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終息

「……ふん、貴様の推測は穴だらけだ。話を聞く価値はない」


 シズルの推理に対して、フードの少女は鼻を鳴らした。

 しかし、シズルは余裕を崩さずに続けた。


「犯人の行動が回りくどかったことか? 俺たちを確実に殺せる機会はいくらでもあったのに、確実性の低い手段を使っている事か?」

「……そうだ。自分でしゃべっていておかしいとは思わなかったのか? 確かに、犯行は可能かもしれないが、納得できない理論だ」

「いいや。あんたの性格を考えればおかしなことじゃない」


 シズルはシアとグートに目を向けた。

 犯人の人格については、二人が議論していたとシズルは後になって知った。シズルは自身の潔白を証明するのに必死でそこまで頭が回らなかったが、後で二人の話を聞いて、犯人の動機について納得した。


「あんたがこの塔にまつわる何かを護っているのは、侵入者を撃退している事から分かっている。だがあんたは、ぎりぎりまで侵入者を”殺す”という選択肢をとれない人間なんだ。危機感を煽るためか、魔物を仕掛けたりや罠に誘導したりはしていたけど、逃げるのを妨害もしなかった。死んだら死んだでも構わないとは思っていたみたいだけど、積極的に殺そうとはしていなかったんじゃないかな。だからこんなちぐはぐな事件になったんだ」

「……不愉快だ。まともに話をしたことのない人間が、知ったような口を聞くな」

「確かに俺たちは、分かり合えるほど一緒に過ごしていない。でも、推測はできる。根拠は、あの警告文だ」

「なに?」


 フードの少女は何を言われているのか理解が追い付かず、首を傾げた。


「だってそうだろう? 秘密を守るために万全を期すなら、俺たちを皆殺しにすればいい。それなのにわざわざ警告文を残すなんて、優しすぎる。深入りしなければ、生かして帰してもいいと思っている証拠だよ。文面も、塔から立ち退くように促していたしな」


 フードの少女は忌々しそうに舌打ちをした。

 それでも否定の言葉は出てこない。シズルは話し合いの余地があると再認識して推理を続けた。


「アーロインさんが密室から消失したように見せかけたのは、未知の危険が潜んでいると俺たちに刷り込んで撤退させるつもりだったからだ。実際、これからの方針を聞かれた時、あんたは撤退の判断を下した。……ノルイに反論をされて諦めたようだが」


 アーロインの遺体を発見した後、セリは怯えた様子で撤退を主張していた。あの時のセリの正体が、フードの少女だったとしたら、撤退を主張するのも頷ける。


「俺がセリさんを殺したように見せかけたのは、俺たちを疑心暗鬼にして、調査を遅らせるためだ。……過激なメンツが多すぎて、殺し合いになってしまったけどな。蛮族と罵られても仕方がない」

「はっ! ただの妄想だ。私は貴様らが自滅していくのを望んでいた。勝手に人の胸の内を語るな!」

「だが、推測できると言っただろう? 警告っていうのは、争いを起こさないためにするもんだ。だから、あんたは間接的な罠ばかりを仕掛けていた」


 シズルは緊張を解くようにゆっくりと息を吐いた。

 そして、宣言する。


「これで、俺の推理は終わりだ。優しすぎるあんたは、できるだけ犠牲者を出さないように塔への侵入者を追い払おうとした。これが、事件の真相だよ」




 ――

 ――――


 死体安置所を沈黙が支配した。

 シズルが言う事はもうない。後はフードの少女の答えを聞くだけだ。


 そして、沈黙が破られる。フードの少女が、おかしくてたまらないというように笑っていた。そして、黙り込むと、シズルたち一行を睨み付けた。


「それで? それが分かったところでなんだというんだ?」

「……俺は弥那の体を治す方法が知りたい。グートたちは魔物が塔の外に現れるのを阻止する方法を知りたい。それさえ分かれば、塔にいる必要がなくなる。……塔を護っているあんたなら、何か知っているんじゃないのか?」

「……」


 フードの少女は、黙り込んで何かを考えている様子だった。そして、ゆっくりと口を開いた。


「確かに知っている。知っているが……。それを答える前に、まだ解けていない謎がある。貴様の考えを聞いておきたい。私が資料室の鍵を開けたのはどう説明する? 私は塔の秘密を護るのが役割なのだろう? ならば何故、私は貴様らに情報を渡すまねをした? これは、貴様の語る犯人像と矛盾していないか?」

「……それも答えなきゃダメか?」


 シズルは心底いやそうな顔をした。

 シズルは、その答えにわざと触れなかったのだ。シズルがその理由に気付いていると知られれば、交渉は決裂する可能性があったからだ。シズルたちの知りたい情報を持つ、この少女と争いになってしまう。

 そして、フードの少女は鼻を鳴らして皮肉気に笑った。


「そう答えている時点で、理由に見当がついていると白状したようなものだ。一応、答えを聞こうか?」


 シズルは自分の推測を正直に伝えるか迷っていた。

 そして、軽く服の裾を引かれた。弥那がシズルの顔をじっと見つめていた。

 その目は、何かを訴えているようだった。

 シズルはどうすればいいか答えを出せなかった。しかし、弥那の前で嘘をつくのは嫌だと感じた。


「……瘴気に関する資料庫を見せたのは、それが見せても問題ない(・・・・・・・・)資料だったからだ。この塔の秘密は、瘴気の研究なんてものじゃない」


 言い切った。そして、フードの少女は悲しそうに笑った。


「正解だ。これで貴様らを生かして返す理由はなくなったな」


 少女が宣言すると、硬質な物が砕ける音が響いた。

 シズルたちは正体不明の音に警戒を強めた。全員で背中を合わせつつ周囲を見渡すが、異常は見られない。

 しかし、シズルたちの意識が少女から外れた瞬間、フードの少女は動いていた。

 フードの少女の体から瘴気が噴き出したのだ。

 シズルたちはとっさに口元を隠して瘴気から身を守る。


「っ! 何をするつもりだ!」

「ここで貴様らを殺す。……と言いたいところだが、この人数の差では不利だ。一度、撤退させてもらおう」

「させない!」

「ま、待つんだ!」


 瘴気に巻かれて完全に姿が見えなくなる前に、ノルイは魔剣の斬撃をフードの少女に向かって放った。斬撃は、少女の腹部に吸い込まれていくような軌道を描いた。シズルの制止もむなしく、斬撃は少女の纏っているボロ布を切り裂いていく。

 しかし、流血は見られない。少女は不敵な笑みを浮かべると瘴気に飲み込まれていった。


「弥那!」

「だ、だめです! 気配が分かりません! な、なんで!?」


 弥那は毒蛙の瘴気の中でもある程度は動けていた。しかし、その弥那でも少女がどこに行ったのか掴めない。

 そのまま、シズルたちも瘴気に飲まれていく。

 視界が悪い中をうかつに動くわけにもいかず、シズルたちは周囲を警戒しつつ、その場にとどまっていた。

 そして、瘴気が晴れた後、その場には少女が纏っていったボロボロの布だけが残っていた。




 ――

 ――――


 シズルたちが死体安置所から出た時には、この階層に張った結界が壊れていた。

 それを確認して、グートは顔をしかめていた。


「やられたね。さっきの音は結界が壊れた音だったんだ」


 結界はシズルとシア、そして、セリの三人で構築したものだった。その際に何らかの仕込みをされていたのだろう。

 そして、シズルたちと対峙していた少女は偽物だったのだったと推測できる。

 本物の犯人は、瘴気に紛れて逃げてしまったとシズルたちは結論付けた。


 グートはシズルと弥那と向き合って訪ねた。


「僕たちは塔の調査を続けようと思っている。君たちはどうする? 君たちの目的はもう達成したも同然だと思うけどね」

「そういえばそうか……」


 シズルは、グートに指摘されてようやくそのことに気が付いた。

 施設にあった資料を詳しく調べれば、弥那の体を治す方法が分かるかもしれない。

 しかし、あの少女はシズルたちを見逃してくれるだろうか。


 一番確実なのは、あの少女を――。


 シズルが難しい顔をしていると、弥那がシズルの手を取った。その瞳は不安そうに揺れていた。


「弥那……?」

「シズくん、シズくん、なんだか怖い顔をしていますよ……?」

「……そうか? ……そうだな」


 シズルは自分の頬に触れる。表情筋がこわばっているのが分かった。そして、シズルはゆっくりと深呼吸した。

 あの少女に蛮族と言われたばかりだ。まだ、強硬手段に訴える前にできる事はあるはずだ。


「……このまま帰っても、あの子が俺たちを殺しに来ると思う。だから、説得しようと思う。幸い、この塔の秘密が何なのかはまだ分からないままだからな。見逃してもらえる余地は残っている……と思う。弥那。もう少し、ここでやる事がある。それが終わったら、一緒に暮らそう」


 シズルは、弥那の目を見つめて言った。

 弥那はぱぁっと表情を輝かせてシズルの腕に抱き着いた。


「はい! はい! 弥那はシズくんが大好きです! 弥那は、弥那は、これからもずっとシズくんと一緒です!」


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