表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

人を拒みし大鎖の橋

「さっそく来たか……っ!」


 塔に通じる大鎖の上を走り始めてすぐ、鳥の魔物が群れを成して襲ってきた。

 シズルと弥那は走りながら迎撃準備を整える。


弥那(みな)は援護を!」

「はいっ!」


 シズルが一瞬立ち止まると、彼の影が蠢いて、中から幾数もの鎖が飛び出した。

 木の枝のように広がった鎖は、先に着いた刃で魔物の翼を打ち抜いた。攻撃を受けた鳥の魔物はバランスを崩して谷底に落ちていく。

 しかし、その全てを打ち落とすには至らない。


「シズくん!」


 弥那は焦った様子でシズルを抱きかかえて跳躍した。

 次の瞬間、シズルが立っていた場所を魔物が通り過ぎた。無防備に攻撃を続けていれば、彼は奈落の底に突き落とされていたであろう。


「ちっ、思った以上に数が多い……! いけるか、弥那!」

「はい! 駆け抜けます! 役得です!」


 弥那に抱きかかえられているシズルは、振り落とされないようにしっかりと彼女にしがみ付いた。

 弥那の素肌にはいくつもの鎖が巻き付いている。足に巻き付いている鎖にシズルが触れると、その鎖が砕けて消えた。

 同時に、弥那の目つきが獣のように鋭くなり、鎖が外れた部分から禍々しい瘴気が吹き出した。


「ぁああアアアアアッ、あああア゛アア゛――――!」


 弥那は人外染みた咆哮を上げて全力で跳躍した。その速度と飛距離は人間の領域をゆうに超えている。しかし、今まで相手にしていた鳥の魔物を振り切っても、前方からも敵の群れが向かってきた。


「そのまま突っ込め! 俺が対処する!」


 飛び込むか、迎撃するかを一瞬だけ迷った弥那だが、シズルの指示を聞くと躊躇なく飛び出した。

 彼女が飛び込むと同時にシズルの手の平から鎖が放たれる。シズルの鎖は、進路上の魔物を打ち抜いて血路を開いた。

 しかし、咄嗟に使った術では最大限の力を発揮できない。目の前の群れを突破した瞬間、死角にいた魔物の一撃が二人を襲う。

 ギリギリの所で奇襲に気付いた弥那は、シズルの放った鎖を腕に巻き付け、鎖を盾代わりに魔物の突撃を受け止めた。


「くぅ……!」


 直撃は避けた弥那だが、跳躍中に攻撃を受けたのがまずかった。

 踏ん張りがきかなかった弥那は、為す術もなく谷底に放り出されてしまう。


「弥那! しっかり捕まれ!」

「分かりました! ぎゅってします!」


 弥那にしがみ付いていたシズルは、魔法の鎖を足場の大鎖に括り付け、振り子の要領で軌道を修正した。

 足場に戻った二人は、その勢いのまま塔に向けて突き進む。


(あと半分……っ!)


 塔までの道のりは長い。

 弥那の人外じみた速度で距離を稼いだが、騒ぎを聞きつけた魔物が寄ってくるまでの時間は十分にあった。

 押し寄せる敵の数は先ほどよりも増えている。さらに、後方からも魔物が迫ってきている。

 シズルは額から汗を流した。しかし、ここで立ち止まって迎撃するよりも、前進した方が危険は少ない。

 二人は咆哮を上げながら塔に向かって突き進んだ。




 ――

 ――――


「ぬ、抜けました……。やっと一息つけます……。シズくん、大丈夫ですか?」

「ああ……」


 絶え間なく襲い来る魔物の群れをいなしきった二人は、無事に塔に辿り着いた。

 しかし、短期間に魔法を連発したシズルは満身創痍の様子であった。

 弥那は後ろを振り向いて安全を確かめる。塔に辿り着いてからは、魔物の襲撃がぴったりと止んだ。大鎖の上にいる者だけを襲うのかもしれない。

 塔の上にはシズルの攻撃を受けて絶命した魔物の死体が残っていた。弥那は、満身創痍のシズルを背負って血と死体の中から引き離す。


 倒れていた魔物の死体と血が煙のように消えていく。

 瘴気から生まれた魔物は、死後に瘴気に戻る事が知られていた。

 死んだ魔物の瘴気を吸い込んで、シズルは青い顔で咳き込んだ。


 弥那はシズルを寝かせて心配そうに顔を覗き込んでいる。

 シズルは虚ろな目で、必死に呼吸を整えていた。用意してきた解毒剤を取り出して口にする。

 シズルはしばらくの間、精気の無い目で弥那を見つめていた。


 そして、彼女の背後に”魔物”がいる事に気が付いた。


「――ッ! 弥那……ッ!」


 時間の流れが遅くなったように感じる。どこか狼に似た魔物だ。

 先ほどまでの鳥の魔物ではない。塔の中から出てきた陸生の魔物だ。


 シズルは影から鎖を出して迎撃しようとした。

 しかし、間に合わない。

 振り向こうとした弥那の首に、魔物の牙が迫る。その瞬間、魔物の首が吹き飛んだ。


「詰めが甘いね」


 真っ白な剣士が魔物の後ろに立っていた。体の線が細く、少女にも少年にも見える剣士だ。

 性別はうかがい知れない。

 剣士はその真っ白な服と髪を返り血で染めて、楽しそうに笑っている。


「弥那! 無事か!」

「は、はい……。弥那は、弥那はもう死んでもいいです……」


 シズルは弥那を抱きしめて異常がないか確かめる。弥那はシズルに抱きしめられたショックで目を回しかけていた。

 一方で、無視される形になった剣士は、頬を膨らませて不貞腐れていた。


「むー。ボクは無視なの?」

「ありがとう。助かったよ。でも、なぜこんな場所に人が?」


 シズルの問いかけに剣士は苦笑して、短剣に付いた血を払う。


「たぶん、ボク達の目標は同じだと思うけどね」

「確かに」


 禁足地であるニュクスの塔に来る人間の目的は、塔の攻略に決まっている。

 瘴気発生の謎を解き明かせば、国から莫大な褒賞と地位が贈られるからだ。

 剣士は片目を瞑って笑うと、二人を手招きした。


「おいでよ。ボクの仲間に紹介する。話し合っておいた方がいいと思うんだ。協力するにしても、別々に動くにしても……ね?」


 シズルと弥那はちらりと目を合わせた。二人とも、同じ意見のようだ。

 二人は剣士の後について、仲間とやらの元に向かう事にする。そして、塔のエントランスから中に入って、シズルは眉を細めた。


「……これは?」

「うん。凄いよね。塔の中が”森”になっているなんてさ」


 真っ白な剣士は、イタズラが成功したような子供のように笑った。

 塔の外観は大理石でできているように見えたが、内部の床は土で固められていた。目隠しで塔に連れて来られた人間がいるのなら、森に連れて来られたと錯覚するだろう。

 剣士は樹木に触れながら、楽しそうに言った。


「この階層の直径は王国の首都と同じくらいの面積があるんだ。そのほとんどが森になっていて、外と同じような生態系を作っているんだ。建物の中なのに昼夜の概念があるなんて、凄いよね」


 空を見上げると、青空が広がっていた。天井が存在するはずなのにだ。

 太陽まで存在している。とても建物の中とは思えない。


「この階層の広さが大都市並みだと言ったが、調べたのか? えっと――」

「――ボクはノルイだ。君たちは?」

「俺はシズルだ。こっちは――」

「弥那の名前は、弥那です! シズくんのお嫁さんですっ!」

「まだ、お嫁さんじゃないからな」

「ひどい!」


 涙目でシズルに詰め寄る弥那を、愉快そうに見つめて剣士――ノルイは微笑んだ。

 しばらく彼らの騒動を眺めていたノルイだが、二人があまりにも落ち着きがないので、軽く咳払いをした。


「この階層についてだったね。森の広さも生態もボクの仲間が持っていた情報だよ。ボクはここに来て数日だけど、普通の森と何も変わらないのは身に染みて分かったよ。ただ――」

「ただ?」


 シズルが首を傾げると、ノルイが短剣を振りぬいた。

 シズルは彼の動きに反応できなかった。そして、ノルイの短剣はシズル――を通り越して、彼の背後に迫った小型の魔物を貫いた。

 ノルイは楽しそうに笑うと二人に囁いた。


「――ただ、魔物もいっぱいだ」

「……先に言ってくれ。意地の悪い」

「仲間になってもらうなら、これくらい反応できなくちゃね。護衛対象が増えるのは面倒なんだ」


 シズルはノルイの動きには反応できなかった。しかし、魔物の接近には気が付いていた。

 その証拠に、ノルイの短剣の他にも、シズルの鎖が魔物を縫い留めている。弥那に至っては、魔物を素手で鷲づかみにしていた。


「二人には仲間になってもらえると心強いな」


 ノルイの言葉に、シズルはため息をもらした。弥那はシズル以外に興味がないと言いたげに彼に腕を絡めている。いや、少し不満げな顔でノルイを睨み付けていた。

 一行が歩いていると、時折魔物が襲ってきた。けれども、三人はそれらを切り払いながら進む。

 しばらく進むと、野営の準備をしている四人が現れた。彼らがノルイの仲間たちなのだろう。


「やぁ、外の騒ぎの原因を連れてきたよ」

「ありがとう。助かったよ」


 ノルイが軽い調子で報告すると。騎士風の優男が朗らかに手を挙げた。

 そして、シズルは全力でここから逃げたくなった。何の偶然か、四人の中にあまり会いたくない知り合いが混ざっていたからだ。


「シズル……?」


 赤いローブを纏ったエルフの少女だ。純朴そうなかんばせを不思議そうに傾けた。

 彼女が知り合いだと確定した瞬間、シズルは脱兎のごとく逃げ出した。しかし、その逃走は弥那によって阻まれる。


「止めるな弥那! お願いだから! お願いだから!」

「シズくん! この女とどんな関係ですか! 服が弥那の着物と似ています! ついでに髪も赤いです赤いです赤いですっ! 弥那の着物と同じ赤です! 前に着物が似合うねって言ってくれた時、この女の姿を重ねていたんですか⁉ 裏切りです! ひどい裏切りです……っ! こうなったら一生、シズくんをベッドに縛り付けて管理するしか……っ!」

「落ち着け弥那! 話せば分かる……っ!」

「なんで否定してくれないんですか……っ!」


 二人の騒動を眺めながら、ノルイは愉快そうに笑っていた。騎士風の男と真っ黒なローブの女性は唖然とした顔をしていた。当事者のエルフの少女は困ったように苦笑している。残りの一人――白衣を纏った男は、シズルと弥那を冷めた目で見つめていた。


「彼らは君の知り合いかね?」

「はい……」


 エルフの少女は恥ずかしそうに呟いた。

 ため息を吐いた白衣の男は、事情聴取をエルフの少女に命じた。

 シズルと弥那の喧嘩は、エルフの少女が介入するまで続いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ