎖を束にしてアーロインを守った。しかし、アーロインは全く動こうとしなかった。シズルには、彼は自衛しようとする気が無いとしか思えなかった。
「守り切れなかった僕が言うのも恥ずかしい話ですがね。急所を守る努力とかしてくれると嬉しいんですが……」
グートが困ったようにアーロインに苦言を呈した。
対してアーロインは堂々と言い放つ。
「オレとセリ君には戦いの心得が無い。君たちが出来て当然なことが出来ない。我々の事は図体のデカい赤ん坊とでも思ってくれたまえ」
「胸を張って言う事ですか……」
セリと呼ばれた女性は頭が痛そうに額を抑えた。ちなみに彼女は腕で自分の顔を庇っていた。ノルイが彼女への攻撃を完全に防いでいたが、もしもノルイが守り切れなくとも、即死は免れた姿勢である。
シズルは彼女も苦労しているんだと同情的な視線を向けた。
そして、当然のように弥那に気付かれた。彼女の目から光が消えている。
「シズくんの視線が弥那以外の女に……」
「シズル。二股とか最低です。お姉ちゃんは許しません」
「声がした方に目を向けただけだ!」
弥那の手を握って機嫌を取りながら、シアに白い眼を向けた。二股などまだ少ない方だった姉の本性をぶちまけそうになったが、何とか堪えた。
涙目になった弥那をなだめながら先に進む。そして、セリが誘導していた目的地が近くなったところで、一行の動きがピタリと止まった。
「どうしたのかね?」
動きを止めた理由が分からなかったアーロインが訪ねた。セリも不思議そうに首を傾げている。
「魔物に囲まれているね」
ノルイが心なしか楽しそうに呟いた。戦いの心得のある残り四人も肯定する。
アーロインは涼しい顔をしていたが、セリは青い顔で周りに気を配っている。
そして、多くの魔物が現れ、一行を包囲すると一斉に襲い掛かってきた。
「来るぞ!」
戦える五人は、アーロインとセリを守るように陣取った。
血と咆哮が轟く戦場で、アーロインは涼しい顔で喧騒が去るのを待っていた。一方、セリは小さな悲鳴を上げながら蹲っている。
「数が多いな……!」
「いっぱい戦えていいじゃないか!」
「戦わなくて済むのが一番だと僕は思うんだけどね」
ノルイが短剣を振るうと魔物の首がいくつも飛んだ。ノルイ自身の動きも鋭いが、それだけでこの戦果は異常であった。その不可能を可能にしたのが、ノルイの短剣に込められた能力であった。
一方、グートは淡々と一匹ずつ魔物の首を落としていた。獅子奮迅の活躍を見せるノルイに比べると、いささか平凡に見える。しかし、彼の屠る対象は決まってアーロインやセリを狙った魔物であった。彼は一行で最も護衛という仕事を果たしていた。
「できればでいいが、何匹か生け捕りにしてもらいたい。試したい事がある」
戦闘の中、アーロインは悠長に命令を下した。
出来ない事は無いが、面倒な指示が出たとシズルは顏をしかめた。
シズルは鎖を広範囲に伸ばして魔物を貫いた。攻撃範囲を広げた鎖は精密さを失い、急所を射抜きにくい。その代わり、多くの魔物を牽制できる。そうして、動きの止まった魔物を弥那が力任せに粉砕していった。
五人が魔物を屠り続けるが、魔物の襲撃が止む気配はない。
「そろそろ移動しないと、瘴気が……!」
セリが焦った様子で先に進む事を提案したが、魔物たちに一行を逃がすつもりはないようだ。
一行は戦場を移そうとするが、押し止められてしまう。撤退が間に合わず、魔物の死体や血が瘴気に変貌し、一行を襲う。
「任せて!」
シアが杖に魔力を込めて風の魔法を発現させた。
魔法の風は瘴気を払い、人が生存可能な領域を確保する。
その代償に、攻撃の手数を一つ失ってしまった。シアが迎撃を行っていた一角から魔物が流れ込む。
グートが眉を顰めて指示を出した。
「森の中でこの数を相手にするのは不利だ! 一旦居住区に戻って態勢を立て直す!」
彼の指示に異を唱える者はいなかった。
広範囲を攻撃可能なシズルとノルイが魔物を押し込め、高火力の弥那とグートが包囲を食い破る。
そして、一行は調査を中断し、拠点に戻っていった。